信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2022/07/05

移住者体験談「移住して実感〜須坂市は心も身体も爽やかにしてくれる町」

2022年4月に移住相談、5月にはブドウ農園への転職移住を実現したAさんご夫婦(50代と40代)。
関東圏から須坂市に移住したご夫婦は、現在、市内の農園で働いています。
相談からわずか1ヶ月で移住を実現した経過や現在の暮らしについて、体験談をお寄せいただきました。

●移住への思いがどんどん前のめりに
私たち夫婦はここ須坂市へ、今年の5月に関東圏から移住してきました。
移住の大きな理由は、これまで続けてきた仕事や生活を離れて、2人で何か新しいことに挑戦してみたいと思ったからです。また、このコロナ禍も移住のきっかけになりました。旅行が共通の趣味だった私たちですが、外に出ることもままならない日常を送りながら、自然に囲まれた場所で、青空のもと働いたり暮らしたりしてみたいという気持ちが次第に強くなり3月末に退職しました。退職するまで転職や移住について具体的に考えていなかったので、本格的に移住先や就職先を考えたのは4月に入ってからでした。
地元からそれほど遠くない移住先を探す中で目に留まったのは、「信州須坂移住支援チーム」が発信するブログでした。ブログを読んですぐに、「須坂という所は移住支援に力をいれているらしい」「北アルプスが望めて温泉やワイナリーもあり、ブドウや桃の農家も多くて、そんな所で働けたら素敵」「実際どんな所か見に行きたい」と気持ちがどんどん前のめりになり、移住支援チームへ相談依頼のメールを送り、数日後には長野県須坂市へ車を走らせていました。

●移住相談の1ヶ月後には須坂市民に
当日、信州須坂移住支援チームがある須坂市役所の政策推進課を訪ね、色々と相談に乗っていただきました。また、市内を車で案内していただけたので、素敵な街並みや歴史も知ることができ、須坂市にどんどん惹かれていきました。問題は新しい仕事を見つけることでしたが、須坂から戻った当日に移住支援チームの豊田さんからメールが届き、ハローワークにブドウ農園の求人募集があったと教えてくださいました。その後トントン拍子に話が進み、1週間後には晴れてその農園に夫婦そろって採用となり、またその1ヶ月後には須坂市での生活が始まっていました。

●ストレスの無い健康的な生活に
現在、農園で働き始めて1ヶ月が経ちましたが、まず仕事上のストレスがほとんどありません。農業は初めてですし、特にブドウづくりは細かい作業が多く難しく感じることもありますが、何よりも信州の山並みに囲まれ清々しい空気を吸いながら働くのは、本当に気持ちが良いです。心地よい疲れを感じながら早い時間に眠りにつくことができ、健康的な生活を実感しています。また、これまで平野部に住んでいたこともあり、山の斜面に広がる町の風景を見ながらの通勤がとても新鮮です。日によって、くっきり見えたりかすんでいたりと同じ場所を見ているのに見え方が違うのも面白いです。さらに、職場の方々にも恵まれ、皆さんとても優しく温かいです。仕事の手順や質問に対して丁寧に教えてくださることはもちろん、休憩中には、長野県の食べ物(おやきや油みそなど)やおすすめスポットを教えてくださいます。中には私たちと同じように移住してきた方もいて、知らない地域の話も聞くことができ、興味深いです。

●信州人の優しさを実感する日々
須坂市はこぢんまりした町ですが、中心地にはスーパーや飲食店があり、生活に困ることはありません。蔵の町並みも風情があって、散歩に丁度良いです。また、少し郊外に出ると里山の風景が見えてきて、高山村や志賀高原もすぐ近くです。長野市のような大きな街と隣り合わせということもあり、生活に不便がなく、かといって都会のように渋滞に悩まされることもありません。ただ、ガソリンが以前住んでいた場所よりも約10円高いことと、水道代が割高なのが私たちにとってはややネックです。燃えるごみの袋も安くはなく驚きましたが、その分ごみの量を減らせるよう分別に力を入れるようになりました。気候も最近暑い日が続いていますが、それでもこれまで住んでいたところに比べると、朝晩は気温が下がってすごしやすいと感じています(冬の寒さについては、未体験のためまだわかりませんが…)。それから、噂には聞いていたのですが「横断歩道を渡ろうとしている人がいると、車が止まる」ということを実際に何度も目にし、信州の方の優しさを実感しました。さらに、登校中の小学生の通学班長が、止まってくれた車に対して一礼する姿に清々しさを感じました。

