投稿の詳細: 邂逅
邂逅
厳しい祖父だった。
元旧帝国陸軍の士官。
それも皇居の護衛を担当する近衛兵だったと聞いている。
僕は生まれてから3歳までを祖父母と暮らしたらしい。
その後も保育園や学校が夏休みや冬休みに入ると祖父母の家に行く、それが高校を卒業するまでの年中行事になっていた。
祖父は仕事人間で朝早く家を出て帰ってくるは僕が寝る時間。
言葉を交わした記憶があまりない。
ただ、日曜日には朝食を済ませた僕に黙って釣竿を差し出す。
「行くぞ」
これが子供の頃の一番の楽しみだった。
祖父母の家から海までは歩いて行ける距離。
僕は祖父の大きな背中を追いかけて必死に釣竿を抱えながら着いて行く。
釣りをしていても祖父がかけてくる言葉は「あぶないぞ」「そろそろ帰る」くらい。
僕が始めて自分で魚を釣り上げたときも、一言「釣れたか」だった。
夏祭りのある夜、遠くでお囃子がきこえる。
「行きたいか?」
「うん」
僕の返事を聞くと祖父は黙って玄関へ。
「何してる、早く来い」
通りには屋台が並び人々でごった返し祖父の背中を見失いそうになる。
そうすると決まって大きくゴツゴツとした手が僕の手を握ってくる。
僕はその大きなゴツゴツとした手がとても好きだった。
いつも背筋をピンっと伸ばし胸を張って歩く祖父は威風堂々としており、そんな祖父の手にはとても安心できた。
僕が成長するにつれ、益々祖父と言葉を交わす機会は少なくなった。
祖父はもしかしたら仕方なく僕の面倒を見てくれているのかもしれないと思うほど。
そんな事もあって、僕と祖父の距離は縮まることはなく僕は学生から社会人になる。
任地に赴任する数日前に制服姿で祖父に敬礼してみせた。
喜んでくれると思い込んでいたその祖父からの言葉は「背筋を伸ばして胸をはれ!」だった。
何年が過ぎたろう。
ある日祖父が急逝したという知らせを受けた。
僕は現実逃避する癖がある。
「そんな事あるはずがない」という思いで祖父母の家に入ると、そこには棺に納められた祖父。
祖父は亡くなって棺に納められてまで堂々としているようだった。
祖父が僕に言った最後の言葉
「背筋を伸ばして胸をはれ!」
威風堂々、正義と言う言葉が服を着て歩いているような祖父。
近くても近寄りがたかった祖父。
告別式が終わり祖父母の家に戻った僕は、祖母から大きめなお菓子の箱を受け取った。
「これ何?」
「開けてみればわかるよ」
僕は居間に座りゆっくりと箱を開けた。
中には一冊のノートと魚拓が入っていた。
魚拓はわずか15cmほどの「しま鯛」のもの。
「孫が始めて釣った魚」と記されている。
僕は目頭が熱くなった。
そしてノートには、僕と祖父が過ごした時間の全てが記されていた。
そして数枚の写真、僕の子供の頃の写真がはさんである。
そのうち何枚かは持ち歩いていたようにボロボロだった。
祖父が亡くなって、初めて僕と祖父の距離がなくなった。
涙が止まらなかった。
コメント:
じいちゃんが 亡くなって1ヶ月経経たない時 じいちゃんが 夢枕に立ってくれました。
じいちゃんが 亡くなった時 後悔したのが、
じいちゃんが 危ないと思っていた時 何故か 手をつながなかったのが 一生の後悔でした。
でも 一番嬉しかったのは、自分の夢枕に立ってくれた事!!
他界したはずの祖父は 無言で 笑顔で 自分の手を握ってくれた夢 それだけは 忘れられない夢です。
他界する前のお盆に 祖父と見た じゃんがら(お盆の舞)を手はつなげなかったけど、気持ちの中でつないでいた事を 感謝しています。
コメントを残す:
