信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

2017/05/18

須坂市で頑張る新規就農者を支える家族Vol.2/「須坂は子どもの成長にとてもよい環境」Aさん

Permalink 12:26:33, カテゴリ: インタビュー記事  

Aさん◆30代、夫(就農3年目ぶどう生産者)と子ども3人(10歳、7歳、4歳)2013年1月に神奈川県から移住

●夫が農業を目指すまで

須坂市に移住をしてきたのは2013年の春、長男の小学校入学のタイミングでした。
私が夫から就農・移住の具体的な可能性を聞いたのがこの数か月前、お正月を迎える頃だったと思います。
夫は神奈川で酒店の店長として働いていたのですが、「自分でモノをつくりたい」という想いを抱き、長いこと、どこで何をつくるか、そのための足掛かりをどうするかなど、様々な面で徹底的に調べていたようです。
“長野県で就農をする”という方向性に辿りついたタイミングが、長男の小学校入学を控えた冬だったわけです。その時は突然のことだったのでとても驚きました。

●須坂を選ぶまで

私は夫から移住や転職(就農)について相談などを受けたことはないのですが、信頼する夫の選択に反対する理由など一切ありません。
夫が真剣に調べ検討し一歩一歩進んでいく姿を傍らで見守っていました。

●須坂で生活して良かったこと、苦労したこと

良かったこととしてまず挙げたいのは、須坂は子どもの成長にとてもよい環境であるということです。
たとえば子どもたちの小学校では、地域の方を先生に迎えて授業をしたり、保護者も一緒に参加する伝統的なイベントなどがあったりします。
学校任せだけではなく、地域の大人たちがみんなで子どもを育てるというような温かい雰囲気があります。
また、小学校への通学路は畑に囲まれた道なので、季節ごとの畑の様子や植物の成長などを自然に見て、吸収し、豊かな感性が育まれるのではでしょうか。
子どもが小学校の近所にあるぶどうの共撰所を見学した時、「お父さんの名前の入ったぶどうがあった!」と嬉しそうに言っていました。
都会に住んでいたら共撰所を見学したり、さらにそこで自分の父親の名前を見つけるという経験などなかなかできることではないでしょう。とても感動したようですよ。
苦労したことといえば、移住当初、私は車の運転ができなかったので移動の都度夫に車での送り迎えをしてもらわなければならなかったことでしょうか。
市内にはコンビニやスーパーなどの小売店はたくさんあるので、ちょっとした買い物には自宅から徒歩で行けるところで済ますことが出来るのですが、やはり、ここでの暮らしには車は必需品ですし、運転のスキルも必要ですね。

●移住希望者へメッセージ

自然を身近に感じながら暮らせることが須坂市のいいところです。
特に、子どもが自然を見たり触れたりしながら成長できる環境は素晴らしいし、そんな子どもたちの様子を見るのは親としても嬉しいですよ。

●インタビューを終えて

今回お話しを伺ったAさんは、もともと子どもに英語を教える仕事をされていました。
現在は家庭を守る主婦として、地区の活動や子どもたちの送り迎え、学校・保育園の行事への参加などに加え、ご主人と共にぶどうを育てています。
インタビューで質問をするたびに、“須坂への移住は子どものためにもとても良かった“というお答えが返ってくるのが印象的な、優しいお母さんでした。
また、Aさんがそんなふうに思えるのも、移住・就農について多角的に調べ熟考を重ねられたご主人の決断があったからこそでしょう。
強い信頼で結ばれたご夫婦の絆も垣間見えたインタビューでした。

2017年 4月17日インタビュー   須坂市地域おこし協力隊  田島和恵

2017/05/08

先輩移住者に聞くVol.2/大平真則さん・仁美さん夫婦「須坂市峰の原高原ペンションオーナー」

Permalink 12:25:27, カテゴリ: インタビュー記事  

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。今回は須坂市峰の原高原地区の「ペンションリミニ」のオーナーである大平真則さん・仁美さん夫婦にインタビューしました。
◆平成8年10月に大阪府寝屋川市から移住

