信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2020/09/23

須坂市地域おこし協力隊 日下未夕の「峰の原高原へお出かけください♪」

「だいすき、みねのはら!」

こんにちは、峰の原高原地域おこし協力隊の日下です。9月後半になり、峰の原高原では白樺やナナカマド、レンゲツツジなどの黄葉・紅葉が進み、秋の深まりを感じます。周りでは、「昨晩は床暖房を入れたよ」「薪づくりをはじめなきゃ!」等、冬支度の様子も耳にするようになりました。
今回は、2020年9月をもって地域おこし協力隊を退任することになりましたので、峰の原高原との出会いや地域おこし協力隊として過ごした間の気づきや想いを綴らせていただきます。この原稿を作成しながら、「やっぱり峰の原高原が好きだな」と思いました。この記事を読んでくださった一人でも多くの方に「峰の原高原に行ってみたい!」「久しぶりに行ってみるか!」と思っていただけると本望です。


●はじめまして、峰の原高原
私が初めて峰の原高原を訪れたのは、2016年4月17日、約四年前のことでした。大学入学を機に初めて長野県を訪れ、「長野県らしいサークルに入りたい!」と思い温泉同好会に入会し、その初めての活動の帰り道、「星を見に行こう!」と先輩方と立ち寄ったのが真夜中の峰の原高原でした。その時は「プラネタリウムより星が見える!」「長野市の夜景きれい!」と感動したことを覚えています。この時は「峰の原高原」という名前も知らず、三年後“暮らす場所”になるとは想像もしていませんでした。

●知ってほしい、来てほしい、再訪してほしい
大学1年生の後期、講義で峰の原高原を訪れました。ペンションオーナーとお客さんの高齢化、ペンション数の減少、空きペンションの増加やそれに伴う景観問題…。様々な課題に直面している現状を目の当たりにし、「峰の原高原のことをもっと知りたい!」と思い、大学2年生から峰の原高原をフィールドに学ぶゼミに所属しました。ゼミ生とともに考えた峰の原高原の弱みは「知名度の低さ」でした。そのためまずは峰の原高原を知ってもらい、来てもらおうと、「ペンションごはん会」や「Mr.ヌーキー大作戦」などの学生対象の企画を行っていました。この頃から地域の方々に企画に協力していただいたり、観光協会のイベントのお手伝いをさせていただいたりと気がつけば月に1回以上は峰の原高原を訪れていました。


ゼミ活動を進めるうちに「また峰の原高原に行きたい!」という声が少しずつ出るようになりましたが、“車があれば”“イベントがあれば”“知り合いがいれば”という条件付きでした。この時、知ってもらえても、来てもらえても、再訪してもらえないと地域の持続に繋がらないと思い、「空きペンションを利活用してふらっと立ち寄れる場所づくりをしよう」と地域おこし協力隊に志望しました。そして、多くの方々のご支援があり、2019年4月、大学に在学しつつ地域おこし協力隊として活動を始められることになりました。

●峰の原高原での日常
上記のように意気込んで地域おこし協力隊になった私でしたが、実際は大学連携として学生向け企画の立案・実行や峰の原高原の案内をしたり、SNSや須坂新聞で連載をさせていただき日々の様子を発信したり、繁忙期となる8月の間に観光案内兼休憩スペースを設置したり、地域の環境整備事業に参加したり、観光協会のイベント補助をしたり、空きペンションの修繕・整備をしたりと様々な業務を行う日々でした。