●悩んでいるなら行動するべき、人生は一度きりだから
移住してまだそれほど経ってはいませんが、移住前に思い描いていた「自然に囲まれた場所で、青空のもと働いたり暮らしたりしてみたい」がその通りになり、今とても楽しく生活できています。やらなければ後悔すると思ったら、とりあえず行動に移してみることで、何かが動き出すかもしれません。それから、私たちは移住に当たって、人とのつながりの大切さを実感しました。自分たちだけで「どうしよう」と悩んでいるのではなく、色々な人に実際に会って、時には頼ることで事態が好転することもあると思います。
今回の移住を通して感じたことは、「思い描いただけでは、ことは進まない。一歩踏み出すことで、実現に近づく」ということです。悩んでいるなら動くべき。人生は一度きり、自分なりに面白く生きてみるのもいいと思いませんか。

(2022年7月)

2022/06/20

移住者体験談「お笑い芸人から一転!信州須坂のぶどう農家へ」

石川宙人(ひろと)です。31歳。独身。千葉県柏市出身。2022年3月須坂市に移住し、2024年に葡萄屋さんとして独立する予定です。移住前は約10年間お笑い芸人や脚本の活動をしていました。

●須坂市に移住するまで
大学時代から5年間ほどお笑い芸人をしていました。「※フィジーズ」という名で友人とコンビを組み、ワタナベエンターテイメントに所属してライブ活動をしていました。その後はADや脚本の仕事にも携わり、2017年にはフジテレビヤングシナリオ大賞の佳作受賞をきっかけに本格的に脚本家を目指しました。しかし、脚本の仕事だけでは生活が成り立たず、何か他にも独立してできる仕事がないか考えるようになりました。「農業」というキーワードにたどり着き、ぶどうをやりたいと思ったのは去年の夏頃。「長野県 ぶどう 就農」で検索すると、一番目に「須坂市で就農しませんか?」という文言が出てきました。

※お笑い芸人「フィジーズ」時代のYouTube動画です
【ワタナベエンターテイメント公式チャンネルより】

https://www.youtube.com/user/WatanabeEnt/search?query=%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%82%BA

●須坂市の支援について
当時の須坂市就農担当の方に連絡すると、すぐに返信がありました。その後、現在の研修先である後藤農園を紹介され、2泊3日の農業体験を経て農業研修生となりました。
私が須坂市で農業をやろうと思った大きなきっかけは、担当の方の対応の早さにありました。それまでいくつかの自治体に移住相談の問い合わせをしましたが、ダントツで返信が早かったです。移住先を探している当時の私はそれだけでも非常に嬉しかったです。
また、須坂市はYouTubeをはじめとするSNSを頻繁に更新していました。農業系の動画や須坂市の街並みが映る車載動画等、参考になるものばかりでした。実際、農業体験のために初めて須坂市を訪れた際、思い描いていたイメージと相違はありませんでした。それはSNSでありのままの須坂市を見ていたからだと思います。

