信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: 地域おこし協力隊

2019/06/20

須坂おもしろ人物記vol.4「真摯にお客さんと魚に向き合う鮮魚店主」

インタビュー第三号は、鮮魚店「坂詰商店」のご主人「坂詰久さん」です。

●創業130年以上の老舗鮮魚店

宮島:まずはお店のことをお伺いしたいと思います。
坂詰商店さんは創業して130年以上の鮮魚店とのことですが、ルーツはどちらなのでしょう?

坂詰さん:もともとは新潟の方から魚の行商に来ていた人が定着したのが始まりだと聞いています。自分が知っている中で一番古い人はひいおじいちゃんですね。長野県は海が無いから、北信で鮮魚店をやっている人はだいたい上越の方から来ているんですよ。


その日の朝仕入れたばかりのみずみずしい魚介類

宮島:小さい頃から鮮魚店で育ってきて、魚には興味はあったのですか?

坂詰さん:鮮魚店自体にはさほど興味は無くて、料理の方に関心がありました。でも結局料理の道には進まず、高校を出てすぐ上田の市場で働きました。1年目は青果で、2~5年目は鮮魚を担当し、現場で魚の目利き、流通などについて学びました。魚自体食べるのは好きですし、水族館も好きですよ。でも「これは脂がのってそう」とか「これは大きすぎてダメだな」とか、普通の人とは違う視点で見てしまいます(笑)

宮島:魚屋さんは見るところが違いますね!坂詰さんの好きな魚ベスト3を教えてください。

坂詰:1番は穴子、2番はイカ、3番はコハダ 
お寿司が好きなんです(笑) 穴子とイカは天ぷらも美味しいですね。
マグロは部位やモノによって善し悪しが激しいので、あまり上位ではありません。

●スーパーやコンビニが乱立する状況の中、鮮魚店が提供できる価値とは?

宮島:仕事する上で大切にしていることは何ですか?

坂詰さん:・第一は健康管理ですね。休めないので(笑)
・第二に情報収集。うちは取引の8割は飲食店への卸なのですが、今どんな魚の水揚げが多いか、これからどんな魚が市場に出てくるか、この魚はどこでどんな方法で捕られたか、価格の見込み、市場が休みになる年末年始やお盆のスケジュール、天気の変動には細心の注意を払って、最新の情報を取引先へ提供するよう心がけています。新鮮で質の良い商品を届けるのは当たり前。お客さんが欲しい情報を先回りして提供し、「かゆいところに手が届く」コミュニケーションができることがうちを使う「価値」だと感じてもらえるように。
・第三にお客さんとのコミュニケーション。配達に伺う時は必ず卸した商品の評価を尋ねるようにしています。「自分ではあまり自信がないのですが」と言いながら卸した商品が意外に良いこともありますし、逆の場合もあります。市場で働いていた間も魚の目利きは学んでいましたが、同じくらい日常の取引で学ぶことも多いです。

宮島:これからやりたい事はありますか?

坂詰さん:店を完全に鮮魚専門店にしたいですね。現状は鮮魚の他にも食料品全般を取扱っていますが、コンビニやスーパーが周囲に増えている中で同じような商品を売り続けるより、鮮魚に特化して差別化を図りたいと考えています。

宮島:須坂のいいところは何ですか?また、これからの須坂に期待することは?

坂詰さん:いいところは、まちを良くしようと頑張っている人が多いところ。そして個性的で面白い人も多いですね。期待することは、古くからの建物や文化が受け継がれながら「住みやすいまち」であること。須坂は近代化されるべき場所ではないですし、いわゆる観光地とも違うように感じます。臥竜公園や米子大瀑布などの素晴らしい自然はたくさんの人に知ってもらいたいですが、あくまでも住む人が「心地よい・ここに住んでいてよかった」と思えるまちであることが大事だと思います。

宮島:そうですね、まずはここに住んでいる人が幸せになって、それを魅力だと思う人が外部から訪れる、というのが本来の姿なのではないかと思います。貴重なお話をありがとうございました!
次にインタビューする方をご紹介いただきたいのですが、どなたが良いでしょう?

