信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: 移住者インタビュー

2020/11/20

<移住者インタビュー>Uターンの大きな壁は転職への覚悟と勇気

Kさんは首都圏から須坂市にUターンして11年。奥さんと一緒に地元に戻った後にお子さんが誕生し、現在は自分が育った須坂市で5歳と2歳の二人の子育て真っ最中のお父さんです。地元に戻ろうと考えた当時を振り返ってくれたKさんのコメントには、Uターンへのきっかけや乗り越えるポイントがありました。現在Uターン移住を検討している皆さんは、ぜひ参考にしてください。

●大学進学で東京へ
「須坂市内の高校を経て大学進学のために上京し、そのまま東京で食品メーカーの会社に就職し開発部門で勤務していました。その後、結婚を機に埼玉県に住居を移しましたが、同じ首都圏の電車通勤で30分ほどの便利な距離でした。仕事も順調で充実していた当時は、地元に戻ることなど想像もしない生活を送っていました」

●Uターン移住のきっかけ
「30歳を過ぎた頃、自分には地元に両親がいる、家や土地がある、どうしたらいいのかと振り返り、具体的に先のことを考えるようになりました。Uターンするにしても定年後なのか今なのか、両方の選択肢で迷っていました。当時まだ子どもはいませんでしたが、成長してからのUターンでは転校させることになってしまい可哀想だと思いました。自分自身の転職については、年齢が上がるほどやりたい仕事に就けるのだろうかという不安もあり、家族を養っていく収入のことを考えると40歳までに転職して戻った方がいいのかもしれないという思いが明確になっていきました。両親から戻って来いと言われたことはなかったのですが、自分から将来のことを考え始めたのは、普段から地元や両親のことが頭から離れることがなかったからかもしれません。妻もその思いに賛同してくれたため、次の行動に移すことが出来ました」

●移住には勇気と覚悟
「家庭も仕事も順調だったため、それまでUターンのことなど真剣に考えたことはありませんでした。まず最初に浮かんだ心配は『仕事はあるのかな?』ということでした。たまたま実家の両親から求職の情報を受けた際に「まずは受けてみよう」と思い立って行動に移しました。その結果採用に至り、勤務していた会社にも退職の意向を伝えました。転職先が決定した時はホッとしましたが、当時の仕事がとても充実していたため、先がまったくわからない中でその環境を捨てることには勇気が要りました。自分にとっては仕事を退職する決断が一番ウエイトを占めましたね。次の仕事が決まった時は、いよいよUターンが現実味を帯びてきたと実感しました」

●子どもが母校の校歌を歌う姿を思う
「須坂市にUターンして11年目になりました。今は子どもたちを須坂市で育てられて良かったと思っています。市内の臥竜公園や動物園の遊園地もよく利用しています。須坂市には里山も川もあって景色の変化が日々感じられます。子どもたちも思いっきり体を動かして遊ぶことができています」

「Uターン以前の暮らしを思うと、須坂市の生活は都会の便利さには適いません。でも不自由さはないですね。便利さはなくても物を買い揃えることは出来るし、変わりない生活を送れます。車はあった方が楽しめると思います。都会の日々の暮らしでは、毎日行き交う人が違って、知り合いに会うこともありませんでした。でも須坂市は毎日顔馴染みの人に会います、それが田舎なんでしょうね。須坂市は自然が多い割に、そこまで田舎臭くなくガチャガチャしていない静かな環境、まさに自分が生まれ育ったのは「生活する場所」だと思います。今後は二人の子どもたちも自分の母校に通います。同じ校歌を歌う姿を想像すると今からうれしいです」

●おわりに
今回、Kさんの取材でも「先が見えず不安だった」という言葉が印象に残りました。日頃の移住相談でも、多くの方が抱えている課題は、移住先での仕事の決定と決断です。Kさんも、これまでの仕事を退職していいのか、この先は本当に大丈夫だろうかと決断までに相当な負荷がかかったと話してくれました。先が見えないことで不安が生まれ決断できないこともあると思います。しかし、移住を果たした皆さんは、それを希望に変えて乗り越えた部分が大きいかもしれません。「生まれ育った場所に帰りたい」という強い思いが後押ししてくれるのがUターン移住なのでしょう。納得できる転職もその思いが背中を押してくれるのかもしれません。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2020/10/20