協力隊となり半年が過ぎた頃から、「自分が必要だと思うもの」と「地域が必要としてるもの」の差異が少しずつ見えるようになり、地域の現状を見間違えていたと痛感しました。大学の講義で学んだり地域の方のお話を聞いたりする中では、「最盛期と比べるとペンション数が減少している、高齢化している地域」というネガティブな印象でしたが、「ココの人はココが好きで日々の暮らしをそれぞれのペースで満喫されていて、過ごされている地域」というポジティブな印象に変化しました。その中で私が当初考えていた「空きペンションを利活用したふらっと立ち寄れる場所」は、ペンション一軒一軒がそれだなと思うようになりました。これは私がココに住んでいるからという訳ではなく、ペンションオーナーさんがふらっと来た方から「この辺りに喫茶店などありますか」と尋ねられた時に、「峰の原内にはないんですよ。ですがうちでもよかったらどうぞ、大したお構いはできませんけれど」こんな日常がココの日常だったのです。このようなことを何度か見聞きするうちに、きっと私がすべきことは、峰の原高原の存在をただ知ってもらうことではなく、峰の原高原の人を知ってもらうことだと思いました。人を知れば、ハコがなくたって、その人に会いにくればいいのだから。そこに気が付いてからは、一緒に活動してくれている学生たちを地域の方にできるだけ会わせられるような機会をつくることを念頭に置くようになりました。そうすると、私がココからいなくなっても、学生が地域の方に顔を出すことで、何かの時に役に立てることがあると感じたからです。とはいっても私自身、きちんとお話できた方はココの地域のほんの数軒の方々に限りますし、学生に会わせることができたのも同様だと思います。ただ、少しでもすることが、地域の持続に繋がるのではないかと思います。“地域”や“観光”を学ぶ中で、観光資源は人、と感じてきましたが、地域おこし協力隊になり実感することができました。特に、ペンションを営む方は人好きの方が多く、高齢でペンション業を辞められたとしても、人好きの部分は変わらないぶん、老若男女問わず、ペンション業をするか否か問わず、人が結びつきやすく、地域外の人でも入りやすい地域なのではないかと思います。余談ですが、この夏に数軒のペンションでペンション業のお手伝いをさせていただきましたが、ペンション業はとにかく体力勝負だと感じました。私が言うのも差し出がましいとは思いますが、ペンション業を営みたいと考えられている方は“いつか”ではなく、“できるだけ若い時から”始めることをお勧めします。そして人好きの方々ですから、きっと様々なことを教えてくださると思います。

●自分が暮らす地域
“峰の原高原をフィールドに学ぶ学生”と“峰の原高原の地域おこし協力隊”一番の違いは、峰の原高原に自分の暮らしがあるかどうかだと思います。私はとてもありがたいことに、学生時代お世話になった方にペンションの経営は辞められたけれど峰の原高原が好きで住んでいるご夫婦を紹介していただき、一年半の間、居候をさせていただきました。そうすると、学生企画をするときにお世話になりづらい「観光協会や旅館組合に所属していない方」とお会いすることができました。また、日々のペンションのメンテナンスやお庭のお手入れ、雪かきなど、ココの暮らしの実情を知ることができました。さらに、居候で一人じゃないからこそ、新しい暮らしで様々な発見や戸惑いがあった時に「これは何ですか」と聞くことができ、少しずつ地域を知ることができたと思います。地域に自分の暮らしがあって初めて自分事として地域のことを知ったり理解したりできるのだと思います。ココに出逢えたこと、暮らせたことに感謝です。


●これから
「山登りもスキーもテニスもしない…どうしてココが好きなの?」
度々質問されました。気が付いた時には峰の原高原に引き込まれ、ハマっていました。私にとっては“高原に暮らすこと”そのものが驚きのことで、来るたびに変わる景色の色や地域の人の顔が見える温かさが心地よかったのかなと思います。
本来ならば、協力隊自身の経験を活かして、地域を盛り上げる活動をするのが地域おこし協力隊なのではないかと思いつつも、私はココで多くの経験を積ませていただきました。ココでの経験は、協力隊活動にとどまらず、これからの暮らしや人生で大切にしたいモノコト、価値観など多方面にわたりました。きっとどのようなこれからを過ごすにしても活きてくるものだと思います。そして何より、地域おこし協力隊としての活動は終了となりますが、峰の原高原が好きという思いは変わりません。これからは違う形で峰の原高原と関わることができたらなと思います。

●おわりに
―この地域をなくしたくない、もっとたくさんの人に知ってもらい、実際に来て、感じてほしい、というのを出発点に、これから活動していきたいと思います―
これは、地域おこし協力隊として一番初めに書いたメールマガジンの記事で自身が綴っていた言葉です。協力隊活動の中で、ココに住んではいないけど、定期的に訪れたり見守ったりしている「峰の原高原好きの方々」がいることを知りました。だからこそ私は「この地域は続いていく」と思います。そして私もその一人として、峰の原高原と関わっていきたいと思います。

初めての方も、再訪される方も、きっと何か心に残るものを峰の原高原は与えます。
ぜひ、峰の原高原にお出かけください♪

さいごになりますが、様々な形でご支援、ご声援をありがとうございました。
須坂市と峰の原高原の繁栄を心から願っています。
だいすき、みねのはら!