坂詰さん:お寿司・日本料理店「松風」の丸山敦史さん。こちらも創業100年以上の老舗です。彼は3つ年下なのですが自分のスタイルを持ってお店をやっている印象ですね。

宮島:ありがとうございます。というわけで次回はお寿司・日本料理店「松風」の丸山敦史さんに決定しました。次回もお楽しみに!!

(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2019/06/05

須坂温泉の愉快な仲間たちvol.4「須坂に移住して40年!料理長の木葉原嘉昭さん」

地域おこし協力隊の早川航紀(はやかわこうき)です。
今回も、私の地域おこし活動の拠点「須坂温泉古城荘」を舞台に魅力ある様々な人を紹介していきます。第三今回は料理長の木葉原嘉昭さん。好きな食べ物はラーメン、チョコレート。

●元々は長野県の飯山市出身。須坂に移住した理由、住み心地を教えてください
当初親方との修行で転々と白樺湖などの観光地を回り、約40年前に須坂に移住、須坂を拠点に活動を始めました。約20年前より須坂温泉の料理長として今も現役でお客様の料理を作り続けています。須坂市は長野県の北信エリアの中でも雪が少なく、冬もそこまで寒くない為、住み心地が良いです。果物も有名ですが、水も悪くなく、米や野菜をつくっている農家さんも多く、味も良いです。一番気に入っているのは自然豊かで穏やかなところ。須坂に住む人々もせわしくなく、穏やかです。

●この地区でオススメの美味しいものを教えてください
今(5月下旬頃)が旬の「根曲竹(ねまがりたけ)」はとても美味しいです。信州味噌を塗って焼いて食べるもよし、この辺の定番の食べ方ですがサバの水煮缶と炊き込んだ味噌汁もオススメします。一番は山にサバの水煮缶を持っていき、採れたての根曲竹で作ると絶品ですよ。

●須坂温泉で提供される料理へのこだわりを教えてください
旬のもの、地元産のもので優先的にメニューをつくることでお客様に季節感や須坂ならではの味を楽しんでもらえるよう工夫しています。今の時期(5月下旬)はふき味噌、こしあぶらの天ぷらなど山菜メインです。須坂温泉を利用いただける地元のお客様には北陸から直送した新鮮な魚介類を、観光で利用いただけるお客様には地場産のものを多くつかうなどお客様のニーズによってメニューを考えています。

●2019年4月には厨房が新しくなり、本格的にランチメニューが始まりました!
オススメメニューを教えてください

どれもオススメですが、看板メニューは須坂特産の味噌を使った「みそラーメン」です。須坂の中村醸造場さん、糀屋本藤醸造舖さん、千日味噌さん(糀屋本藤醸造舖さんとの合わせ味噌)3種類のみそラーメンをお楽しみいただけます。是非食べ比べてみてください。「あんかけ焼きそば」も人気です。いずれもこだわりの手作り自家製スープを使用しています。

●最後に一言、PR
料理長として今後もお客様に満足していただける料理を作り続けていきたいと思います。
須坂温泉古城荘の厨房を「健康長寿開発拠点」として健康に良い薬膳料理の等の提供もしていきたいと考えています。自然を満喫し、温泉で癒され、身体に優しい料理を召し上がりに須坂温泉に遊びにきてください。

須坂温泉古城荘 公式ホームページ
https://kojousou.co.jp/

(須坂市地域おこし協力隊 早川航紀)

2019/05/20

ただいま!峰の原高原vol.6 「標高1500mの春」 

Permalink 08:32:51, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

こんにちは。長野県須坂市峰の原高原地域おこし協力隊の古川です。
この記事では、峰の原高原の魅力を皆さんにお伝えしていきたいと思います。

●4月、雪が降る。
前回の記事でも少し触れましたが、「今年は暖冬です」と、冬になる前から散々言われていましたね。そして実際冬になり、例年より少し暖かめ。雪も少ない状況です。新体制となったスキー場も少ない雪の中経営し、3月31日をもって営業終了を迎えました。そして翌日、4月1日。雪が降りました。しかもすぐ溶けてしまうような量の雪ではなく、雪国の1月のような雪。まるで真冬のような景色に逆戻りでした。数日気温が低い日が続くと、完全に冬のような景色になってしまいます。しかしこれは峰の原高原が寒いから、というわけではなく、今年がおかしかったようです。全国的にも4月のはじめに少し冷え込んでいたようです。ですが昨年の同じ日を思い返してみると、今年より雪は少なくふきのとうなどもすでに出ていたと思います。やはり今年は4月が寒かったみたいですね。暖冬だったという割には雪が長い間残っていました。

