信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: 移住者インタビュー

2020/06/05

<移住者インタビュー>古民家をリフォームして夢だった田舎暮らしを満喫しています

東脇ゆき子さんは、ご主人と須坂市内の山側に位置する豊丘地域に移住して1年半になります。大阪で結婚をして間もない頃から今後の人生について話し合っていたご夫婦は「豊かな自然環境で子育てをしたい」という夢を掲げて「移住」という選択肢に至りました。2017年12月に開催された大阪での長野県移住セミナーでお会いし、約1年後に須坂市へ移住しました。20代の若い夫婦が協力し合って果たした移住です。現在は古民家をリフォームし大好きなペットたちといっしょに須坂暮らしを満喫しています。

今回インタビューに答えてくれた奥さまのゆき子さんは、須坂市を「移住して良かったと思える場所です」と答えてくれました。

●移住のきっかけ
大阪府堺市出身のゆき子さんは、父方の実家が山際にあったことで、幼い頃から山のある風景に憧れを持っていたそうです。
「主人のお姉さんが結婚して長野市に住んでいたことで、長野県にはよく遊びに来ていたんです。大阪とは違ってカラッとした気候で空気も澄んでいて良い環境だなと感じていました。いつかは長野県のような自然豊かな環境で暮らしたいと夫婦で話すなかで『子育てするなら今のうちに探して決めよう』と思ったのがきっかけでした。それから間もなく大阪で長野県の移住セミナーが開催されることを知り、そこに参加したことで信州須坂移住支援チームと初めてお会いしました」

●移住への準備
「まず、私たち夫婦は物件探しから始めました。理想は、結婚後から同居している大型犬(ゴールデンレトリバー)や猫たちと住める大きな家でした。身内が長野市にいたことも後押しとなり、その近隣の物件をネットで探しました。ちょうど長野市と隣接する須坂市に、私たちが求める物件が見つかったことで今の豊丘地域を知りました」

「見つけた物件は中古で600坪の土地と建物で400万円。家の広さや周りの景観、価格も理想的だったので決めました。現地を見た時も、川が流れ里山が迫る自然が豊かな環境と、隣接する長野市や北アルプスが一望できて、須坂市内でも雰囲気の良い場所だと思いました。ホタルが見えるという話も聞いて、驚いたのと同時にとても魅力を感じました」


「物件は地域の業者に依頼してリフォームすることになり、主人が中心となって考えてくれて、古くても残せる部分を上手く活用しながら進めました。私たち夫婦は室内に木が沢山ある家に住みたかったので、もともとあった柱を残したり壁も木張りにするなど、こだわって作りました。一番は夢だった薪ストーブの設置でした。冬でも一度温まると室内は30度くらいまで上昇し半袖でも過ごせます。薪は地域の方の畑で剪定された木や、山を持っている方からいただいたりしています。体を動かすことが好きな主人は薪割りもします。こんな夢が叶ったのも、この地域だったからこそと思います」


「もともと私は看護専門学校を卒業後、看護師の資格を取得し、大阪の病院で勤務していました。私は3人姉妹の末っ子で、15歳離れた一番上の姉も看護師です。その姉の姿に憧れていた私は小学生の頃から看護師を夢見ていました。その看護師の仕事は移住後も続けたいと希望していたので、信州須坂移住支援チームに相談しました。須坂市内にある総合病院の信州医療センターは、須坂市移住者受入協力企業の一つでもあったので興味があり見学を希望したところ、看護部長との面談の場を設定してもらい院内見学をしました。看護部長にはとても親切に対応していただき病院の印象も良かったのを覚えています」

「医療施設は須坂市周辺に数多くあって、隣接する長野市も含めながら検討しました。結果的に大阪で働いていた病院の雰囲気に似ていた長野市内の病院を希望し採用が決まりました。家から病院までは車で約30分ですが、以前の大阪でも同じくらいの通勤時間だったので気になりませんでした。逆に県庁所在地の長野市と須坂市の往来のしやすさから便利な地域ということが理解できます。賑やかな長野市から静かな須坂市に帰ってくるとONとOFFがつけやすいので須坂市は生活する場所という感覚です」