●須坂市の印象とエピソード
都内近郊と利便性は変わりありません。いやいやと思われるかもしれませんが、少なくとも私はそう感じています。Googleマップで検索してもらえればわかりますが、コンビニ、スーパー、薬局は割とあります。病院もあります。公園もあります。車で20〜30分の長野市まで行けば角上魚類もありますし、ニトリもドンキもスタバもあります。割と何でもあります。どうしても東京に用事があれば新幹線を使って2時間。それでいて山々が美しいです。子育てするにも定年後の移住先としても良い環境だと思います。
肯定的なことばかり書いていると胡散臭いと思うので否定的なことも書きます。東京近郊と違ってご近所付き合いが密接です。町内会の集まりも割とあります。会合に参加しなければ立場が悪くなることもあると思います。なので、ひっそり暮らしたい人には移住先としては向かないと思います。
ただ、環境が変わると考え方が変わることもあります。
私の場合、千葉にいた時は職場等でコミュ障と揶揄されていました。お昼休憩は非常階段で独りで過ごすことが多かったです。飲み会等の集まりもほとんど断っていました。今考えるとどうかしていたと思います。ところが須坂市に引っ越してからは会合等に積極的に参加するようになりました。最近、公会堂で木遣り歌の練習をしました。「ヤレコリャネー」「ナーヨイサヨー」等、正直どういう意味の歌詞なのか理解出来ませんが、単純に大人数で大声で歌うのは楽しいです。こういった会合に参加することは移住前のぼくではあり得ないことでした。社交性が身に付いたのは環境の変化が大きく影響していると思います。自分はこうだ、これは嫌だ、こうありたいと勝手に思っていても、そんな考えが平気で打ち砕かれることを学びました。なので、移住に際して否定的に感じていることが実際はそうでないことも全然あると思います。移住してみないとデメリットかどうかはわかりません。

●移住を希望する皆さんへ
やらない後悔よりやる後悔だと多くの人が言っています。実際に移住して地方の生活が合わないと感じたらまた戻ればいいですし。

そういえばこの前、臥竜公園で子供たちが「蛇いたー!」と盛り上がっていました。私も蛇を一緒に見たい衝動に駆られました。蛇以外にも猿イノシシ鹿等、たくさんの動物を見る機会があるかもしれません。景観は綺麗ですし、動植物は豊富です。
また胡散臭くなってきたので否定的なことを書きます。地方に移住すると生活費が下がると言う人もいますが、私はあまり変わらないと思います。確かに家賃は格段に下がるかもしれませんが、車を所有すればガソリン代や車検代、保険代等がかかりますし、冬場は光熱費も高くなります。

最後に大事なお金の話をします。私は農業研修の1年目ですが、おそらく年収は200万を超えません。独身だからなんとかなるだろと思われるかもしれませんが、今までの農業研修生には子供を抱えている人も何人もいました。移住してからのお金の問題を気にされる方もいるかもしれませんが、おそらくなんとかなると思います。私は移住して3ヶ月弱ですが、どうにもならなかった人の話を聞いたことがありません。
私で良ければSNSでご相談下さい。「石川ひろと」と言う名前でInstagramとTwitterをやっています。6〜7月は農繁期に入るので返信が遅くなるかもしれませんが、時間が空いた時に必ず返信します。

石川宙人
https://linktr.ee/ishinobori

★信州須坂移住支援チームYouTubeチャンネルで石川さんのインタビュー動画を掲載しています
※画面をクリックしてご覧ください 

2022/05/23

須坂市移住者体験談「YouTubeで移住した時のイメージを膨らませていきました」

2022年3月、3歳のお子さんの幼稚園入園にあわせて東京都から須坂市に家族3人で移住した藤井さん。移住して2ヶ月が経過し、暮らし始めた須坂市の印象や移住までの経過など体験談をお寄せいただきました。

●移住までの経過
移住を決めた目的は、自然豊かな環境で子育てをしたかったからです。移住を考え始め、実行に移すまでに、コロナ禍ということもあり私たち家族は1年半かかりました。
須坂市を移住候補にあげたのは、市で移住支援を積極的に行っていたのが、目にとまったからです。
一番初めに行ったのが、オンラインでの移住相談でした。信州須坂移住支援チームの加藤さん、豊田さんとお話をさせて頂き、とても親身にお話を聞いてくださり、須坂市をより身近に感じることが出来、それからは、移住支援チームのYou Tubeを見たりしながら、移住した時のイメージを膨らませていきました。その後は、コロナ禍だった為、移住する前に須坂市に足を運んだのは2回で、あとは東京での移住相談が一回、You Tube動画の試聴、就職活動、住居を決めたのは全てオンラインでした。
途中途中、移住支援チームの方にメールで相談をしたりしながら、今年の3月に無事に家族3人で引っ越すことが出来ました。

