信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: 地域おこし協力隊

2018/12/05

豊洲フルーツハリウッド農ガール物語vol.4『農業はクリエイティブ』

こんにちは。2017年6月から須坂市豊洲地区で活動している地域おこし協力隊の成田あゆみです。
私が活動している豊洲地区は長野県でも有数の果樹地帯です。
そこで、豊洲地区に嫁ぎ農家となって活躍する魅力的な女性を紹介します。
今回は豊洲地区に住んでいるAさん(匿名希望)にお話を聞きました。

【移住のきっかけは?】
Aさんは東京生まれの東京育ちで就職も東京でしており、農業はおろか、長野県とは全くの無縁でした。そんなAさんが今のご主人と出会ったのもまた東京でした。
当時ご主人はモデルや役者の仕事をしていて、友人を介して出会ったそうです。
お付き合いが始まり、結婚を意識するようになってから実家が農家であること、いつか帰って農家を継ぎたい気持ちでいることを知りました。
当時のAさんは、服飾関係のモノを作り出すことに携わる仕事をしていました。
その職場の社長から「農業ってクリエイティブだよね」といわれ、目からウロコが落ちたそうです。「モノづくり」の根幹が同じなら誰にとっても必要な、「食べモノ」を作るのもよいかも知れないという気持ちになったそうです。
その後子どもが生まれ、職場への復帰を検討していた時期に諸事情が重なり、Aさんが想像していたよりはだいぶ早く長野へ来ることになったようです。
しかしその当時、ちょうど世間でも農業がブームになり、Aさんの周りでも就農や地方移住をする人がちらほら出ていたそうで、Aさん自身も実は農家にちょっと興味があったことも相まって、すんなり一家3人で豊洲地区に移住してきました。

【実際に農家になって】
実際に農業に携わるようになったのは3年ほどたってからだそうです。それまでは子育てに専念していて、そろそろ良いかなと思えたのがそれくらいの時期だったそうです。
畑に出てみてまず思ったことは、やはり「りんごがおいしい!!」だったそうです。
「畑でその場でもいで切ったりんごがすごい!切り口にストローさしたらそのまま飲めるんじゃないかというくらいジューシーでびっくり」したそうです。
畑で木からもいだ瞬間から鮮度が失われていくんだということを実感したそうです。
また、独身時代に携わっていた服飾の「モノづくり」よりも、「りんごづくり」の方が間口が広いことに気付いたそうです。
作ったものを食べてもらえるのはもちろん、体験をすることもできる、何より無駄が出ないことがとても嬉しいそうです。
あと不思議なことに、「体を壊した人の体はりんごを求める」と言います。Aさんがお世話になった会社の先輩で、癌で亡くなられた方がいたそうです。
その方は、胃を3分の2切除していてもりんごだけは最後まで食べることができたそうで、Aさんはりんごを求められたときは、その時の最高のものを送ったそうです。
そのときに「りんごって人間が生まれてから死ぬまでずっと食べられるモノ」なんだと感じたそうです。

【農業とは?】
この質問にAさんは「私は農業を語るにはまだ経験も勉強も不足している」といいました。
それでも一言にすると「生活」だそうです。人の役に立っている、人が喜んでいるといった気持ちもあるけれど、やはり生産農家としては、生活するためにりんごを育てているのだといいます。
それでもその中に楽しさややりがいが出来たらよい、それには経験も勉強も不足している、ということなんだそうです。今は言われたとおりに作業をやっているけれど、少しずつ自分で考えながら判断できるようになりたいといいます。
それともう一つ、気候のことも口にしていました。今年は3回も台風が来たのですが、これだけは対策のしようがない、神頼みであるとおっしゃっていました。
東京に住んでいたころはそこまで強く意識をしたことはなかったけれど、豊洲地区に来て気づいたのは祭りが多いこと。五穀豊穣を願う神事や祭事が人々の生活に寄り添っている、大切にされていると気づいたそうです。
Aさんも、台風の予報が出ると思わず神棚を拝んでしまうそうです。

Aさんのお話はこれで終わりです。いかがでしたか?
Aさんはなんとなく流れに乗ってきたんだとおっしゃっていましたが、それだけではない努力や苦労もあったと思います。
私はそれを感じさせない明るいAさんが素敵だなと思いました。

(須坂市地域おこし協力隊 成田あゆみ)

2018/11/20

須坂市地域おこし協力隊 藤井啓太の『長野☆GaRons物語』vol.4

「長野☆GaRons 19番」

地域おこし協力隊の藤井啓太です。
今回は、チーム最年少の山田選手に話を聞きました。
山田選手は安曇野出身で、松本市にある創造学園(現:松本国際高等学校)を卒業し、今年度から加入した新人選手です。若い選手なので、チームに元気を与えてくれることを願っています。