●須坂市の生活環境について

―北アルプスがくっきり見えた日はラッキー
「須坂市は、夏は日中暑くても湿度が低くカラッとしているので過ごしやすい環境です。冬の積雪も承知をして移住しましたが、想像より少なく今年もほとんど雪かきをしませんでした。春は桜が身近で見ることができて新鮮でしたし、なんと言っても北アルプスの雪山が見えたのが感動的でした。くっきり見えた日はラッキー!この地域で目にする景色から大きく心を動かされています」


―新鮮で安くておいしい食べ物
「スーパーで買う野菜は地場産なので新鮮で安くておいしいです。そしてお水がおいしいからご飯もおいしいです。海のない県だからでしょうか、大阪にいた時より海鮮ものが足りない気もしますが…。郷土料理のおやきは元々好きだったので、より身近になってうれしいです。同じ豊丘地域に住む移住者の方からイノシシの肉をいただくなど交流もさせていただいています」


〈庭のタラの木:春にタラノ芽が味わえるのも楽しみ〉

●移住を希望する皆さんへ
「須坂市は田舎の部分も便利な部分も両方そろう町です。私たち夫婦が住んでいる豊丘地域は市内でも山側になりますが、車で10分もあれば便利な市街地に出ることができます。大阪にいた時も車を利用していましたが、渋滞が多く、人も建物も密集していて、今では帰省する度に重苦しいと感じてしまいます。それに、きれいな美味しい空気がわかるようになりました。子育て支援もしっかりしていることを知ったので、ぜひ移住を検討する若い世代の方たちに豊丘地域はおすすめです。人生を見直したい人や心機一転したい人にも、きっと新しい刺激があると思います。今後は私も子育てを希望しています。豊かな自然のなかで育つことができる豊丘保育園に通わせたいです!」

●おわりに
20歳代の東脇さんご夫婦は、これまで信州須坂移住支援チームが対応したなかで最も若い相談者でした。古き良きものを活かしたリフォーム古民家は素敵な工夫がされていて、夫婦で話し合い着実に行動された結果が感じられました。夢だった広い住居で、大好きなペットたちと引き続き楽しい毎日を送ってほしいと願っています。そして、東脇さんご夫婦に続き多くの若い世代の方たちと出会える豊丘地域になるよう、信州須坂移住支援チームでもさらなる地域の魅力を発信していきたいと思います。

信州須坂移住支援チーム(移住・定住アドバイザー)豊田貴子

2020/05/20

<移住者インタビュー>「移住支援信州須坂モデル」で千葉県から移住しました

「須坂市は自分が描くイメージのまちでした。市内を囲む里山に感動でき、開放感のある風景です。市内には花が溢れていてよく目にします。まちを歩くのがこんなに楽しいなんて今までは考えられなかったです」
千葉県からお子さんと二人で移住されたAさんは、念願だった長野県への移住を果たし、2020年3月に須坂暮らしをスタートさせました。4月にはお子さんが小学校1年生になったばかり。
信州須坂移住支援チームとの出会いは、2019年6月、東京の長野県アンテナショップ「銀座NAGANO」で行われた須坂市移住個別相談会でした。

●移住のきっかけ
「移住前は両親がいる千葉県で暮らし、生計を立てるためにダブルワークをしていました。しかし、子どもと過ごす時間が作れないことに疑問を抱きながら数年が経ち、このような生活に限界を感じ移住を検討し始めました。若い頃、長野県のレタス農家にアルバイトで滞在していた際に、気候がよく住みやすい環境やきれいな空と山を見て感動した経験から、移住するなら長野県と決めていました」

お子さんの小学校入学までには昼間だけの仕事に変えようと考えていたAさんでしたが、それならいっそのことこのタイミングで長野県へ移住しようと思い立ち情報収集を始められました。両親のもとを離れ「自立したかった」というAさんの言葉には親としての真摯な態度が感じられました。

●移住支援信州須坂モデルでサポートを受けました
「移住を検討し始めてから長野県内の市町村について情報収集をしました。数ヶ所の自治体のツアーにも参加しましたが、まちの様子が自分の思うイメージではなかったり、住居があっても仕事が見つからない環境だったりと希望に合致しませんでした。ツアーでは、個人に対するサポートより参加者全員に向けた町の紹介で終わってしまうといったものがほとんどでした」

