信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: 移住者インタビュー

2021/03/22

就農移住して2年、この春に独立します!~須坂市は求めるものが揃うまちでした

2021年4月に就農独立し「信州すざか ともよファーム」を始動させる岩田泰聖さん、智代さんご夫婦。2018年12月に就農を目指して神奈川県から須坂市に移住し、以来2年間の新規就農里親研修を無事に終え、新たなスタートを切ろうとしています。来月の独立に向け準備期間中というご夫婦に、移住までの経緯や須坂市の生活について話を聞きました。(※写真は岩田さんからご提供いただきました)

●移住のきっかけと自分自身への気付き
「電車通勤で1時間かけて都内の人材派遣会社で営業マンとして勤務していました。転職した会社ではありましたが、自分が求めていた働き方ではなく違和感があったことで退職を決意しました。自分は何がしたいのかを考えた時『自ら舵取りする仕事がしたい』と思う自分に気付きました。『起業』というキーワードから情報収集をすすめる中で農業に魅力を感じ、国を挙げて取り組む支援制度も整っていたことで『就農』を目指すことを決めました。奥さんには素直に希望を話したところ理解をしてくれました」

ご主人から打ち明けられた奥さんは、当時を振り返って話してくれました。
「それまではプランターですら手掛ける人じゃなかったのに驚きました。ですが、定年もないし、自分も農ある暮らしに憧れていたこともあって、やるなら早い方がいいなと思い賛同しました」

●衝撃を受けた信州須坂のシャインマスカット
「農業をするなら何処に移住しようかと考えた時、夫婦でよく遊びに行っていた長野県が浮かびました。二人とも登山が好きで相当な準備をして登るほどでした。温泉やスノーボードも好きで白馬方面によく来ていました。愛着のある長野県で農業といえば果物だろうと思い、最初はリンゴから情報収集を始めました。東京で開催された就農相談会に参加したのが須坂市との最初の出会いでした。当日は会場でいろいろな市町村に相談しましたが「その後、検討していかがですか?」という連絡をもらったのが須坂市就農担当の方だったんです。とても好印象だったのを記憶しています。すぐに就農体験を希望し須坂市に行きました。体験させてもらった里親農家さんのシャインマスカットを人生で初めて食べたのですが、あまりの美味しさに衝撃を受け『ブドウを作りたい!』と心が決まった瞬間でもありました。その時の就農体験プランもとても良かったです」

●「仕事&生活」条件が揃うまちが須坂市でした
「長野県内いくつかの市町村で就農体験をしましたが、買い物をするのに車で30分かかる場所もありました。その点、須坂市は市内のどこに住んでも車で10~15分くらいで買い物に行くことが出来ます。スーパーの数も選べるくらい多く、ほとんどの種類のお店が揃っています。20年~30年先を考えても便利な生活環境だと思いました。車の免許は移住する前に取得したのですが、須坂市の暮らしをスタートした時はまだ車がなく、徒歩と自転車の生活をしていました。その時に気付いた都会との違いは、スーパーなどに自転車置き場が見当たらなかったことです。あっても端に少しスペースがあるだけでした。それと雨の日の店内入口に傘袋がないことでした。たしかに市内は普段も歩いている人は少ないです。いかに地方は車の生活を基本としているかということがよくわかりました。現在は作業用のトラックと乗用車の2台で暮らしています。買い物は一度にたくさん乗せられて便利です。住む・暮らすという点で須坂市は圧倒的に条件が揃っていました」

●四季を感じられる「ごちそう」の日々
「信州の気候で特に冬を心配する人は多いと思います。実際に暮らしてみると、冬の寒さは想像していた通りで驚くことはなかったです。雪もほとんど積もらないので車の運転も安心しました。とにかく夏が爽やかで、夜もクーラーを使わずに網戸だけで過ごせます。移住前はニュースで季節の変化を知るような環境でしたが、今は実際に肌で体感できて人間らしい生活が送れていると思います。四季を感じられるのは何よりのごちそうです。近くの里山も魅力的で毎日見える景色の変化を楽しんでいます。畑仕事をしながら見る風景は落ち着きますし働くエネルギー源にもなっています」

●独立にあたって
「里親農家さんのもとで2年間の研修期間を終えましたが、ブドウ作りは想像していたよりも楽しいものでした。自分の手で〝ものづくり″をすることは初めてでしたが、体を動かす仕事がこんなにも楽しく心地良いものだということもわかりました。育てているブドウの様子が気になって毎日畑に行きたいと思うことは、まさに農業の醍醐味です。この2年間の研修期間中、先輩就農移住者の皆さんにも会いに行きましたが、会話の中で勇気やエネルギーをもらえたことも大きな力になりました。来月4月からは夫婦2人だけで畑仕事をやっていくことになりますが、意見をぶつけ合いながらも、皆さんの期待に応えられるような高品質なブドウ作りを目指します。これまでの人との繋がりや、いただいたご縁を大切にしていきたいと思っています」

