信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: 地域おこし協力隊

2019/02/05

須坂市地域おこし協力隊 藤井啓太の『長野☆GaRons物語』vol.5

「須坂市地域おこし協力隊として活動して」


私は、平成28年4月より、須坂市地域おこし協力隊として活動を始めました。所属部署が「生涯学習スポーツ課スポーツ振興係」でしたので、スポーツ振興を主に活動していました。峰の原高原スキー場にて、冬季スポーツイベントを企画しましたが、試合等と重なり、なかなか上手く実施できませんでした。

平日は、窓口業務をしていたので地域の方と親しくなることもできました。こちらに来た当初は、知り合いが一人もおりませんでした。しかし、今となっては町で話しかけてくださる人までできました。
私は須坂市のバレーボールチーム「長野ガロンズ」に所属しており、イベントやホームゲーム等で市民の方と交流をしています。小中学生やママさんバレーのバレー教室でも、たくさんの方が参加してくださり、真剣に聞いてくださいました。また、ホームゲームの時には、有料にも関わらずたくさんの人が試合を見に来てくださいました。

私自身、この3年間で地域おこし協力隊の活動が十分にできたとは思っていません。もう少し、やり方があったのではないかと思っています。しかし、市民の方々にスポーツへの興味を持っていただくことはできたのではないかと思います。地域おこし協力隊を退任した後も、長野ガロンズに所属していますので、これからも市民の方との交流を増やし、スポーツの魅力を伝えていきたいと思います。


☆長野☆ガロンズのホームページはこちら
https://garons.jp/

(須坂市地域おこし協力隊  藤井啓太)

2019/01/21

須坂おもしろ人物記vol.2 「超人気焼肉店の2代目は今後の須坂発展のキーマン」

インタビュー第1号は、須坂の人気店「焼肉居酒屋 みのり」のご主人「小林義則さん」です。

宮島:生い立ちを簡単に教えてください。

小林さん:須坂市内で飲食店を営む両親の間に3人兄弟の末っ子として生まれました。子どもの頃から習っていたスイミングを仕事にするべく、高校卒業後は神奈川県の専門学校でインストラクターの勉強をしていました。2年生の夏に須坂市内のスイミングスクールで実習に行ったらそのまま内定をもらってしまい、24か25歳頃まで働いていました。

宮島:スイミングインストラクターの仕事は楽しかったですか?

小林さん:楽しかったですね。ただ、子どもを相手に教えるのは楽だけど、大人に教えるのは大変と言っていた同僚もいました。大人は疲れたらもう嫌だって言いますからね。45分のレッスン時間のうち、15分泳いで残り30分はずっとしゃべってる、みたいなのもザラ(笑)話すのが得意でない人には確かに辛かったかもしれないですね

宮島:大人はワガママですね(笑)小林さんは大人に教えるのは辛くなかったですか?

小林:そんなに苦に感じたことは無いですね。子どものころからお店にいることが多く、大人のお客さんと話すことに慣れていたからかもしれません。実情は、兄・姉にいじめられて店に逃げていたんですけどね(笑)

宮島:もともとお店を継ごうと考えていたんですか?

小林さん:全く考えていませんでした。兄・姉が調理師専門学校に進んでいたので、どちらかが継ぐだろうと思っていましたし。
スイミングのインストラクターは早番・遅番の間はけっこう時間が空くので、この店でバイトはしていましたが。でも結局兄も姉も店を継ぐことは無く、バイトをしているうちに、自分が継ぐことになっていました(笑)

宮島:そうなんですね!ではここからはお店のメニューについてお聞きしたいと思います。みのりの看板メニューといえば「みのり焼」ですが、特にこだわっている点は何ですか?

小林さん:鮮度ですね。小布施町と中野市の間にある食肉加工場から新鮮な豚ホルモンを仕入れています。普通は茹でてから焼くのですが、それだと臭味は取れやすいものの旨味も逃げてしまうので、うちでは茹でずに焼いています。新鮮だから臭味が気になりにくいんです。


<焼ける音と香りも食欲をそそる!旨味たっぷり「みのり焼」>


<信州名物「馬刺し」と自家製醤油豆を使用した「長芋の醤油豆和え」>

宮島:小林さんは景観づくりの会の会長もされています。どんな会でしょうか?

