久しぶりの雨。冬の終わりの寒のもどり?
農作業は休み。静かな一日。
そんな日に友人のライダーからメールが届いた。
「…本日、ゆかりとヤスとこみちゃんと
としちゃんの5人で雅子のお墓参りに行ってきました(^^ゞ
もう4回目となり恒例となってきましたよ。…」
そういえば、マサコの由来をどこかに書いておこう
と思いつつそのままになっていた。マサコさんて
どなたですか~?とか、実在の人?とか、そりゃー
聞かれるのは当然ですよね。
長くなるけれど、「キュヴェ・マサコ」の
由来を載せます。
『マサコ』へのオマージュ
楠ヴィニヤーズの『メルロー2006』には『キュベ マサコ』という名前をつけています。『マサコ』さんてどなたですか~?という質問が当然ながらあります。なぜ そんな名前をつけたのか、ここで紹介させて頂きます。
その前に、『キュヴェ マサコ』のキュヴェですが、これはボルドー地方ではワインを貯蔵するあるサイズの樽をさす言葉ですが、一般的には『ロット』とか、『特別に仕込んだワインの樽につける名前』という意味です、ワインの品質をあらわす特別な意味があるわけではありません。 『誰それの為の(或いは記念の)特別醸造品』と考えていただければ宜しいかと思います。ですから『オマージュ』つまり、『だれそれに捧ぐ』という感じになります。実はこのワインは、若くして逝ってしまったマサコへのオマージュなのです。
マサコさんというのは、H(旧姓S)雅子さんといいます。 私が今から25年ほど前に大学を卒業して東京で入社した会社の同期入社の女性です。当時の会社は、男性は4大卒,
女性は短大卒で男性の補助職という図式の、普通の組織でした。彼女とは会社では、フロアも所属も違うし個人的に特段親しいという関係ではありませんでした。が、どういうわけか同期入社した40人ほどの同期生同志が、結構年齢の幅はあったのに私の入った代は皆一様に仲がよくて、お互いニックネームやら呼び捨てで呼び合い、同期会の飲み会や労組主催のスキーツアーだの六本木のクラブを貸しきってのパーティ等で盛り上がっておりました。私は何分田舎出身で大学も田舎だったため東京出身の同期達のスマートさというか、行動パターンに戸惑ったりしたもので『ちょっとあの人暗~い』位に思われていたようです。ちなみに私は仲間からは『くっちゃん』とか『くすのき~い』呼ばれており、いまだにそう呼ばれます。マサコさんは仲間からは『マサコ』と呼ばれたり、女性陣の間では『ショッカー』とも呼ばれておりました。彼女の同僚に『ライダー』というあだ名をつけたために、『ライダー』 から『ショッカー』と名づけられた様です。女性陣は結婚して名前が変わってしまっていますが、ライダー、マリコ、ヤス、ノンちゃんナオミ等々、いい歳になってもお互いいまだにこんな呼び方です。男性陣はそれほどかわいげがなくて、ヒラちゃん、サイトー、テッちゃん、ダイちゃん、シオちゃん、とかで、クッちゃんもその流れです。で、ここでも、あえてその当時の呼び方でマサコとさせて頂きます。ご家族の皆さんお許しを。
彼女との思い出ですが、ある同期会の飲み会で、確かマサコの婚退記念を兼ねた会だったと思います。入社して2年目か3年目くらいのことだったと思うのですが、そのあまりの結婚の早さに『なんでそんなに早く結婚すんの?』と何気なく聞いたことがあります。そうしたら、お母さんから『あなたにこれ以上良い人を見つけられる?』というようなことを言われて、考えてみたら『これ以上のお相手は見つけられないだろう』と納得したからだと、その時の会話を100%覚えているわけではありませんが、そういう様な会話をしたという記憶が妙に鮮明に残っています。その時まで、感じの良い気立てのよい都会の女性という印象だったのですが、その結婚年齢と、東京のお嬢さんとしては私には古風に写った考え方が妙に印象深く覚えています。それから、OGとなった彼女とはその後の同期会で一回くらい会った程度で、以来20年ほどはその存在を意識する事はなかったのです。
私は、その会社を5年程で卒業して転職し、航空機をリースする仕事に従事し、シンガポールに9年ほど駐在したりして日本を留守にしていました。不思議なことに、私がシンガポールに駐在中にその同期のうち他の3人もがやはり転職後に駐在してきて、一緒に飲んだり、出張で寄った同期とともに同期会をするような不思議な縁があるのです。やがて日本に帰国してからは、それまでにつのっていたワイン作りの思いを押さえ難く、父の不治の病の罹病の発覚と同時に会社を辞め田舎に戻り看病しつつ農業の道の模索を始めました。 1年後その父が逝ってしまったのを機会に、葡萄つくりとワイン作りをアカデミックに勉強するためにオーストラリアのアデレード大学に行ったのです。ただ、父の法事等があり、偶々田舎に帰っていたときにライダーから十何年ぶりかで電話があったのです。確か年の瀬だったと思います。東京在住の同期の男性から連絡先を聞いたようです。