<移住者インタビュー>東京都民から須坂市民になって分かったこと

須坂市で転職先が決まったのを機に2019年4月にご夫婦とお子さんの3人で東京から移住されたNさん。須坂市に移住して1年半が経過した今、移住後の率直な感想をお聞きしました。移住を検討中の皆さんは、ぜひ参考にしてください。
☆文章中の素敵な写真はNさんが須坂市に移住してから撮影したものです

日本さくら名所100選の臥竜公園の桜

●移住しようと思った理由と目的
「都内に住んでいた時、希望していた保育園に入れなかったことが移住のきっかけです。その時に子どもの教育環境について考えた結果、移住をしようという決断に至りました。私も幼少期は富山県で育ち、妻も長野県出身だったので、転職するということ以外はハードルが低かったです。妻の実家のある東信地方と北信地方を中心に4市ほど検討しましたが、中でも須坂市の移住相談では大変お世話になり、転職先とのご縁もあって須坂市への移住を決めました」

千曲川堤防付近の桜並木

●須坂市の生活について
「とにかく便利だということにつきます。スーパーやコンビニ、ドラッグストアが市街地の中心部にまとまっていて、暮らす分には困ることはありません。ただ、公共交通機関は都会と比べると便利とは言えないので車は必須です。子育てに関しては、保育園や幼稚園がとても充実しており、各園が自然の中で遊べるよう工夫をしているので、移住してよかったと感じています。娘も幼稚園が大好きで、毎日楽しそうに通っています。また、蔵の町並みやレトロな雰囲気のあるお店が多く、私は須坂の景観がとても好きです。市街地の建物は老朽化でくたびれている感じのものもありますが、反面すごいポテンシャルがあると感じたのも移住の決め手の一つでした。古さを生かしたリノベーションが増えていくことに期待しています」

須坂市動物園のカンガルー

●移住してメリットに感じたこと
「前職では残業が多めで、深夜や早朝に帰宅することも多く、身体にも大きな負担がかかっていました。転職したことで不規則な生活リズムは改善されましたし、片道10分の通勤時間のおかげで通勤時間にかかるストレスは減り、子どもと触れ合う時間が増えました。また、家賃はとても安く、食生活の部分では野菜や果物がとても安くて美味しいので食卓が豊かになりました。シャインマスカットがワンコインで買えることに驚いています。車は必需品ですが、道路がごみごみしていないので気軽に出かけられます」

市内に広がるブドウ畑

●移住してデメリットだと感じたこと
「当たり前ですが、レジャー施設やおしゃれなお店は都心に比べて少ないです。また、県外でも飛行機を使うくらい遠くに行く場合は、一度東京に出なければならないので、少々大変だなと感じています。生活費は、水道光熱費が都心部のほうが安く、特にガス代・水道代が違いました。それでも家賃が安いので、総合的には須坂市の方がはるかに安いです。ゴミに関するマナーは東京と比べると厳格だと感じました。未だにごみ指定袋に名前を記入するのは抵抗がありますね」

須坂クラシック美術館にて

●休日の過ごし方
「須坂市内にはインターチェンジがあって車のアクセスが良いので、市外に出ることが多いです。県内各地や子どもの好きな水族館のある新潟県上越市などへ行ったりしています。おしゃれなお店やおいしい食事処、カフェを探すのが趣味なので市内外で楽しんでいます。温泉にもよく行きますが、子どもと行くのであれば、須坂市内の日帰り温泉施設「湯っ蔵んど」をおすすめします。温泉以外にもおいしいジェラート屋やパン屋もあるので、お気に入りです。コロナ禍ではアウトドアの時間を多く設けました。長野県内はキャンプ場が多いので密を避けて楽しむことができました」

須坂市内のお気に入りのカフェ「カフェ・ル・パニエ」


濃厚ぶどうジュースがおいしい

●これからの須坂について
「少しずつではありますが町が若返りしている感じはあります。若い人が増えていけばもっと変わっていくと思うので、今後も移住者が増えてくればいいなと思っています。先の話になりますが、須坂長野東インターチェンジ周辺は、3年後に県内最大規模のショッピングモールが誕生する予定です。北信地方の人のみならず県内の経済に大きな影響を与えると思っています。須坂が生まれ変わる一つの要因になってくれると期待しています」