(須坂市地域おこし協力隊 日下未夕)

2020/09/07

峰の原高原へお出かけください♪ ペンションってこんなところ⑪『ペンションスタートライン』

こんにちは、峰の原高原地域おこし協力隊の日下です。9月に入り、ゲレンデには秋の山野草が咲き始めました。未だ日差しの強い日がありますが、着々と移ろう四季を植物たちが教えてくれます。
今回もペンションオーナーやオーナー夫人と話して感じた“ペンションってこんなところ”を紹介します。今回は『ペンションスタートライン』さんです。


●ペンションスタートライン、スタート!
ペンションスタートラインのオーナー古川さんは東京都から須坂市峰の原高原に移住し、1986年に古川さんのご両親が開業しました。その後古川さんは結婚し、ペンションを引き継ぎました。

●ペンション地下の秘密!
「川に魚を増やしたい」こんな思いから、NPO法人を立ち上げるほど、魚のことを想う古川さん。ペンションの地下には水槽がいくつも並ぶ部屋があり、「山にいながら様々な魚を見られる!」という不思議な体験ができます。また、「どうしても魚を一から育てたい!」という想いから、水利権を取得して、シナノユキマスや信州サーモン、イワナなどを養殖しています。ペンションでは古川さんの愛情をたっぷり受けたお魚たちを季節に合わせていただくことができます。


地下にいるのはお魚だけではなく、採集された昆虫や標本が数々います。はじめはゾクゾクする方もいるかと思いますが、慣れてくると、じっくりとひたすら観察できます。
「ペンションの階段を降りる」それだけの行為にこんなにワクワク・ドキドキすること、他にはないかもしれません。

●“好き”が詰まった館内
“ペンションに入ってからお部屋に行くまで”こんな少しの時間で、何冊もの本を目にします。本の種類やジャンルも様々で、絵本やマンガ、文庫に雑誌、魚系や虫系はもちろん、旅や温泉系、お料理系など、とにかく色々あります。どんな方でもきっと気になる本が見つかります。古川さんは本屋に行くと、1日かけて1フロアずつ見て回り、気に入った本はお買い上げだそう。多くの本が館内にあることにガッテン!

そのほか、玄関や廊下には木材や小石のクラフトたち、ダイニングにはほっこりかわいいパステルカラーの雑貨たちが並びます。こちらは奥さんのお好きなもの。色々なところにおふたりの“好き”が詰まっています。


●レシピ本は目で楽しむ!
「ペンションの楽しみの一つ、お料理。ペンションスタートラインのお料理は?」
―「地元食材・自家養殖魚の創作料理。季節のものを提供しています。峰の原高原内で採れた山菜の料理はもちろん、モミジやシラカバなど季節のものを料理の飾りに添えています。味付けは凝ってないけど、おいしいものを心がけています。以前は、料理各々の量は多めで5皿ほどでしたが、現在は量は少なめで7皿ほどにしています。お酒を呑む人向けということもありますが、種類を多くすることで、お客さまが苦手な料理があっても大丈夫なように、という思いもあります」

また、天ぷらや煮物は奥さま、サラダのドレッシングや魚に添える“たれ”を作るのは古川さんと役割を決められているそうです。
「たれを作る時はレシピ本を見ない!レシピ本は目で楽しむ!レシピを学ぶより盛り付けや色合い、他の食材で作ったらどうなるかなどレシピ本を見ながら想像します。あとは食材の香りを大切にしています。たれは、同じものは二度と作れません!」

伺った日のお料理でも、お豆腐には明太子×ごま油×ニンニク、焼き魚にはゆず×ショウガなど、口に入れた瞬間、これなんだろう!と楽しめました。ぜひ、五感をフル活用して、楽しんでいただきたいです。