「須坂市を知ったのは、長野県の移住サイト「楽園信州」で東京の銀座NAGANOで開催していた個別相談会の情報を見つけたのが最初でした。仕事と住居を一括して相談に乗ってもらえるということで期待を持って参加しました。相談会では仕事の具体的な話ができたことで「これなら移住できるかもしれない」と予感がしました」

―就職先の決定―
「仕事相談では、自分には特に資格も無いし、子育ての時間の制約からも理想の求人への応募は難しいだろうと考えていました。須坂市の移住者受入協力企業30社の情報を調べながら相談と検討を重ね、絞り込んでいく中で希望する食品製造関係の企業に辿り着きました。最初に希望した企業での採用が難しい状況になった際は気持ちが落ち込みましたが、信州須坂移住支援チームで寄り添った対応をしていただいたこともあり、移住への気持ちが消えることはありませんでした。悩む時間があった分、強い気持ちで乗り越えられたと今は納得しています」

―住居の決定―
「移住者受入協力企業の採用が決まったことで市営住宅の応募が可能になりましたが、当時ちょうど令和元年東日本台風災害と重なってしまい応募が中断してしまいました。再開するまでドキドキして過ごしましたが、当初計画していたタイミングで申し込むことができました。抽選で決まった住まいは予想以上のもので大変満足しています」

―移住支援信州須坂モデルを使っての移住―
「仕事や住居の決定に至るまで信州須坂移住支援チームからの情報提供やサポート、また現地に足を運ぶ際も移住体験ハウスを利用しながら打ち合わせを重ね、一つひとつ計画的に準備をすすめることができました。須坂市へ移住してからは子どもと過ごす時間も増え、課題が解決できたことがうれしいです」

●現在の仕事や職場の様子
「移住するタイミングよりだいぶ早めに内定をいただけたおかげで、それまでの仕事も安心してギリギリまでこなせました。新たな地でスタートするには仕事の決定は大きな安心材料となり大変助かりました。採用していただいた移住者受入協力企業には子どもの小学校入学に合わせて約4ヶ月先の受け入れを考慮いただき、しかも就業日も希望に合わせてもらい本当に感謝しています」

「職場までは車で10分、市内は渋滞も無いです。ただ、この春に待ち受けていたのは新型コロナウイルスの影響による小学校の臨時休業でした。忙しい朝もファミリーサポート会員さんやご近所のご協力をいただき、児童クラブに通わせながら働いています。仕事は夕方17時のチャイムとともに終え、帰ることができます。子育てをしながら働く身としてはとても良い環境だと思います。職場の方たちからも休みが取りやすいという話を聞き安心しました。今は親子で規則正しい生活を送っています」

●須坂市の暮らし環境
「相談をすすめるなかで初めて須坂市に来たときは、観光地のような人混みもなく静かで心地よく、眺める山々がきれいで印象がとても良かったことを記憶しています。自分が住んでみたいと思うイメージと合っていました。気候は千葉県よりも湿度を感じずカラッとしています。冬は雪の里山風景にも感動しました。近くには温泉もあって安く入れますし、お散歩も楽しめて、都会と違いお金を使わずに時間を過ごせる場所が多いのが魅力だと思います」

「買い物環境は、スーパーマーケットやドラッグストアが多いと感じました。今日はどこに行こうかと選べるほどです。市内がコンパクトなため車を使えばどこへ行くにも便利です。食料品は特に野菜やフルーツが美味しくて新鮮さが違うと思いました」

お子さんもお母さんといっしょに頑張っています。インタビューでは須坂市の印象をしっかり答えてくれました。
「いろんな景色がいいし、動物園もあって楽しい。遠くの山も見えるし、近くで花を見るのも大好き」
須坂市のシンボル的な里山「臥竜山」もお散歩しながらお母さんと登ったそうです。

「現在、小学校は新型コロナウイルスの影響により分散登校をしているため、ファミリーサポートの制度を使ってご近所の会員さんに助けていただいています。自分の出勤時間と同時に自宅に迎えに来てもらい、児童クラブまで連れて行ってもらっています。通常の登校ができるまで忙しい日は続きますが、子どものお友達の親御さんたちも声をかけてくれたり周りの協力のおかげで過ごせています。以前まで暮らしていた環境では、まちで人に声を掛けられるということはありませんでした。須坂市の人たちは気軽に声掛けをしてくれたり、助けてくれる方がたくさんいます。人が優しいまちだと感じています」

