信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

2018/02/05

先輩移住者に聞くVol.11/須坂市峰の原高原ペンションふくながのオーナー福永一美さん

Permalink 11:27:47, カテゴリ: インタビュー記事  

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンションふくながのオーナー福永一美さんにお話をお伺いしました。
◆1972年12月に兵庫県宝塚市から移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
私の両親がペンションをはじめるということで一緒についてきたというのがきっかけです。
ですので、峰の原高原に引っ越してきた日が初めて峰の原高原に来た日です。
両親は見ず知らずの田舎に引っ越すときは、周りがみんな移住者のところに引っ越した方がしがらみもなく、しかも、いきなり集落に入ると慣れるまで時間がかかるということもあり難しいと考えたみたいです。それならば一から新しい集落を作った方が都会から移住してもハードルが低いのではないかと思ったらしいです。
当時、信州で何件かペンションヴィレッジが開発されていた中で、比較的市街地に近く、スキー場にも近く、さらに東京からも簡単に来られる峰の原高原を選びました。

●須坂・峰の原高原で生活して良かったこと、苦労したこと
みんな気楽だったことです。私たちは先住者だったので、郵便も新聞も配達に来ない、電話もひけない、ごみも収集に来ないような状態だったので大変でした。
しかし、それはうちだけではなく、ここに住むみんなが大変だったので、協力しながら努力してきたので一から作る楽しさ、今でいうベンチャー企業のような楽しさというものがありました。
ただ自分たちの作ったところではのびのび暮らしていましたが、一歩外に出ると昔からある地域なので、そこでいろいろなしがらみがあり、わからないところがたくさんありました。
しかしながら、今でも峰の原高原にはそんな気楽さ、住みやすさがあります。寒さとかインフラ的なものは覚悟してここに住んでいるので気にはなりません。
今の年齢でここに来たならば、今までの都会の暮らしがあったから馴染まなかったかもしれませんが、20代で来ているので、何とかなりました。
若い時に来て、いくらでも失敗して、やりなおすことができるというのも気楽にできた理由なのかもしれません。

●須坂市・地域おこし協力隊への提案
もっとアウトドアやアクティブに活動して欲しいです。また、もっと社会経験を積んでくればもっと簡単にできるのかなと思います。そのように使われるのに慣れていればもっと頼めるのかなと思います。
また、須坂市には、行政が民間の代わりに何かをするのではなく民間がやりたいといったことを手伝ってほしいというか、頭ごなしに否定するのではなく話をきちんと聞いて協力してほしいと思います。

●移住を希望する方へ「気楽に楽しむ」
肩の力を抜いて、楽しんでください。無理をして、ああしようこうしようとするのではなく、移住もとりあえずやってみるかくらいの気軽な気持ちで望むと長続きするのではないかと思います。
移住への期待が大きすぎると、期待と現実のギャップが大きくなってしまい挫折してしまうかもしれません。峰の原高原は気楽なところですので気楽にきてください。

ペンションふくなが
http://www.tim.hi-ho.ne.jp/kfukunaga/
〒386-2211 長野県須坂市峰の原高原
TEL0268-74-2729

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

「まちの未来をデザインする会社」地域総合計画

Permalink 09:34:34, カテゴリ: インタビュー記事  

<須坂しごとラボVol.19>
代表者名:野平芳一
従業員数:31名
創  業:昭和52年
事業内容:都市計画、交通計画、土木設計、測量、ソフトウェアの受託

きれいに整備された町が、いったいどれくらいの期間をかけて出来るのかご存知ですか?
人々が暮らしやすい環境を何十年も前から予測し、まちづくりに貢献しているのが建設コンサルタント会社です。
建設コンサルタントは、国土交通省の登録基準に基づき登録された企業で、国や県、市町村の行政機関などに対し専門家の視点から技術的な提案を行い、地域で暮らす人たちとともにまちの未来を描いていく仕事です。
須坂市臥竜公園近くを流れる百々川にかかる臥竜橋のたもとに、昭和52年創業の建設コンサルタント会社、地域総合計画があります。
周辺は里山の景色が目に入り、色とりどりの季節が感じられる場所です。
社長の野平芳一さんは現在67歳。生まれ育った須坂市を今も深く愛する社長です。