●合宿≠団体
「陸上に限らず様々な合宿に対応されていますが、そのきっかけは?」
―「元々、団体のお客さんは受け入れていませんでしたが、恩師との繋がりで、中高一貫校の吹奏楽部の合宿を受け入れることになり、受け入れを始めて数年後、一年生だった生徒が引退する年になって。合宿を思って、涙を流す生徒がいたんだよ。これに心を動かされて“合宿を受け入れよう!”と思った。合宿は単なる団体ではなく、子どもたちの成長を見ることができる。一緒に育てている感覚を味わうことができる。OB・OGとして合宿に来てくれる生徒もいるよ」

二階の廊下には、多くの生徒からのメッセージ。ペンションスタートラインでの合宿を経て、次のステップへ。

「自分のスタートライン、初心を忘れないようにとこの名前を付けましたが、今では色んな人にとって意味のある名前になっているようです」

●おわりに
この夏、「星空夜会」や「生き物展」を開催するなど、いつでも新しいことに目を向けていらっしゃる古川さん。生き物や本、写真…ペンションスタートラインにある様々なモノコトが新しい出会いを導いてくれる、そんな場所です。ぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか。

ペンションスタートラインホームページ
https://oldriver4.wixsite.com/startline

(須坂市地域おこし協力隊 日下未夕)

須坂おもしろ人物記vol.10「まちの情報を行政とは違ったカタチで発信」

こんにちは!地域おこし協力隊の宮島麻悠子です。
須坂で活躍している方へのリレーインタビュー、今回は横山励子(よこやまれいこ)さんです。

宮島:横山さんといえば、以前市内で発行されていたフリーペーパー「ペチャ*クチャ」、須坂市子育てガイド「S・Kids」と、市民におなじみの冊子を制作していますよね。「ペチャ*クチャ」は2009年6月から2015年の12月まで発行されていました。バックナンバーを見てみると、本当にいろんな特集をしていたんですね!給食特集では給食センターへ見学に行ったり、夏になるべく火を使わない料理のレシピを提案したり、ハローワークの利用の仕方を解説したり。座談会形式の記事も、一方的に情報を提供するのとは違い、読者が一緒に話題について考えられるようになっていましたね。どうして「ペチャ*クチャ」を創刊しようと思ったのですか?


〈歴代ペチャ*クチャ、S・Kids、ペチャ*クチャぷち(現在一時休刊)〉

横山さん:私が子育て真っ盛りだった25年ほど前は、「子育ては支援されるもの」という考えはあまりなく、困った時にどうしたらいいのか分からなかったし、子育て世代への情報が届きにくいと感じていました。今でも、未就園児くらいの小さい子であれば、子育て支援センターである程度の情報は手に入るのですが、小中学生くらいの子がいる世代は窓口が分からない。行政が提供しているせっかくの手厚い子育てサポートも、伝え方がいまひとつであまり認知されていないと感じていました。子育て世代の情報源になるような何かがあったらいいなと思っていた頃、小学校のPTAで文平さん(現市立須坂図書館長)と出会い、私はグラフィックデザイナーとして、文平さんはライター・編集者として「自分たちが伝えたいことを伝える」フリーペーパーを一緒に作ろうということになりました。

宮島:そうだったんですね。今はWebやSNSが発達してだいぶ情報にアクセスしやすくなっていますよね。しかしまた、「子育ては支援されるもの」という認識がなかったとは、苦しいですね。。

横山さん:情報の面でもそうですが、昔は医療費や保育料の補助も今ほど無かったですしね。私は栃木県出身ですが、進学を機に東京に出て、横浜市、埼玉県川口市を経て14年前に須坂に移住してきたんです。横浜に住んでいた時は待機児童が多くて、保育園に預けるのも一苦労でした。

宮島:おっと!実は移住組だったんですね。須坂に来る前は不安じゃなかったですか?

横山さん:全然!私も栃木の田舎で育ったし、高校は山岳部で北アルプスにも登ったりしていたから、元々長野は好きだったんです。主人の実家が須坂で何度も来ていて、町も好きになっていたから全く問題なかった。グラフィックデザイナーとして20代で独立し、固定のお客さんがついていたのでリモートで仕事はできるし。ちょうどネット環境が整いだした頃だったんですね。遠くなったので取引先の会社に直接行くことも減って、結果仕事の効率が上がりました(笑)

宮島:リモートワークのはしりだったんですね!やっぱり手に職があるのは強いですね。
ところで、今お邪魔している「ペチャ*クチャハウス」は今年1月にオープンしました。ローソファーが並んでいて、家のリビングルームのようですね。そして漫画がいっぱい!新しいものから懐かしいものまで揃っていて、きれいな漫喫(漫画喫茶)のよう(笑)どうしてこのような場所を作ったのですか?