●須坂市の印象とエピソード
実際に須坂市に引っ越し、暮らし始めて思うことは、外に出れば必ず山が見え、日によっては山に雲がかかっている日もあり、日々自然を感じ癒やされながら暮らしています。家の近くにりんごの木があったり、公園や近所のお家に藤の花が咲いていたり、東京では考えられないくらい身近に自然を感じることが出来ます。また、皆さんがとても親切で、引っ越してまだ間もないのに、近所の方からりんごや山菜を頂いたり、子どもを連れていると話しかけてくださったりなど、気さくで親切な方が多く、生活しやすい環境であると実感しています。

驚いたことは、横断歩道で待っていると、車が止まってくれることです。You Tube動画を見て知ってはいましたが、本当に止まってくれるとは!!You Tube動画を信じていないわけではありませんでしたが、逆に戸惑ってしまうほど、本当に車が止まってくれます。

3歳になる息子は、須坂市の生活にもすっかり慣れ、東京では履く機会が無かった長靴(雨の降った次の日は、外で遊ぶと靴が泥だらけになる為)にも慣れ、自然の中でのびのびと遊び楽しんでいます。鳥の声を聞いたり、葉っぱや枝を見つけたり、池のおたまじゃくしを見たり、自然が遊び場となり、これから様々な体験をして成長してくれるのが楽しみです。

●移住を希望する皆さんへ
私たち家族は、まだ移住して間もないですが、須坂市に移住してきて本当に良かったと思っています。スーパーがたくさんあって、とても便利な場所で生活する分には不自由することはありません。かといって、都会ほどせかせかしていないので、丁寧に時間を過ごすことが出来ます。

少しでも移住に興味がありましたら、You Tube動画を見てみてくだい。本当にありのままの須坂市が体験出来ます。移住というと、すごい決断で、不安なことがばかりだと思いますが、移住してから何をして過ごしたいかを明確にしていれば、移住は実現出来ると思います。あとは、須坂市の移住支援体制を頼りに、一つ一つ決めていけば大丈夫です。移住初心者の私たちも無事に移住して、生活しているので大丈夫です。まずは、You Tube動画でも相談会でも、須坂市に触れてみてください。心地良さを感じることがあれば、それを大切に移住を検討してみてはいかがでしょうか。

(藤井)

2021/09/21

「移住後の1ケ月は一瞬でした」兵庫県から移住した須坂市地域おこし協力隊の村田健児です

2021年8月1日須坂市地域おこし協力隊に着任した村田です。
出身は神奈川県川崎市で大学を卒業して就職するまで実家に住んでいました。川崎市というと都会の様に聞こえますが、私が育った町は両側を森林に挟まれ、幼少期は自然豊かな環境で育ちました。
また、子どもの頃から外で遊ぶことが多く体も大きかったので色々なスポーツをしてきました。その中で硬式テニスは今も続けており須坂でもやる気満々です。

学生時代に尊敬できる社会人の方に出会い、起業して社会に貢献するため、地域おこし協力隊になろうと考えました。
前職は兵庫県の鉄鋼会社で5年働き、30歳に近づいた際に、将来のことを想像して、「今の会社でずっと」か「自分のやりたいこと」で考え、学生時代に思い描いた起業を目指すことにしました。
しかし、起業を決心してその場でできるほどの技量も資金もノウハウもないので、起業に近いことで探したら、須坂市の地域おこし協力隊の募集ページにたどり着きました。
ということで、今まで須坂市に縁なんて一切なかった私ですが(そもそも長野県すら2回しか行ったことがない)、須坂の不思議な魅力に引き寄せられて移住をしました。須坂の植物や食べ物、そして出会う人々。その全てが、新鮮で刺激的です。ここに住もうと決意したのも一瞬でしたが、まずは、冬を乗り切り定住を目指したいと思います。
まだ、須坂市に移住して、地域おこし協力隊として活動して1ヶ月余りですが毎日濃い日々を過ごしています。8月は草刈りばかりしていましたが、体を動かすのも気持ちいいものです。
私が取り組んでいる活動は、①森林資源活用②ソルガム栽培と特産品作り③ミニキャンプ場の整備運営④空きペンションの活用⑤自然体験イベントやワークショップ
の5つについて問題解決をします。
この5つの活動を取っ掛かりに、より発展した地域PRをしたいと考えています。