●移住を希望する皆さんへ
「都会の人混みはもともと苦手だったことや満員電車の通勤を50歳、60歳になっても続けることを考えると同じ生活は難しいと考えていました。現在はコロナ禍でも畑で心配なく働けることが幸せです。自分たちは就農体験を通して長野県内の市町村を訪れ、最終的に須坂市に決めました。動くことで時間やお金はかかるかもしれませんが、それが許す限り体験してみることをおすすめします。自分たちも行動しなければ先輩移住者や人との繋がり、そして何よりも大切なシャインマスカットにも出会えませんでした。今、振り返ってみると良かったと思うことばかりです。人生は一度きり。肌で感じられる良い場所を見つけてください」

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信州すざか ともよファーム
https://tomoyo-farm.com/
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(取材者)
須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子

2021/02/05

<移住者体験談>移住への思いを貫き東京都から須坂市に移住しました

Permalink 09:00:10, カテゴリ: 移住者インタビュー  

東京都から須坂市に移住しました佐藤真澄です。
これからの人生を考えた時、以前から好きだった長野県に住みたいと思い移住を決断しました。

●移住のきっかけ
20代の時にスノーボードが好きで、白馬や栂池などにリゾートバイトに行ったりしていました。長野県の大自然と、地域の人達の暖かさ、地元食材や、宿の畑で収穫した野菜を使った賄い料理も美味しくて、その頃から長野県に魅力を感じていました。
また、20代後半から務めたフランス料理店では、ワインの魅力に惹かれてソムリエを取得。フランスワインと日本ワインを扱っていましたが、そこでまた長野県のワインを好きになりました。

●絶えなかった移住への思い
移住をすると考えた時、まず仕事は大好きなワインに携わっていたいという思いが強く、長野県で好きなワイナリーを何件か探しました。その中で、須坂市移住応援サイト「スザカでくらす」を拝見し、移住者受入協力求人企業30社の中に私の好きな楠わいなりーが入っていました。ここしかないと思い、問い合わせした所、「現在募集はしていませんが、年末か年明けに募集するかもしれません」とお返事を頂きました。

私は、須坂市に住みたい気持ちも強くなっていて、でも雪道の運転が心配でしたので、雪が降る前に引っ越しをしたいと思っていました。そこで、信州須坂移住支援チームの方に今の自分の思いや状況をお伝えした所、オンラインで相談にのってくださいました。
他の企業も紹介してくださるとの事で、須坂市に行く日程を決め、面談と須坂市の案内、後日面接までコンスタントに設定してくださいました。同じタイミングで、楠わいなりーの社長からも連絡があり、面接して採用して下さる事になりました。

この短期間で、仕事が決まり移住出来たのは、信州須坂移住支援チームの方々が親切に対応してくださったおかげです。これから住む地域での暮らしや、新しい仕事、コロナ禍での移住、知人もいないなど、期待より不安が大きい中、勇気を振り絞って相談して本当に良かったです。初めてのオンライン相談で緊張しましたが、お話して、不安から期待に変わりました。とても感謝しています。

●須坂市の印象
移住する前に沢山情報収集したので、再認識できた部分をあげてみました。
☆車で10分圏内に色々なスーパーやドラッグストアがあるので、生活が便利。
☆車で30分で長野市内に出れて、何でも揃う。
☆車で30分でスキー場に行ける。
☆大好きな動物園がある。
☆野菜やお米、果物等を作っている農家さんが多いので、直売所で美味しい食材が安く手に入る。

情報以上に感動したのは、山の景色の綺麗さです。信州須坂移住支援チームのフェイスブックやインスタなどで写真や動画でも山の景色を見ていましたが、実際の景色も本当に素晴らしいです。坂が多く、常に見下ろす景色の生活は味わった事がありませんでした。どの道を車で走っていても、朝昼晩360度景色が本当に素晴らしく、毎日感動しています。四季折々の風景がとても楽しみです。須坂市内には、味噌や漬物、日本酒などを作っている蔵が色々あり、和菓子屋さんも多く、これから色々巡りたいと思います。

●移住を希望される皆さんへ
移住は人生かけての決断なので、失敗したくない気持ちが絶対あると思います。現地の暮らしは現地の人にしかわからないと思いますので、信州須坂移住支援チームに相談したら、きっと力になってくれると思います。