〈リビングでは、ピアノを使ったミニコンサートを開催することも〉

横山さん:「ペチャ*クチャ」を作っていた頃から、「核」となる場所があるといいなと思っていたんです。行政の情報も町の情報も得られる場、新しいことに挑戦する人を応援する場、そして、漫喫のように誰でもくつろげる場、ですね。火・木・金・土は予約不要で使える日になっています。Wifiも使えるし、漫喫感覚でぜひ色んな人に利用してもらいたいです。


〈近隣在住のクラフト作家さんの作品を展示販売しているボックスショップ〉

宮島:ありがとうございました!利用人数の制限やアルコール消毒など感染症対策もしているので、安心して利用していただきたいですね。では、次の方を紹介していただけますか?

横山さん:チョークアートの花々堂の小泉和貴子さん。ペチャ*クチャに投稿いただいたことがきっかけで知り合いました。とても素敵な作品を描かれる方で、ずっと応援しています!

宮島:ありがとうございます!というわけで次回のインタビューは小泉和貴子さんに決定しました。お楽しみに!!

◎基本情報
住所 須坂市大字須坂100-2
電話 026-214-3070
Eメール pecyakucya@gmail.com
https://www.pecyakucya.net/

リビング開放日
(ふらっと来て自由に使える日)
火・木・金・土 13:00〜19:00 
*入室は18:00までとなります。

◎えりことサイの観光案内
横山さんのペットの犬のえりこ・猫のサイが長野県内の名所を案内してます。
ぜひご覧ください!(YouTube)
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsCRHdT99f2wNxVgB5a3wi5wF4B4YTR2n

★バックナンバーはこちらのサイト内でもご覧いただけます
The secrets of SUZAKA 信州・すざかのないしょ話

(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2020/08/20

<移住者インタビュー>おいしいものが作れるまち須坂市に新規就農移住しました

「自分は体を動かすのが好きなんだなあと実感している毎日です」
夢だった農業を目指して2020年3月に奥様と双子のお子さんの家族4人で千葉県から須坂市豊洲地区へ移住した林聡さん。須坂市の新規就農里親制度を利用して4月から里親農家さんの下で研修が始まっています。
林さんは兵庫県出身。大学を経て千葉県の鉄鋼メーカーへ就職し研究所に勤務していました。そんな林さんがなぜ農業の道へ、しかもなぜ移住だったのでしょうか。
林さんご夫婦に話を聞きました。

●以前から触れていた農作物づくり
「以前働いていた研究所では、独自で新しいものを考え、現場に指示を送るという内容の仕事をしていました。毎日振り返る余裕もなく、帰宅が遅くなることもあり、当時は家に帰っても常に頭の中が仕事から離れられずにいた気がします。そんな私を思ってか、ストレス解消になればと妻も賛同してくれたのが千葉県内で開催する百姓塾への参加でした。千葉県特産の落花生をはじめ豆類やイモ類などの野菜作りをしながら、家族で自然に触れる楽しさを身に付けていきました。この経験が新規就農を目指す一因になったのかもしれません」

●移住に迷いはありませんでした
「もともとリンゴやブドウが好きで、長野県内に住む親戚からよくリンゴを送ってもらっていました。〝おいしいものを作れるのが長野県″と思っていた私は、農業への憧れもありました。本格的に就農移住を検討するようになったのは、子どもたちの小学校入学準備と自分の今後について考えた時でした。職場では、ちょうど年齢的にも管理職を迎える時期にさしかかっていたのですが、自分に管理職なんて向いているのだろうかと考えた際に出た結論が〝14年間もこの仕事に携わることが出来た″というプラスの捉え方による農業への転職でした。移住時期は子どもたちの小学校入学のタイミングに決まり、夫婦そろって気持ちは新規就農移住へと向かいました」