●ふるさとに対する深い思い
地元の大学で土木を専門に学んだ野平社長は、卒業後、東京の大手コンサルタント会社に就職しました。
勤務して2年後、母親の死去により実家のある須坂市に戻ってきました。
「東京時代の会社とのつながりで業務を依頼されたのがきっかけで、地元の須坂市で今の仕事をやっていこうと会社を立ち上げました。昭和62年に国家資格である技術士(建設部門・平成14年に総合技術監理部門合格)を取得しました。ふるさとの須坂市に対する熱い思いが今の仕事にはあります」と野平社長は話してくれました。
本当はダム建設に関わる仕事をするのが夢だったと野平社長は言います。豊かな自然に囲まれた須坂市で育ったからこそ描いた夢ではないでしょうか。

●取り組んでいる事業内容
都市計画の策定に至るまでには、そこで暮らす住民との懇談会や説明会、アンケートなどの調査は欠かせません。
実施後にデータ化した結果は、技術提案する際の大切な資料になります。
この調査成果などのとりまとめでは活力ある若手が活躍しています。
まちの将来像を提案するためには、収集した様々な資料から計画づくりや設計へと形にしていくチームワークが重要になってきます。
「主に官公庁から受託する仕事が中心です。道路や河川の土木関係の設計や、住民が利用するバスなど公共交通網の検討、将来にわたって暮らしやすいまちの姿を立案する都市計画など人々の生活に密着した仕事をしています。これまで、長野県内19市すべてにおいて、まちづくりに関するお手伝いをしてきました。今後も、地域に役立つコンサルティングをしていきたいです」
野平社長は、長野県の各地域を大切に思っていることを伝えてくれました。


<整備前と整備後>仕事の成果が形になります

●Uターンで働く社員
今、日本では地方の人口減少が大きな社会問題となっています。時代の流れを見通しながら、その地で暮らす人々にとって、いかに住みやすい環境を作り出せるかが建設コンサルタントの課題です。
若手社員の西澤貴文さん(28歳)も自分のふるさとの役に立ちたいと希望を持って働く一人です。
「現在は都市計画事業部に在籍しています。策定資料のもとになる住民との懇談会やワークショップ、調査関係などをとりまとめていますが、とてもやりがいのある仕事です。出身は長野市で、首都圏の大学を卒業してUターンしてきました。首都圏で生活していても隣同士の繋がりはなく『ただ住むだけの場所』という感じでした。田舎は地域を広く見渡すことが出来ますし、知りたいと思う場所もたくさんあります。全国を巡ってまちを見るのも勉強になりますが、地方だとジワリジワリとまちが変わっていくのが実感できます。いつか自分が住む地域の役に立てることが夢です」
西澤さんは、現在の仕事が目に見える魅力ある仕事だと話してくれました。
地域総合計画ではIターン者も積極的に受け入れています。長野県外の状況を知ったうえで働くのは、経験を生かしながら違った目線で仕事ができるのではないかと期待しています。


住民とのワークショップの様子

チームワークで課題を解決

●大好きな町、須坂市
地方には地域総合計画のような建設コンサルタント登録事業所はそう多くありません。
地域総合計画で働く社員の中には東京での経験を生かしてUターン就職した方が多くいます。
地元に帰ってきて、これまで学んできた技術やスキルを生かせる職場があるというのは、地域社会にとっても貴重な『人材の受け皿』であるといえます。野平社長本人もまた、東京での経験を経てふるさとにUターンした一人です。
「大好きなふるさと須坂市をこれからも発展させていきたい。住みやすいまちを目指して計画づくりをすることは、医者で言うと内科的な仕事です。『まち医者』として働くことが私たちの使命であり、この会社はその診療所であると思っています」
野平社長は大好きな須坂市に貢献し続けたいと熱く語ってくれました。

●社員の働き方と求める人材
現在、地域総合計画では31名の社員が働いています。若手とベテランが融合し、まちの将来像を実現するため新しい提案を生み出しています。そこには8人の女性の活躍が大きく、会社にとっても大きな支えとなっています。
土日祝日は基本的に休みですが、平日に集まることが出来ない住民との懇談会や説明会を休日に設けることもあります。時間外勤務は月あたり15時間程度であり、この業界では比較的少ないとのこと。業務上の必要性と休暇の取得をバランスよく計画していくことで、より働きやすい環境づくりを考えています。
求める人材について野平社長は「やる気のある人、まちづくりに興味のある人です。まちに目を向けることができ、まちづくりに思い入れのある人と一緒に働けたら嬉しいです。移住者は、これまで違う地域で暮らしてきているので、客観的にまちを見ることができる。そのような視点は業務に活かせるのではないでしょうか。また、これからのまちづくりは女性の視点も重要であり、女性が働きやすい職場環境づくりにも力を入れていきたい」と話してくれました。