その電話はショッキングなものでした。マサコが会いたがっているというのです。最初それを聞いたときは誤解をしました。『俺に会いたがってるの?』という早とちりです。そうではありませんでした。ライダーによると、マサコは乳がんにかかっていて今はホスピスに入院しており、昔の仲間と会いたいといっているというのです。それで、ライダーが同期の皆に大集合を掛けているのだそうです。懐かしい名前が出てきます。マサコは、表面的には元気なんだけど、かなり進行していて後1年持つかどうかと言うのです。私は、その電話の半年ほど前に父を脳腫瘍で亡くしていて、悲しみと親孝行ができなかったという後悔の念とに苦しめられていたときでしたので、彼女のことが父のこととダブってとても他人のことにようには思えなったのです。20年近くも前の婚退当時の会話が甦ってきました。まだたったの40歳で、小学生のお嬢さんがいるというのに…。
その電話から10日後くらい、年が明けてから、40歳代になった同期が都内のある駅の近くの喫茶店に集まりました。皆見かけは昔のままです。その変わらなさぶりにお互いおどろいたものです。そこから、皆で病院へ行きます。休日のことで静かなものでした。ホスピスの病棟の階にエレベーターが着くと、その前のベンチにマサコが座っていました。どうして遅かったの~、待ちきれなくてずっとここにいたの~。と元気な声で話します。パジャマを着て、帽子を被っていますが、一見昔の彼女と変わりません。ちょっと甘えた感じのするその話し方も昔のままです。後で聞いたら放射線治療なのか抗がん剤のせいなのか、髪の毛が抜けているので帽子を被っているとのこと。でも、とても重篤な病気であるとは見えないくらい明るい立ち振る舞いには正直驚きました。寝たきりになってしまった父とは大分様子が違いました。病棟は田舎の病院とは違ってホテルの一部の様にきれいで、入院するのに順番待ちが必要なほどのなかなか人気の施設の様です。自分の病室を見せてくれたり、昔の会社の上司や知り合いの噂話やらをしつつ、その間にもお絵かきなどをする娘さんに愛情深い視線が注がれます。旦那さんとも始めてお会いしました。優しそうな方です。大勢で行ったのに皆の為に自販機で飲み物を入れて来てくれました。きっと親子3人幸せな結婚生活だったんだろうなと思いました。何かホットする思いが湧いてきました。3人ともとても自然で、自宅に友人を招いてくれたような対応でした。私は田舎の名物のお菓子をみんなで食べれるようにと沢山持っていったのですが、他の人も色々持ってきており、それらを食べながら久しぶりの再会ににぎやかな時を過ごしました。彼女は皆に会えたことが本当に嬉しいらしく楽しそうにしていました。結婚してからのこと旦那さんの転勤で住んだ土地のこと、病気が判ったこと、乳房を切除したこと、家族でハワイに行ったことなど、本当に沢山のことを話していました。写真も沢山見せてくれました。明るく気丈に振舞っていたのでしょうが、暗いところを全く出さずに私達がおもてなしをされているようでした。その日のお別れに際しては、楽しかった~、また来てね~という言葉に、皆また来るからね~といいつつ病院を出ました。
ライダーによると、少し前までは余り人には会いたがらなかったというのです。ですが、最近になって、彼女がそれまでに親しくしてきた人達との再会を強く望むようになり、地元の友人始め、旦那さんの転勤で暮らした東北や東海地方の友人達にも連絡を取って会いに来てもらったと言うのです。そして、会社で親しかったライダーに同期の皆に連絡を取ってくれるように頼んだそうです。彼女が伝えたかったものはなんなのだろう、そんな思いを残して東京を離れました。
それから2週間ほどしてからでしょうか。再び病院を訪ねたのは、オーストラリアにまた戻る直前だったように思いますが正確には思い出せません。訪ねたのは都合3回だったような気がしますが、2回だったのかもしれません。2回目は同期のヒラちゃんと一緒だったと思います。確かライダーが急用でこれなくなったので二人だけで訪ねました。行く事は連絡してあったのです。前回と同じようにマサコは、よく来てくれたね~、と楽しそうです。昨日はどこそこのフレンチレストランに地元の同級生と行ったの、と安定していそうな感じですが、でももう外へは行けないから、などと気がかりなこともいいます。驚いたことに、私にマフラーを編んでくれていました。旦那様とおそろいなんだそうです。くっちゃんこの間たくさんお菓子持ってきてくれたから~、というのです。思わずマフラーを顔にあてて深呼吸しましたら(こんな場面ちょっとあこがれていたんです、それにマフラーなんてもらうの初めてだったし)、いや~! においなんかかいじゃって~! と非難されます。あ、いけね、と思わず自分だけの世界に入ってしまったことを大後悔です。そうか、こんなことしちゃいかんのだ! マサコはそれから、良い人を紹介するからあってみなよ~。ここの看護婦さんなんだけど、くっちゃん良いひとだからって言ってあるからね~。といって、熱心にお見合いを勧めて、その看護婦さんを呼んでくれます。その彼女は、こんな年上が来るとは思っていなかったんでしょうねー、私と顔を合わせたときちょっと驚いた顔を見せたように思います。マサコが言うようになかなか美人で感じの良い方でした。その場では、今度お食事でもなどとお誘いして、連絡先などを頂いてちょっと会話したあと彼女は仕事に戻ってゆきました。その後マサコは、もっといなよ~、という感じでしたが此方はヒラちゃんとおっさん二人でしたし夕刻でもあり、その日は余り長居せず失礼しました。その晩はヒラちゃんの家に泊めてもらいました。
