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投稿の詳細: 文書館だより「神社合併御届」

2026/03/11

文書館だより「神社合併御届」

13:52:49, カテゴリ:  

神社合併御届(もんじょ紹介№12五閑町区有文書から)

今回ご紹介する文書は、五閑町に残されている文書で、明治33年に村社五閑神社を村山神社に合祀することを長野県令に届け出たものです。

明治維新において、明治政府は天皇を中心とした中央集権国家体制の確立を目指し、復古神道を精神的な支柱とし、神道国教化政策を推し進めるために、神仏分離令を明治元年(1868)に発した。これにより、仏教寺院・仏像・仏具などが破壊・破棄される「廃仏毀釈」が行われたことは広く知られていますが、各村にあった神社の統合「神社合祀」も明治初期から行われました。
神社合祀とは、複数の神社が合併し、祭神を合わせて祀って一社になること。狭義には内務省地方局の主導にて実施された地方改良運動の一環として、明治39年(1906)ごろから本格化し、大正6年(1917)ごろに終息した神社整理施策のことを指す。この時期全国で約7万2千社の神社の整理が実施された。明治初期にも神社の統廃合は実施されたが、神社合祀が政府において検討されるようになったのは、明治33年の内務省神社局設置以後の事であり、そのねらいは小規模の村社や無格社を整理統合し、府県社や郷村社に対する神饌幣帛料を共進できるような体制を創出することにあった。
(一部「明治時代史大辞典」より抜粋)
上高井誌によると、須坂地域で合祀が行われたのは、
小坂神社10社、霧原大元神社1社、墨坂神社(芝宮)6社、越智神社3社、天神社(井上)3社、米持神社1社、椚原豊守神社4社、生守神社7社、亀倉神社1社、墨坂神社(八幡)10社、灰野神社9社、坂田神社3社、諏訪社(日野)2社、小河原神社3社、建御名方神社4社、相杜神社1社
の68社にのぼっています。
なお、上高井誌及び上高井郡誌では、村山神社の社名は(日野)諏訪社とされています。

【神社合併御届】
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神社合併御届
上高井郡日野村大字五閑
一 五閑神社
右神社の氏子は日野村大字五閑此の戸数15戸の小部落
にして、将来到底維持仕兼ね候に付き今般其村大字村山
河東村山神社へ合社其義、双方協議相整へ候に付、関係
氏子総代連署を以て此の段御届に及び候也
明治33年7月31日
上高井郡日野村大字村山
河東村山神社氏子総代 小平磯吉 印
同               小平直治 印
同               黒岩助右衛門 印
同郡同村大字五閑氏子総代
 羽生田磯右衛門 印
同郡同村大字五閑氏子総代
 羽生田藤之助 印

長野県知事 押川則吉殿

【御届】
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御届
上高井郡日野村大字村山
一 河東村山神社
 神職 酒井薫
 年給額20円也 但し神職兼務神社
右今般縣令第37号により神職給額相
究め候に付き、此の段御届候也
明治33年7月31日
上高井郡日野村大字村山河東村山神社
氏子総代 小平磯吉 印
同     小平直治
同     黒岩助右衛門 印

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