信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

2019/04/22

移住支援よもやまばなしvol.35「移住相談あれこれ」

Permalink 16:56:05, カテゴリ: よもやまばなし  

先週末、東京で長野地域の移住相談会に須坂市ブースで参加しました。
※記事内の名前はすべて仮名。相談内容は実話に基づき一部脚色しています。
〈ケース1〉
仕事と住居をパッケージで紹介する『移住支援信州須坂モデル』に興味を持ち須坂市のブースを訪れた大沢健治(仮名)さんは、埼玉県在住の41歳。妻と子ども2人の4人家族で、「上の子が小学校へ上がる来年までに移住したい」と相談に訪れました。
スキーが趣味で志賀高原へ行く際に須坂市は何度も通過しているため地理的な雰囲気は高速道路上から良く知っているそうです。
大沢さんへは、移住者受入協力求人企業を紹介し「車で通過するだけでなく須坂長野東インターチェンジで降りて、見て、好きになって、仕事や生活環境に納得したら移住してください」とアドバイスさせていただきました。
〈ケース2〉
忙しすぎる現在の仕事や生活を変えたくて須坂市のブースを訪れた古山茂(仮名)さんは、東京都在住の45歳。夫婦2人暮らしで、奥様には内緒で相談に訪れました。
父親の実家が長野市にあり、仕事と住居をパッケージで紹介する「移住支援信州須坂モデル」に興味を持ち3年以内の移住を目指し情報収集のため相談会へ参加したそうです。
古山さんへは「とにかく今夜、勇気を出して奥様へ移住の希望を打ち明けてください。奥様が賛成してくれたら来月の個別相談会へご夫婦で参加してください」とアドバイスさせていただきました。

(信州須坂移住支援チーム 加藤広明)

須坂市の移住支援ってどんなことをやっているの?銀座NAGANO個別相談会の様子をご紹介

新年度になり、これから計画的に移住を検討しよう!という方もいらっしゃると思います。
須坂市では年間を通して定期的に東京銀座にある長野県アンテナショップ「銀座NAGANO」4階で個別相談会を開催しています。
須坂市ではこれまで移住を希望される皆さんの相談に応じながら「課題」を解決するために何ができるかを考え、移住支援の仕組み「移住支援信州須坂モデル」を生み出しました。
今回はこのモデルの紹介とともに銀座NAGANOで開催する個別移住相談会の様子をご紹介します。


銀座NAGANOのJR最寄り駅 有楽町駅前の風景

●地方で暮らしたい、でも仕事が決まらないことには・・
これまで移住相談を受ける中でお聞きした理由や目的は様々です。
「仕事の激務から体調を崩してしまった、このままこの仕事を続けることは無理だと思う」
「満員電車に揺られながら往復3時間の通勤時間の毎日が苦しい」
「都会の人の多さに息苦しい」などから移住を検討する方。
一方で「登山が好きなので、もっと山が見える自然に囲まれた環境で暮らしたい」
「ずっと考えていた夢の田舎暮らしがしたい」など夢を追い続ける方のご相談もあります。
その中でも特に大きな課題だと感じたのが仕事探しのご相談でした。

次の文章は昨年ご相談を受けた相談者からのメールです。印象深く心に残る内容でした。

「移住を考えた際、大きな壁となり諦める部分が仕事です。在職中に移住先で面接試験を行い、なんとか採用にこぎついたとしても、そこから今の職場へ退職を伝え、引き継ぎをしながら家を探し引越してと。かなりの時間と手間がかかる事を想像すると、移住はハードルが高いと感じてしまいます。また、自分の生活圏ではない企業の就職は、どんな雰囲気で実際の雇用環境も何もわからないため、ある意味賭けの就職活動になると思っています」

移住を希望される皆さんは、現在の仕事を続けながら移住先での仕事を探さなければなりません。
移住希望者が知らない土地での仕事を決めることは、とてもハードルが高いものです。

現在須坂市では、その壁となる仕事を中心にサポートを行っています。
例えば、マッチングできても、それまでの仕事の引継ぎや整理、住居の売却など引っ越すまで2、3か月はかかってしまうといった事情に対しても待ちますよと就業の受け入れにご協力をいただける企業が現在までに26社まで増えています。