・名  前:山田 広大
・身  長:169cm
・ポジション:リベロ

●仕事はどのようなことをしていますか
「現在は、下水道関係の仕事をしています。同じチームの青木さんと同じ職場です。青木さんとは高校時代、先輩と後輩の関係だったので職場でも良くしてもらっています」

●ガロンズに入ったきっかけを教えてください
「やっぱり先輩が所属していたというのが大きいですね。また、高校時代の監督とガロンズの監督が知り合いということもあり、推薦のような感じで入団しました。現在も母校との交流はあり、練習試合やバレーボール教室等を一緒に開催したりしています」

●今後の目標を教えてください
「まずは、チームに貢献できるように自分の技術を高めていくことを考えています。また、自分はチーム最年少ということもあるので、今年度のリーグでは若さあるプレーでチームに貢献し盛り上げていきたいと思います。高校を卒業したばかりでまだまだ甘い部分もあると思いますが、一日でも早くチームを引っ張っていけるようになりたいです」

山田選手はリベロのポジションなので、守備面での活躍に期待しています。
スパイク等を打って得点を決めることはできませんが、山田選手のレシーブがチームに活力をもたらしてくれると思いますので、是非頑張っていただきたいです。

Vリーグは開幕して、長野ガロンズも11月10日に第1戦を終えていますが、まだまだ試合は続きます。
須坂市でのホームゲームも今年度は3回開催しますので、ぜひ皆さま会場へ足をお運びいただき、選手たちの姿を実際に見てください。

また、長野ガロンズの応援もよろしくお願いします!

☆長野☆ガロンズのホームページはこちら
https://garons.jp/

(須坂市地域おこし協力隊  藤井啓太)

2018/10/22

須坂おもしろ人物記vol.1 「地域おこし、はじめました」

Permalink 10:22:08, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

はじめまして、2018年10月1日から須坂市役所商業観光課所属の地域おこし協力隊として活動をはじめました宮島麻悠子(みやじままゆこ・36歳)です。
9月下旬に須坂に移住してきたばかりですが、地域おこし協力隊の仕事のこと、移住して感じたことなどをお伝えしたいと思います。

●経歴を簡単に紹介します
デザイン系の専門学校を卒業後、アパレル店舗の内装設計の仕事を4年間した後、かねてから希望していたオーストラリアへのワーキングホリデーへ。
色々な地域を旅しながらリゾートホテルや農園などで働きました。
そこでは10代の若い子が農業の仕事をするのはあたりまえ、東京に比べると格段にお店や遊ぶ場所が少ない中で皆楽しく暮らしているのを目の当たりにして、こういう生き方があるのかと衝撃を受けました。
そんな中でだんだん地域おこしの仕事に興味を持ち始めていましたが、東京にいるとそういった仕事に携わる機会がなかったこと、企画立案し実行する経験がほとんど無かったことからセールスプロモーションの制作会社に転職し、それらの経験を積むことにしました。

●移住を決めたきっかけ
結婚して長男も生まれ、育休から職場に復帰し、毎日慌ただしい生活を送っていました。
毎日帰宅は早くても夜7時すぎ、子どもを寝かせられるのは夜10時すぎ、主人の帰宅も毎日遅く、常にクタクタ。当然休日も遊びに連れ出す気力はなく、病院めぐりと平日できない家事をこなすだけで終わってしまっていました。
また、以前住んでいた地域は保育園激戦区な上に治安もあまり良くなく、ついでに空気も悪く、そのうち「この先もずっとこんな生活で幸せなんだろうか?」と疑問を持つようになっていき、移住に興味を持ち始めていきました。
主人が須坂市出身だったため、移住するなら須坂市とほぼ決めていました。
東京で開催していた須坂市移住個別相談会に参加し移住体験ツアーで企業を紹介してもらい、晴れて就職も内定をもらえたため移住を決断しました。

●移住して感動したこと
途中転園でも保育園に空きがある!
通勤時間が短い!
空が広い!
野菜果物がすごくおいしい!
人がおもしろい(笑)!