(佐藤真澄)

★楠わいなりー株式会社ホームページ★

2021/01/20

<移住者体験談>ご縁と直感に導かれて千葉県から須坂市に移住しました

はじめまして。2021年1月から須坂温泉古城荘で須坂市地域おこし協力隊として活動をはじめました、伊藤真弓です。昨年のクリスマスの日、12月25日に千葉県千葉市から須坂市に引っ越してきました。

●移住のきっかけ
私は、長野県と同じく海がない奈良県奈良市で生まれ育ちました。高校卒業後に千葉、その後は神奈川県と千葉県内の大学や市役所、企業で、保健師として幅広い世代の方たちの健康増進の支援に携わってきました。山や自然が大好きで、数年前まではトレイルランニングやロゲイニングなどで毎月のように長野県内に遊びに来ていて、いつか長野で暮らしたいと考えていました。
昨年の春頃から自宅で過ごす時間が増え、自分はこれからどのように生きていきたいのかを考えるようになり、一度しかない人生、好きな土地に住むことにチャレンジしてみようという気持ちが強くなっていきました。8月に2週間ほど長野県内に滞在し、自分にとって山が近い場所で暮らせるということが本当に幸せだと実感し、本格的に長野への移住を検討しはじめました。

●ご縁と直感に導かれて須坂市へ
長野県内のどこに住むのか、仕事はどうするのか。仕事が決まらないと住む場所を決められない。住む場所を決めてから仕事を見つけるという方法もあるけれど、自由に選べるほどの就職先があるわけではなく、やはり仕事を探さなくてはとインターネットで情報収集をするもなかなか進まず、とにかく動いてみようと再び長野へ。ふと思いついて県庁を訪ねたところ、突然の訪問にもかかわらず、信州暮らし案内人さんに相談させていただくことができ、いくつかの市町村を紹介していただきました。その中で「移住支援信州須坂モデル」という、仕事と住居の決定に至るまで手厚い支援を行っている須坂市の移住支援チームに相談してみたいと思い、ダメ元で翌日の相談予約をお願いしたところ、O.K.のお返事をいただくことができました。
相談に伺った際に募集があると知った、地域おこし協力隊の活動拠点である須坂温泉古城荘は、なんと一年ほど前に長野市の友人と、須坂市動物園でかわいい動物たちに癒された後に訪れ、美味しい健康長寿食をいただいき、気持ちの良い露天風呂で長居した温泉でした。
須坂市内を車で案内していただき、すぐ近くの里山から2000m~3000m級の山に囲まれていることのワクワク感、あちこちに広がる果樹畑、百々川の美しさなどに心を奪われ、須坂市で暮らしたい!という気持ちが高まっていきました。

●スピード移住の支え
応募を決めた日から、もし採用していただけた場合の勤務開始までが1か月と10日。こんな短い期間で、引っ越しの準備、引っ越し後の手続きや片付けを終えて仕事を開始することができるのか?何から手を付けたらいいのか??と思案していたところ、移住支援チームの方が、応募書類作成と同時にネットでアパート探しをする、面接日前後に内見をする(合格するかも決まっていないのに!)、などのスケジュール案を送ってくださいました。その後も、疑問、質問がある度に何度も相談させていただき、スピーディに返事をいただくことができ、ひとつひとつ不安を解消しながら、準備をすることができました。
気候も風土も違う遠く離れた千葉で自分だけで考えていたら、できそうもない、大変そうだからと諦めていたかもしれません。移住支援チームの方は、本当に親身に相談にのってくださり、どうやったらできるかを一緒に考えてくださり、支えてくださいました。タイヤがパンクしたまま持って来てしまったマウンテンバイクの修理について、お勧めの自転車屋さんも教えていただきました(笑)。

●雪の洗礼?
須坂市は長野県内でも雪が少ないと聞いていましたが、この冬は「たまに12月にどかんと積もる年があるんだよねー。その年は雪が多くなるよー」と友人が言っていた、その年だったようです。私が須坂に来る前に雪が積もり、引っ越し当日の夜にも雪が降り、年末にまた積雪。天気予報を見て、前日に雪かきスコップを買いに行き、人生で初めて雪かきをしました。と言っても、駐車場の周りだけで済みました。
須坂市から30~40分北へ行くと1mを超える積雪になっていたようですので、やはり須坂市は大雪の心配をしなくても大丈夫そうだなぁと思っています。ただ、首都圏と比べるととても寒いですので、冬の電気代とガス代がどうなるのかがちょっと心配です。