●ペンションオーナーになったきっかけは父の誘い
 「ペンションオーナーになる前は大阪府寝屋川市に住んでいました。昔、私の父が峰の原高原のパウダースキーがお気に入りで峰の原高原スキー場に滑りに来て、ペンションリミニの初代オーナーさんの時に泊まりに来たという楽しい思い出がありました。時が経ち、このペンションが売りに出されるということを聞いて、父が飛びついて見に行こうという話になり、父と母と私の家族がペンションオーナーとしてまずはじめに住み始めました。父は、お気に入りのスキー場がありスキーやペンションの思い出がたくさんあるここ須坂市峰の原高原だから良かったのであって、他のところでは考えられなかったです。さらに、大阪に7人で暮らすより峰の原高原に来てのびのび暮らすほうが気に入ったというところもあります。今では、たまに大阪に帰っても早く戻ってきたい場所になっています。」

●須坂で生活して良かったこと、苦労したこと
 「やはり、この自然の中でのびのびと子育てできる環境があるということが一番です。私たちも5人の子どもたち(その中には生後6ヶ月の娘もいました)を連れて峰の原高原にやってきましたが、20年経ってその子が成人するまで元気に育てることができました。土・日曜日のお休みは家族でバーベキューをみんなでしたり、子どもと一緒に工作をしたり、枯葉を集めて焼き芋をしたり、屋根の雪を下ろすときにはがんばって!と応援してくれたり、いつも子どもと一緒に何かをすることができます」
「逆に、交通が不便なところなので、買い物するにも、病院に行くにも車で山を降りて市街地まで出ていかなければなりません。今では、車の運転が好きで慣れてしまったので、そこまで苦労することはありませんが、20年前は須坂市内もそこまで栄えていなかったので、こんな不便なところに住んで大丈夫なのかと不安になったこともありました。また子ども達の送り迎えも大変でした」
「ペンションだけでは生活が成り立たなかったので、平日は、夫婦2人で子どもを両親に預けて一日中バイトをして生活費と子ども達の学費を稼いでいました。」

●地域おこし協力隊への提案
 「峰の原高原地区は高齢化してきているので支えてほしいです。たとえば、市街地に降りるときは一声かけて一緒に送ってもらうとか、人数の少ない村なので、地区の皆さんがおしゃべりする機会と場所を作って、みんなの交流の場をもっと増やしてほしいです。」

●移住希望者へ「四季を感じて楽しんでほしい」
 「自然ですかね。冬がこんに大変だったから春がこんなに楽しい、春がこんなに楽しかったから夏もこんなに楽しいのだろうなというように季節感を楽しんで味わってほしいと思います。大阪にいたときより四季を大切に感じ、何月になったらこういう風になるだろうなと楽しめるようになりました。私自身はこれまで子育てで大変でしたが、子どもが大学を卒業した後、これから自分の時間を楽しむことを考えていかないといけないかなと思います。もちろんお客さんは大切ですが空いた時間も多いので、せっかく長野に来たのだから主人とバイクでツーリングなどを楽しみたいなと考えています。」

須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉

2017/05/02

須坂暮らしサポート情報⑦『長野県「信州型自然保育」認定保育園の豊丘保育園』

Permalink 18:25:07, カテゴリ: インタビュー記事  

豊丘保育園がある地域は、須坂市の中心部から車で約10分、山のふもとに広がる田畑や市街地の景色が見下ろせる場所にあります。約40人の園児たちは、目の前にある山々の風景や爽やかな心地よい空気の中で伸び伸びと育っています。同園では、平成28年度に、長野県で進めている「信州型自然保育」の認定を受けました。現在、県内22市町村の中で111園がこの認定を受けています。信州型自然保育のもとで育つ園児たちの様子や先生方の取り組み、豊丘地域への思いなどについて真島園長先生にお話しをお聞きしました。
   

●信州型自然保育とは
「信州型自然保育」は、平成27年度から長野県が自然環境を積極的に活用した野外での保育・幼児教育を行う幼稚園や保育園などの団体を認定する制度で「信州やまほいく」の愛称で取り組んでいる事業です。須坂市には、子どもたちが身近にふれることができる自然がたくさんあります。豊丘保育園も、すぐ目の前に山々や田畑が広がる自然の中で、身近な動物や植物が園児のやさしい心を育ててくれています。保育園の先生たちは「この自然豊かで素晴らしい豊丘地域を市民のみなさんにもっと知ってもらいたい。子育てにふさわしい環境なので子どもが増えて明るい声がたくさん聞ける地域になってほしい」と願っています。豊丘保育園は故郷を思い出す場所にふさわしい風景の中にあります。

