信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: 移住者インタビュー

2018/08/06

先輩移住者に聞くVol.15/峰の原高原ペンションハーフトーンのオーナー長瀬聡さん

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンションハーフトーンの二代目オーナーの長瀬聡さんにお話をお伺いしました。
◆2003年に埼玉県入間市から家族5人で移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
埼玉県入間市の叔母は叔父に先立たれて一人暮らしをすることになり、それを機に一緒に暮らそうと考えました。
ただ、都会でのマンション暮らしも家族みんなが働きに出てしまうため、結局一人を残す生活になってしまします。
とはいうものの、老人ホームに預けるのは嫌だったので、みんなで商売を始めようということになりペンション業を始めました。

●須坂・峰の原高原で来て良かったこと、苦労したこと
ここに来て良かったことは空気がおいしいことと自分で好きなように仕事ができるということがいいですね。自分はスノーボードが好きなので近くにスキー場がある環境も良いですね。スノーボードがきっかけで奥さんとも出会えたし、たくさん仲間ができました。
苦労は今もしていますね(笑)。もっと稼ぎたい気持ちがあるのですが、自分はあまり体が丈夫ではないので、できるだけ苦労を感じないようにしています。

●須坂市・地域おこしへの提案
とにかく今の峰の原高原はマンパワーが減ってきています。ですので、人口を増やす対策を考えてくれたらと思います。三世代いる家族に税制優遇なんかがあればいいのかなと思います。そういったことをすると人口が増えたり、住みやすい条件になり人が集まりやすくなったりするかと思います。
また協力隊には住んでいると気づきにくい良いところがたくさんあると思います。そこをどんどん発信していってほしいし、それに対してどんどん積極的に動いて行ってほしいです。

●移住を希望する方へ
峰の原高原でペンションを始めるなら若いうちが良いと思います。峰の原高原の魅力は何といってもペンションと景色だと思います。特に6月は、峰の原高原が芽吹く時季のグレーがかった緑の景色が好きです。
春夏秋冬それぞれ一週間ずつ峰の原に来てみると、その良さが分かると思います。良いところ、悪いところ、賑わっている峰の原、閑散としている峰の原を感じてください。

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

2018/07/19

<移住者インタビュー>岩崎正知さん「須坂市で夢だったワイナリーへ就職しました」

須坂市亀倉の楠ワイナリーで働く岩崎正知さん(45歳)は、夢だったワイナリーへの就職を果たし、今年(2018年)3月にご夫婦で東京から須坂市に移住してきました。現在、楠ワイナリーでショップ運営や営業部門を主に担当し、ソムリエの経験を活かしながら働いています。
須坂市に移住するまでの経緯や現在の仕事、須坂市の暮らしについて話を聞きました。

●ワインの仕事を目指すことになったきっかけ
「大学時代から、いつか自分の店を持ちたいという夢を持っていました。もともとお酒が好きだったこともありますが、ただ「好き」ではなく、作り手のポリシーが感じられるお酒が好きでした。大学卒業後、ビアホールを中心に全国展開する総合レストランチェーンに就職し、その後もバーテンダーやカフェなど飲食店で店長や支配人などの経験を積みました。スコットランドのウイスキー蒸留所を見学し刺激を受け「物を作る」ということに興味が湧き、転職を機にフランスやイタリアで1ヶ月間ほどワインについて学びました。もっとワインについて深く知りたいと思ったのが、現在の仕事に結びつく大きなきっかけになりました」

●長野県産のワインに惹かれて
「ワインの産地といえば山梨県か長野県かなと思っていました。山梨県勝沼にはワインの飲み比べが出来て学べる場所があったので定期的に行っていました。しかし、ぶどう品種特性の表現方向にブレを感じたり、自分が求めるスタイルとの違いを感じていました。その後、長野県が地元で生産・製造されたものだけを認定する原産地呼称管理制度を成立させたことを知り、ワインに対する意識の高さに注目するようになりました。長野県内でも北信のワインを口にした時、その味に惹かれ、この地域の特性が出ていると認識しました。ワインの素地があり、今後発展していく可能性を強く感じる場所になりました」