須坂みんなの花火大会

●インタビューを終えて
今回体験談を語ってくれたNさんは、移住して良かった面も悪かった面もきちんと理解し納得したうえで前に進もうと頑張っています。移住を叶えたとしても、それはゴールではありません。移住は人生の転機であり通過点。須坂市の未来を語ることができるNさんは素晴らしいと思いました。須坂市に移住して良かったと振り返られる人生を送ってほしいと願っています。

峰の原高原のとんぼ

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2020/08/20

<移住者インタビュー>おいしいものが作れるまち須坂市に新規就農移住しました

「自分は体を動かすのが好きなんだなあと実感している毎日です」
夢だった農業を目指して2020年3月に奥様と双子のお子さんの家族4人で千葉県から須坂市豊洲地区へ移住した林聡さん。須坂市の新規就農里親制度を利用して4月から里親農家さんの下で研修が始まっています。
林さんは兵庫県出身。大学を経て千葉県の鉄鋼メーカーへ就職し研究所に勤務していました。そんな林さんがなぜ農業の道へ、しかもなぜ移住だったのでしょうか。
林さんご夫婦に話を聞きました。

●以前から触れていた農作物づくり
「以前働いていた研究所では、独自で新しいものを考え、現場に指示を送るという内容の仕事をしていました。毎日振り返る余裕もなく、帰宅が遅くなることもあり、当時は家に帰っても常に頭の中が仕事から離れられずにいた気がします。そんな私を思ってか、ストレス解消になればと妻も賛同してくれたのが千葉県内で開催する百姓塾への参加でした。千葉県特産の落花生をはじめ豆類やイモ類などの野菜作りをしながら、家族で自然に触れる楽しさを身に付けていきました。この経験が新規就農を目指す一因になったのかもしれません」

●移住に迷いはありませんでした
「もともとリンゴやブドウが好きで、長野県内に住む親戚からよくリンゴを送ってもらっていました。〝おいしいものを作れるのが長野県″と思っていた私は、農業への憧れもありました。本格的に就農移住を検討するようになったのは、子どもたちの小学校入学準備と自分の今後について考えた時でした。職場では、ちょうど年齢的にも管理職を迎える時期にさしかかっていたのですが、自分に管理職なんて向いているのだろうかと考えた際に出た結論が〝14年間もこの仕事に携わることが出来た″というプラスの捉え方による農業への転職でした。移住時期は子どもたちの小学校入学のタイミングに決まり、夫婦そろって気持ちは新規就農移住へと向かいました」

●須坂市の支援体制が力になりました
「東京にある長野県アンテナショップ『銀座NAGANO』で開催していた移住相談会への参加が須坂市と出会うきっかけでした。参加を決めたのも、仕事と住居を一括してサポートしているというホームページを見て支援が整っていると感じたからです。実際、就農相談と同時に妻の仕事や子どもたちの学校と子育て環境、そして住まい探しでは空き家バンクの相談まで多岐にわたってサポートしてくれました。これなら信頼して進めていける!と希望が持てたのを覚えています。就農体験で5~6か所の市町村をまわりましたが、そのなかで親身になってもらえていると実感できたのも須坂市でした。新規就農制度の里親農家さんとの調整や宿泊体験施設の準備など、信州須坂移住支援チームと農林課の連携サポートもあって安心して就農体験に臨むことができました」

●里親農家さんから学ぶ日々
「須坂市で就農体験を定期的に行っていた2019年10月、長野県内を襲った台風19号が里親農家さんの住む地域に被害を及ぼしたことを知りました。ちょうどその1か月前に当時住んでいた千葉県でも台風15号の被害があり、自分たちも食糧などの物資が手に入らず困った経験をしたばかりでした。食糧や水を用意して里親農家さんのもとに駆けつけましたが、里親農家さんは被害に及ぶ中でも強く前向きな姿勢を見せてくれました。自然との向き合い方を学んだ日でもありました」

「現在、研修が始まっていますが、〝自分はプロだ″と意識して働いている里親農家さんの姿から教えてもらうことが多いです。農業は体も頭も使いますが、自分は体を動かす仕事が好きなんだなあと改めてわかりました。作業中にブドウの枝や房を手で確認していると、葉の形も一枚ずつ違うことに気付いたり、日々自分は変わっている、成長できていると実感しています」

●家族で須坂暮らしを楽しんでいます
「千葉県で暮らしていた時は、自然と触れ合う場所までは車を使わなければ行けませんでした。今は身近な自然を相手にしながら生活しています。昆虫や動物が好きな子どもたちは、庭でモグラに遭遇したり、近所でトンボやカブトムシ、クワガタを捕まえて喜んでいます」