その中で、ソルガムの活動を紹介します。ソルガムは小麦粉のように使えるグルテンフリーの食材として注目されています。長野市と信州大学と協力隊OBが連携して栽培から販売までを確立しビジネスに繋げています。私自身は、ソルガムについて知っていましたが、実物を見たことも食べたこともなかったので、初めはあまりソルガムに関心はありませんでしたが、活動を通して栽培されている畑の整備や収穫体験、何より信州ソルガムに関わっている人々のパワーや熱意に感化されました。ソルガムに関する活動で幅広い人脈を築けたことが何よりも成果だと思います。1~2年目まではソルガムの活動を通じて栽培や食品加工や販売のノウハウを学び3年目からは自身のやりたい活動へ応用したいと思っております。

最後に、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という諺にある通り、謙虚に生きることをモットーに須坂市に溶け込みたいと思うのでよろしくお願いします。

(須坂市地域おこし協力隊 村田健児)

2021/05/20

【移住者受入れ協力求人企業紹介】伸商機工株式会社

Permalink 15:20:35, カテゴリ: インタビュー記事, 求人企業紹介  

伸商機工株式会社「目指すはやさしい縁の下の力持ち」
代表者名:宮川岳洋
従業員数:25名
創  業:1976年(昭和51年)
事業内容:精密板金、溶接加工仕上

須坂市内の風光明媚な塩野地区に立地する伸商機工。社屋のある塩野工業団地周辺は、美しい里山風景と米子川の流れる水の音が心地良い自然豊かな環境です。

「板金」は金属の板を加工して商品化され、生活の様々な場面で活躍しています。商品の一部分として組み込まれることも多く、パソコン用の半導体装置や新幹線ホームのフェンス、山頂を監視するためのGPSポールなど建設物の設備パーツとしても欠かせません。時にはオーダーメイドで注文を受け相談から製作をすることもあります。
2代目となり10年を迎えようとしている宮川岳洋社長に、会社に寄せる思いや社員の働き方、今後の展望について話を聞きました。

●亡き父が残したものづくりの種
「もともとは静岡県で生まれ育ちました。2歳の頃に祖父がいた須坂市に父親の仕事にあわせて家族で移住してきました。後に1976年(昭和51年)に父親が伸商機工株式会社を創業しました。子どもの頃、夏休みになると会社の仕事を手伝いに行って楽しく過ごしたことを思い出します。面白い従業員のおじさんたちがいて戦艦ヤマトを作ってくれたりしました。自分も早く板金の仕事をやってみたいと思うほど仕事場の印象は良かったです。子どもながらに、ものづくりの達成感みたいなものを味わいたかったのかもしれません。その思い出を残してくれた父親も2年前に他界しましたが、楽しかった当時の様子を今でもはっきり覚えています」宮川社長は懐かしいエピソードを笑顔で話してくれました。