●移住を考え始めたきっかけ
「2011年の東日本大震災を機に東京での暮らしに不安を感じるようになりました。ワイン作りに対して夢を持ち始めたのと同時に生活への不安を感じ始めたことで「移住」というものを考えるようになりました。特に40歳を過ぎてから体力的な不安を感じるようになりました。仕事に関しては、ソムリエとして勤務し従業員をとりまとめ、売り上げも毎年更新するなど順調でした。その半面、終電で帰宅し睡眠時間は平均5時間という生活でストレスがあったのも事実です。そんな生活を繰り返していた42歳の時、勤務中に倒れ病院へ運ばれてしまいました。これを機に本格的に移住を考え、いつ職場を辞めてもいいように態勢を整えながら仕事をしていました」

●夢だったワイナリーへの就職
「東京有楽町駅前のふるさと回帰支援センターで山梨県と長野県それぞれの相談カウンターで移住先を探し始めました。それまでの経過からワインを通して長野県への思いが強かったことや、長野県の相談員から頻繁に連絡をもらっていたことが移住に向いた要因の一つでした。最初は北信2か所のワイナリーを希望しましたが、応募を受け付けていなかったり、自分のスキルが活かせる内容ではなかったため足踏みの状態が続きました。須坂市にも好きなワインを作るワイナリーがあるので、銀座NAGANOで行われていた須坂市移住個別相談会に参加しました。相談を通じて楠ワイナリーを紹介され、社長との面談の機会を得たことで採用へと繋がりました」

●楠ワイナリーでの仕事や須坂市での暮らし
「得意先まわりは初めての経験です。勤め始めて5ケ月ほどになりますが、とにかく今は新しい仕事に慣れる時間を過ごしていると思っています。これまでの職場では営業を受ける側だったので、今は逆に当時を参考にしています。楠ワイナリーの評判を良くするのも悪くするのも自分の対応にかかっていると思います。大学が工学部出身である楠社長の深い研究心が美味しいワインを作り出しています。お客様から楠さんのワインは美味しいねという言葉が聞けた時は嬉しいです。そういう声が聞けるワイナリーで働けることに、とても誇りを感じているし身が引き締まる思いです。今まで楠社長が築き上げてきたものを根底に、ソムリエとして身につけたスキルを活かしながら、美味しいワインを広めていきたいです」
「須坂市は出身地である埼玉県入間市の風景と近いものがあって、最初から全然違和感がありませんでした。違いといえば入間市にはなかった雄大な山々が望めることです。市街地にスーパーが多いですね。身近な食料品など買い物環境はそろっているので困ることはありません。大好きな野菜も新鮮で安いです。須坂市のスーパーで売られている見切り品を見て、東京で見ていた見切り品とは比べものにならないくらい質が良くて驚きました」

●移住を希望する方へメッセージ
「移住を希望しているみなさんに声を大にして言いたいことは、もし移住を迷っているのであれば、その機を逃さないでほしいということです。移住しようと思ったら行動に移すことが大事。私は病気で倒れたことが移住を真剣に考える引き金になりました。移住を目指しながらも迷っている人は、自分の体が健康なうちに行動に移してほしいですね。移住せずに今のままでいるのか、それとも移住にチャレンジするのか、どちらが本当のリスクを伴うのかを考えて選択すればいいと思います。私は移住をせずに東京に住み続けるリスクのほうが高いと思いました。なので移住へのためらいは一切ありませんでした」


<左:楠社長>
「来店したお客様にワインの説明をしたり、事務全般を担当してくれたりよく働いてくれています」とコメントしてくれました。

●さいごに
銀座NAGANOでの移住相談会後、岩崎さんからメールで「先程、楠社長から採用の連絡をいただきました。3月1日から勤務開始予定です」という知らせを受けました。そのメールを見た時は、思わず「わぁっ」と言ってしまい、まるで自分の夢が叶ったようで嬉しかったのを覚えています。このあともアパートが決まりましたとトントン拍子に準備を進める知らせをいただく度にとても頼もしく感じました。今回移住に至るまでのお話を伺いましたが「とにかく美味しいワインを作る場所に就職したかった」と当時の思いを話してくれました。岩崎さんは過去も未来も考えず、ひたすら目的に向かって行動し、その結果、念願だったワイナリーへの就職と移住の夢が叶いました。雄大な自然の景色を目にしながら須坂市の美味しいワインを広めていってほしいと願うばかりです。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2018/06/05

