信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: 地域おこし協力隊

2018/10/05

原点回帰の長野移住Vol.1「念願だった長野移住を果たして」

Permalink 13:41:15, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

初めまして、2018年8月から須坂市の須坂温泉古城荘にて活動しております、地域おこし協力隊の早川航紀(はやかわこうき 27歳)です。
念願だった長野移住を果たし、あっという間に2か月が経ちました。
今回は自己紹介を兼ねて須坂移住をしてみての感想をお伝えできればと思います。

●移住のキッカケ
私の故郷は長野県の木曽郡という同じ長野でも南の地域でした。
須坂市よりもずっと田舎の山育ちだった私はありがちな「都会に出たい」という理由もあり、東京の大学に進学しました。
都会生活も日々刺激的で充実しておりましたが、就職活動の際にやはり大好きな地元長野県に貢献したいという想いから長野県に本社がある企業に就職しました。
すると、配属先はなんと東京。気持ちとしては長野に住みながら長野に貢献したいと葛藤しながら4年間東京で働いていましたが、「話を聞くだけ」と思って参加した移住セミナーの日から、気持ちはもう長野移住に向かっておりました。

●久しぶりの田舎生活。待ち受けていたものは・・・
元々田舎育ちで狭いところが嫌いということもあり、活動拠点である須坂温泉古城荘の近くの古民家に希望して住むことになりました。
都会生活にかぶれて今流行りの古民家リノベーションをして、スローライフを送る…そんな淡い期待に浮かれていた私を待ち受けていたのはなんと「ハクビシン」。
入居早々休みの日は屋根裏に入り、ハクビシン対策をするという日々がしばらく続きました…他にも庭の草刈り、家の修繕、2か月経った今日でも毎日やらねばならぬ事、やりたい事が山ほどあります!

●身体の変化
東京の独り身生活は朝満員電車にゆられ、夜仕事が終わり、赤ちょうちんに誘われて一日を労う、そんな毎日を送っていました。
大学時代から増えた体重は約5kg。須坂市ではもちろん車中心の生活。
自然とお酒の量も減り、温泉に浸かり、いただいた「おすそわけ」の野菜をもりもり食べる、うって変わって健康的な生活に変わり、なんと2か月で5kg痩せました!
体調不良の日が多かった私も、移住後は毎日快調に暮らしております。

●須坂温泉古城荘にて地域おこし
昭和36年創業という長い歴史をもつ温泉旅館「須坂温泉古城荘」は、宿泊だけでなく日帰り入浴もできるため須坂市内外のお客様に利用いただいております。
今後厨房を増設したり、日帰り温泉利用客の皆様の為に休憩所をつくったりと大規模なリニューアルの予定もあります。
まずは地域の人に愛され、市外県外から「須坂温泉古城荘に泊まる為に須坂に来た」と言っていただけるようなそんな温泉旅館を目指して、日々フロント業務から仲居さん、送迎バスの運転手まで何でも屋さんとして仕事を覚えています。
ゆくゆくは長野県を代表する健康長寿発信拠点にしたいと新たな取り組みにもチャレンジしていきたいです。

●移住を考えている方々へ
私が移住にあたって大切にしていることは地域の慣習を楽しもう、新しい人とのつながりを楽しもうということです。
地域の人達からしたらいきなり来たよそ者に警戒するのは当たり前だと思います。こちらから積極的に関わることでたくさんの出会いと学びがあります。
私もまだたったの2か月しかおりませんが、地域と地域の人と関わることで耳よりな情報が手に入ったり(田舎の口コミはネットより重宝します)、新しい発見があったりと良いことだらけです。住みやすい環境は自分から作ることができると実感しております。
「お世話さん!」の挨拶が飛び交う須坂を私は早くも第二の故郷のように感じています。

簡易バーベキュー&ピザコンロ

(須坂市地域おこし協力隊 早川航紀)