●須坂市の支援体制が力になりました
「東京にある長野県アンテナショップ『銀座NAGANO』で開催していた移住相談会への参加が須坂市と出会うきっかけでした。参加を決めたのも、仕事と住居を一括してサポートしているというホームページを見て支援が整っていると感じたからです。実際、就農相談と同時に妻の仕事や子どもたちの学校と子育て環境、そして住まい探しでは空き家バンクの相談まで多岐にわたってサポートしてくれました。これなら信頼して進めていける!と希望が持てたのを覚えています。就農体験で5~6か所の市町村をまわりましたが、そのなかで親身になってもらえていると実感できたのも須坂市でした。新規就農制度の里親農家さんとの調整や宿泊体験施設の準備など、信州須坂移住支援チームと農林課の連携サポートもあって安心して就農体験に臨むことができました」

●里親農家さんから学ぶ日々
「須坂市で就農体験を定期的に行っていた2019年10月、長野県内を襲った台風19号が里親農家さんの住む地域に被害を及ぼしたことを知りました。ちょうどその1か月前に当時住んでいた千葉県でも台風15号の被害があり、自分たちも食糧などの物資が手に入らず困った経験をしたばかりでした。食糧や水を用意して里親農家さんのもとに駆けつけましたが、里親農家さんは被害に及ぶ中でも強く前向きな姿勢を見せてくれました。自然との向き合い方を学んだ日でもありました」

「現在、研修が始まっていますが、〝自分はプロだ″と意識して働いている里親農家さんの姿から教えてもらうことが多いです。農業は体も頭も使いますが、自分は体を動かす仕事が好きなんだなあと改めてわかりました。作業中にブドウの枝や房を手で確認していると、葉の形も一枚ずつ違うことに気付いたり、日々自分は変わっている、成長できていると実感しています」

●家族で須坂暮らしを楽しんでいます
「千葉県で暮らしていた時は、自然と触れ合う場所までは車を使わなければ行けませんでした。今は身近な自然を相手にしながら生活しています。昆虫や動物が好きな子どもたちは、庭でモグラに遭遇したり、近所でトンボやカブトムシ、クワガタを捕まえて喜んでいます」

「現在住んでいる一軒家はとにかく広いです。自分は田舎の家の造りに慣れていないので、どういう動き方をすればいいのか戸惑っていました。その点、妻は実家が富山県のコメ農家だったので同じような広い家の造りに慣れていたので良かったです。庭に生えるニラやふきを採ったり、身近にある変化を楽しんでいます。現在の暮らしの中で体験できることは子どもにとっても良い環境だと思います。以前とは時間の流れが変わり、せかせかして暮らす感じもなくなりました。子どもたちには、今の田舎暮らしを経験しながら成長し、この先もずっと須坂市で暮らしてほしいと願っています」

●地域で育てる子育て環境
「現在はご近所や地域の皆さんが声をかけて下さり、子どもたちを温かく見守ってくれています。以前住んでいた千葉県では同世代の家族同士で子どもたちを育てている感覚でしたが、今は地域の上の世代の方まで関わって育ててもらっています。子どもにとっても上の世代の方の存在は貴重だと思います。周りの方に子育てを助けてもらっている分、この地域で農業をしっかり学んで身につけ恩返しできるよう自立することが目標です」

「今、世の中は新型コロナウイルスの影響を受けていますが、私たち家族の生活は自然を相手にしながら充実した日々を過ごせています。就農体験研修を通じて先輩移住者から教えてもらったことの中に〝奥さんと農業への思いが重なっていないと後になって問題が生じるよ″という言葉がありました。皆さんから得た学びを忘れないように今後も家族で頑張っていきたいです」

●おわりに
東京の銀座NAGANO移住相談会で初めて林さんにお会いした時も、私たちからの情報をしっかりメモにとっていた姿を今でも覚えています。そんな、真面目で優しい双子のお父さん。家族で身近な自然に触れながら田舎暮らしを楽しんでほしいです。フルーツ王国の須坂市を盛り上げてくれることを願いつつ、林さんの作ったおいしいブドウが食べられる日を楽しみに待ちたいと思います。