人口減少や少子高齢化の進行など、社会情勢が大きく変わりつつある中で、社会のニーズも変化していきます。建設コンサルタントの仕事は、そこで暮らす人々の幸せを願う未来への案内人としての役割も果たしているかもしれません。まちづくりに関わりたいと考えている方、須坂市でまちの未来をデザインしてみてはいかがでしょうか。

◆社員の採用情報と応募について
地域総合計画は、地域密着のまちづくり企業として、官公庁など県内外の都市計画、交通計画、土木設計を行っています。現在、まちづくりや土木設計を行う技術者を募集しています。(特に土木設計技術者は急募!)国家資格の技術士やRCCM(シビルコンサルティングマネージャ)、測量士等の有資格者は優遇します。会社説明および見学は随時受付けていますのでお気軽にお問合せください。

地域総合計画ホームページ
http://www.chiikisougou.co.jp
(現在、ホームページの更新作業中です!)

お問合せ先
株式会社 地域総合計画
〒382-0037 長野県須坂市大字野辺1354-1
電 話 026-248-3645
FAX 026-248-1305
(採用担当:企画室 檀原)

(信州須坂移住支援チーム 豊田)

2018/01/22

須坂・暮らしサポート情報⑬『地方の田舎暮らしに車は必需品です』

Permalink 12:53:35, カテゴリ: お知らせ  


東京や大阪など大都市から須坂市へ移住を希望される皆さんと移住相談会でお話をする時、須坂市で生活する場合、車は必需品であることを伝えています。田舎暮らしでは、車が「ある」と「ない」とでは生活スタイルが大きく変わってきます。都会で暮らす皆さんが地方での暮らしをイメージできるように、田舎での車の生活あれこれをご紹介します。

●一家に一台より一人一台の生活環境
 「地方で生活するなら車があった方が絶対便利ですよ!」
須坂市でも移住希望者から相談を受けると必ずと言っていいほど車の用意をおすすめしています。須坂市民の車の所有状況は、一世帯あたり約1.67台という統計調査からも分かるように、一家には一台から二台、夫婦であればそれぞれが一台ずつ所有している世帯が多いです。町の中を見渡しても徒歩や自転車より車で移動する人の方が断然多いです。須坂市民にとってアパートやお店は「駐車場付き」が普通の感覚です。

●車があると便利な点
 昨年、東京都内から須坂市に移住したKさんご夫婦は、引っ越してから直ぐに軽自動車を購入しました。平日はご主人が通勤に使っていますが、休日は買い物に大活躍していると話します。
「車があるとたくさんの荷物が一度で運べるので便利です。自然と買い物の量も増えます。今までビールの箱買いなんてしたことがありませんでしたからね。飲む量が増えて困ります」と笑って話してくれました。町のスーパーには広い駐車場が必ずあるので、家から店舗の前までドアtoドアの移動も可能です。
 また、日常の暮らしでは、ご主人が夜、仕事から帰宅したあと車で温泉に出かけることもあるそうです。須坂市周辺には車で10~20分ほどの場所に日帰りで入浴可能な温泉がたくさんあります。「車があればサクッと温泉に行けるのでうれしいです。週に一度は必ず行っています」
だから都会では不要でも田舎暮らしに車は必要なんですね。

●自家用車を有効活用できる田舎暮らし
 地方は、電車やバスなどの交通機関が都会に比べると不便です。例えば長野駅から須坂駅を結ぶ長野電鉄は1時間に3~4本なので、前もって時刻表で調べておかなければ、乗り過ごした次は20分、30分先・・・なんてこともあります。昨年東京から移住したKさんご夫婦は、須坂市で電車を利用する際は時刻表を見てから乗るようになったと都会と田舎暮らしの違いを話してくれました。
 自家用車なら1分や2分の時間を気にせずに自分のペースで目的地へ向かうことができます。田舎で自家用車を持つことは、いつでも自由気ままに行動できることが大きな利点です。

●都会の人はよく歩く
 都会の駅構内で、背中を丸めたお年寄りが歩いているのを結構多く見かけます。電車を乗り継ぐにも階段を上り下りしてやっとの思いでホームにたどり着いているのです。辛そうな姿勢で、ましてものすごい人混みの中、ちゃんと前が見えているのだろうかと心配になるほどです。このように都会の人は若者から年配の方までよく歩きます。歩くことは悪いことではありませんが、車という手段があればもっと楽に早く目的地までたどり着くことができ、しんどそうに歩く姿も減るのだろうなと考えることがあります。
 一方、地方で暮らす多くの人々は、農作業やスーパーなど買い物に行くために気軽に車を使用しています。「ちょっとそこまで」という距離でも移動手段は車。田舎暮らしをする人々にとって車はなくてはならない生活必需品です。

