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2023/01/25

もんじょ紹介№24吉池一彦家文書から「村役人の役替え」

13:02:41, カテゴリ:  

№3では村の代表である村役人を入札により決めていた文書を紹介しましたが、村役人の決め方は地域や時代により変わっていたようです。
今回ご紹介する文書は、松代藩領であった小河原村の吉池一彦家に残されている文書です。
文化2(1805)年の文書では「熟談のうえ」とあり、話し合いで決めたことが窺えます。

史料画像 075-A-111
名主・組頭・百姓代跡役

【書下し文と解説】
乍恐以口上書奉願候御事
一 当村役代リ仕、名主茂左衛門跡式
  嘉十郎相勤度旨、奉願候御事
一 同村名主要蔵跡役儀八相勤
 度旨、奉願候御事
一 同村組頭丹次郎跡役惣蔵相勤
  度旨、奉願候御事
一 同村長百姓武助跡役武兵衛
   相勤度旨、奉願候御事
右之者共、御情ニ願之通リ被
仰付被下置候ハヾ、難有奉存候、以上
         小河原村
 文化二丑年二月  名主  茂左衛門
          同   要蔵
          同   藤九郎
          組頭  文右衛門
          同   磯右衛門 
          同   丹治郎
          長百姓 仙助

  職御奉行所

 村役人の代替りの文書で、江戸時代後期になると有力農民内での交代が多かった。

史料画像 075-A-113

名主要蔵跡役儀八

【書下し文と解説】
乍恐以口上書奉願候御事
一 此度役代リ仕、名主要蔵跡役儀八
  郷中熟談之上、向後為相勤申度
  奉願候、何分願之通リ被 仰付被下
  置候ハヾ、難有仕合奉存候、以上
          小河原村北組
  文化二丑年二月   名主  要蔵
            組頭  磯右衛門
            長百姓 仙助
            頭立  文左衛門
            小前惣代 重蔵 
 
  御代官所
(附下札) 本文願之通リ被 仰付被下
      置候ハヾ、難有奉存候、以上
            名主 儀八

A-111に関連する文書で、小河原村北組の名主役交代を代官所に願い出、名主役を要蔵から儀八に跡役として譲りたいというものです。頭立文左衛門と小前惣代重蔵の名が見られる特徴があります。
 附下札では、名主はすでに儀八となっています。

宛先が「職奉行」となっていますが、これは松代藩独自の役職で、善光寺を含む寺社修験を支配し、領民に関わる訴訟・刑事事件の裁判などを扱いましたが、天保14(1843)年の改革で、職奉行は廃止されています。(真田家文書目録その4解題より)

2023/01/16

もんじょ紹介展示「穀町・田中下屋敷のアーカイブズ」

09:55:24, カテゴリ:  

須坂市文書館 もんじょ紹介展示のお知らせ
穀町・田中下屋敷のアーカイブズ
      -田中駒治家文書 明治・大正期の史料を中心に-

会  期:令和5年1月12日(木)~3月31日(金)
開館時間:午前9:00~午後5:00
休館日:土日・祝日
会  場:旧上高井郡役所1階 須坂市文書館展示室

田中駒治家は、田中本家初代田中新十郎の弟平左衛門に始まり、市十郎、彦兵衛、作之助、駒治と続いてきました。また、通称「田中下屋敷」と呼ばれ、田中本家の分家として江戸時代後期から明治・大正まで油問屋・製糸業・酒造業など幅広い事業を展開し、須坂の経済発展の一翼を担ってきました。
今展では、明治・大正時代を中心とした史料をピックアップし、1 明治時代の製糸業関連資料、2 日露戦争に出征した兵士の手紙や日露交戦地図、3 「大正デモクラシー」期に須坂で発行された地方新聞、3 同時代の広告チラシや絵葉書などから須坂の製糸業の一端、また当時の人々の暮らしなどといった同家史料を展示し、須坂市製糸業の一端及び当時の世情などを窺います。

主な展示史料
1 製糸業と田中下屋敷 
「横濱生糸商况報告」(商况社・澁澤商店)、「横濱貿易新聞」(横濱貿易新聞社)
「乙号 製糸記載簿」、「生繭荷請帳」、繭送り状、「工女約定証」、「工女賃金規定」ほか

横浜製糸商況報告

工女賃金規定

2 日露戦争と須坂の人々
  「日露交戦地図」、「旅順陥落祝捷歌」、戦地からの手紙、長野新聞号外ほか
日露交戦地図

旅順陥落祝捷歌

3 長野発信のローカル新聞
「須坂新報」、「北信朝日新聞」、「信濃民衆新聞」、「自治新報」
須坂新報創刊号

4 大正時代の絵葉書と広告チラシ
「アート・スミス日本来遊紀年絵葉書」、市内商店の広告チラシなど
酒商組合

トピック
「明治38年須坂図書館夜学会開設通知」、「(昭和30年代)京都観光絵葉書」
須坂図書館夜学会開催通知

2023/01/11

投票で村役人選出「役替入札人別帳」

11:42:25, カテゴリ:  