先輩移住者に聞くVol.14/峰の原高原ペンションErste Liedeのオーナー木村信貴さん

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、昨シーズンからペンションErste Liede(エアステ リーベ)のオーナーをはじめた木村信貴さんにお話を伺いしました。
◆2017年12月に福井県から奥さんとお子さん2人(小5、5歳)と移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
これまでは10年間、隣の菅平高原に冬場の3ヵ月だけスキーのインストラクターとして働き、夏は地元の福井に戻りゴルフ場で働く生活をしていました。
その後、結婚もしたし、子供もできたのでスキーをやめるか、続けるかの選択を迫られることになりました。考えた結果、スキーを続けようと思い、続けるならどういった形で続けられるのか、ずっと考えていました。
ひとつは地元福井のスキー場で働くか、もう一つは峰の原高原に住むという選択です。菅平高原で働いていたので、峰の原高原の人たちとも親交がありました。ですので、こっちに来てみようかと相談したところ、たくさんの人が話を聞いてくれて、空きペンションを紹介して下さったり、ゴルフ場で働いてもいいじゃないかとかいろいろアドバイスをいただいたりしました。
最終的に峰の原高原に住むという選択をしました。
思ったより独立心が高かったのか、ゴルフ場で働くのは面白くないなと思い、それならせっかく峰の原高原住むなら自分でペンションをし、冬はスキーをするという生活をしたいと思ったのがきっかけです。

●須坂・峰の原高原で来て良かったこと、苦労したこと
峰の原高原は時間がゆっくり流れているところが良いですね。
ここに来る前までスキーをするのにも時間もお金もかかっていました。
朝6時から夕方5時までゴルフ場で働いて夜6時からバイトをするようなてんてこ舞いな生活でした。
ここに住んでからはゆっくり自分のペースで時間を使えるのが良いですね。
また、前から知っていた人はもちろん、来てから知り合った人もペンションの改修やペンションの仕事などでたくさん手伝っていただきました。そういうあたたかいところも良いですね。
逆に大変だったのは前のオーナーさんがペンションの管理が適当だったのか結構直すところが多く時間もかかっています。

●須坂市・地域おこしへの提案
協力隊にはもうちょっと峰の原高原の細かい情報を知っていてもらいたいですね。
どこが空きペンションで、どこのペンションが売りに出されているのかを把握してもらいたいです。
たとえば、今住んでいるペンションを売りたいという人がいて移住を希望する人とその人で直接売買交渉ができる架け橋かなんかがあれば良いですね。
須坂市に対しては移住してくる人に対して補助金をもうちょっと出してあげた方がいいと思います。
自分はペンションを開くので、店舗を開店するのに出される補助金を使うことができたのですが、これがもし店舗を開かず、ただ住むだけだったら大変だと思います。

●移住を希望する方へ「絶対後悔しない場所」
来たいと思ったら来た方がいいと思います。
どういった仕事があるのかと思いますが、来れば何かしらの仕事はできるので、例えば菅平もそうですし、冬の仕事もそうですし、ペンションやるやらないに限らず、須坂や上田で仕事するにしろ来ようと思ったら来てみて少しの間泊まってみるとかしたほうがいいと思います。
もし、いきなり来て住むとしても峰の原高原は絶対後悔しない場所だと思います。

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

2018/05/21

<移住者インタビュー>市村卓也さん「東京都から須坂市の保育士になりました」

今年(平成30年)の4月に東京都から須坂市へ移住してきた市村卓也さん(35歳)は目黒区の職員で保育士として働いていました。
これまでの勤務経験を生かして須坂市職員採用募集の社会人枠に応募し採用され、須坂市初の男性保育士になりました。
今年度から須坂市立井上保育園で2歳児クラス「たんぽぽ組」の先生として奮闘する毎日です。
取材の日も園児から「たくせんせー!」と廊下で呼び止められるほど保育園に馴染んでいます。
市村さんが須坂市に移住するまでの経緯や仕事について、また奥さんの智恵子さんと生後10ヶ月になる息子さんとの須坂市での暮らしについて話を聞きました。