●車にかかる費用はどれくらい?
 車を持つと、ガソリンなどの経費や維持費がかかります。購入の際は取得手続きに諸経費が伴い、普通乗用車で30万以上、軽自動車であればその半額くらいが目安です。購入して3年後には車検を受ける必要があり、専門業者に依頼して点検等を行います。車検の法定費用は、例えば軽自動車なら35,000円前後(自賠責保険、重量税、印紙代)と点検の際に発生する整備費や修理代などです。そして任意保険と年一度の自動車税の支払いがあります。また、冬用のスタッドレスタイヤの購入も必要です。12月初冬に普通タイヤから履き替え、4月半ば過ぎに普通タイヤに戻します。車を購入すると、それに付随してかかる費用が多いのも事実です。

●運転の不安を解消できます
 田舎での暮らしには車で行動するのがおすすめです。地方への移住を検討している皆さんには、ぜひ、免許の取得をおすすめします。免許がない方やペーパードライバーで自信が無いという人もご心配なく!須坂市には自動車学校が2か所あります。通常の免許取得コースの他、希望により1時間約5,000~6,000円でペーパードライバー講習を受けることが可能です。

 車には保険や税金、スタッドレスタイヤの購入など様々な費用がかかります。それでも田舎で暮らす人たちは、車の費用の確保を優先的に考えるのが通常です。それは車が生活の一部だからです。いかに田舎暮らしには車が必要であるかお分かりいただけると思います。
 通勤はもちろん、休日のお出かけにも必ず自家用車が活躍します。移住後は、都会では味わえなかった美しい自然の景色を楽しみながら豊かなカーライフを楽しんでください。

(信州須坂移住支援チーム  豊田)

須坂市で頑張る新規就農者を支える家族Vol.10「祖父の果樹園を継ぐことを提案」

Permalink 11:18:34, カテゴリ: インタビュー記事  

◆湯野澤さゆりさん
2017年3月に東京都板橋区から夫と移住

東京で高齢者向けの運動指導の仕事をしながら充実した都会暮らしを送っていたさゆりさんとご主人の宏健さんが、須坂への移住・就農へと至ったのは、須坂で農業を営むさゆりさんのおじいさんの跡を継ぐためでした。
外孫のうえ既に嫁いでいたさゆりさんとご主人である宏健さんに降ってわいたような果樹農家の跡つぎ問題は、蓋をあければとんとん拍子に話が進み、お二人が須坂に引っ越しきたのは2017年の3月。須坂での暮らしや楽しみ方など、いろいろ模索中のさゆりさんにお話しを伺いました。

●夫が農業を目指すまで
私の母の実家が須坂で果樹農家なのですが、農業を切り盛りしていた祖父が3年ほど前に体調を崩し入退院を繰り返すようになりました。そのような状況になり表面化したのは祖父の農園の後継ぎ問題。そこで、夫に祖父の果樹園を継ぐことを提案してみたのがきっかけです。
夫は秋田県の兼業農家出身のため農業に寛容で、また彼は大学時代に冬は白馬でロッジを手伝いながらウインタースポーツを楽しむために毎年長期滞在をしていた経験もあり、長野県に住むことにも好意的でした。夫の両親も彼が私の祖父の果樹園を継ぐことに賛成してくれたこともあり、とんとん拍子に話が進んで、2017年の3月に須坂に引っ越してきました。
夫が果樹園を継ぐことになり、祖父は「後継ぎに農業を教え込むまで元気にやらないと!」と周りの方にも言っているそうです。たしかに入退院を繰り返していた頃から見るとだいぶ元気になり、生きがいのように感じてくれているようです。そんな祖父の様子を見られるのも嬉しいことです。

●須坂で生活してみて
まだ引っ越してきて10か月ほどなので、須坂暮らしは手さぐり状態ですが、あえて挙げると、都会と地方はお金や時間の「使い方」が違うと感じます。
「地方暮らしはお金がかからない」というイメージを持たれている方が多いと思うのですが、例えば地方は車が必須であるとか、都会では考えることのなかった思わぬ出費があったり、移動などで時間がかかったりすることもあります。移住を考えている方は、その地域についてよく調べてこられることをおすすめします。
良い点を挙げると、都会に比べて自然が豊かなことと、食べ物がおいしいということに関しては、間違いありませんね。

