房切りの時季になると、中村幹雄さんのことを思い出す。
房きりが終わって2週間になろうとしているが、
今日はその幹雄さんの3周忌だ。
5年前にオーストラリアから帰ってきて就農。
その時研修生として受け入れてくれたのが
中村さんだった。
巨峰栽培等研修させて
もらいながら、自分でも畑を借りて巨峰の実地栽培と
ワイン葡萄の栽培を始めたのだ。
初めに植えたメルローの畑を見つけてくれたのも
当時農業委員だった中村さんだった。
ワイン畑をさらに借り増ししようとした時、
増やすのは研修が終わってからの方がいいのではないかと
アドバイスしてくれたが、
それでは遅くなってしまうと無理を言って
植えたのがシャルドネだ。
強引に初めた手前、借りた畑は頼ることなく
何とか自力で乗り切ろうと、
どうにかこうにか巨峰の房切りを
していたら、夫婦して指導と手伝いに来てくれた。
園地点検前の摘粒の時もそうだった。
また、巨峰の世話に時間をとられて
余りワイン葡萄に手が廻らず、畑を草ぼうぼう
にしてしまったことがあった。そんな時
中村さんは、ほら見たことかとは一切言わずに、
トラクターに草刈機をつけて畑に来て
苗木が見えないほど伸びてしまった草を
ご夫婦で刈ってくれた。
私は、情けないやら申し訳ないやらで
言葉に表せないほどありがたい思いをしたものだ。
草丈があまりに高かったために、
トラクターがかなり熱くなってしまい、
帰路途中でエンストを起こしているのではないかと心配になり、
畑の後片始末をしたあと中村さんが
帰っただろう道をたどって帰ったものだ。
不治の病とわかってからは長男の一彦さんが
家に戻って農業を初め、その指導と技術の継承
に心血を注いでおられました。
また農地を守るためには、5反分ルールが必要だと
熱く語っていた農業のプロで、仲間の農業者
も皆バリバリのプロだった。
何故あんな良い人が早く逝かなければならない
のか。今もやりきれなさを感じている。
いまでも房切りの時期になると
「ほら、そんなやり方じゃ日が暮れちゃうぞ」
という叱咤激励の声が聞こえる。
あの時、あんな風に言われたなあ、
やってくれたなあ、と懐かしく思い出されます。
ありがとうございました。
合掌
私の葡萄つくりワインつくり
北信州の土地と気候に適した栽培方法で、自然の恵みを最大限取り込んだ葡萄からのワインづくりを目指しています。健康的な葡萄からできた、高品質で本物の、優しくて上品なワインを追求しています。日本の食事にもよく合う、思わずにっこりしてしまうワインです。| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
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