●地域おこし協力隊としての活動
まずは須坂のことを知るため、街なかのお店へごあいさつに伺ったり、視察や会合に同席させていただいて情報収集をしています。
100年以上の歴史を持つ老舗の方から、最近須坂で商いを始めた方にもお話を聞いているのですが、それぞれ色々な考えをお持ちで大変刺激になります。
そして、みなさん個性的で本当に面白いです!
また、蔵の街並みや美術館などの公共施設を訪れて、須坂のPRネタを探しています。
その他、空き店舗の利活用のため、空き店舗の貸し手と借り手をマッチングするサービスの土台作りとして空き店舗の情報収集を始めています。

●個人的にツボな須坂のスポット
須坂クラシック美術館は空間としてもとても魅力的なのですが、階段のあしらいや格子などディテールに職人技が感じられて萌えます(笑)。
また、展示してある着物の色柄がとにかく可愛い!
たくさんのアンティーク着物が展示される「虫干し」は以前から気になっていたのですがまだ見に行けておらず、今秋の大虫干し会は絶対に見に行きたいと思っています!!
また、旧上高井郡役所の建物もミントグリーンの洋館風なのが珍しく、気に入っています。
今後も続々お気に入りスポットは増える予定です!

●今後の抱負
須坂で観光というと米子大瀑布などの山岳観光に力を入れてきたそうなのですが、歴史・文化的にもたくさん魅力があり、古い建物をリノベーションした個性的なお店もたくさん増えています。
こうした多様な魅力を発掘・発信し、地域が活性化されるよう尽力していきたいと思います!

今後、須坂の町にいるおもしろい人を紹介していこうと思います。
お楽しみに!

(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2018/10/05

原点回帰の長野移住vol.1「念願だった長野移住を果たして」

Permalink 13:41:15, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

初めまして、2018年8月から須坂市の須坂温泉古城荘にて活動しております、地域おこし協力隊の早川航紀(はやかわこうき 27歳)です。
念願だった長野移住を果たし、あっという間に2か月が経ちました。
今回は自己紹介を兼ねて須坂移住をしてみての感想をお伝えできればと思います。

●移住のキッカケ
私の故郷は長野県の木曽郡という同じ長野でも南の地域でした。
須坂市よりもずっと田舎の山育ちだった私はありがちな「都会に出たい」という理由もあり、東京の大学に進学しました。
都会生活も日々刺激的で充実しておりましたが、就職活動の際にやはり大好きな地元長野県に貢献したいという想いから長野県に本社がある企業に就職しました。
すると、配属先はなんと東京。気持ちとしては長野に住みながら長野に貢献したいと葛藤しながら4年間東京で働いていましたが、「話を聞くだけ」と思って参加した移住セミナーの日から、気持ちはもう長野移住に向かっておりました。

●久しぶりの田舎生活。待ち受けていたものは・・・
元々田舎育ちで狭いところが嫌いということもあり、活動拠点である須坂温泉古城荘の近くの古民家に希望して住むことになりました。
都会生活にかぶれて今流行りの古民家リノベーションをして、スローライフを送る…そんな淡い期待に浮かれていた私を待ち受けていたのはなんと「ハクビシン」。
入居早々休みの日は屋根裏に入り、ハクビシン対策をするという日々がしばらく続きました…他にも庭の草刈り、家の修繕、2か月経った今日でも毎日やらねばならぬ事、やりたい事が山ほどあります!

●身体の変化
東京の独り身生活は朝満員電車にゆられ、夜仕事が終わり、赤ちょうちんに誘われて一日を労う、そんな毎日を送っていました。
大学時代から増えた体重は約5kg。須坂市ではもちろん車中心の生活。
自然とお酒の量も減り、温泉に浸かり、いただいた「おすそわけ」の野菜をもりもり食べる、うって変わって健康的な生活に変わり、なんと2か月で5kg痩せました!
体調不良の日が多かった私も、移住後は毎日快調に暮らしております。

●須坂温泉古城荘にて地域おこし
昭和36年創業という長い歴史をもつ温泉旅館「須坂温泉古城荘」は、宿泊だけでなく日帰り入浴もできるため須坂市内外のお客様に利用いただいております。
今後厨房を増設したり、日帰り温泉利用客の皆様の為に休憩所をつくったりと大規模なリニューアルの予定もあります。
まずは地域の人に愛され、市外県外から「須坂温泉古城荘に泊まる為に須坂に来た」と言っていただけるようなそんな温泉旅館を目指して、日々フロント業務から仲居さん、送迎バスの運転手まで何でも屋さんとして仕事を覚えています。
ゆくゆくは長野県を代表する健康長寿発信拠点にしたいと新たな取り組みにもチャレンジしていきたいです。