この写真は、4月1日、玄関を開けて撮影した雪の写真です。サラサラ。1月のようないい雪でした。もういらないのに。

4月9日、ようやく少し溶けてきた道路の雪です。街中では桜も咲き始めているような時でした。市街まで買い物に行き、戻ってくると季節が逆戻りしたようで不思議な感覚になります。

●残雪の影響
時は過ぎ、4月も終わるころ。例年ならばこの時期に須坂市観光協会主催の「緋の滝とカタクリハイク」というイベントが行われ、春に咲く花カタクリを見に緋の滝遊歩道を下りるのですが、今年は雪の影響で延期。結局5月にイベントは行われました。4月末に行われた去年に比べると花が咲く時期も遅くなったように思えます。幸いイベント当日は晴れており、カタクリも観察出来ました。このイベントのために、地元のMiNeという団体が遊歩道の整備を行っております。毎年雪が解けると、去年の秋の落ち葉を掃いたり、雪解けとともに流れてきた土や泥で埋まってしまった階段をなおしたり、川を渡れるように石をいれたり、看板を立てたり…。とにかく地元の人で頑張って、なんとか整備しておりますので、みなさんぜひ利用してみてください。
ただし一般的な「遊歩道」のイメージよりはかなり過酷な道になっておりますので足元には十分ご注意ください。先日米子大瀑布も開山しましたが、緋の滝も素敵な滝ですよ。
MiNeや遊歩道整備の話は昨年の私のメルマガで詳しく書いておりますのでよければそちらもご覧ください。
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/talk.php?id=223

当日の様子をまとめたものはYouTubeでも見ることが出来ます。ぜひそちらもご覧ください。https://youtu.be/Lxdh5F9H8Pkまたは「緋の滝とカタクリハイク」で検索

●5月も雪が降る。
5月にはいり、また雪が降りました。峰の原高原では例年ゴールデンウィークに1回くらいは雪が降るのですが、今年は根子岳が白くなるほどでした。
つまり春もまだまだこれからなのです。5月半ばになり、ようやくイタドリやカラマツをはじめとした植物たちの新芽が少しずつ出はじめました。山もうっすらと淡い緑色に包まれ始めました。須坂市内におりると、町はもうすっかり春、というか初夏のような雰囲気の日すらあり、環境の違いに未だに驚きます。

●峰の原高原の桜
さて、春と言えば桜でしょうか。須坂市にも臥竜公園をはじめとし、多くの桜の名所がありますよね。今年は私も見に行くことが出来ました。皆様の中にもお花見に行ったという方は少なくないと思います。
峰の原高原も5月半ばになり、暖かい日が続くようになってようやく桜が咲きました。5月14日現在、ちょうど見頃を迎えています。

というわけで、令和最初の桜は峰の原で見ることが出来ました。来年も楽しみですね。

これは5月13日に撮影した、峰の原高原の桜の写真です。この標識がある場所で見られますので、峰の原に来た人はこの場所をぜひ探してみてください。

これから季節が進むと、春、梅雨、そして夏へ移り変わっていきますね。峰の原高原も少しずつにぎわってくることと思います。まだ朝晩はすこし肌寒い日が続きますが、夏を楽しみにしつつ頑張りたいと思います。

(須坂市地域おこし協力隊 古川広野)

2019/05/08

豊洲フルーツハリウッド農ガール物語vol.6「この時期のりんご農家って何してるの?」

Permalink 15:21:42, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

みなさんこんにちは。2017年6月から須坂市豊洲地区で活動している地域おこし協力隊の成田あゆみです。私が活動している豊洲地区は長野県でも有数の果樹地帯です。
このシリーズでは豊洲地区に嫁ぎ農家となって活躍する魅力的な女性を紹介していますが、今回は元号改正のため特別編!!ということで、ちょうどこの季節、りんご農家の方々が行っている作業をご紹介したいと思います。