●移住を希望される方へ
「長野県内各地を実際に見たりしながら移住の準備を進めてきましたが、何よりも大変だと感じたのは、離れた場所の仕事を自力で探すのはとても難しいことだということです。信州須坂移住支援チームのサポートがあったので自分が納得できる就職先にたどり着いたと思います。都会よりも地方の求人は給与内容もたしかに下がる場合もあるかもしれませんが生活はできます。また、須坂市は子育てするにはとてもよい環境だと感じますし、生活する便利さがあります。これは移住するのに大きな決め手になる要素だと思います」

「正直なところ、移住する直前にこれでうまく生活していけるのだろうかと不安になりました。自分自身の不安は無かったのですが、子どものことが心配でした。不安や心配だった箇所は現地に足を運んで、信州須坂移住支援チームのお力を借りながら不安を解消し前向きにスタートする事ができました。人とのつながりも子どもを介して多くなると思いますが、市内のお店や地域の人たちとも広く関わって楽しみを増やしていきたいです。移住してから近所のおやき屋さんや移住者の方が経営するコーヒーショップに行きましたが、これからもいろんな方にお会いするのが楽しみです。子どもと2人での移住は決して簡単なものではなかったけれど納得した移住で自分が思い描く未来に大きく近づくことができました」

●おわりに
~Aさんから移住後のメールより~
今回、移住前にご相談させてもらって信州須坂移住支援チームの皆さんに背中を押して頂きながら、勤務先と住居が決まり生活に不安のない環境でこちらでの生活が始められる事に改めて感謝しています。
子供の事など不安もありましたが寄り添っていただき自分だけでは叶わないような望み以上の生活が始められていると実感しています。
と同時に個々に寄り添い、誠実で真剣な姿には本当に頭が下がります。
どうかお体に気をつけてください。
本当に本当にありがとうございました。
また市役所に行った際には元気な顔をみせられるようがんばります。

インタビューの際も「須坂市に移住して良かったです。ここなら移住できると思えた場所でした」というAさんの言葉、そして小学校入学後まもなくコロナウイルスの影響から児童クラブで過ごす日々が続くお子さんも「今が楽しい!」と笑顔で答えてくれた姿は、逆にお手伝いさせていただいた私たちが勇気づけられる思いでした。

東京の銀座NAGANOでの移住相談会から移住まで約9ヶ月間でしたが、Aさん自身の努力の部分が大きく、自ら良い状況を引き寄せるように一つひとつが決まっていきました。
これからも二人三脚、お子さんの天使の様な笑顔にも助けられながら、須坂市で充実した子育てと田舎暮らしを送ってほしいと願っています。

信州須坂移住支援チーム(移住・定住アドバイザー)豊田貴子

2018/11/20

<移住者インタビュー>大島貴文さん「一念発起!やりがいを求めて転職し須坂市に移住しました」

●移住のきっかけ
「幼い頃、図鑑でキノコを見るのが大好きで何回も何回も繰り返し見ていました」そう話すのは、今年(2018年)9月に茨城県から須坂市に移住した大島貴文さん(31歳)です。
大島さんは、ずっと興味があったキノコの仕事に携わりたいと、須坂市亀倉にある株式会社キノコ村に転職し10月から働き始めました。それまでは実家のある茨城県で10年間印刷会社に勤務し製本の仕事をしていました。30歳を迎えてから自分自身を振り返るようになり、このままこの仕事を本当に続けていくのかという疑問を持つと同時に、自分を変えたい、自然に触れる場所で仕事がしたいと思ったのが転職のきっかけでした。
これまで茨城県外に住んだことが無かった大島さんですが、一念発起し県外に出る決心をしたそうです。

「農業関係の求人サイトで探していたところ、キノコ村が目に留まりご縁を感じました。長野県はキノコの生産量日本一だと知っていましたし、キノコ村で栽培している種類の多さにも惹かれました。荒井社長に直接問い合わせたところ採用へと話が進み、信州須坂移住支援チームを紹介してもらい生活環境の案内や住居アパートの相談に乗ってもらいました。コインランドリーや比較的安いガソリンスタンドなど便利で役立つ情報も車で回りながら案内してもらいました」