●移住の目的と須坂市との出会い
「父親の実家が長野県の北信地域にある山ノ内町だったことで、幼い頃からお盆や年越しなど年に数回訪れていました。成長とともに訪れる頻度は減っていきましたが、学生時代は友だちと度々北信地域へ遊びに来ていました。妻もアウトドアが好きで独身時代から長野県によく訪れていました。二人で結婚前から、いつか長野県で暮らしたい、子どもができたら自然の中で育てたいという夢を話していました。結婚後、子どもを妊娠してからは、より具体的に移住を考えるようになりました。北信をターゲットに長野県アンテナショップ銀座NAGANOで情報収集を始めました。何よりも重要視していた子育て環境が整っている須坂市の情報を知って、昨年(平成29年)5月に銀座NAGANOで開催された須坂市の移住個別相談会に参加しました」

●経験を生かして働く~須坂市保育士に応募
「移住先で働くなら、これまで経験を積んできた保育士の仕事に就くのが希望でした。ちょうど須坂市で社会人経験枠の保育士を募集していたこともあり、須坂市移住個別相談会を経て応募を決めました。子どもと妻と3人で夢を現実にするため『やらずに後悔するよりも、やって後悔したい』という自分の主義を貫きました。無事に採用が決まってからは、暮らす地域の検討や住まいの決定など移住に向けた準備を着々とすすめました。須坂市の職員採用試験を受けようと決めた時期は、目黒区の職員としても責任ある仕事を任されるようになっていたので葛藤もありました。35歳という区切りを目の前にして移住への最後のチャンスだと覚悟を決めた決断でした。当初、移住に反対していた妻の両親も最後は自分たちの固い信念を理解してくれました。今では旅行がてら、こちらに遊びに来てくれることもあります」

●通勤時間が3分の1になりました
「東京で働いていた時は職場まで自転車と電車を乗り継いで往復約2時間の通勤時間でした。帰宅は夜8時頃、生後間もない息子をお風呂にゆっくり入れてあげることも難しい毎日でした。けれど、今は自転車で片道20分の通勤時間。夜6時頃帰宅し、今は夫婦交代で息子をお風呂に入れています。東京の保育士の現場は、なかなか休みが取りにくい状況でした。今の職場は上手に休暇をとりながらやっていきましょうという方針で体制の違いを感じています。温かい言葉をかけてもらいホッとしています。周りは女性しかいませんが、園長先生をはじめ、みんなとても優しくて仕事がしやすいです」

●平屋の大きな園舎に驚きました
「なんといっても須坂市の保育園がきれいで驚いています。園舎は平屋の構造をはじめ、園庭の広さといい、とにかくサイズ感が大きいです。毎日生活する子どもたちにとっては環境も良く、公共の施設とは思えないです。すぐ隣が井上小学校なので、お散歩に行くと校庭の築山で遊ばせてもらったり、お兄さんやお姉さんたちと挨拶や交流ができて触れ合えるのがいいですね。2歳児と5歳児クラスがいっしょにお散歩できるのも、縦の連携が取りやすい柔軟性のある保育環境でありがたいです」

●男性の強みを生かした保育を
「須坂市で初の男性保育士ということでプレッシャーも感じています。けれど、思いっきり体を使って遊んだりできる、男性としての強みもあると思っています。保育士それぞれに適した役割があると思うし、子どもたちの成長に関わっていきたいという思いはみんなと同じです」
偶然にも結婚によって神奈川県から須坂市に移住した市村さんと同じたんぽぽ組を担当する先生は「家庭にはお父さんとお母さんがいるように、保育園にも男性と女性の保育士がいるのは家庭と同じで良いことだと思います。市村先生は、子どもたちと体を使った遊びがダイナミックです」と話し、市村さんの強みをすでに感じているようでした。

●須坂市に暮らして思うこと
「須坂市は隣の長野市に比べてごみごみしていないし、コンパクトで動きやすい町だと思います。須坂市に暮らして思うのは、人が温かいこと、そして何より食べ物が美味しいことです。野菜や果物など、食材が『安い!上手い!』の一言に尽きます。100円で売られている野菜の束の大きさには驚きました。新鮮で美味しいものがすぐ手に入るのもうれしいです。保育園のおやつのイチゴは、東京で月に一度出るくらいでしたが、須坂市ではイチゴ→○○○→イチゴ→△△△のイメージで頻繁に出てくるのも驚きでした」


「息子には自然にたくさん触れてほしいです。畑仕事だったり登山だったり、ここでしかできない体験をさせたいです。いろいろな物を見て感じて感性豊かな心を磨き、元気でたくましい男の子に成長してほしいです」
 