●桃、梨、りんごの順番に花が咲きます
3月から4月にかけて、全国各地で桜の開花予想をしているころ、りんご農家はりんごの花の開花予想をしています。豊洲地区では桃や梨の生産も多いので、花が咲く順番としては、桃(3月下旬~4月頃)→梨(4月上旬~中旬)→りんご(4月下旬~5月上旬)となります。なので、梨の花が咲き始めると「お、そろそろ下草を刈ろうか」と思うそうです。下草とは、りんごの木の周りに生えている雑草で、これが長く伸びていると放射冷却の影響で空気の滞留が起きやすくなり、朝晩の冷え込みがきつい信州では霜が降りてりんごに被害がでてしまうそうです。さらに霜害の予防策として、防霜ファン(4~5℃以下になると自動的に)を稼働させ、風を起こして冷気が滞留するのを防ぎます。これは今から約20年前に豊洲地区で取り入れられたそうですが、静岡県の茶畑が発祥と言われています。こうして花が咲くまで準備を進めていきます。

●自家受粉と他家受粉
りんごの花が咲き始めると品種によりますが「花粉付け」という作業が始まります。これはその名の通り花粉を人工的に授粉させることですが、現在豊洲地区で栽培されている多くの品種はこれを必要としていません。それはなぜかと言いますと、りんごの品種によって違いますがこの地域で多く栽培されている品種は自家受粉できるタイプだからです。1本の木で受粉が可能なので人の手を介さず実を成します。これと逆に人が手をかけなければ結実しないのが、他家受粉の品種です。作業としては花の中心に花粉をチョンとつけてあげます。
そして豊洲地区における他家受粉の代表格がふじです。誰に聞いても皆さん口をそろえて「ふじは手がかかる」とおっしゃいますが、こんな初めのころからすでに作業がほかの品種より一つ多いのです。ちなみに大きくなるにつれますます手がかかります。ふじに限らずりんごを食べるときは手間暇かけていることを頭の隅にちらりとおいて頂けると嬉しいです。

●一番摘花、二番摘花、見直し摘花
そして次に行うのが「一輪摘花(果)」と呼ばれる花摘みです。りんごの花は大体5~7輪まとめて咲くので、この中の中心の花を残して残りの花を摘み取ります。この作業がちょうどこの時期、ゴールデンウィーク明けから6月の下旬頃まで続きます。花を摘むだけなのに?と思うかもしれませんが、この作業、実に大変なのです。大きな木だとベテランの農家さんでも1本の木の花摘みをするのに1日かかるそうです。しかも畑には何百本もの木があり、それらは花摘み合わせて成長してくれるわけでもないので日々成長していきます。そのため、花摘みも終盤になると花というよりも実を摘む作業になるそうです。
そうして畑を一周すると、最初に花摘みした木の実が成長しており、そのまま「2番摘果」という作業に移ります。このときりんごの大きさはアーモンド大で、間隔を見ながら4分の1~5分の1に間引いていきます。それから1か月ほど成長させて「見直し摘果(3番摘果)」となります。こうしてどんどん落としていき、最終的に実になるのは1本全体の1~2%だそうです。それでも大きな木だと大体1000個の実が収穫できるそうです。それを考えるとどれだけたくさんの花やら実やらを落としているのかが想像できるかと思います。

●りんご作りは観察力
花が咲き始めたらあとはただただ選抜作業。どのくらい落とすか考えながら、長年の経験をもとに作業しているそうです。木によっては去年多く実をつけて体力が落ちているから今年は少なめにしたりと、全体の収穫量を予想し日々考えながら作業しているそうです。取材を受けてくれた方曰く、「観察力がモノを言う」のだそうです。

以上、改元記念特別編でした。次回からは通常通り農ガール物語に戻りたいと思います。

(須坂市地域おこし協力隊 成田あゆみ)

2019/04/22

峰の原高原へお出かけください♪ vol.1「峰の原高原ってこんなところ」

Permalink 14:41:08, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

はじめまして、2019年4月から須坂市峰の原高原で活動をさせていただいております、地域おこし協力隊の日下未夕(くさかみゆ)と申します。広島県広島市出身で、大学入学を機に初めて長野県に訪れ、この春で4年目です。現在、長野大学に在学中です。まだまだ未熟ですが、だいすきな峰の原高原のことを少しでも皆さまにお届けできたらと思います。よろしくお願いいたします。
さて今回は、これまで峰の原高原に関わって感じたこと、そして住み始めて感じていることを通して「峰の原高原ってこんなところ」ということをお伝えしたいと思います。