ご主人の宏健さんは、さゆりさんのおじいさんと共に果樹園で働きながら農作業、農業経営を学んでいます。当面の目標は農園の規模拡大。稼げる農業のスタイルを探っています。また、仕事だけでなく、須坂を拠点にアウトドアで遊べる場所を探したりして、信州須坂暮らしを前向きに楽しんでいるようです。
一方、このインタビューの時点で、さゆりさんは初めての出産の予定を2週間後に控えていらっしゃいました。今年の春に移住してきてから間もなくして妊娠し、農業に挑戦するご主人を見守りつつ日々変化していく自分の体調と向き合いながら過ごしたこの10か月は、心細さや不安も覚えたことでしょう。充実していた東京暮らしのことや東京にいる親しい人たちの顔を思い出しては、淋しさを感じることも多かったといいます。
しかしその淋しさは移住者にとっては特別なことではなく、誰もが心に抱えているもの。淋しいと思うからこそ、会いたい、会いに行くね、と、交流が生まれるのではないでしょうか。
さゆりさんと宏健さんの須坂内外に繋がるたくさんのご縁が花開く日が楽しみです。

須坂市地域おこし協力隊  田島和恵

2018/01/09

先輩移住者に聞くVol.10/須坂市峰の原高原ペンション山羊のオーナー新田さんご夫婦

Permalink 09:34:04, カテゴリ: インタビュー記事  

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンション山羊のオーナーである新田克己・敦子さんにお話をお伺いしました。
◆ご夫婦で昭和59年に東京から移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
新卒で企業に入社した時にちょうど日本で初めてペンションというものができた時代でした。
会社でサラリーマンをしていくなかで、それに憧れて自分は日本的な民宿風ではなくて、洋風のパータンの民宿をやりたいと考えていました。それが一番のきっかけです。
そして、なぜ峰の原高原を選んだのかというと、当時、開発会社の人に色々な場所を紹介され、例えば東北地方だったり長野県内だったり、峰の原高原もその一つだったのです。
その中でも峰の原高原は他に比べ、東京からのアクセスが良かったのと値段が安かったのとで始めやすかったのです。

●須坂・峰の原高原で生活して良かったこと、苦労したこと
私たちが峰の原高原に来た昭和50年代後半は、原が開発され始めて10年もたたない頃でした。
その時は庭に大きな石があったりして、ペンションの周りを整備することから始めないといけませんでした。さらに木も今より茂ってないので笹ばっかりの場所でした。
また、最初のうち知名度もあまりないのでお客さんが予想よりも来ないということがあり、当時の風潮としてペンションに憧れというものはありましたが、現実はお客さんが来ない日のほうが長かったです。
やることはたくさんあるのですが、お金が発生しないので大変でしたね。しかし、生活していく中で、この峰の原高原の良さというものが分かってきました。
特に子どもができてから実感しました。病院は遠いところにありますが、隣接する上田市の菅平高原地区には保育園から中学校までありますので越境通学で通わせることができ、山の上にある他のリゾート地よりも子育ては充実しています。
夏は涼しくて最高に良いです。サラリーマン時代とは違い仕事にメリハリがつけられるのもいいと思います

●須坂市・地域おこし協力隊への提案
まず、お客さんを呼ぶことによりここが潤います。そこを工夫してもらいたいです。
例えば冬だけではなく夏もスキー場を活用するなどシーズンを通して峰の原高原に滞在してもらえるようにして欲しいです。それには、ペンションに活気を取り戻してほしいです。
昔あった縁日なんかも復活すると面白いかもしれないです。さらに中高年以上の趣味のイベントが多いので、もっと若い人に来てペンションに泊まってもらえるようなイベントを企画してもらいたいです。

●移住を希望する方へ「昔取った杵柄ではダメ」
まず「昔自分は○○だったから」という考えは捨ててください。というのも同じ業種ならよいのですが、普通皆さんはペンション経営においては初心者です。
スタートラインは同じなのです。今までの生活をそのまま持ってくると失敗します。
そして、峰の原高原はおおらかな部分もあるので、あんまり神経質にならないことがここで生活していくことだと思います。

ペンション山羊
http://yagi.travel.coocan.jp/
〒386-2211長野県須坂市峰の原高原3153-696
TEL0268-74-2337

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

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