●キノコ村での仕事
「就業して1ヶ月過ぎましたが仕事はとても楽しいです。今はキノコが育つ培地をつくる仕込み作業や殺菌を行う釜を担当しています。おがくずに栄養分となる材料を練りこむ工程があって、その材料を運ぶのは力仕事になります。さすがに最初の1週間は筋肉痛になりました。慣れてしまえば今は平気です。キノコは生物なので1+1=2ではなく、成長の仕方も様々なのがよく分かります。職場は、みんなマスクなど白い身支度のため顔が分からないのですが、動き方で誰なのかが分かるようになってきました」

「最近、歓迎会を開いてもらいました。キノコ村のフレンドリーでアットホームな雰囲気がとても良いです。荒井社長は今まで会ったことがないくらい温和な優しい方で、みんなが気軽に対応できる雰囲気を作ってくれています。自分は山登りが趣味なのですが、先日は職場の皆さんに誘ってもらい2,000メートル級の四阿山に登ってきました」

「日曜日休みが基本で、それ以外は土曜日か平日に休みがとれるので、すいている平日に観光地へ行ったりしています。前職は残業続きでプライベートな時間は無く会社と家との往復でした。今は残業もなく時間であがれるので最初は本当に帰っていいのだろうかとギャップを感じました。自分はお酒が好きなので、仕事が終わってからアパート近くのお店へ飲みにも行けますし、とても充実した生活を送っています」

●須坂市での生活
「正直、須坂市は知らなかったです。でも、山もあり町もあってアパートからも歩いてお店に行けて十分便利です。車でならスーパーマーケットも選び放題で、その日の気分で開拓しながら買い物をしています。市内を走る車はのんびりしています。あおられることも無く穏やかな気持ちで運転しています。以前住んでいた茨城県の実家は常磐自動車道が近かったため騒音が気になりましたが、須坂市の夜は静かでとてもいいです」
「農産物など食べ物が美味しいと思いました。おやきでは特に野沢菜が美味しかったです。プルーンやプラムなど、あまり見たことの無い果物もあって、どうやって食べるのかと思うほどたくさんの種類があります。黄色いシナノゴールドというリンゴは梨だと思って買ってしまったほど新たな発見でした」

<左:荒井社長>

●移住を希望する方へメッセージ
「案ずるより産むが易しで、迷っている時間があるならまず動いてみることだと思います。生活する場所として自分には①スーパーマーケットや買い物施設があること②家賃③交通の便が大事でした。須坂市は全部そろっていました。自分は独身なので仕事にやりがいを求めることに価値をおきました。1ヶ月ほどで仕事が決まりタイミングが本当に良かったです。キノコ村で雇っていただいたことに感謝していますし、誠心誠意尽くしたいと思っています。今後は、加工品など開発の提案にも関わってみたいですね。キノコ村の商品が須坂のイチオシになるよう広めていきたいです」


●荒井社長からのコメント
大島さんの担当業務は培地という大切な仕込み作業で、この部分を怠ったら良いキノコは育たないというくらい責任のある仕事をしてもらっています。大島さんはキノコに興味があったことが大きな強みでした。キノコを育てる際の観察力や気付き力があるので今後に期待しています。仕事へのやる気もあり性格も素直ですし、先日は信州須坂移住支援チーム主催の移住者交流会に参加してきたと嬉しそうに話してくれました。信州須坂移住支援チームの支援があって移住者の皆さんとも知り合えることができて良かったと思います。親戚も知り合いもいない須坂市で、彼にとって良いスタートが切れたのではないでしょうか。


●おわりに
大島さんは自分自身を振り返り、強い意思を持って仕事と移住を決意しました。信州須坂移住支援チームでは、一番最初に荒井社長から大島さんの移住におけるサポートについて相談を受けました。対応させていただく中で、大島さんは自分のやるべきことをしっかり理解できている方だと感じました。一見クールな大島さんですが、荒井社長がおっしゃるようにとても素直な心をお持ちです。そんな大島さんが育てるキノコは、きっと素直に成長しお客様に喜ばれる商品となって全国に旅立って行くことでしょう。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2018/08/06

