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投稿の詳細: 「須坂藩が莫大な借金」

2023/09/13

「須坂藩が莫大な借金」

11:30:18, カテゴリ:  

佐藤栄治家文書から
「須坂藩が莫大な借金」

江戸時代中期以降、各大名家は深刻な財政難となっていて、両替商から「大名貸」を受けたり、領内の有力商人や領民から御用金を徴収するなどで凌いでいました。藩内でのみ流通する「藩札」の発行は重要な手段でした。ところが、幕末の混乱と戊辰戦争出兵は各大名家の財政破綻を招き、このことが、版籍奉還の大きな背景ともいわれています。
今回ご紹介するのは、八重森村の名主を務めていた佐藤栄治家に伝わる文書で、須坂藩の財政状況が窺える文書です。

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  八重森村
   貫蔵
若殿様来辰二月中
御乗出被 仰出莫大之御入
用金有之無御拠御時節ニ付
献金四拾両被 仰付候処金
弐拾両及御請依之為御褒詞
末々迄上下着用之家格
被 仰付之
  卯十二月

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  覚
一 金十両也
  右之通リ寅年分先納才覚
  金慥ニ請取申候処 如件
丑十二月十九日  御借財掛㊞
  八重森村
   名主中

【説明】
若殿様(12代直武と考えられます)が参勤交代で江戸に変えられる時の事です。卯12月は安政年(1855)のことでしょう。来年の2月には江戸に帰ることになっているが、莫大な費用がかかるので、藩内の人たちに献金を頼みました。
八重森村の名主だった貫蔵も献金40両を藩から頼まれました。今のお金に換算すると400万円ぐらいでしょうか。大変なお金です。そこでその半分の20両を献金しました。
その結果これからもずっと上下の着用を認めるというものです。

江戸時代も終わりに近づくにしたがって、藩財政は苦しくなります。なんと須坂藩の借金は嘉永3年(1850)には国元須坂 27,072両、江戸 17,115両 計44,187両(約44億円)でした。(10万円/一両で計算。18世紀のお米の値段からすると6万円/一両。詳しくは日本銀行金融研究所貨幣博物館hpをご覧ください。https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/edojidaino1ryowa/)
一万石の須坂藩には大変な額です。
なんでこんなに増えたのでしょうか。
◎経済活動が活発になり、消費支出が増えたことが考えられます。
藩財政を立て直そうとして藩主 直武と家老の丸山舎人は改革に取り組みます。
◎町人や農民に盛んに「献金或いは上納金」を頼む。さらに「御用金」「才覚金」と称して利子付きの借金をする。
◎改革の規定書をつくって質素倹約を勧める。
◎改革の指導者「石田小右衛門」を招き、「心学」を講じてもらう。