「現在住んでいる一軒家はとにかく広いです。自分は田舎の家の造りに慣れていないので、どういう動き方をすればいいのか戸惑っていました。その点、妻は実家が富山県のコメ農家だったので同じような広い家の造りに慣れていたので良かったです。庭に生えるニラやふきを採ったり、身近にある変化を楽しんでいます。現在の暮らしの中で体験できることは子どもにとっても良い環境だと思います。以前とは時間の流れが変わり、せかせかして暮らす感じもなくなりました。子どもたちには、今の田舎暮らしを経験しながら成長し、この先もずっと須坂市で暮らしてほしいと願っています」

●地域で育てる子育て環境
「現在はご近所や地域の皆さんが声をかけて下さり、子どもたちを温かく見守ってくれています。以前住んでいた千葉県では同世代の家族同士で子どもたちを育てている感覚でしたが、今は地域の上の世代の方まで関わって育ててもらっています。子どもにとっても上の世代の方の存在は貴重だと思います。周りの方に子育てを助けてもらっている分、この地域で農業をしっかり学んで身につけ恩返しできるよう自立することが目標です」

「今、世の中は新型コロナウイルスの影響を受けていますが、私たち家族の生活は自然を相手にしながら充実した日々を過ごせています。就農体験研修を通じて先輩移住者から教えてもらったことの中に〝奥さんと農業への思いが重なっていないと後になって問題が生じるよ″という言葉がありました。皆さんから得た学びを忘れないように今後も家族で頑張っていきたいです」

●おわりに
東京の銀座NAGANO移住相談会で初めて林さんにお会いした時も、私たちからの情報をしっかりメモにとっていた姿を今でも覚えています。そんな、真面目で優しい双子のお父さん。家族で身近な自然に触れながら田舎暮らしを楽しんでほしいです。フルーツ王国の須坂市を盛り上げてくれることを願いつつ、林さんの作ったおいしいブドウが食べられる日を楽しみに待ちたいと思います。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2020/06/05

<移住者インタビュー>古民家をリフォームして夢だった田舎暮らしを満喫しています

東脇ゆき子さんは、ご主人と須坂市内の山側に位置する豊丘地域に移住して1年半になります。大阪で結婚をして間もない頃から今後の人生について話し合っていたご夫婦は「豊かな自然環境で子育てをしたい」という夢を掲げて「移住」という選択肢に至りました。2017年12月に開催された大阪での長野県移住セミナーでお会いし、約1年後に須坂市へ移住しました。20代の若い夫婦が協力し合って果たした移住です。現在は古民家をリフォームし大好きなペットたちといっしょに須坂暮らしを満喫しています。

今回インタビューに答えてくれた奥さまのゆき子さんは、須坂市を「移住して良かったと思える場所です」と答えてくれました。

●移住のきっかけ
大阪府堺市出身のゆき子さんは、父方の実家が山際にあったことで、幼い頃から山のある風景に憧れを持っていたそうです。
「主人のお姉さんが結婚して長野市に住んでいたことで、長野県にはよく遊びに来ていたんです。大阪とは違ってカラッとした気候で空気も澄んでいて良い環境だなと感じていました。いつかは長野県のような自然豊かな環境で暮らしたいと夫婦で話すなかで『子育てするなら今のうちに探して決めよう』と思ったのがきっかけでした。それから間もなく大阪で長野県の移住セミナーが開催されることを知り、そこに参加したことで信州須坂移住支援チームと初めてお会いしました」

●移住への準備
「まず、私たち夫婦は物件探しから始めました。理想は、結婚後から同居している大型犬(ゴールデンレトリバー)や猫たちと住める大きな家でした。身内が長野市にいたことも後押しとなり、その近隣の物件をネットで探しました。ちょうど長野市と隣接する須坂市に、私たちが求める物件が見つかったことで今の豊丘地域を知りました」

「見つけた物件は中古で600坪の土地と建物で400万円。家の広さや周りの景観、価格も理想的だったので決めました。現地を見た時も、川が流れ里山が迫る自然が豊かな環境と、隣接する長野市や北アルプスが一望できて、須坂市内でも雰囲気の良い場所だと思いました。ホタルが見えるという話も聞いて、驚いたのと同時にとても魅力を感じました」