信州須坂移住支援チーム(移住・定住アドバイザー)豊田貴子

2020/08/05

峰の原高原へお出かけください♪ ペンションってこんなところ⑩『ロッジアボリア』

こんにちは、峰の原高原地域おこし協力隊の日下です。雨や曇りが続く日々が一段落し、青空の見える7月最終日。峰の原高原のこもれび広場には山野草が続々と咲き始めています。
今回もペンションオーナーやオーナー夫人と話して感じた“このペンションってこんなところ”を紹介します。今回は『ロッジアボリア』さんです。


●二代目として峰の原高原に帰ってきました
ロッジアボリアの橋本さんは、東京都から須坂市峰の原高原に移住し、ご両親が1979年から経営していたペンションを2014年に引き継ぎました。
峰の原高原で育った橋本さん。会社勤めを経て、次のステップを考えていたところ、ペンションを経営していたお父さんが体調を崩したことを機に、峰の原高原に帰ることを決めました。

●大人の落ち着きとおしゃれな空間
峰の原高原に入り坂道を上っていくとひときわ目を引く黄色のロッジ。大きな窓から差し込む光と木材の温かみが大人の落ち着きを、洗練されたレコードや雑貨が大人のおしゃれを感じさせるダイニング。
また、少し区切られた空間にはソファーと暖炉があり、時には家族で、時には一人で、団らんやくつろぎの時間を過ごすことができそうな雰囲気があります。


●父の想いと母のパンに合うものを提供します
「父は『常に料理はおいしくなくてはならない』をモットーにしていました。オーナーの想いを引き継ぎ、母が焼く“ロッジアボリアのパン”に合うお料理やお酒を自らセレクトし、自信を持って提供しています。“今のままで満足”とならないよう、時には自身が客席に座り、料理の内容や料理を運ぶスピード、その他サービスを見直します」

●お客さんのセカンドハウスになるようなペンションに
「お客さんのセカンドハウスになるようなペンションにしたいと思っています。客室に何があったらお客さんがもっと快適に、居心地良く過ごせるかと常に考えています。自ら客室で寝てみたり、過ごしてみたりして、○○があった方がいいな、逆に△△はいらないな、と気づくことができます。また、旅先で宿泊する時にも気を付けています」


●自分の選択は間違えていなかった
「ペンション業とは?」
―「ペンションを引継ぎ五年、やっと慣れて落ち着いてきました。勤めていた時には当たり前のようにあったマニュアルがペンション業にはありません。だからこそ、自分が良いと思ったことを取り入れて、良くないと思ったことは改善して、個性を出してやっていけます。また、ペンション業はお客さんとの距離が近く、普通に過ごしていたら出会わない人と出会えます。自分と違う視野の人と出会えたり、知らないことを教えてくれる人に出会えたり。だからこそ、お客さんとの会話やコミュニケーションが大切になります。初対面は特に気を付けています。さらに、これはペンション業に限りませんが、二代目だからこそ、建物の維持や管理に時間とお金をかけなければならなかったり、お客さまへのサービスやお客さまとのコミュニケーションに戸惑ったりということがありました。ただこれは、ペンションをやっていく中でお客さまとの間に“サービスを超える瞬間”があり、それが喜びになるのでペンション業をやっていけます。総じて、“自分の選択(ペンション経営を引き継いだこと)は間違えていなかった”と思っています」

●ペンションも村もよりよくしたい
「峰の原高原のこれからは?」
―「現状維持は衰退、ペンションも村もよりよくしたい、このように考えています。現在峰の原高原に30歳代は数人。その一人だからこそ、地域の活性のための何かをやっていきたいと思っています。新しいことに挑戦して、若い層のリピーター作りをしていきたいと考えています」

●おわりに
峰の原高原で育ち、外に出て働いた経験があるからこそ、峰の原高原の良さ、ペンション業の良さを感じている橋本さん。ドローンを使った撮影やSNSを用いた発信など、この世代だからできることをして峰の原高原やペンションを盛り上げていらっしゃいます。また、地域の観光協会や旅館組合などでも役を引き受けられていて、峰の原高原のこれからを担っていく一人として活動されています。
現在オープンガーデン期間中です。毎年10月に峰の原高原で行われるお菓子パーティーでは橋本さんのお母様が焼かれるパンの販売もあります(今年の開催は未定)。ぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか。

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ロッジアボリアホームページ
https://www.avoriaz.jp/
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(須坂市地域おこし協力隊 日下未夕)

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