●須坂市に住んでみて
まだ1か月もたっていませんが、想像していたとおりの「自然が豊かで暮らしやすいまち」という印象です。日常生活で必要なものは市内で買い揃えることができ、車で30分かからずに長野市内の大型家具店や電気店に行くこともでき、とても便利です。選べるほどのスーパーがあり、直売所では新鮮なお野菜や果物を安く購入することができます。
毎朝、日によって表情の変わる山の景色や広い空を眺め、美味しいリンゴを食べてエネルギーをチャージして1日が始まります。
先日の雪が溶け始めたので、早速、近く里山に遊びに行っています。山に行くだけで、心が元気になっていくことを感じています。
数か月後、寒い冬が終わって、あちこちの山に遊びに行くことや、たくさんのフルーツに出会えることが今からとても楽しみです。

●地域おこし協力隊としてこれから
須坂温泉は源泉100%で、短時間でポカポカ温まり、出た後もほかほか感が続き、全身のお肌がつやつやになる最高の温泉です。古城荘の敷地内には、見ているだけで癒されるお庭(池には鯉もいるんですよ)があり、桜、新緑、紅葉、雪景色など四季の移ろいを感じて楽しめるとても素敵なお宿です。この素晴らしさを多くの方に知っていただき、市内外多くの方に温泉を訪れていただいて楽しんでいただけるよう、温泉のさらなる魅力を発掘、発信していきたいと思っています。
今は、温泉にお越しくださるお客様に心地よく過ごしていただけるようフロント業務、仲居さんの業務を学んでいます。これからは市内を歩いて見て感じて、たくさんの人と出会い、地域の歴史や文化などを教えていただきたい、農業のお手伝いもさせていただきたい、須坂市の魅力をもっともっと発見していきたいと思っています。
また、健康づくりに関する仕事の経験と、山と親しんできた経験を活かし、温泉と健康長寿食、温泉周辺でのウォーキングや森林浴など、宿泊や日帰り入浴をご利用されるお客様が、からだもこころもより健康により元気になっていただくことに貢献できるよう、みなさまとのつながりを大切にしながら頑張っていきたいと思っています。

●移住を考えていらっしゃる方々へ
移住は人生の一大イベントです。憧れだけではうまくいかない、どんな暮らしをしたいか目的をはっきりさせて、一つ一つ選択していくことが大切です。
私は考えすぎるとどんどん決められなくなってしまうので、ご縁と直感を大切にしながらタイミングに身を任せて移住しました。なにかひとつでも心にピンと響くものがあったら、思い切って進んでみるということも一つの選択肢としてあってもいいかもしれないと思っています。

須坂温泉古城荘
長野県須坂市日滝5414
TEL026-245-1460

(須坂市地域おこし協力隊 伊藤真弓)

2020/12/07

<移住者インタビュー>手書きの看板屋さん「須坂市はリフレッシュできる自然豊かな場所」

永山宏さんは群馬県で生まれましたが、幼少期に長野市に来ます。
高校卒業後、美術を学ぶため東京の専門学校へ行きました。
2018年に結婚し、店舗兼住宅を求め、翌年の2019年須坂市に引っ越してきました。

●手描きの看板屋さん
祖父が絵描きであったためその影響を受け、小さいころから絵を描くことが好きでした。
前職の木材建築金物店で働く傍ら、Tシャツなどをデザインしていたこともあり、閉業を機に自分の好きな手描きをやろうと決意しました。
「KOKA FACTORY」の名で手描きの看板屋として店を構え、手描き文字やイラストをバイクや車などにも描きます。

手描きは唯一無二で、個性があります。それらに加えて風合いもあります。
昔の看板には味があり、その時代の様子が分かります。
文字やイラストにしても同じ物がなく、そんなところが大好きです。
職業病なのか、物を見るとき、イラストや字体が目に入ります。
見たことのない字体に出会うと、ワクワクします。
この仕事は感性も大切で、たくさんの物を見るようにしています。
気になった物は写真に撮るなどしています。
須坂の町並みも好きで、蔵の町の建物や看板からも刺激を受けて得ることが多いです。

●リフレッシュできる自然が豊か
妻の影響を受けて自然にふれる楽しさを知りました。
描くことが仕事なので、自然にふれることで、非日常的な感覚になり、リフレッシュできます。
須坂には自然がたくさんあり、お昼を持って臥竜公園や百々川へ出かけ、ゆっくりした時間を過ごします。
また自宅周辺にも緑が多く、癒やされます。
来年1月には家族が1人増えるので、3人で須坂の自然を満喫したいと思います。