須坂市では、ご相談に応じながら企業面談へとおつなぎする移住体験ツアーを随時で開催しています。受け入れ協力企業の中から1社を選び、企業の人事担当者にご相談した先に面談の段階に進めば日程調整を行います。ツアーでは企業面談とともに市内の生活環境をご案内し、アパートなど住環境のご提案を行っています。

仕事や住環境を一括して情報提供しサポートする仕組み、これが須坂市で行っている『移住支援信州須坂モデル』(動画)です。

●移住支援信州須坂モデルを使って移住されました

移住支援信州須坂モデルが田舎暮らしの本2019年5月号に掲載されました。
須坂モデルを使って移住された2組の取材記事が載っています。

2017年に須坂モデルで移住した久米さんご夫婦は、東京での暮らしの先行に不安を感じ、銀座で行われた須坂市個別相談会に参加されました。

【久米さんの移住までのスケジュール】
5月27日 銀座NAGANO個別相談会
6月3日 体験ツアーに参加し企業面談
7月1日 受入れ企業で正式に面接試験
8月~9月 車の運転免許取得・自宅の売却・引越
10月2日 移住・仕事スタート

また2018年に神奈川県から移住された宮島さんご一家も銀座での個別相談会に参加されました。
宮島さんは、毎日仕事から帰ってもお子さんの寝顔しか見られない毎日で、これではいけない、家族で過ごせる生活に変えなければとご夫婦が一致し、ご主人の出身地だった須坂市へのUターン移住を決め協力企業に転職されました。

【宮島さんの移住までのスケジュール】
4月28日 銀座NAGANO個別相談会
5月18日 体験ツアー参加し企業面談
6~7月 受入れ企業を通じて他の協力企業で面接試験
9月下旬 引越
10月1日 移住・仕事スタート

また、宮島さんはそれまでの生活の中で、子どもに「危ない!」と注意することがあまりにも多い都会の生活環境に疑問を持たれていました。預ける保育園が見つからない状況も大きな課題でした。須坂市では途中入園もスムーズに決まりホッとしたと話してくれました。

どちらのご家族も企業側に理解をいただき、仕事が決まってから引っ越しまで2~3か月待っていただけました。移住支援信州須坂モデルによる一括サポートだからこそスピーディーな移住も可能となるのです。

移住支援信州須坂モデルの取り組みを開始以降、1年半で8組16名の方が一括サポートの信州須坂モデルを使って移住してきています。
ただし須坂市には引っ越し費用など移住者向けの補助金はございません。
それでも須坂の生活環境を気に入り納得して移住される方は増えています。

移住をしたい、でも仕事探しで悩んでいるという方はぜひ参考にしてみてください。

●須坂市移住個別相談会in銀座NAGANOはどんな感じでやっているの?
移住された皆さんは銀座NAGANOで開催している須坂市個別相談会からスタートしました。
銀座NAGANOの会場や相談の雰囲気をご紹介します。

銀座NAGANOのJR最寄り駅は有楽町駅です。
駅を降りて東京交通会館方面の改札を出ます。
駅から銀座NAGANOまでは歩いて約10分。

すずらん通りを目指しアーケードをくぐればもうすぐ。
このアーケード近くには東京メトロ銀座駅もありますよ。

ビルとビルに挟まれた道を歩いて1分ほどで右側に銀座NAGANOが見えてきます。
建物の壁には一面に木が使われていて特徴ある外観が目印です。


1階ショップの横がエレベーター入口です

エレベーター4階で降りると案内版が掲示されていますのでフロア奥までお越しください。

こんにちは、ご相談をどうぞ。





銀座NAGANO4階での相談風景から

移住を希望される皆さんの夢に一歩でも近づけるよう全力でサポートします。
移住に関するご相談は信州須坂移住支援チームまでお気軽にお問合せください。

☆4月27日(土)、5月4日(土・祝)ゴールデンウィーク移住個別相談会を開催します
相談会情報はこちらをご覧ください
須坂市個別移住相談会in銀座NAGANO

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

峰の原高原へお出かけください♪ vol.1「峰の原高原ってこんなところ」

Permalink 14:41:08, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

はじめまして、2019年4月から須坂市峰の原高原で活動をさせていただいております、地域おこし協力隊の日下未夕(くさかみゆ)と申します。広島県広島市出身で、大学入学を機に初めて長野県に訪れ、この春で4年目です。現在、長野大学に在学中です。まだまだ未熟ですが、だいすきな峰の原高原のことを少しでも皆さまにお届けできたらと思います。よろしくお願いいたします。
さて今回は、これまで峰の原高原に関わって感じたこと、そして住み始めて感じていることを通して「峰の原高原ってこんなところ」ということをお伝えしたいと思います。