「もんじょ紹介№5齋藤和義家文書」から
投票で村役人選出「役替入札人別帳」

 須坂市議会議員選挙が1月29日告示、2月5日投開票の予定です。私たちの代表は選挙により選出されますが、江戸時代はどうであったのでしょうか。
江戸時代、幕府や藩は、農村などを支配するために代官や町奉行といった役職を置きました。農村では、村役人を通じて幕府や藩の命令が農民たちに伝えられました。村役人は村方三役とも言って、名主、組頭、長百姓(地域・時代により呼称は違う)の三役があり、通常の村の行政は、村役人らを中心に進められました。
名主は、村の責任者として村民を代表し、村民の行為に対しても連帯して責任を負っていました。同時に実務面では、年貢の割り付けと徴収、水利土木に関することから、宗門改め・宗旨送りなど戸籍に関すること、風紀・消防・衛生や警察的な治安に関すること、訴訟の仲裁・各種の証明など村政の全般にかかわっていました。組頭は名主の仕事を補佐し、長百姓は村民に代わって名主の仕事を監視する役目をもっていました。
 これら村役人の決め方はさまざまであったようです。今回は名主など村役人を選挙で決めた記録です。

①役替入札人別帳 正月25日
訳替入札人別帳

②「忠兵衛・勘左衛門・宇右衛門・茂左衛門・新左衛門・・・」93人の名前が列記されていますが、これは福嶋村の有権者あるいは投票者でしょう。
人別帳1

人別帳2

人別帳3

次は入札(投票)の結果です。
③「名主」は、名右衛門に◯が51、勇左衛門26、九兵衛15で名右衛門が投票総数92票の過半数を得て当選。
④「組頭」は、定数2人に12人の候補者が上がっています。市郎治が58、源之亟丞が35で当選。次点は27の新兵衛です。この役には3人の0票が見られます。入札総数は177です。
⑤「長百姓」も定数2人。九兵衛が49、勇左衛門が44で当選。また名主選でも両人はそれぞれ15票、26票を得ています。一方名主に当選の名右衛門も22の入札でした。なお、この長百姓の入札には、候補者らしき名が11人挙がっていますが、そのうち1人は1票、2人は0。入札総計は174となっています。

入札結果1

入札結果2

⑥入札で選ばれた福嶋村三役の名を記す職奉行あて文書

職奉行宛文書

この開票記録から福嶋村の役人入札方式を推測すると、まず役員候補を挙げる(自薦・他薦のいずれか、或いは両者か)。次いで各自が各役職について定数内で連記する投票方式が想定されます。

※村役人の決め方をめぐって、須高地域の記録から
◯安永6年(1777)5月幕府領の井上村で「年貢勘定をめぐって小前騒動起き9月の村定めに、名主1人として総村中入札と極める。」(須坂市史)
◯文政8年(1825)椎谷藩領の中山田村方騒動の済口証文に「名主役の儀は、3ヶ年番、入札と相定(中略)、かつ組頭、百姓代なども右に準じ3ヶ年と相定め候事」(高山村村史)
など投票による村役人の選出の動きを見ることができます。

次回は名主などを世襲により決めていた文書を紹介します。

2023/01/10

須坂市域の史料目録№13を発刊しました

09:44:32, カテゴリ:  

文書館では、市誌編さん時から、収集した古文書等の史料の目録を作成して公開していますが、それら目録を数件ずつまとめた冊子「須坂市域の史料目録」を刊行し、1冊千円で頒布しています。

この度第13集を発刊しました。
史料目録第13集画像

第13集の掲載内容は次のとおりです。
053丸山行勝家文書
054福島町第六番組所蔵文書
055野辺町区有文書
056亀倉町区有文書
057牧久雄家文書
058福島新田文書
059米山嘉一家文書
060田中敏治家文書
061高内鉄弥家寄贈文書
062坂田近右衛門家文書
063牧七郎右衛門家文書
064水野寿夫家文書
065黒川真家寄贈文書

第1集から12集まではこちら(須坂市ホームページ)をご覧ください。

2022/12/21

小河原村から福島村お湯樽受取文書

14:50:30, カテゴリ:  

寒さも厳しさを増し、温かい温泉はとても気持ちが良いものです。
時代劇で、将軍にお湯を献上するシーンが出てくることがあります。もちろん記録に基づいてのことですが、今回は、吉池一彦家文書から、福島村が小河原村(共に松代藩領)からお湯樽を受け取った文書をご紹介します。


B-515
御湯樽弐本、慥ニ
受取申候、但右御樽
弐本所々たし
仕候、右之通リ兼而
御断仕候、以上
  九月十五日
      福嶋村 印
 小河原村


B-518
一御湯樽四樽、内弐樽
少々もうり候、右之通
慥ニ請取申候、已上
 九月廿五日
    亥ノ刻 福嶋村 印
   小河原村

【解説】
御用状の受取状と共に残されていた文書で、お湯樽の運搬及び受取の内容がわかります。松代領内の温泉地湯田中(湯田中村、佐野村、沓野村は松代藩領であった)から継送りでお湯樽を運んだものと思われます。湯樽に「御」がついていることから、藩主の御用と推測できます。ある藩主は、痔疾のため参勤交代の帰路を中山道から甲州街道に変更し、温泉療養をしたとされています。

松代にも温泉は古くからあり、江戸時代中期には温泉場も開設されていたようですが、わざわざ湯を運んできているのは良い効能があったのでしょうか。

◇古文書等寄贈、寄託のお願い
文書館では須坂市(旧須坂藩域を含む)に関係する歴史史料の散逸・滅失防止を図り、地域の歴史を掘り起こし、研究に資するため、市民共通の財産である須坂市や関係する古文書などの収集・整理・保存・活用事業を行なっています。
 そのため、お持ちの古文書などについて寄贈、寄託していただきますようお願いします。

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