2018/09/20

ただいま!峰の原高原Vol.3 「峰の原高原とキキョウ」

Permalink 09:46:19, カテゴリ: 地域おこし協力隊  

皆さんこんにちは。須坂市峰の原高原地域おこし協力隊の古川です。
この記事では、私の峰の原高原での活動を通して、その魅力を皆さんに伝えていきたいと思います。

●夏の峰の原高原
気づけばもう9月です。気温も徐々に下がってきて、峰の原高原では朝と夜は寒いくらいの日が多くなってきました。確実に秋の気配が近づいていますね。
さて、峰の原高原の夏はどんな様子だったのでしょうか。峰の原高原では、昔から夏はテニスやゴルフのお客さんで賑わっていたのですが、近年は陸上の合宿で来ている人たちがとても多いです。
今年は7月に、峰の原高原のクロスカントリーコースがリニューアルオープンしました。今までのランニングコースに加えて全天候型の2kmコースも新設され、多くのランナー達が走ったことでしょう。多くのペンションが夏に合宿の受け入れをしています。峰の原高原では夏が一番活気にあふれているように思えます。

峰の原高原は標高1500メートルということもあって、涼みに来ている人がたくさんいました。気温は須坂市街から10度以上違うこともあります。木陰はとても涼しく、快適に過ごすことができます。今年はそうした木陰に自立式ハンモックを数台設置しました。その近くには小さな本棚を。試験的に設置したものだったのですが、多くの人が利用してくださいました。
高原でハンモックに揺られながら親子で絵本を読んでいるというような心温まる風景も見ることができました。

●峰の原高原のキキョウ
それでは今更ですが本題です。
秋の七草のひとつとしても有名なキキョウ。実はこの花、長野県版レッドリストでは準絶滅危惧種(NT)に指定されている植物なんです。

準絶滅危惧種というのは、「今のところ絶滅する危険はそんなにないけど環境の変化とかによって将来的に絶滅する可能性が結構あるよ!」というような植物です。詳しくは環境省のホームページなどに記載してありますのでご覧ください。
とにかく、こういった種を守るためには現状の環境の保全が大切になるわけです。
峰の原高原は今やかなり貴重な場所となったキキョウの群生地になっています。そんなキキョウなのですが、今年は峰の原高原でとれた種からキキョウを育てた苗を販売してみました。販売方法は無人販売。苗とお金入れるところをテーブルに置いておくだけの超簡易的なものです。下手をすれば苗もお金も持って行かれてしまうようなものでした。利益ではなく話題作りを目的としていたので、どっちにころんでも面白いだろうと言うことでの企画でした。苗だけ持って行かれても仕方ないだろうし、私個人の予想としては、売り上げは設定金額の半分も行けば良い方だろうなと思っていました。夏の間、およそ1か月で55株の苗が売れました。一株200円で販売していたので、計算上は11,000円の売り上げです。果たして、その売り上げは9616円と10シリングでした。思っていたよりマイナスが少なかったです。
内訳はわかりませんが500円程度。1円玉やシリング通貨などが入っているのは募金感覚で入れてくださったのでしょうか。
とにかく買っていただいた皆さん、ありがとうございます。
峰の原高原に来る人はいい人がたくさんいるようです。この記事を読んでいただいている方の中にももしかしたらキキョウを購入してくれた方がいるかもしれませんね。ありがとうございました!

●おわりに
峰の原高原にはキキョウのほかにも貴重な植物は少なくないです。
こういった環境を守るためにも、峰の原高原では様々な自然環境保護活動が行われています。
前回の記事でも触れたイベント「草原をつくろう!」もそのひとつです。
地元の人たちでがんばって、綺麗な花や貴重な植物を守っているのです。その甲斐あってか、今年もゲレンデにはたくさんの花が咲いていました。
現在ではマツムシソウやワレモコウといった秋の花が多く咲いていたり、種を付け始めた植物があったりと、また違った趣となっています。
四季を通して様々な表情が楽しめる草原は峰の原高原の大きな魅力の一つです。夏の花の様子を見逃してしまった方はぜひ来年峰の原に来てみてはいかがですか?

(須坂市地域おこし協力隊 古川広野)

2018/09/05

豊洲フルーツハリウッド農ガール物語vol.3『仲間を作る大切さ』

こんにちは。2017年6月から須坂市豊洲地区で活動している地域おこし協力隊の成田あゆみです。
私が活動している豊洲地区は長野県でも有数の果樹地帯です。
そこで、豊洲地区に嫁ぎ農家となって活躍する魅力的な女性を紹介します。
今回は、須坂市新田町に住んでいる森山裕香さんにお話を聞きました。