「物件は地域の業者に依頼してリフォームすることになり、主人が中心となって考えてくれて、古くても残せる部分を上手く活用しながら進めました。私たち夫婦は室内に木が沢山ある家に住みたかったので、もともとあった柱を残したり壁も木張りにするなど、こだわって作りました。一番は夢だった薪ストーブの設置でした。冬でも一度温まると室内は30度くらいまで上昇し半袖でも過ごせます。薪は地域の方の畑で剪定された木や、山を持っている方からいただいたりしています。体を動かすことが好きな主人は薪割りもします。こんな夢が叶ったのも、この地域だったからこそと思います」


「もともと私は看護専門学校を卒業後、看護師の資格を取得し、大阪の病院で勤務していました。私は3人姉妹の末っ子で、15歳離れた一番上の姉も看護師です。その姉の姿に憧れていた私は小学生の頃から看護師を夢見ていました。その看護師の仕事は移住後も続けたいと希望していたので、信州須坂移住支援チームに相談しました。須坂市内にある総合病院の信州医療センターは、須坂市移住者受入協力企業の一つでもあったので興味があり見学を希望したところ、看護部長との面談の場を設定してもらい院内見学をしました。看護部長にはとても親切に対応していただき病院の印象も良かったのを覚えています」

「医療施設は須坂市周辺に数多くあって、隣接する長野市も含めながら検討しました。結果的に大阪で働いていた病院の雰囲気に似ていた長野市内の病院を希望し採用が決まりました。家から病院までは車で約30分ですが、以前の大阪でも同じくらいの通勤時間だったので気になりませんでした。逆に県庁所在地の長野市と須坂市の往来のしやすさから便利な地域ということが理解できます。賑やかな長野市から静かな須坂市に帰ってくるとONとOFFがつけやすいので須坂市は生活する場所という感覚です」


●須坂市の生活環境について

―北アルプスがくっきり見えた日はラッキー
「須坂市は、夏は日中暑くても湿度が低くカラッとしているので過ごしやすい環境です。冬の積雪も承知をして移住しましたが、想像より少なく今年もほとんど雪かきをしませんでした。春は桜が身近で見ることができて新鮮でしたし、なんと言っても北アルプスの雪山が見えたのが感動的でした。くっきり見えた日はラッキー!この地域で目にする景色から大きく心を動かされています」


―新鮮で安くておいしい食べ物
「スーパーで買う野菜は地場産なので新鮮で安くておいしいです。そしてお水がおいしいからご飯もおいしいです。海のない県だからでしょうか、大阪にいた時より海鮮ものが足りない気もしますが…。郷土料理のおやきは元々好きだったので、より身近になってうれしいです。同じ豊丘地域に住む移住者の方からイノシシの肉をいただくなど交流もさせていただいています」


〈庭のタラの木:春にタラノ芽が味わえるのも楽しみ〉

●移住を希望する皆さんへ
「須坂市は田舎の部分も便利な部分も両方そろう町です。私たち夫婦が住んでいる豊丘地域は市内でも山側になりますが、車で10分もあれば便利な市街地に出ることができます。大阪にいた時も車を利用していましたが、渋滞が多く、人も建物も密集していて、今では帰省する度に重苦しいと感じてしまいます。それに、きれいな美味しい空気がわかるようになりました。子育て支援もしっかりしていることを知ったので、ぜひ移住を検討する若い世代の方たちに豊丘地域はおすすめです。人生を見直したい人や心機一転したい人にも、きっと新しい刺激があると思います。今後は私も子育てを希望しています。豊かな自然のなかで育つことができる豊丘保育園に通わせたいです!」

●おわりに
20歳代の東脇さんご夫婦は、これまで信州須坂移住支援チームが対応したなかで最も若い相談者でした。古き良きものを活かしたリフォーム古民家は素敵な工夫がされていて、夫婦で話し合い着実に行動された結果が感じられました。夢だった広い住居で、大好きなペットたちと引き続き楽しい毎日を送ってほしいと願っています。そして、東脇さんご夫婦に続き多くの若い世代の方たちと出会える豊丘地域になるよう、信州須坂移住支援チームでもさらなる地域の魅力を発信していきたいと思います。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2020/05/20