小林さん:須坂には蔵造りなど伝統的な建物が多く残る魅力的な通りがたくさんあるので、景観を守り整備することで観光客を呼び込むことを目的に「須坂黒壁プロジェクト」を行っています。具体的には、クラシック美術館から信州医療センター東の交差点を通り、劇場通りを横切り、ふれあい館しらふじまでの小路沿いの建物の所有者に会って同意をもらい、黒板壁を取付けて通りの景観の統一を図っています。
須坂の町歩きでメジャーなのはクラシック美術館から銀座通りを抜け、中町の交差点を曲がってふれあい館しらふじまで歩くコースだけれど、散歩って来た道を折返すよりぐるっと回って元に戻る方が自然でしょ(笑)だから周遊できるコースを整備したら町歩きが楽しくなりそうだなと思って。



宮島:須坂の魅力は?

小林さん:魅力は、人が温かいこと。生糸産業で繁栄した後衰退を経験しているからか、親身になって人の話を聞いてくれる方が多いように思います。あと、もし一日何もしなくていい日があったら市内をぶらぶら巡って、まだ知らない場所やお店を発見したいですね。まだ埋もれている魅力がたくさんありそうでワクワクします。

宮島:須坂のおすすめスポットを教えてください。

小林さん:臥竜公園は好きでよく行きます。自然が豊かで四季を感じられるのが良いですね。

宮島:では、最後に須坂で一番おもしろいと思う人を紹介してください

小林さん:豊田種苗店の豊田誠さん。同年代ということもあり、よく一緒にイベントをやったりしています。

ありがとうございました!
というわけで次回のインタビューは豊田種苗店の豊田誠さんに決定しました。
お楽しみに!!!

(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2019/01/07

須坂温泉の愉快な仲間たちvol.2「最近1児のパパになりました!お客様担当の川原強さん」

明けましておめでとうございます。地域おこし協力隊の早川航紀(はやかわこうき)です。
須坂市に移住して早5カ月が経ち、須坂の地にて2019年を迎えました。
今回から私の地域おこし活動の拠点でもある須坂温泉古城荘を舞台に魅力ある様々な方々を紹介していきます。
第1弾は社員の川原強さん24歳。主にお客様対応を担当しています。好きな食べ物はステーキ。趣味はスニーカーのコレクション。最近1児のパパになりました。

●須坂温泉に勤めるようになったキッカケを教えてください
「20歳の時、当時働いていた居酒屋に須坂温泉古城荘の樺澤支配人がお客様として来たのが始まりです。その時は話が盛り上がり、「面白いヤツ」認定されました。それから月日が経ち22歳の時、久しぶりにお店に来た樺澤支配人と再会し、またそこで話が盛り上がり、遂にはスカウトされました。私もこの人と仕事がしたい!と思いついていくことにしました。そんなご縁で須坂温泉に勤めるようになり、早いもので現在社員として2年目を迎えております。日帰り温泉を利用いただいている常連さんにも沢山の顔見知りができました!」

●最近お子さんが生まれたと聞きました、信州での子育てについて教えてください
「第1子なので毎日がとても刺激的で新鮮です。今までとは勝手が違い、お出かけのときには子どもの準備やお世話でワンテンポ遅れてしまうので予定通りにいかないのが中々慣れず大変です。最近表情が出始めて遊んであげると笑って喜びます。子どもの笑顔で1日の疲れが癒されます。観光業なので夜帰りが遅くなってしまうときはその笑顔が見られずパパとしては寂しいこともあります。家族の為にもこれまで以上に仕事も頑張ります!信州は広々とした公園が多いので春暖かくなったら親子3人で散歩するのが今から楽しみです」

●最近須坂温泉で起こった心に残る出来事
「先日ご家族でいらした方々におばあちゃんの誕生日のお祝いにと当館をご利用いただきました。当日はお部屋の電気を消してローソクをつけたケーキをサプライズで出して、おばあちゃんに喜んでもらいたいと事前に幹事さんと打合せを重ねました。その甲斐もあり、サプライズは大成功!お客様の特別な日を一緒になって共有できるのはこの仕事ならではのやりがいです。幸せを分けてもらっています」

●須坂温泉の魅力をPR、今後の意気込み
「源泉100%の須坂温泉はお湯の質が本当に良いと思います。旅館業務となると重いイスや机を運ぶこと、階段の登り降りなども行うので、忙しい日は筋肉痛になるほどです。そんな時は須坂温泉の湯につかるのですが、ゆっくり入っていると疲労が溶け出していく感じがあり、不思議と翌日には体が軽くなっている気がします。あくまで私個人の感想にはなりますが、須坂温泉には体の中から疲労を流し出してくれる効果があるのかもしれません(笑)」
「現在、須坂温泉では日帰り入浴に来ていただいたお客様向けにランチのサービスを提供しておりますが、2019年春頃には須坂温泉古城荘の厨房増設の工事が終わり、ランチ内容や休憩場所が大幅にリニューアルする予定です。お客様には今まで以上に須坂温泉を満喫していただけるようなイベントやサービスを考えております。沢山の皆様のお越しをお待ちしております」