●はじめに
ここでは、私が峰の原高原を知った経緯と地域おこし協力隊に応募した経緯について、少しお話したいと思います。
私が峰の原高原を知ったのは、大学1年生での講義がきっかけでした。第一印象はとにかく“寒い”。初めて峰の原高原に訪れた日、大学のある上田市は半袖がちょうど良い気温でしたが、峰の原高原は長袖にさらに羽織るものが必要なほど気温が低く “標高1500m”という高さを肌で感じたことを今でも覚えています。また、美しい北アルプスに感動したことも覚えています。

その後、講義を通して峰の原高原について学ぶうちに、もっと知りたいと考えるようになり、2年生から本格的に関わるようになりました。大学2、3年生では、峰の原高原で行われるイベントに参加をしたり、お手伝いをしたり、大学の仲間と一緒に学生対象の企画を行ったりしていました。
何度か企画を行ううちに「また峰の原高原に行きたい」という学生や実際に企画のリピーターとして参加してくれる学生が現れました。しかし、一人では行かないというのが現実でした。車があれば、用事があれば、ベントがあれば、知り合いがいれば、行ける場所…。ただ、どれもなかったのです。この思いをある方に雑談交じりに話していた時、その方は「じゃあつくるか!」と。きっとその方は、冗談も半分あったと思います。けれど、「はい!」と私は応え、地域おこし協力隊に応募しました。

●私が思う「峰の原高原」という地域
あるイベントに参加した時のこと、キャンプファイヤーの火が点かないということがありました。その時、何人かのペンションオーナーさんが「うちの薪を持ってくる!」と。これに驚きました。峰の原高原はペンション村で、言ってみればみんな商売敵だからです。しかし、この時にはそんなこと関係なく “お客さんにいい思い出を”という皆さん共通のおもてなしの心を感じ、とても温かい気持ちになりました。また、宿泊客でもない、ただの学生である私が突然イベントに参加しても “あなたはどなた? 私はね…”というように声をかけてくださいます。
峰の原高原は、50年ほど前にできたペンション村。様々な地域から移住してきた様々な方が、様々な暮らしをしています。だからこそ、みんなで協力することや助け合うことを自然とする地域なのではないかと思います。そして、昔からある風習や慣習、暗黙の了解のようなものがないぶん、よそ者を優しく受け入れる体制ができている地域なのではないかと思います。

●峰の原高原での生活
3月25日に引っ越しを終え、約三週間が経とうとしています。「幸せ」。ここでの生活は、一言でいうとこのようになります。
私はいま、峰の原高原にあるペンション野ばらさんで居候をさせていただいています。以前はペンション業を営まれていましたが、現在は峰の原高原で暮らしを営まれています。居候先の方は、東京都の八王子市から移住され “アイコンタクト”というのでしょうか、話さなくても言いたいことが伝わり合える、すてきな“物知り”ご夫婦です。一人暮らし三年連続中だった私にとっては、おふたりの「おかえり」やごはんを一緒に食べられることが温かく、なんとも沁み、良いものです。
まだ雪の残る峰の原高原では、朝カーテンを開けると、誰かさんの足跡があり、それが誰なのかワクワク・ドキドキしながら教えていただきます。雪の上だと足跡はくっきり残り、素人の私でも分かりやすいです。日によっては、リスだって、キツネだって、カモシカだって会えちゃいます。自動車の音がしないなんて当たり前!静かで、鳥のさえずりなんか聴こえちゃったならば、「そろそろ春ですね」なんて言う、すてきな毎日。
あいさつ回りに行っては、若い子はいい!と。私にとっては、皆さんすてきでいい!となるのですが。長い学生生活、同年代が周りにいる環境とは全く異なり、新鮮な毎日。
お散歩に少し出れば、必ず誰かにお会いする。そして少し立ち話。そんなほっこりな毎日。

●おわりに
私が思う峰の原高原をお伝えしましたが、これを読んでくださっているあなたさまはきっと、違うように感じることがあると思います。そして同じように感じることがあるかもしれません。
この地域をなくしたくない、もっとたくさんの人に知ってもらい、実際に来て、感じてほしい、というのを出発点に、これから活動していきたいと思います。

(須坂市地域おこし協力隊 日下未夕)

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