●はじめに
ここでは、私が峰の原高原を知った経緯と地域おこし協力隊に応募した経緯について、少しお話したいと思います。
私が峰の原高原を知ったのは、大学1年生での講義がきっかけでした。第一印象はとにかく“寒い”。初めて峰の原高原に訪れた日、大学のある上田市は半袖がちょうど良い気温でしたが、峰の原高原は長袖にさらに羽織るものが必要なほど気温が低く “標高1500m”という高さを肌で感じたことを今でも覚えています。また、美しい北アルプスに感動したことも覚えています。

その後、講義を通して峰の原高原について学ぶうちに、もっと知りたいと考えるようになり、2年生から本格的に関わるようになりました。大学2、3年生では、峰の原高原で行われるイベントに参加をしたり、お手伝いをしたり、大学の仲間と一緒に学生対象の企画を行ったりしていました。
何度か企画を行ううちに「また峰の原高原に行きたい」という学生や実際に企画のリピーターとして参加してくれる学生が現れました。しかし、一人では行かないというのが現実でした。車があれば、用事があれば、ベントがあれば、知り合いがいれば、行ける場所…。ただ、どれもなかったのです。この思いをある方に雑談交じりに話していた時、その方は「じゃあつくるか!」と。きっとその方は、冗談も半分あったと思います。けれど、「はい!」と私は応え、地域おこし協力隊に応募しました。

●私が思う「峰の原高原」という地域
あるイベントに参加した時のこと、キャンプファイヤーの火が点かないということがありました。その時、何人かのペンションオーナーさんが「うちの薪を持ってくる!」と。これに驚きました。峰の原高原はペンション村で、言ってみればみんな商売敵だからです。しかし、この時にはそんなこと関係なく “お客さんにいい思い出を”という皆さん共通のおもてなしの心を感じ、とても温かい気持ちになりました。また、宿泊客でもない、ただの学生である私が突然イベントに参加しても “あなたはどなた? 私はね…”というように声をかけてくださいます。
峰の原高原は、50年ほど前にできたペンション村。様々な地域から移住してきた様々な方が、様々な暮らしをしています。だからこそ、みんなで協力することや助け合うことを自然とする地域なのではないかと思います。そして、昔からある風習や慣習、暗黙の了解のようなものがないぶん、よそ者を優しく受け入れる体制ができている地域なのではないかと思います。

●峰の原高原での生活
3月25日に引っ越しを終え、約三週間が経とうとしています。「幸せ」。ここでの生活は、一言でいうとこのようになります。
私はいま、峰の原高原にあるペンション野ばらさんで居候をさせていただいています。以前はペンション業を営まれていましたが、現在は峰の原高原で暮らしを営まれています。居候先の方は、東京都の八王子市から移住され “アイコンタクト”というのでしょうか、話さなくても言いたいことが伝わり合える、すてきな“物知り”ご夫婦です。一人暮らし三年連続中だった私にとっては、おふたりの「おかえり」やごはんを一緒に食べられることが温かく、なんとも沁み、良いものです。
まだ雪の残る峰の原高原では、朝カーテンを開けると、誰かさんの足跡があり、それが誰なのかワクワク・ドキドキしながら教えていただきます。雪の上だと足跡はくっきり残り、素人の私でも分かりやすいです。日によっては、リスだって、キツネだって、カモシカだって会えちゃいます。自動車の音がしないなんて当たり前!静かで、鳥のさえずりなんか聴こえちゃったならば、「そろそろ春ですね」なんて言う、すてきな毎日。
あいさつ回りに行っては、若い子はいい!と。私にとっては、皆さんすてきでいい!となるのですが。長い学生生活、同年代が周りにいる環境とは全く異なり、新鮮な毎日。
お散歩に少し出れば、必ず誰かにお会いする。そして少し立ち話。そんなほっこりな毎日。