●農家なら一緒にいる時間が多い
裕香さんは香川県の出身だそうです。裕香さんのお父さんは銀行員をしていて仕事が忙しく、裕香さんが子供の頃はすれ違いの生活が多くありました。
そのため、もし結婚するのなら一緒にいる時間を取れる人がいいな、といった漠然とした理想があったといいます。
裕香さんは、大学卒業後に参加した国際農友会の海外研修のための事前研修会で、実家が果樹農家のため勉強のため参加していたご主人と知り合いました。
帰国後、岡山で開催された同期会で意気投合し、気の合う友人同士になったそうです。
その後、裕香さんが長野へ旅行に来たのをきっかけにお付き合いをはじめ、3年間の交際を経て結婚しました。
実は結婚に至るまでの3年間、2人であったのは10回ほどだったそうです。
本人いわく「一応恋愛結婚だけどお見合い結婚のようなもの」なんだとか。
そうなるとどうやって結婚を決意したのかが気になり、聞いてみたところ「農家なら、一緒にいる時間が多いと思ったから」が決め手だそうです。

●仕事を覚え、町を知り、仲間が出来た
結婚して子どもが生まれ、農業と育児、家事ととても忙しく過ごしました。
農業と育児はもちろん、実家暮らしが長かったので家事も未経験のことが多く、覚えるのに一生懸命で1日が過ぎるのが早く感じたそうです。
ただ、覚えることを苦労と感じたことはなく、農業に関して言えば、仕事を急かされたこともなく、出来なくて当たり前、覚えられるまでやれば良いと言われたそうです。
それよりも、見ず知らずの土地に来たことで、知人や友人もおらず、町の若妻会や家族との話題についていけなかったことがとても寂しかったそうです。
だからより一層仕事を覚え、町の行事などにも積極的に関わっていったそうです。
そうしていくうちに少しずつ話せる仕事を覚え、町のことを知り、仲間が出来たそうです。
こうして聞いていると、裕香さんのもともとの性格もあると思いますが、苦労を苦労と感じず、明るく楽しく過ごしたいという思いが伝わってきました。

●時間をやりくりして気分転換
農家生活にも慣れ、子育ても一段落すると、裕香さんは「農家って時間を自由に決めて使えるんだ」ということに気付いたそうです。
そのため、本人は出稼ぎとおっしゃっていましたが、整骨院や他の農家さんのところへパートに出たり、時間をやりくりして気分転換のお出かけなんかもできるようになったそうです。
お酒を飲むのが好きなので夜によく飲みに出かけたそうで、適度に息抜きもできるようになりました。

●家族には言えないことも仲間になら吐き出せる
見ず知らずの土地へ最初はご主人だけを頼りにやってきた裕香さんですが、同じ町の方や農家の方々と長い時間をかけて交流してきました。
そのおかげで、今では心強い仲間が出来たといいます。辛い時や苦しい時は助け合い、楽しいことや嬉しいことは共有できる、家族には言えない愚痴も仲間になら吐き出せるし自分も話を聞くことができる。農家同士のつながりのなかで支えあうこともできる。そんな仲間がいることが幸せ。
もし、これから農家を目指す人がいたら、「まずは仲間を作ること」そんなアドバイスをしたいそうです。

以上が森山裕香さんのお話です。いかがでしたでしょうか。
これまで取材させていただいた方にも言えることですが、自分の仕事に誇りや自信を持って取り組んでいる方は笑顔が綺麗で、月並みな言葉になりますが、本当に輝いているなと感じました。
次回も、そんな輝いている方を紹介したいと思います。

(須坂市地域おこし協力隊 成田あゆみ)

2018/08/20

須坂市地域おこし協力隊 藤井啓太の『長野☆GaRons物語』vol.3

「長野☆GaRons 1番」

地域おこし協力隊の藤井啓太です。
広島県に生まれ愛知県名古屋市内の大学を経て須坂市に移住しました。
現在、市役所の生涯学習スポーツ課でスポーツ振興の活動と、長野☆GaRons(ながのガロンズ)というバレーボールチームの一員としてプレーをしています。
長野☆GaRonsは、須坂市を活動拠点とする男子バレーボールチームで、2018年から始まる新リーグでは「V2リーグ」への参戦が決定しました。
このコーナーでは、私の所属する長野☆GaRonsのメンバーにいろいろな話を聞いて紹介します。
今回は、チーム最長身で、須坂市出身の選手です。身体はとても大きく、威圧感があるのですが、とても優しくチームの皆から慕われている選手です。

・名  前:渡邉 凌(背番号1番)
・年  齢:28歳
・身  長:194cm
・ポジション:MB(ミドルブロッカー)