先輩移住者に聞くVol.15/峰の原高原ペンションハーフトーンのオーナー長瀬聡さん

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンションハーフトーンの二代目オーナーの長瀬聡さんにお話をお伺いしました。
◆2003年に埼玉県入間市から家族5人で移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
埼玉県入間市の叔母は叔父に先立たれて一人暮らしをすることになり、それを機に一緒に暮らそうと考えました。
ただ、都会でのマンション暮らしも家族みんなが働きに出てしまうため、結局一人を残す生活になってしまします。
とはいうものの、老人ホームに預けるのは嫌だったので、みんなで商売を始めようということになりペンション業を始めました。

●須坂・峰の原高原で来て良かったこと、苦労したこと
ここに来て良かったことは空気がおいしいことと自分で好きなように仕事ができるということがいいですね。自分はスノーボードが好きなので近くにスキー場がある環境も良いですね。スノーボードがきっかけで奥さんとも出会えたし、たくさん仲間ができました。
苦労は今もしていますね(笑)。もっと稼ぎたい気持ちがあるのですが、自分はあまり体が丈夫ではないので、できるだけ苦労を感じないようにしています。

●須坂市・地域おこしへの提案
とにかく今の峰の原高原はマンパワーが減ってきています。ですので、人口を増やす対策を考えてくれたらと思います。三世代いる家族に税制優遇なんかがあればいいのかなと思います。そういったことをすると人口が増えたり、住みやすい条件になり人が集まりやすくなったりするかと思います。
また協力隊には住んでいると気づきにくい良いところがたくさんあると思います。そこをどんどん発信していってほしいし、それに対してどんどん積極的に動いて行ってほしいです。

●移住を希望する方へ
峰の原高原でペンションを始めるなら若いうちが良いと思います。峰の原高原の魅力は何といってもペンションと景色だと思います。特に6月は、峰の原高原が芽吹く時季のグレーがかった緑の景色が好きです。
春夏秋冬それぞれ一週間ずつ峰の原に来てみると、その良さが分かると思います。良いところ、悪いところ、賑わっている峰の原、閑散としている峰の原を感じてください。

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

2018/07/19

<移住者インタビュー>岩崎正知さん「須坂市で夢だったワイナリーへ就職しました」

須坂市亀倉の楠ワイナリーで働く岩崎正知さん(45歳)は、夢だったワイナリーへの就職を果たし、今年(2018年)3月にご夫婦で東京から須坂市に移住してきました。現在、楠ワイナリーでショップ運営や営業部門を主に担当し、ソムリエの経験を活かしながら働いています。
須坂市に移住するまでの経緯や現在の仕事、須坂市の暮らしについて話を聞きました。

●ワインの仕事を目指すことになったきっかけ
「大学時代から、いつか自分の店を持ちたいという夢を持っていました。もともとお酒が好きだったこともありますが、ただ「好き」ではなく、作り手のポリシーが感じられるお酒が好きでした。大学卒業後、ビアホールを中心に全国展開する総合レストランチェーンに就職し、その後もバーテンダーやカフェなど飲食店で店長や支配人などの経験を積みました。スコットランドのウイスキー蒸留所を見学し刺激を受け「物を作る」ということに興味が湧き、転職を機にフランスやイタリアで1ヶ月間ほどワインについて学びました。もっとワインについて深く知りたいと思ったのが、現在の仕事に結びつく大きなきっかけになりました」

●長野県産のワインに惹かれて
「ワインの産地といえば山梨県か長野県かなと思っていました。山梨県勝沼にはワインの飲み比べが出来て学べる場所があったので定期的に行っていました。しかし、ぶどう品種特性の表現方向にブレを感じたり、自分が求めるスタイルとの違いを感じていました。その後、長野県が地元で生産・製造されたものだけを認定する原産地呼称管理制度を成立させたことを知り、ワインに対する意識の高さに注目するようになりました。長野県内でも北信のワインを口にした時、その味に惹かれ、この地域の特性が出ていると認識しました。ワインの素地があり、今後発展していく可能性を強く感じる場所になりました」