<移住者インタビュー>「移住支援信州須坂モデル」で千葉県から移住しました

「須坂市は自分が描くイメージのまちでした。市内を囲む里山に感動でき、開放感のある風景です。市内には花が溢れていてよく目にします。まちを歩くのがこんなに楽しいなんて今までは考えられなかったです」
千葉県からお子さんと二人で移住されたAさんは、念願だった長野県への移住を果たし、2020年3月に須坂暮らしをスタートさせました。4月にはお子さんが小学校1年生になったばかり。
信州須坂移住支援チームとの出会いは、2019年6月、東京の長野県アンテナショップ「銀座NAGANO」で行われた須坂市移住個別相談会でした。

●移住のきっかけ
「移住前は両親がいる千葉県で暮らし、生計を立てるためにダブルワークをしていました。しかし、子どもと過ごす時間が作れないことに疑問を抱きながら数年が経ち、このような生活に限界を感じ移住を検討し始めました。若い頃、長野県のレタス農家にアルバイトで滞在していた際に、気候がよく住みやすい環境やきれいな空と山を見て感動した経験から、移住するなら長野県と決めていました」

お子さんの小学校入学までには昼間だけの仕事に変えようと考えていたAさんでしたが、それならいっそのことこのタイミングで長野県へ移住しようと思い立ち情報収集を始められました。両親のもとを離れ「自立したかった」というAさんの言葉には親としての真摯な態度が感じられました。

●移住支援信州須坂モデルでサポートを受けました
「移住を検討し始めてから長野県内の市町村について情報収集をしました。数ヶ所の自治体のツアーにも参加しましたが、まちの様子が自分の思うイメージではなかったり、住居があっても仕事が見つからない環境だったりと希望に合致しませんでした。ツアーでは、個人に対するサポートより参加者全員に向けた町の紹介で終わってしまうといったものがほとんどでした」

「須坂市を知ったのは、長野県の移住サイト「楽園信州」で東京の銀座NAGANOで開催していた個別相談会の情報を見つけたのが最初でした。仕事と住居を一括して相談に乗ってもらえるということで期待を持って参加しました。相談会では仕事の具体的な話ができたことで「これなら移住できるかもしれない」と予感がしました」

―就職先の決定―
「仕事相談では、自分には特に資格も無いし、子育ての時間の制約からも理想の求人への応募は難しいだろうと考えていました。須坂市の移住者受入協力企業30社の情報を調べながら相談と検討を重ね、絞り込んでいく中で希望する食品製造関係の企業に辿り着きました。最初に希望した企業での採用が難しい状況になった際は気持ちが落ち込みましたが、信州須坂移住支援チームで寄り添った対応をしていただいたこともあり、移住への気持ちが消えることはありませんでした。悩む時間があった分、強い気持ちで乗り越えられたと今は納得しています」

―住居の決定―
「移住者受入協力企業の採用が決まったことで市営住宅の応募が可能になりましたが、当時ちょうど令和元年東日本台風災害と重なってしまい応募が中断してしまいました。再開するまでドキドキして過ごしましたが、当初計画していたタイミングで申し込むことができました。抽選で決まった住まいは予想以上のもので大変満足しています」

―移住支援信州須坂モデルを使っての移住―
「仕事や住居の決定に至るまで信州須坂移住支援チームからの情報提供やサポート、また現地に足を運ぶ際も移住体験ハウスを利用しながら打ち合わせを重ね、一つひとつ計画的に準備をすすめることができました。須坂市へ移住してからは子どもと過ごす時間も増え、課題が解決できたことがうれしいです」

●現在の仕事や職場の様子
「移住するタイミングよりだいぶ早めに内定をいただけたおかげで、それまでの仕事も安心してギリギリまでこなせました。新たな地でスタートするには仕事の決定は大きな安心材料となり大変助かりました。採用していただいた移住者受入協力企業には子どもの小学校入学に合わせて約4ヶ月先の受け入れを考慮いただき、しかも就業日も希望に合わせてもらい本当に感謝しています」

「職場までは車で10分、市内は渋滞も無いです。ただ、この春に待ち受けていたのは新型コロナウイルスの影響による小学校の臨時休業でした。忙しい朝もファミリーサポート会員さんやご近所のご協力をいただき、児童クラブに通わせながら働いています。仕事は夕方17時のチャイムとともに終え、帰ることができます。子育てをしながら働く身としてはとても良い環境だと思います。職場の方たちからも休みが取りやすいという話を聞き安心しました。今は親子で規則正しい生活を送っています」

