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伝えたいこと
まだドイツが分断されていた頃、悲しい恋のお話。
結ばれることのない若い二人は、将来に失望しベルリンの壁を隔てて同じ時刻にナイフを自分達の体に突き立てた。
目が覚めると男は病院のベッドの上だった。
男は退院すると彼女の行方を追ったが、あの時に亡くなったことを知った。
男は悲しみにくれた。
そんなある日彼女が男の夢にあらわれた。
「悲しみにくれて命を絶つのは簡単なこと。でも生きて、そうすれば最後に私が今何を伝えたいのか必ずわかるから・・・」
男は深い悲しみの中で、それでも「彼女の伝えたいこと」を聞く義務がある、そう考え必死に生きた。
彼女の命の火が消えた今でも伝えたいこと。
時間はながれ、老いた男は病気に罹り余命はあとわずか。
そんなときニュースから流れてきたのは「ベルリンの壁崩壊」。
そうか・・・
彼女が伝えたかったこと。
それは生きていれば願いは叶うということ。
あの時二人が早まらなければ、たとえ数ヶ月でも夫婦として暮らせた。
「私はこちらに来てすぐに知ったの、あなたもわかったでしょ。」
彼女は、あのときのまま若く美しかった。
「迎えにきたわよ。」
男は「私だけこんなおじいさんになってしまったよ」と。
彼女は優しく微笑みながら男の手をとった。
「あなたの皺のひとつひとつが私への想いであることは知ってるわ」
周りの人は口々に言った。
人間嫌いの偏屈な男が一人寂しく逝ったと。
しかし、男の死顔は微笑み幸せに満ちた表情であったことを誰も知らない。
命はとても尊いもの。
男は人生の最後でその重みに初めて気がついたのだ。
そしてそれが、彼女の伝えたいこと。