須坂温泉古城荘 公式ホームページ
https://kojousou.co.jp/

(須坂市地域おこし協力隊 早川航紀)

2018/12/20

ただいま!峰の原高原vol.4 「峰の原高原の冬」

Permalink 09:52:33, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

皆さんこんにちは。須坂市峰の原高原地域おこし協力隊の古川です。
この記事では、私の活動を通して、峰の原高原の魅力を皆さんに伝えていきたいと思います。

●冬
最近ようやく冬らしくなってきました。すっかり冷え込んできています。標高1500mの峰の原高原では雪が少しずつ積もってきました。すでにストーブやこたつを出している家庭も多いのではないでしょうか。外から帰ってきたときに家の中が暖かいというのはなんともいいものです。冬しか味わえない感覚。朝起きると部屋の中で息が白かったりします。寒いです。本格的に冬ですね。

●峰の原高原スキー場
峰の原高原にはスキー場があります。須坂市の小学校出身者なら一度は来たことがあるという人も多いのではないでしょうか。峰の原高原のスキー場は今年から経営者が変わります。新しくなった峰の原高原スキー場は、12月22日(土)オープン予定です。オープン日は雪や気候などの状況で変更の可能性もありますので、詳しい情報は公式ホームページをご確認ください。
https://minenohararesort.com/ja/
フェイスブックのページもぜひご覧ください。
https://www.facebook.com/minenoharakogenresort/

スキー場も現在はオープンに向けて着々と準備を進めているようです。私は地元出身ということもあり、小さい頃から遊んできたスキー場が新しくなることにわくわくしています。スキー場関係者に話を聞くと、経営が変わっても峰の原高原スキー場はスキーヤーの皆さんもボーダーの皆さんも、子供から大人まで幅広く誰もが楽しむことができるスキー場にすると言ってくれました。レストラン内部も改装が進んでいます。ショップになる場所やレンタルのラックなど、木を使用したネイチャースタイルのものに生まれ変わっています。信州須坂フルーツエールを提供する場所もあるようです。なんだか楽しいスキー場になりそうです。今までとは少し雰囲気が変わった峰の原高原スキー場、ぜひ遊びに来てください!



改装されたレストランニレイの様子

高齢化が進んでいる峰の原高原。私と同じ20代はほとんどいなくて、50代以上のおじさんおばさん、おじいさん、おばあさんばかりのペンション村。そんな村に新しい風が吹いてきているわけです。少しずつではありますが、峰の原高原も変化していっています。これからの峰の原がどうなっていくのかがより楽しみですね。峰の原高原全体が一体となり同じ方向を向いて、よりよい地域になってほしいと想っています。そしてそんな地域を作っていく一人になれれば嬉しいです。

●峰の原高原スキー場への手紙
さて、現在「峰の原高原スキー場への手紙」を募集している企画があります。スキー場を訪れた時の思い出やこれからのことなど、たとえスキーをしていなくても、ゲレンデにまつわる内容であればどのようなものでも、誰に宛てたものでも構いません。例えば、スキー場関係者の人へ。例えば、昔一緒に滑った人へ。ペンションの人でもいいですし、スキー場やリフト、雪などを人と捉えて書いていただいても構いません。本当にどんなものでも結構です。みなさんの想いを、お便りにしてお寄せください。A4以下の用紙2枚以内(片面のみ)でお願いします。手書き、タイピング、便箋、ハガキなど形式は問いません。手紙を送っていただいた方の中から抽選で5名様に「峰の原高原 旅館組合加盟の宿1泊2食付き宿泊券」または「峰の原高原スキー場 1日券」のいずれかをお送りします。
◆応募期間:2018年11月20日(火)~2019年1月20日(日)
◆応募方法
・名前、年齢、住所、電話番号必ず明記してください。お手紙とは別の用紙に記入して同封していただいても構いません。
・入選作品を公開する際、お名前も合わせて記載いたします。ペンネームやイニシャル、匿名での公開を希望される方は、その旨と記載して良い形式のものを上の内容に加えてお書きください。
・お手紙は下記の住所まで郵送でお送りください。
〒386-2211 
長野県須坂市大字仁礼 3153-885 P.スタートライン 内 
峰の原高原観光協会 宛
・郵送のみでの受付となります。

より詳しい情報は峰の原高原観光協会のホームページをご覧ください。
https://www.minenohara.net/
https://blog.suzaka.jp/minenohara/2018/11/21/p35760

●おわりに
峰の原高原は長野市や須坂市と比べると大体5~10度くらい気温が低いことが多いです。すぐお隣の菅平高原は本州で最も低い気温、-29.2℃を記録したことがあります。そこより200mほど標高が高い場所が峰の原高原です。須坂市からは車で30分くらいすれば着きます。厳しい寒さを体験したい!という方にもおすすめです。冬は霧氷、夕陽、星空などなど、素敵な景色を見られる日も多いです。ぜひお越しくださいませ!

