牧智家文書から「製糸事業者による私設水道整備」
須坂における上水道整備は明治20年(1894)に東行社と俊明社が費用を出し、私設の簡易水道を整備し、その後明治27年(1894)に須坂町に移管され現在に至っています。
東行社と俊明社が私設水道を整備した経緯は、当時須坂町では市川(現百々川)の水を飲用および製糸に利用していましたが、県の分析により「有害物質を含む不良(鉱毒水)」と確認されました。これにより、水質の不良は生糸の品質を下げ販売価格に大きな影響を及ぼしていることと、明治10年代に猛威を振るったコレラの蔓延に関係があると考えられました。このようなことから両社は豊丘村大日向地籍に水源を求め、「須坂町水利工業」を設立し、簡易水道を整備しました。
須坂町内の東行社、俊明社加盟の製糸工場を中心に配水するもので、6工区に分けて発注しています。配水管は土管を使用し、長野町の工場から町内までは牛馬或いは人力により運搬したようです。人力による場合、人員の確保が難しかったのか、費用の関係からか当時長野町にあった長野監獄から囚人を有料で借り受け、土管やレンガの運搬などに従事させていました。囚徒一人当たりの借用料について,史料からは明確ではありませんが500人の借用で80円を支払っていたとすると、一人一日あたり16銭になります。看守も随行したでしょうからもっと少なくなりますが。当時の物価から1円は現在の3,800円程度とすると1日608円となります。また、当時の賃金から1円は現在の30,000円とすれば1日4,800円となります。
簡易水道整備には 資金繰りが苦しかったようで、借り上げ料の前払い金を支払わないと囚徒を引き上げるといった通知も見られます。
【用水分析願】

用水分析願
上高井郡須坂町
当須坂町飲用水の義、数多(あまた)不良質を帯び
衛生上最も有害の水質にして殊に方今本県下
有名の物産たる生糸製造にも又不適当にこれ有るを
以って本郡園里村の内大日向組より今般更に
引水、此飲用及び製糸用に供し度候間、何卒分析
お掛り官ご派出の上分析と成し下され度、此の段奉上願候也
同郡同町勧業諮問会員
願人 牧茂助
明治19年11月4日
須坂町外四ケ村戸長 中澤吉四郎
【囚徒拝借願】

囚人拝借願
一 囚人五十名 但し十日間
右は長野及び中野御所より煉瓦
並びに土管運送に付き拝借仕り度此の段
奉追願候也
明治二十年七月二十七日
牧茂助
浦野権之助
長野県典獄長野範亮殿
【領収書】


【工区間距離】
◇古文書等寄贈、寄託のお願い
文書館では須坂市(旧須坂藩域を含む)に関係する歴史資料の散逸・滅失防止を図り、地域の歴史を掘り起こし、研究に資するため、市民共通の財産である須坂市や関係する古文書などの収集・整理・保存・活用を行なっています。
お持ちの古文書などについて寄贈、寄託していただきますようお願いします。
◇文書館はどなたでもご利用いただける施設です。「こんな史料はないか」「こんなことを調べたい」など古文書や文書館に移管された文書(旧町村文書、須坂市文書)、様々な資料や図書から資料探しのお手伝いをします。