●町や近所付き合い
引っ越して来て感じたことは、近所の温かさです。
町のことを親切に教えてくれたり、妻が妊娠しているため、身体を気遣ってくださいます。
また町の役員や消防団の入団も決まっています。
地域とのつながりを大切にしていきたいと思います。

(広報須坂2020年12月号掲載記事)

2020/11/20

<移住者インタビュー>Uターンの大きな壁は転職への覚悟と勇気

Kさんは首都圏から須坂市にUターンして11年。奥さんと一緒に地元に戻った後にお子さんが誕生し、現在は自分が育った須坂市で5歳と2歳の二人の子育て真っ最中のお父さんです。地元に戻ろうと考えた当時を振り返ってくれたKさんのコメントには、Uターンへのきっかけや乗り越えるポイントがありました。現在Uターン移住を検討している皆さんは、ぜひ参考にしてください。

●大学進学で東京へ
「須坂市内の高校を経て大学進学のために上京し、そのまま東京で食品メーカーの会社に就職し開発部門で勤務していました。その後、結婚を機に埼玉県に住居を移しましたが、同じ首都圏の電車通勤で30分ほどの便利な距離でした。仕事も順調で充実していた当時は、地元に戻ることなど想像もしない生活を送っていました」

●Uターン移住のきっかけ
「30歳を過ぎた頃、自分には地元に両親がいる、家や土地がある、どうしたらいいのかと振り返り、具体的に先のことを考えるようになりました。Uターンするにしても定年後なのか今なのか、両方の選択肢で迷っていました。当時まだ子どもはいませんでしたが、成長してからのUターンでは転校させることになってしまい可哀想だと思いました。自分自身の転職については、年齢が上がるほどやりたい仕事に就けるのだろうかという不安もあり、家族を養っていく収入のことを考えると40歳までに転職して戻った方がいいのかもしれないという思いが明確になっていきました。両親から戻って来いと言われたことはなかったのですが、自分から将来のことを考え始めたのは、普段から地元や両親のことが頭から離れることがなかったからかもしれません。妻もその思いに賛同してくれたため、次の行動に移すことが出来ました」

●移住には勇気と覚悟
「家庭も仕事も順調だったため、それまでUターンのことなど真剣に考えたことはありませんでした。まず最初に浮かんだ心配は『仕事はあるのかな?』ということでした。たまたま実家の両親から求職の情報を受けた際に「まずは受けてみよう」と思い立って行動に移しました。その結果採用に至り、勤務していた会社にも退職の意向を伝えました。転職先が決定した時はホッとしましたが、当時の仕事がとても充実していたため、先がまったくわからない中でその環境を捨てることには勇気が要りました。自分にとっては仕事を退職する決断が一番ウエイトを占めましたね。次の仕事が決まった時は、いよいよUターンが現実味を帯びてきたと実感しました」

●子どもが母校の校歌を歌う姿を思う
「須坂市にUターンして11年目になりました。今は子どもたちを須坂市で育てられて良かったと思っています。市内の臥竜公園や動物園の遊園地もよく利用しています。須坂市には里山も川もあって景色の変化が日々感じられます。子どもたちも思いっきり体を動かして遊ぶことができています」

「Uターン以前の暮らしを思うと、須坂市の生活は都会の便利さには適いません。でも不自由さはないですね。便利さはなくても物を買い揃えることは出来るし、変わりない生活を送れます。車はあった方が楽しめると思います。都会の日々の暮らしでは、毎日行き交う人が違って、知り合いに会うこともありませんでした。でも須坂市は毎日顔馴染みの人に会います、それが田舎なんでしょうね。須坂市は自然が多い割に、そこまで田舎臭くなくガチャガチャしていない静かな環境、まさに自分が生まれ育ったのは「生活する場所」だと思います。今後は二人の子どもたちも自分の母校に通います。同じ校歌を歌う姿を想像すると今からうれしいです」

●おわりに
今回、Kさんの取材でも「先が見えず不安だった」という言葉が印象に残りました。日頃の移住相談でも、多くの方が抱えている課題は、移住先での仕事の決定と決断です。Kさんも、これまでの仕事を退職していいのか、この先は本当に大丈夫だろうかと決断までに相当な負荷がかかったと話してくれました。先が見えないことで不安が生まれ決断できないこともあると思います。しかし、移住を果たした皆さんは、それを希望に変えて乗り越えた部分が大きいかもしれません。「生まれ育った場所に帰りたい」という強い思いが後押ししてくれるのがUターン移住なのでしょう。納得できる転職もその思いが背中を押してくれるのかもしれません。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

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