●移住を考えている方々へ
私が移住にあたって大切にしていることは地域の慣習を楽しもう、新しい人とのつながりを楽しもうということです。
地域の人達からしたらいきなり来たよそ者に警戒するのは当たり前だと思います。こちらから積極的に関わることでたくさんの出会いと学びがあります。
私もまだたったの2か月しかおりませんが、地域と地域の人と関わることで耳よりな情報が手に入ったり(田舎の口コミはネットより重宝します)、新しい発見があったりと良いことだらけです。住みやすい環境は自分から作ることができると実感しております。
「お世話さん!」の挨拶が飛び交う須坂を私は早くも第二の故郷のように感じています。

簡易バーベキュー&ピザコンロ

(須坂市地域おこし協力隊 早川航紀)

2018/09/20

ただいま!峰の原高原vol.3 「峰の原高原とキキョウ」

Permalink 09:46:19, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

皆さんこんにちは。須坂市峰の原高原地域おこし協力隊の古川です。
この記事では、私の峰の原高原での活動を通して、その魅力を皆さんに伝えていきたいと思います。

●夏の峰の原高原
気づけばもう9月です。気温も徐々に下がってきて、峰の原高原では朝と夜は寒いくらいの日が多くなってきました。確実に秋の気配が近づいていますね。
さて、峰の原高原の夏はどんな様子だったのでしょうか。峰の原高原では、昔から夏はテニスやゴルフのお客さんで賑わっていたのですが、近年は陸上の合宿で来ている人たちがとても多いです。
今年は7月に、峰の原高原のクロスカントリーコースがリニューアルオープンしました。今までのランニングコースに加えて全天候型の2kmコースも新設され、多くのランナー達が走ったことでしょう。多くのペンションが夏に合宿の受け入れをしています。峰の原高原では夏が一番活気にあふれているように思えます。

峰の原高原は標高1500メートルということもあって、涼みに来ている人がたくさんいました。気温は須坂市街から10度以上違うこともあります。木陰はとても涼しく、快適に過ごすことができます。今年はそうした木陰に自立式ハンモックを数台設置しました。その近くには小さな本棚を。試験的に設置したものだったのですが、多くの人が利用してくださいました。
高原でハンモックに揺られながら親子で絵本を読んでいるというような心温まる風景も見ることができました。

●峰の原高原のキキョウ
それでは今更ですが本題です。
秋の七草のひとつとしても有名なキキョウ。実はこの花、長野県版レッドリストでは準絶滅危惧種(NT)に指定されている植物なんです。

準絶滅危惧種というのは、「今のところ絶滅する危険はそんなにないけど環境の変化とかによって将来的に絶滅する可能性が結構あるよ!」というような植物です。詳しくは環境省のホームページなどに記載してありますのでご覧ください。
とにかく、こういった種を守るためには現状の環境の保全が大切になるわけです。
峰の原高原は今やかなり貴重な場所となったキキョウの群生地になっています。そんなキキョウなのですが、今年は峰の原高原でとれた種からキキョウを育てた苗を販売してみました。販売方法は無人販売。苗とお金入れるところをテーブルに置いておくだけの超簡易的なものです。下手をすれば苗もお金も持って行かれてしまうようなものでした。利益ではなく話題作りを目的としていたので、どっちにころんでも面白いだろうと言うことでの企画でした。苗だけ持って行かれても仕方ないだろうし、私個人の予想としては、売り上げは設定金額の半分も行けば良い方だろうなと思っていました。夏の間、およそ1か月で55株の苗が売れました。一株200円で販売していたので、計算上は11,000円の売り上げです。果たして、その売り上げは9616円と10シリングでした。思っていたよりマイナスが少なかったです。
内訳はわかりませんが500円程度。1円玉やシリング通貨などが入っているのは募金感覚で入れてくださったのでしょうか。
とにかく買っていただいた皆さん、ありがとうございます。
峰の原高原に来る人はいい人がたくさんいるようです。この記事を読んでいただいている方の中にももしかしたらキキョウを購入してくれた方がいるかもしれませんね。ありがとうございました!

●おわりに
峰の原高原にはキキョウのほかにも貴重な植物は少なくないです。
こういった環境を守るためにも、峰の原高原では様々な自然環境保護活動が行われています。
前回の記事でも触れたイベント「草原をつくろう!」もそのひとつです。
地元の人たちでがんばって、綺麗な花や貴重な植物を守っているのです。その甲斐あってか、今年もゲレンデにはたくさんの花が咲いていました。
現在ではマツムシソウやワレモコウといった秋の花が多く咲いていたり、種を付け始めた植物があったりと、また違った趣となっています。
四季を通して様々な表情が楽しめる草原は峰の原高原の大きな魅力の一つです。夏の花の様子を見逃してしまった方はぜひ来年峰の原に来てみてはいかがですか?

(須坂市地域おこし協力隊 古川広野)

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