●現在のお仕事は?
「大学進学のため千葉県で暮らしていましたが、須坂市にUターンし、今は長野ガロンズの営業等をしています。新たなスポンサー企業と契約できるように色々な企業を回ったり、Vリーグの会議等に出席したり、サポーター会員の管理をしたりと、いろいろなことをしています。スタッフの人と一緒にすることが多いのですが、スタッフの人は、自分の仕事の後にするのでとても大変ですね。(笑)須坂市周辺地域はバレーをしている人が多いですが、進学などで他県に出ていく人が多いので、その点は寂しく思います。生まれ育った故郷に戻ってバレーボールができるというのは、とても良いことだと自分自身も実感しています。試合では、地域の方が応援してくれるので、とてもうれしいです。地元ということもあって地域の人をより身近に感じています」

●バレーを始めたきっかけは?
「母親がバレーをしていて、その練習に付いて行って遊んでいたことがきっかけですかね」

●ガロンズはどんなチーム?
「どんなチームかと言うより、ガロンズとしての理想のチーム像になってしまうのですが、ガロンズはもともとクラブチームで、そこからVリーグに参戦したチームです。なので、知名度も低く、高校や大学で有名な選手は一人もいません。そんなチームが勝つためには、チーム力で勝つしかありません。派手なプレーや鮮やかなプレーなどはあまりできませんが、チームが一つになり、選手・スタッフ・ファンのみんなで勝てる、そういうチームでありたいです」

●これからの目標
「やはり、試合で勝つことですね。試合に勝つことにより、知名度もあがり人気が出てくると思います。また、スポンサー企業等も増えてくると思います。長野県には、VC長野というチームがあるので、そのチームに勝てるようにこれからも頑張っていきたいと思います」

●須坂市の良さとは?
「千葉県で暮らした経験から一番感じたことは、須坂市はとても落ち着いた雰囲気の町だということです。地域の方との距離感も近いですし、町を歩いていて近所の方に声をかけられることもしばしばあります。一番驚いたのは、外食をしている時、全く知らない人に「ガロンズ、試合頑張ってね!」と言われたことです。この時は本当に人と人との距離が近いなと感じました」

☆長野☆ガロンズのホームページはこちら
https://garons.jp/

(須坂市地域おこし協力隊  藤井啓太)

2018/08/06

先輩移住者に聞くVol.15/峰の原高原ペンションハーフトーンのオーナー長瀬聡さん

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンションハーフトーンの二代目オーナーの長瀬聡さんにお話をお伺いしました。
◆2003年に埼玉県入間市から家族5人で移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
埼玉県入間市の叔母は叔父に先立たれて一人暮らしをすることになり、それを機に一緒に暮らそうと考えました。
ただ、都会でのマンション暮らしも家族みんなが働きに出てしまうため、結局一人を残す生活になってしまします。
とはいうものの、老人ホームに預けるのは嫌だったので、みんなで商売を始めようということになりペンション業を始めました。

●須坂・峰の原高原で来て良かったこと、苦労したこと
ここに来て良かったことは空気がおいしいことと自分で好きなように仕事ができるということがいいですね。自分はスノーボードが好きなので近くにスキー場がある環境も良いですね。スノーボードがきっかけで奥さんとも出会えたし、たくさん仲間ができました。
苦労は今もしていますね(笑)。もっと稼ぎたい気持ちがあるのですが、自分はあまり体が丈夫ではないので、できるだけ苦労を感じないようにしています。

●須坂市・地域おこしへの提案
とにかく今の峰の原高原はマンパワーが減ってきています。ですので、人口を増やす対策を考えてくれたらと思います。三世代いる家族に税制優遇なんかがあればいいのかなと思います。そういったことをすると人口が増えたり、住みやすい条件になり人が集まりやすくなったりするかと思います。
また協力隊には住んでいると気づきにくい良いところがたくさんあると思います。そこをどんどん発信していってほしいし、それに対してどんどん積極的に動いて行ってほしいです。

●移住を希望する方へ
峰の原高原でペンションを始めるなら若いうちが良いと思います。峰の原高原の魅力は何といってもペンションと景色だと思います。特に6月は、峰の原高原が芽吹く時季のグレーがかった緑の景色が好きです。
春夏秋冬それぞれ一週間ずつ峰の原に来てみると、その良さが分かると思います。良いところ、悪いところ、賑わっている峰の原、閑散としている峰の原を感じてください。

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

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