翌朝早朝枕元の携帯電話がなります。時間を見れば朝6時くらいです。誰かと思ったらマサコでした。くっちゃんごめん~、ダメだったみたい~、と何のことか直ぐには分かりません。~さんのタイプじゃなかったみたい~、と言われたような。その看護婦さんは翌日早番だったようで、マサコは待ちきれなくてその時間になったら彼女を呼んで聞いたそうなんです、私のことを。そしたら、マサコの思いとはウラハラに私の事はお気に召さなかったようで、ちょっと~っということだったらしいのです。気になって気になって一番で来てもらって聞いたんだけど、ダメだって~。また、いい人紹介するからがっかりしないでね~。なんて元気つけられたような気がします。
その時でしたか、彼女の気持ちが分かったような気がしたのは。というか、私の勝手な思い込みなんでしょうが。こう思い込んだのです。マサコは自分の生きた証を残したいのではないかと。躊躇していたけれど皆に会おうとしたのは、自分が生きたことをずっと覚えておいて欲しいと願ったからではないのか、ちょっとしたことのお礼にとマフラーを編んでくれたり、そしてお見合いまでさせたというのは。娘さんが絵が好きだからと、病室で一緒に絵よくを描いていたというのは。そんな風に思ったものですから、また、父に何もしてやれなかったという思いも強かったものですから、それでは自分は彼女の為に何ができるだろうかと考えるようになったのです。父の時と同じように、また何もできないのではないかと心配しつつ。
アデレードに戻り、また緊張の毎日です。ここで失敗するわけには行かないのです。何といってもこれからの人生が今にかかっているのです。ここで全てを理解して自分のものにしなければいけないのです。自分の人生のなかであんなに真剣に勉強したのは始めてです。地元の学生よりも良い成績をとるんだという気持ちでひたすら勉強の毎日でした。メールで、ヒラちゃんがライダーとお見舞いにいったよとか、という事はたまに聞いていましたが、まだ自分がマサコの為に何ができるだろうかという事はなかなか思いつきません。歌やら詩などを書けるはずもないし…。そんなある日、オーストラリアワイン研究所に働き親しくしていただいている日本人の方の家族から夕食の招待を受けました。その席でのこと、あるワインが開けられました。地元のワイナリーのメルローという品種です。メルローはポピュラーな赤ワインの品種ですが、アデレード近辺の気候からできるビッグでガッツィーなシラーズやカベルネ・ソーヴィニオンなどの赤ワインが多いなかで、そのメルローはちょっと変わっていました。開栓してグラスに注ぎ一口目は余り特徴のないワインだったのです。まー普通の当たり障りのないメルローだなという印象だったのですが、食事が進むうちに、かぐわしい香りが漂ってきたのです。ワインは何本か開けられていますが、明らかにシラーズやグルナッシュとは違う、馥郁たる香りです。その香りの来る方を見ると、先ほどなんとも思わなかったメルローのボトルがあります。始めは、少しこもった古樽の香りがしていたのですが、今はもうその陰気くさい香りは飛んでいてふくよかで豊かな果実の香りが立っているのです。そのワインをグラスに注ぎます。充実した濃い赤い色にやはり濃い紫色をたたえます。口に含むとそのパレートは、香りの通りに慈悲深く暖かさに満ちています。心を暖かくさせる愛情さえ感じさせます。その時です、ああこれは家族を、幼子を包む母親の愛情だろうなと感じたのです。その時は、そのワインの変わりように驚いたのですが、時間がたつにつれて自分にもあんなワインが作れたらと思うようになりました。まだ、それがはっきりとマサコと結びついたわけではありませんでしたが、ただただ、ワインの持つ可能性に引き込まれたのです。こんなにも心を振るわせるものがあるのかと。