●園児のお散歩コース「離山(はなれやま)」
豊丘保育園の裏に「離山」という山があります。離山は、園舎から15分ほどで登れることで散歩コースのひとつになっています。その他にもコースの途中には、牛小屋や羊の牧場があり、羊の毛を刈る場面を見たり日頃から動物にふれあうことができます。最近では、青年会議所のみなさんのアイデアで離山の頂上にベンチを設置することが決まり、園児たちがベンチの色塗りを担当することになりました。真島園長先生は「将来、園児たちが大人になってベンチを見た時、みんなで塗ったんだなぁと振り返ることができ、生涯心の財産になると思います」と話してくれました。この豊丘地域の環境だからこそ出来る交流事業です。
離山(はなれやま)

●「巣箱のおうちに鳥さんが来ますように」
桜が散り始めた4月下旬、園児たちはムクドリの巣箱を離山の頂上に設置するため朝から元気よく歩き始めました。この巣箱は、信州型自然保育活動の一環として民間団体から提供されました。


いつものお散歩コースだけあって、園児たちは慣れた足取りでスイスイと山を登って行きました。あっという間に到着したと思うと、園児たちは立派な見晴らし台にすぐに登り景色を楽しんでいました。晴れていれば遠くの美しい北アルプスの山々が連なる景色を見ることができるスポットです。


まず園児たちは、頂上にある離山不動尊に向かって「今日もみんなで遊ばせてください」と手を合わせます。感謝することを忘れないための大事な教育です。

保育園キーパーの宮川さんと園長先生が、いよいよ巣箱を木の上に取付けようとした時、園児たちは揃って「がんばれ!がんばれ!」と一生懸命に応援を始めました。自然と言葉に表せる園児たちの純粋な姿に心を打たれました。

取付けが完了すると園児たちは手を合わせ「鳥さんがおうちに来ますように」と巣箱に向かい心を込めてお願いをしました。「これで園児たちは、新たなお散歩の目的ができました。今の世の中の子どもたちは、ゲームなど物を与えられることが多いですが、自然の中でしか得られないものが沢山あります。山に登ることも「頑張って」ではなく、自らやろうとする力、やり抜く力、支え合う関わりが自然と身につくのだと思います。これは将来に向かって生きる力に繋がっていくのではないでしょうか」真島園長先生は子どもたちの様子を見守りながら話してくれました。
園児たちは、これからきっと巣箱がどうなっているか期待に胸ふくらませてお散歩に出かけることでしょう。

「信州やまほいく制度」については、自然保育ポータルサイト「信州やまほいくの郷」で検索
http://www.shizenhoiku.jp/

同サイト内 須坂市立豊丘保育園の情報は
http://www.shizenhoiku.jp/organization/suzaka_toyooka/


豊丘保育園


元気に遊ぶ園児たち

(信州須坂移住支援チーム  豊田)

2017/04/18

『まごころのこもった製品づくりを』有限会社中澤鋳造所 社長 中澤啓明さん 

Permalink 16:25:32, カテゴリ: インタビュー記事  

<須坂しごとラボVol.10>
有限会社中澤鋳造所 社長 中澤啓明さん

1961年創業の中澤鋳造所は、須坂市街地から車で5分ほどのブドウ畑や田畑が広がるのどかな風景の中にあります。社長の中澤啓明さんは、そんな穏やかな風景のようなお人柄で現在66歳。「鋳造」とは溶かしたアルミなどの金属を鋳型に流し込んで作る方法で、金属を溶かすことにより複雑な形や模様を作ることができます。中澤鋳造所では、立体的な3Dデータによるアルミ砂型鋳造品を手掛け加工から完成までを行っています。社員は現在7名で、主にタンクローリーのポンプ部品や医療や設備機器などの部品を製造しています。常に技術力のアップに力を入れ、鋳造の技術を生かした様々な製品を作っています。