(須坂市地域おこし協力隊 古川広野)

2018/12/05

豊洲フルーツハリウッド農ガール物語vol.4『農業はクリエイティブ』

こんにちは。2017年6月から須坂市豊洲地区で活動している地域おこし協力隊の成田あゆみです。
私が活動している豊洲地区は長野県でも有数の果樹地帯です。
そこで、豊洲地区に嫁ぎ農家となって活躍する魅力的な女性を紹介します。
今回は豊洲地区に住んでいるAさん(匿名希望)にお話を聞きました。

【移住のきっかけは?】
Aさんは東京生まれの東京育ちで就職も東京でしており、農業はおろか、長野県とは全くの無縁でした。そんなAさんが今のご主人と出会ったのもまた東京でした。
当時ご主人はモデルや役者の仕事をしていて、友人を介して出会ったそうです。
お付き合いが始まり、結婚を意識するようになってから実家が農家であること、いつか帰って農家を継ぎたい気持ちでいることを知りました。
当時のAさんは、服飾関係のモノを作り出すことに携わる仕事をしていました。
その職場の社長から「農業ってクリエイティブだよね」といわれ、目からウロコが落ちたそうです。「モノづくり」の根幹が同じなら誰にとっても必要な、「食べモノ」を作るのもよいかも知れないという気持ちになったそうです。
その後子どもが生まれ、職場への復帰を検討していた時期に諸事情が重なり、Aさんが想像していたよりはだいぶ早く長野へ来ることになったようです。
しかしその当時、ちょうど世間でも農業がブームになり、Aさんの周りでも就農や地方移住をする人がちらほら出ていたそうで、Aさん自身も実は農家にちょっと興味があったことも相まって、すんなり一家3人で豊洲地区に移住してきました。

【実際に農家になって】
実際に農業に携わるようになったのは3年ほどたってからだそうです。それまでは子育てに専念していて、そろそろ良いかなと思えたのがそれくらいの時期だったそうです。
畑に出てみてまず思ったことは、やはり「りんごがおいしい!!」だったそうです。
「畑でその場でもいで切ったりんごがすごい!切り口にストローさしたらそのまま飲めるんじゃないかというくらいジューシーでびっくり」したそうです。
畑で木からもいだ瞬間から鮮度が失われていくんだということを実感したそうです。
また、独身時代に携わっていた服飾の「モノづくり」よりも、「りんごづくり」の方が間口が広いことに気付いたそうです。
作ったものを食べてもらえるのはもちろん、体験をすることもできる、何より無駄が出ないことがとても嬉しいそうです。
あと不思議なことに、「体を壊した人の体はりんごを求める」と言います。Aさんがお世話になった会社の先輩で、癌で亡くなられた方がいたそうです。
その方は、胃を3分の2切除していてもりんごだけは最後まで食べることができたそうで、Aさんはりんごを求められたときは、その時の最高のものを送ったそうです。
そのときに「りんごって人間が生まれてから死ぬまでずっと食べられるモノ」なんだと感じたそうです。

【農業とは?】
この質問にAさんは「私は農業を語るにはまだ経験も勉強も不足している」といいました。
それでも一言にすると「生活」だそうです。人の役に立っている、人が喜んでいるといった気持ちもあるけれど、やはり生産農家としては、生活するためにりんごを育てているのだといいます。
それでもその中に楽しさややりがいが出来たらよい、それには経験も勉強も不足している、ということなんだそうです。今は言われたとおりに作業をやっているけれど、少しずつ自分で考えながら判断できるようになりたいといいます。
それともう一つ、気候のことも口にしていました。今年は3回も台風が来たのですが、これだけは対策のしようがない、神頼みであるとおっしゃっていました。
東京に住んでいたころはそこまで強く意識をしたことはなかったけれど、豊洲地区に来て気づいたのは祭りが多いこと。五穀豊穣を願う神事や祭事が人々の生活に寄り添っている、大切にされていると気づいたそうです。
Aさんも、台風の予報が出ると思わず神棚を拝んでしまうそうです。

Aさんのお話はこれで終わりです。いかがでしたか?
Aさんはなんとなく流れに乗ってきたんだとおっしゃっていましたが、それだけではない努力や苦労もあったと思います。
私はそれを感じさせない明るいAさんが素敵だなと思いました。

(須坂市地域おこし協力隊 成田あゆみ)

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