数日後大学生の友人とワイナリー巡りをしていて、とあるワイナリーを訪ねました。それなりに名前の売れたワイナリーのセラードアーでしたが、例によってテースティングをしていてふと気づいたのです。あるワインに(シャルドネでしたが)女性の名前がついているのです。その由来は聞いていませんが、そういえば他にも名前をつけたワインを見かけたことを思い出しました。よくよく考えてみるとシャンパンではよくキュヴェ何とかといって女性の名前がついていたりするものもあります。あ、これにならいける、と思いました。自分で作るワインにマサコの名前をつけよう。そうすれば、マサコはずっと残るじゃないか。きっと喜んでくれるんじゃないか。そして、そのワインはメルローに決まっています。 アパートへ帰ってマサコに葉書を書きました。僕が作るワインにマサコという名前をつけるからね。オーストラリアでは、結構ワインに女性の名前をつけることがあるんだよ。マサコっていうワインがあったら素適じゃない?と。 病室宛に出したその葉書に返事が来る事はありませんでした。ライダーやヒラちゃんにも、そしてご家族の方にも、一体彼女はその葉書を読んだのだろうかとは聞いていません。読んでいないという言葉を聞く勇気がないからではありません。これは、あくまで自分の気持ちであって、それをマサコや誰かにに押し付けるつもりではないからです。彼女の励ましになればと、心のなかでした彼女との約束なんです。
葉書を出して、2ヶ月経つか経たないうちでしたか、ヒラちゃんからメールをもらいました。マサコが亡くなったというのです。その後何度かお見舞いに行ったそうですが、あるときライダーと病院へ行ったら取り込んでいて会えなくて大分悪い様だったので心配していたのですが、それから数日して息を引き取ったという連絡が来たというのです。同期のライダーやヒラちゃんは何度もお見舞いに行ってくれていたのです。ライダーは昔からマサコの親友でしたが、彼女からも悲しみのメールをもらいました。やりきれない思いです。たった40歳で、しかも小さい子供を残して逝かなければならないなんて。でも、彼女の周りでは皆最後まで愛情一杯でした。看病をされていた旦那さんや家族の方々、元気に振舞い頑張ったマサコ、お嬢ちゃん、そしてライダーやヒラちゃんに同期の皆。私の会ったことのない、彼女の親友知人の方々。 感謝感謝です。 きっとマサコはつらかったに違いないのです、でもそんな彼女を沢山の愛情が見守っていたのが分かります。
私は、約2年間の勉強とワイナリーでの研修を終えて、須坂に戻り農業を始めました。なれない農業、葡萄栽培に苦労続きです。大変な思いや絶望感も味わいます。それでも、不思議にいやだとは思いません。苦しいときには、約束を思い出すことがあります。きっとどこかで何時自分のワインができるのだろうかと見ているだろうな~などと思いながら頑張るのです。メルローを植えて3年がたち初収穫と初仕込です。樽の中で1年間熟成させてから瓶詰めして何とかリリースまでたどり着きました。でも、いつか飲んだあのメルローとは大きな開きがあります。道はまだまだはるか遠いと感じます。それでも、何とか約束を形にできました。もしかしたら、その名前をつけるには早すぎるかも知れません。マサコもまだまだだよ~といってるのかも知れません。でもね、これからも頑張るんだからとりあえず今年はこれで許してね、という気持ちです。ラベルにはお嬢ちゃんの絵を使わせてもらいました。旦那さんやお嬢ちゃんには迷惑な話だったかも知れません。なんといっても私の勝手な思い込みなんですから。くっちゃんらしいと許してもらうしかありませんね。その代わり、これからもっともっと愛情の濃く感じられるメルローを作れるよう努力してゆきたいと思います。
地元の友人とラベルのデザインをしてくださった方に此の話をしたところ、重い、ワインを飲む場面を考えるとそういう話を思い出させない方がいいのではないか、というアドバイスを頂きました。その通りですね。ロマンチックなオケージョンや、楽しい会食の場面で飲まれるものなんですから。でもやはり私としてはその名前をつけたかったのです。彼女のために何かしたかったのです。ですから、こんなところでその名前の由来を紹介させて頂きました。此のワインは、約束したワインであり、マサコへのオマージュであり、たくさんの愛情を感じられるワインを作ろうという決意を表したものなのです。
長い文章にお付き合いありがとうございました。
私の葡萄つくりワインつくり
北信州の土地と気候に適した栽培方法で、自然の恵みを最大限取り込んだ葡萄からのワインづくりを目指しています。健康的な葡萄からできた、高品質で本物の、優しくて上品なワインを追求しています。日本の食事にもよく合う、思わずにっこりしてしまうワインです。| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 |
| 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 |
| 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 |
| 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 |
| 29 | 30 |