●おわりに
私が思う峰の原高原をお伝えしましたが、これを読んでくださっているあなたさまはきっと、違うように感じることがあると思います。そして同じように感じることがあるかもしれません。
この地域をなくしたくない、もっとたくさんの人に知ってもらい、実際に来て、感じてほしい、というのを出発点に、これから活動していきたいと思います。

(須坂市地域おこし協力隊 日下未夕)

2019/04/05

移住支援エッセイvol.13「平成と移住」

Permalink 16:05:20, カテゴリ: エッセイ  

あと1か月足らずで平成という時代が終ろうとしている。
振り返ると私にとっての平成は人生の大きなイベントがギュッと詰まった時代となった。
きっと誰もが自分を見つめる良い機会になるだろう。
そう捉えると次の時代にワクワクしてくる。
もちろん先の見えない不安があるのも事実。
でも与えられたその時間を大切に、今できることを一つ一つこなしながら明日を迎えたい。
来たる令和の時代が移住を希望する皆さんにとって前進できる力を与えてくれますように。
そして新元号の令和に込められた梅花の歌のように、厳しい冬を越えて可憐な梅の花が咲く良い時代になることを願わずにはいられません。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

須坂市臥竜公園さくらまつりに寄せて

Permalink 13:27:55, カテゴリ: お知らせ  

~日本さくら名所100選の臥竜公園と臥竜山の歴史~

信州須坂も寒い冬を乗り越え待ちに待った春を迎えました。日本さくら名所100選に選ばれている臥竜公園では桜の開花を今か今かと待ちわびています。昨年(2018年)4月3日の開花宣言は予想を超えた早さで驚きましたが、今日現在(2019年4月5日)の様子では、つぼみこそ膨らんではいますが開花予想日はなんとも難しいところです。
お花見を控え、今回は臥竜公園さくらまつりを2倍楽しんでいただけるよう臥竜山や公園の歴史についてご紹介します。


昨年の開花宣言日(2018年4月3日)の臥竜公園池開きの様子

須坂市内を小高い場所から眺めると島が2つ並んだような「臥竜山」が一目瞭然でわかります。臥竜山は古代から住む人たちのシンボル的存在でした。戦国時代初期の明応2年(1493年)に群馬県長源寺の僧侶によって、竜が伏したような山の姿から「臥竜山」と名付けられ、ふもとの興国寺が建てられた際に開山しました。興国寺は須坂藩主だった堀氏の墓所にもなっています。


市内の坂田山見晴台から(中央が臥竜山)

臥竜山は標高471.5m。山頂には遺跡として須田氏が築城した城跡があります。かの有名な上杉謙信と武田信玄の川中島合戦で、須田一族が上杉方と武田方に分断され戦い合うという悲しい出来事もありました。


須田城跡


興国寺


臥竜山の山道
当時も馬に乗って行き来をしていたのでしょうか


臥竜山山頂からの眺め
居城していた頃この風景を見て何を思い,何を考え過ごしていたのでしょう

臥竜山を背景に広がる竜ケ池は、春になると池の周りを囲むように桜が咲き乱れます。この竜ケ池は、昭和初期に製糸業が衰退した為に失業対策事業として多くの人の手によって農業用のため池を兼ねて作られました。公園の設計は、明治神宮や日比谷公園などを設計した元東京大学教授で林学博士の本多静六氏に託されました。公園内の桜は日本さくら名所100選に選ばれるほど見事な桜で、ライトアップで見る夜桜も絶景です。公園の一画には約50種・230点が飼育されている動物園もあります。

臥竜公園は市民の憩いの場として親子連れや犬の散歩などで気軽に立ち寄れる公園です。臥竜山はウォーキングコースとしても整備されていて子どもでも楽しく登れます。私も小学校時代に友だち数人とおやつを持って頂上へ遊びに行きました。その際、須坂市の姉妹都市である新潟県新発田市から来ていた方が楽しそうにしている私たちの写真を撮って郵送して下さるという出来事がありました。今の世の中では考えられないことですが、私にとっては素晴らしい体験として今でも思い出に残っています。

桜の開花が間近に迫った信州須坂の臥竜公園。これまで様々な歴史を見てきた臥竜山を眺めつつ当時に思いを馳せながら、目を奪われるような美しい桜を多くの皆さんに楽しんでほしいです。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

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