●移住を希望する方たちにメッセージ
「まず相談会などで情報を集めることも必要ですが、実際に現地を見るということが大事ですね。東京での暮らしは地価も高く、子どもを保育園に入れることも難しいため、若い家庭には厳しい環境かもしれません。仕事が上手くマッチングさえすれば、須坂市はほどよい便利な田舎で住むにはいい所だと思います。車は必要かもしれませんが、高額な駐車料金や東京ほどお金がかかるものが無いです。移住を控えた準備期間中も須坂市の方に時々メールで情報収集のために問い合わせたりもしました。相談に乗ってもらいながら徐々に不安を取り除いて決めていくのがいいと思います」

●さいごに
市村さんご夫婦と最初にお会いした時は、まだお子さんが奥さんのお腹の中にいました。ご主人が須坂市の職員採用試験に向けて一生懸命取り組んでいる期間中、お子さんが誕生したと知らせを受けました。
なんと私と同じ誕生日。私から「これはもう、頑張って試験に合格して須坂市に移住するしかないですね」とお伝えし、市村さんからは「ご縁を感じています」というメールのやりとりが、ついこの間のことのように思い出されます。
今回の取材からも人と人との繋がりを実感し、移住支援に携わらせていただいていることに感謝の思いでした。また新たにどんな移住希望者の皆さんに出会えるか期待に胸を膨らませている日々です。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2018/04/05

先輩移住者に聞くVol.13/峰の原高原ペンション ファンタイムのオーナー鷲巣正幸さん

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンションファンタイムのオーナー、鷲巣正幸さんにお話をお伺いしました。
◆1993年10月に静岡県から移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
もともとサラリーマン生活をしていた頃、その生活に嫌気というか辛く感じていました。
ちょうどその頃、峰の原高原のペンションにお客さんとして泊まりに来ていました。
夜、オーナーさんに仕事の悩みを相談したりしていました。
そんな時、オーナーさんが病気になってしまい、高齢だったこともあり「あんたたちここをやってみないか」と言われました。それなら是非やりたいと思い、はじめたのがきっかけですね。
ですから、ペンションオーナーになりたくて峰の原高原に来たとか、親がペンションオーナーをしていてそれを継いだからとかではなく、偶然、転職をしたいなと思ったときにペンションオーナーの話があったというのが、他のオーナーさんとは違うのかなと思います。

●峰の原高原で生活して良かったこと、苦労したこと
冬は寒いですが自然環境がとても良いです。また、村の雰囲気もガツガツしていないのでのんびり生活することができます。
四季を身近に感じることができ老後をのんびり過ごすには良い環境だと思います。
自然が好きな人はここで好きな仕事をすることができれば本当に良いところです。
苦労したことは、やはり経済面ですね。自分がはじめたころは丁度バブルがはじけた頃でした。
しばらくはスキー人口が多い状態が続き、2~3年は冬が忙しかったですが、その後、スキー人口も減ってしまい経営が大変になりました。
なかなか観光客も増えず、陸上合宿などのスポーツの合宿誘致にシフトしていきました。

●地域おこし協力隊への提案
みなさん外から来る人たちなので、新しい物の見方を取り入れて欲しいです。
何十年とここに住んでいる人は井の中の蛙のように見方が固まっています。
外から来た人の新鮮な目で見て欲しいです。例えば、白樺の木を見ても自分たちは木一本生えていると思うだけですが、外から来た人には違った見方があると思います。
外からの見え方と我々の見え方をうまく融合させて、何かできることを発案してもらえたら良いなと思います。そして、ここにある山や木といった自然にあるものを使って、年間通して続けられることを発見してもらいたいです。

●移住を希望する方へ
峰の原高原でペンションをはじめたいという人には観光客を相手にしようと思うと大変です。
自分は観光客メインにやっていないのでどれくらいお客が入るかわかりませんがスポーツ合宿メインでやると夏は盛況で冬は人口が少なくなったとはいえスキー客が入ります。
ただ、春と秋にお客がゼロになってしまうので工夫が必要だと思います。
スポーツ合宿に限らず、ペンション独自の特徴を出していかないといけないと思います。

ペンション ファンタイム
http://www.pensionfuntime.jp/
〒386-2211 
長野県須坂市峰の原高原3153-862
TEL 0268-74-3033

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

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