●移住を考え始めたきっかけ
「2011年の東日本大震災を機に東京での暮らしに不安を感じるようになりました。ワイン作りに対して夢を持ち始めたのと同時に生活への不安を感じ始めたことで「移住」というものを考えるようになりました。特に40歳を過ぎてから体力的な不安を感じるようになりました。仕事に関しては、ソムリエとして勤務し従業員をとりまとめ、売り上げも毎年更新するなど順調でした。その半面、終電で帰宅し睡眠時間は平均5時間という生活でストレスがあったのも事実です。そんな生活を繰り返していた42歳の時、勤務中に倒れ病院へ運ばれてしまいました。これを機に本格的に移住を考え、いつ職場を辞めてもいいように態勢を整えながら仕事をしていました」

●夢だったワイナリーへの就職
「東京有楽町駅前のふるさと回帰支援センターで山梨県と長野県それぞれの相談カウンターで移住先を探し始めました。それまでの経過からワインを通して長野県への思いが強かったことや、長野県の相談員から頻繁に連絡をもらっていたことが移住に向いた要因の一つでした。最初は北信2か所のワイナリーを希望しましたが、応募を受け付けていなかったり、自分のスキルが活かせる内容ではなかったため足踏みの状態が続きました。須坂市にも好きなワインを作るワイナリーがあるので、銀座NAGANOで行われていた須坂市移住個別相談会に参加しました。相談を通じて楠ワイナリーを紹介され、社長との面談の機会を得たことで採用へと繋がりました」

●楠ワイナリーでの仕事や須坂市での暮らし
「得意先まわりは初めての経験です。勤め始めて5ケ月ほどになりますが、とにかく今は新しい仕事に慣れる時間を過ごしていると思っています。これまでの職場では営業を受ける側だったので、今は逆に当時を参考にしています。楠ワイナリーの評判を良くするのも悪くするのも自分の対応にかかっていると思います。大学が工学部出身である楠社長の深い研究心が美味しいワインを作り出しています。お客様から楠さんのワインは美味しいねという言葉が聞けた時は嬉しいです。そういう声が聞けるワイナリーで働けることに、とても誇りを感じているし身が引き締まる思いです。今まで楠社長が築き上げてきたものを根底に、ソムリエとして身につけたスキルを活かしながら、美味しいワインを広めていきたいです」
「須坂市は出身地である埼玉県入間市の風景と近いものがあって、最初から全然違和感がありませんでした。違いといえば入間市にはなかった雄大な山々が望めることです。市街地にスーパーが多いですね。身近な食料品など買い物環境はそろっているので困ることはありません。大好きな野菜も新鮮で安いです。須坂市のスーパーで売られている見切り品を見て、東京で見ていた見切り品とは比べものにならないくらい質が良くて驚きました」

●移住を希望する方へメッセージ
「移住を希望しているみなさんに声を大にして言いたいことは、もし移住を迷っているのであれば、その機を逃さないでほしいということです。移住しようと思ったら行動に移すことが大事。私は病気で倒れたことが移住を真剣に考える引き金になりました。移住を目指しながらも迷っている人は、自分の体が健康なうちに行動に移してほしいですね。移住せずに今のままでいるのか、それとも移住にチャレンジするのか、どちらが本当のリスクを伴うのかを考えて選択すればいいと思います。私は移住をせずに東京に住み続けるリスクのほうが高いと思いました。なので移住へのためらいは一切ありませんでした」


<左:楠社長>
「来店したお客様にワインの説明をしたり、事務全般を担当してくれたりよく働いてくれています」とコメントしてくれました。

●さいごに
銀座NAGANOでの移住相談会後、岩崎さんからメールで「先程、楠社長から採用の連絡をいただきました。3月1日から勤務開始予定です」という知らせを受けました。そのメールを見た時は、思わず「わぁっ」と言ってしまい、まるで自分の夢が叶ったようで嬉しかったのを覚えています。このあともアパートが決まりましたとトントン拍子に準備を進める知らせをいただく度にとても頼もしく感じました。今回移住に至るまでのお話を伺いましたが「とにかく美味しいワインを作る場所に就職したかった」と当時の思いを話してくれました。岩崎さんは過去も未来も考えず、ひたすら目的に向かって行動し、その結果、念願だったワイナリーへの就職と移住の夢が叶いました。雄大な自然の景色を目にしながら須坂市の美味しいワインを広めていってほしいと願うばかりです。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

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