●磨き続ける職人技
会社を創業した父親が他界したあと、息子の中澤社長が30代後半に二代目として社長に就任しました。「子どもの頃から遊びの延長で工場によく出入りをしていたので、親の働く姿に触れる機会がたくさんありました。20代の頃から仕事を任されていたので自然な流れで社長に就任しました」そう言って中澤社長は当時を振り返り話してくれました。
仕事は、お客様からの問い合わせに応じて試作品を作ることから始まります。「予定通りいかなかったり苦労することは多くても、完成した時に喜んでもらえることが何より嬉しいです」と中澤社長は言います。
「こんなものは作れないか?という問い合わせがあれば遠くの方でも対応しています。県内をはじめ関東や中京圏からの受注もしています。製品における対応は、遠い場所でも出向いて行き解決するようにしています」
中澤鋳造所では、お客様からの様々な相談に応じ、課題を乗り越えようと日々技術の向上に力を注いでいます。常に技を磨き続ける高い意識と、お客様を大切にする気持ちを忘れずに対応を心掛けている会社です。


●最後の工程は人の手で
中澤鋳造所では砂型鋳造や研磨機での表面処理作業を行っています。現在は製品の設計を3Dデータで作成することが可能になり、お客様への納期を早めることができるようになりました。アルミは繰り返し再利用できる利点があり、加工しやすく量産にも向いている素材です。また、製品の軽量化を図ることができるので、多くの業界から求められています。
「今や設計は手作業からデータ作成の時代になり製品化するのが早くなったが、昔は図面から全て手作業で行っていたので創造力を働かして大変でした。当時を振り返ると本当によくやっていたと思います。職人として大切なものが培われた時代でした」
「機械部品の最後の工程は人の手で行うが、この作業が大切な部分です。人の手には適わない」高度な機械装置や測定器、加工機械も最後は人間の手の感触による修正をしているとのこと。「手づくりの良さ、鋳物でなければできないものを追い求めたい」と話してくれました。


●地元に貢献する会社を目指す
新規のお客様を大切にしている中澤社長は、年に7~8回ほど県内をはじめ東京や金沢、福島など全国各地で開催される製品の展示会に積極的に参加しています。
「展示会では製品を知ってもらうために心を込めた対応が重要。職人としておごりがあってはいけないと思っています」
常に謙虚な社長の姿勢は、ものづくり職人の基本ではないかと感じました。

●求人を募集しています
求める人材は「技術力のある人やモノづくりの好きな人」と言います。鋳造の仕事は夏になると暑い場所での作業になり体力勝負になります。
会社の方針「まごころのこもった製品づくりをします。仕事を通し、社会・地域・社員とその家族に貢献します」について中澤社長に伺いました。「こうして仕事ができるのは周りの助けがあってのこと。家族や地域の人に対する感謝の気持ちを忘れずに仕事をすることが大事。そのうえで地元に貢献をしていきたいです」中澤社長の人柄が表れる言葉でした。
中澤鋳造所では、お客様からの要望に応えようと社員が一丸となって社会に役立つ製品づくりに取り組んでいます。強い向上心と温かく謙虚な中澤社長のもとで真心のこもった製品づくりを希望する人は、ぜひ応募してみてはいかがでしょうか。

◆社員の採用情報と応募について
職人の技と3Dデータをマッチさせ、試作品・開発品・小ロット製品をお客様と打ち合わをしご満足頂ける製品作りを心がけています。造型、溶解、CADの経験のある方(特に歓迎)ものづくりに興味ある方を募集しています。工場見学も随時受け付けていますので、お気軽にご連絡ください。
詳しくは
http://nakazawa-f.co.jp/employ.php

お問合せ先
有限会社 中澤鋳造所
〒382-0037 長野県須坂市大字野辺973-3
TEL:026- 245-2052 FAX:026-248-4403 
Eメールnf@info-g.co.jp

(信州須坂移住支援チーム 豊田)

須坂市で頑張る新規就農者を支える家族Vol.1 「移住への不安は希望に変化」田中さつきさん

Permalink 10:13:03, カテゴリ: お知らせ, インタビュー記事  

田中さつき さん◆30代、夫と子ども2人(男児5歳、女児3歳)2015年1月に東京から移住

扇状地に開けた須坂市は、日当たりや水はけが良く、様々な農産物の栽培に適しており、巨峰やナガノパープルなど、全国でも生産量トップシェアを誇る果物が多く、高品質の農産物が生産されています。盛んな地域農業を継承していく次世代の育成も積極的に行われており、県内外から農業を志す若者らが地域のベテラン農家のもとで農業を実践しながら学ぶ「里親研修」の受け入れにも力を入れている地域です。
このコーナーでは、そんな新規就農者を支えるご家族の方から、「移住と就農」という人生の一大転機を家族として支えた心境や、須坂暮らしについて、お聴きしていきます。
今回は、2年間の新規就農里親研修を卒業したばかりの田中典雅さんの奥様で、5歳の男の子と3歳の女の子のお母さんでもある田中さつきさん にインタビューをしました。

