夜学会関係(亀倉町区有文書「明治35年亀倉日誌」より)
夜学会については2023年に、米持町の青年有志により設立された盛学会(夜学会)についてご紹介しましたが、今回は亀倉町で設置された夜学会についての記録を「明治35年第弐月 亀倉日誌」綴からご紹介します。
【亀倉日誌(夜学会関係個所を抜粋)


3月31日 亀倉夜学会を本夜を以って閉会候に付き、村長へ申し上げ候也
7月31日 亀倉夜学精勤生に賞品を相渡す。竹内銀右衛門外5名。右者に手帳一冊宛て渡す事
10月28日 夜学会開設に付き幹事改選期に区会を開設す。選挙会を開設す。本年当選者は竹内善之助8点を以って幹事長と決定す。亦当選者玉井熊重7点を以って副と決定。生徒出頭法は年齢にかかわらず希望者出頭する事に云い渡す事。教員は玉井熊重、三谷融学君両人に依頼す。
11月1日 亀倉夜学会開会相成り候に付き、役場へ11月4日付を以って御届に及び候也。
12月15日 夜学会届
夜学会生徒 竹内銀右衛門外 計22人
予定夜数 60夜 生徒総数 23人
教員 60夜 9円也 借家料 60夜 3円也
小使料 60夜 1円20銭 石油 一斗 1円也
炭 6俵 2円也 雑費 2円也
計 金18円20銭
前記の通り取調べ候処、此の段御届に及び候也
明治35年12月15日 仁礼村第3区玉井牛太郎
仁礼村長唐澤五一郎殿
亀倉夜学会は、農閑期となる11月1日から翌年の3月31日の間に、60日間開催されていたようです。開始年は不明ですが(亀倉誌では明治27年)、終焉は明治37年に仁礼農工補習学校が開校され、統合されました。
※夜学会で使用したと思われる教科書は「栃倉組文書」に残されており、文書館で閲覧できます。
※仁礼地区における教育の変遷については『亀倉誌』に記載されており、文書館で閲覧できます。