●須坂市の暮らし環境
「相談をすすめるなかで初めて須坂市に来たときは、観光地のような人混みもなく静かで心地よく、眺める山々がきれいで印象がとても良かったことを記憶しています。自分が住んでみたいと思うイメージと合っていました。気候は千葉県よりも湿度を感じずカラッとしています。冬は雪の里山風景にも感動しました。近くには温泉もあって安く入れますし、お散歩も楽しめて、都会と違いお金を使わずに時間を過ごせる場所が多いのが魅力だと思います」

「買い物環境は、スーパーマーケットやドラッグストアが多いと感じました。今日はどこに行こうかと選べるほどです。市内がコンパクトなため車を使えばどこへ行くにも便利です。食料品は特に野菜やフルーツが美味しくて新鮮さが違うと思いました」

お子さんもお母さんといっしょに頑張っています。インタビューでは須坂市の印象をしっかり答えてくれました。
「いろんな景色がいいし、動物園もあって楽しい。遠くの山も見えるし、近くで花を見るのも大好き」
須坂市のシンボル的な里山「臥竜山」もお散歩しながらお母さんと登ったそうです。

「現在、小学校は新型コロナウイルスの影響により分散登校をしているため、ファミリーサポートの制度を使ってご近所の会員さんに助けていただいています。自分の出勤時間と同時に自宅に迎えに来てもらい、児童クラブまで連れて行ってもらっています。通常の登校ができるまで忙しい日は続きますが、子どものお友達の親御さんたちも声をかけてくれたり周りの協力のおかげで過ごせています。以前まで暮らしていた環境では、まちで人に声を掛けられるということはありませんでした。須坂市の人たちは気軽に声掛けをしてくれたり、助けてくれる方がたくさんいます。人が優しいまちだと感じています」

●移住を希望される方へ
「長野県内各地を実際に見たりしながら移住の準備を進めてきましたが、何よりも大変だと感じたのは、離れた場所の仕事を自力で探すのはとても難しいことだということです。信州須坂移住支援チームのサポートがあったので自分が納得できる就職先にたどり着いたと思います。都会よりも地方の求人は給与内容もたしかに下がる場合もあるかもしれませんが生活はできます。また、須坂市は子育てするにはとてもよい環境だと感じますし、生活する便利さがあります。これは移住するのに大きな決め手になる要素だと思います」

「正直なところ、移住する直前にこれでうまく生活していけるのだろうかと不安になりました。自分自身の不安は無かったのですが、子どものことが心配でした。不安や心配だった箇所は現地に足を運んで、信州須坂移住支援チームのお力を借りながら不安を解消し前向きにスタートする事ができました。人とのつながりも子どもを介して多くなると思いますが、市内のお店や地域の人たちとも広く関わって楽しみを増やしていきたいです。移住してから近所のおやき屋さんや移住者の方が経営するコーヒーショップに行きましたが、これからもいろんな方にお会いするのが楽しみです。子どもと2人での移住は決して簡単なものではなかったけれど納得した移住で自分が思い描く未来に大きく近づくことができました」

●おわりに
~Aさんから移住後のメールより~
今回、移住前にご相談させてもらって信州須坂移住支援チームの皆さんに背中を押して頂きながら、勤務先と住居が決まり生活に不安のない環境でこちらでの生活が始められる事に改めて感謝しています。
子供の事など不安もありましたが寄り添っていただき自分だけでは叶わないような望み以上の生活が始められていると実感しています。
と同時に個々に寄り添い、誠実で真剣な姿には本当に頭が下がります。
どうかお体に気をつけてください。
本当に本当にありがとうございました。
また市役所に行った際には元気な顔をみせられるようがんばります。

インタビューの際も「須坂市に移住して良かったです。ここなら移住できると思えた場所でした」というAさんの言葉、そして小学校入学後まもなくコロナウイルスの影響から児童クラブで過ごす日々が続くお子さんも「今が楽しい!」と笑顔で答えてくれた姿は、逆にお手伝いさせていただいた私たちが勇気づけられる思いでした。

東京の銀座NAGANOでの移住相談会から移住まで約9ヶ月間でしたが、Aさん自身の努力の部分が大きく、自ら良い状況を引き寄せるように一つひとつが決まっていきました。
これからも二人三脚、お子さんの天使の様な笑顔にも助けられながら、須坂市で充実した子育てと田舎暮らしを送ってほしいと願っています。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

:: 次のページ >>