●夫が農業を目指すまで

物流業界の会社で海外勤務だった夫との結婚を機に、海外で生活を始めました。独身時代に海外留学を経験し語学力を生かした仕事をしたいと考えていたので、海外での暮らしに抵抗はなく、仕事も暮らしも充実していました。その傍ら、夫婦の間で「子どもができたら教育は日本でしよう」という考えがあったので、第一子を授かったことをきっかけに、帰国することになりました。しかし帰国した後も夫の仕事は転勤が多く、また海外勤務の可能性もなくなるわけでもない状況の中、子どものためにどこかで定住したほうがいいのでは、と考えるようになりました。しかしながら夫の口から具体的に「転職」とか「就農」と聞くようになると、先の見えない方向転換に大きな不安を覚えました。自分たちにとって幸せな暮らしとは何かと真剣に考え熱心に調べている夫の姿を見たり、家族で新規就農者の話を聞きに行ったり、農家体験ワーキングホリデーなどに参加したりしているうちに、「子どものために移住、定住するなら農業」ということに対して前向きな気持ちになっていきました。

●どうして須坂を選んだのか

東京で開催された新規就農セミナーに参加した際にいただいたパンフレットの中で「JA須高」が目に留まりました。「就農するなら果樹栽培をしたい」と言っていた夫に、須坂を含む須高エリアを勧めてみました。その後、地域で開催された就農セミナーに参加して須坂市を訪れてみたら、首都圏や県庁所在地の長野市からのアクセスがとてもよく、総合病院もある、高校も3校もある、市とJAが協力して就農をバックアップしてくれる、なんといっても景色がいい、それと、後に里親研修でお世話になることになる農家の方のお話しに夫婦共々感銘を受けました。

●須坂で生活して良かったこと、苦労したこと、須坂市への提言

良いことと言えば、スーパーが多くて買い物に困らない、臥竜公園や須坂市動物園など子どもを連れていけるところや、1年を通して楽しめる場所が市内にも近郊地域にも多いことです。子育て支援についても、公民館や児童センターでは親子で楽しめる企画があったり、小さい子どもを無料で託児してくれる大人向けセミナーもあり安心して学ぶことができるのも有難いです。
気になるのは、子どもの医療費について、これまで住んだ都市ではだいたい中学生くらいまで無料でしたが、須坂市は有料で1回の受診につき500円の負担となっています。それも、一旦通常の金額で支払いをした後で、500円を超えた分について後から振り込みによる還付を受けます。子どもの医療費負担金額は軽減されているとはいえ、振り込みなどの事務作業があることを考えると、なんだか煩雑な仕組みのような気がしますね。子育て支援は経済面も含め手厚い支援があるといいなと思います。

●移住希望者へメッセージ

まず、遊びにきて見ていただきたいな、と思います。
私も夫も、実際に足を運んで見た須坂の風景を気に入ったことが、移住を決めるのにあたり大きかったと思います。移住して2年以上たった今でも、自宅から見える北アルプスや北信五岳の山々に毎日癒されています。

●インタビューを終えて

さつきさんのお話しはどの質問にも真っ先に「家族のために働く夫を支えること」や「子どものために良い環境を整えたい」というコメントがありました。自分よりも家族を想う控えめながらも芯の強い良妻賢母といった印象を受けていたインタビュー中、須坂の良さとして語られたことのひとつ「お隣の長野市にあるMウェーブで好きなアーティストのコンサートに行ったときにコンサート終了後の30分後には帰宅して夕飯を食べていたんです、これって都会では有りえない凄いことですよね。程よい田舎の須坂ならでは良さですよ!」と、弾けるような笑顔を見せてくれました。

2017 年 4月 9日インタビュー  須坂市地域おこし協力隊 田島和恵

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