●人との関わりから生まれるものづくり
宮川社長は地元須坂市の高校を卒業後、大学進学を機に東京で生活をしていました。
「当時は家業を継ぐつもりはなかったんです。若かった頃は父親と衝突することも多かったですね。ある時、父親が網膜剥離の診断を受けたことを知り、自分の人生の方向性が大きく変わりました。大学生活を終えた私は須坂市にUターンをし、市内の企業に4年間勤めました。家業を継ぐ準備をしながら2011年(平成23年)社長に就任しました。ちょうど東日本大震災があった年、忘れることはありません。経営するなかで先輩や同世代の社長仲間らとも知り合い、現在も共に刺激し合える良い関係づくりができています。人との関わりから、ものづくりのアイデアも浮かび、今では自社のキャンプ用品が須坂市のふるさと納税の返礼品に仲間入りをしました。このように地域貢献につながる商品開発の可能性や課題も見えてきました。父親から会社を引き継いで以降、悩みや壁にぶち当たることもありましたが「父ならこんな時どうやって乗り越えただろう」と亡き姿に思いを馳せることもあります。思い返せば父親は本当に偉大な存在でした」


オーダーメイドの製品から「牛乳什器」


キャンプ用品「もえ太郎」(須坂温泉山の神キャンプ場にて)

●若者が魅力を感じる職場
現在は18歳から70歳代までの社員が勤務しています。残業も少なく、有給も取得できているそうです。基本、毎週土・日曜日が休みで会社カレンダーによっては土曜日が出勤日になることもあります。伸商機工では、未来を担う子どもたちに須坂市の産業やものづくりの楽しさを体験してもらう地域のイベントに参加したり、地元の中学生や高校生の就業体験なども積極的に受け入れています。社員の中には当時、就業体験をした卒業生もいるそうです。学生時代から育っている姿を見ることができてうれしいと宮川社長は話します。就業体験をした社員は当時の印象について「体験をした時は、社員同士でやりとりしながら仕事ができるのが楽しかったです。社長と触れ合えるくらいの会社の規模感や雰囲気が良かった」と体験を通して入社を希望したことを話してくれました。他にもバイクが趣味だと話す社員は「自分のバイクの一部分も板金で作ったりしています。身近なものが板金で作れると知った時は大きな喜びがありました。可能性が広がる仕事です」
皆さんの言葉から伝わってきたのは、板金の確かな可能性を感じながら働いているということでした。

●社員とともに伸びていきたい
伸商機工では「やさしさあふれる会社になろう!!」を経営理念として掲げています。ちょうど10年前の社長就任とともに作ったそうです。
・「おかげ様」お取引様に対してだけでなく社内においても互いに感謝の心を持ち「おかげ様」の精神で!
・「縁の下の力持ち」目立たないことでも相手のために精一杯働く!
・「ずく出せ伸商」嫌なことがあっても逃げ出さず、やる気を持って明るく前向きに!
「この経営理念を作ることを私から父親に提案しました。社内をまとめるためにも必要だと思い、目指す働き方を社員と共有したかったんです。でも当時は父親とやっぱりケンカしながらもめましたけどね」と宮川社長は今だから話せるエピソードを笑って話してくれました。

社員の中には厚生労働省が推進している「ものづくりマイスター制度」で認定された社員もいます。技術を磨くため技能検定などの資格取得に向けた助成金も会社でサポートしています。また始業前のラジオ体操など健康経営に取り組む企業としても認定されています。

「伸商機工で大切にしているのは皆で一つのものを完成させるためのチームプレーです。野球型ではなく、自由に動いてバックアップできるサッカー型だと思っています。そして、「縁の下の力持ち」たとえ目立たないことでも相手を思って精一杯働くこと。人に寄り添い手助けできる気持を共有できる会社にしたいです」宮川社長は今後の展望を話してくれました。
きっと前社長も今頃「こんな時はどうしたらいい?」と困った問いにも喜んで答えてくれているかもしれません。
チームプレーで完成していくものづくり。あなたも様々な可能性を生み出す板金の仕事で自分の魅力を生み出してみませんか。

◆採用情報と応募について
伸商機工は精密板金工場としてお客様の理想を形にしています。データによる加工からオーダーメイドによる加工技術まで積極的な最新機械の導入により制作しています。ものづくりが好きな方、やる気のある方は大歓迎!お気軽にお問い合わせください。

伸商機工株式会社
〒382-0024
長野県須坂市大字塩野1119−3−3
電 話 026-246-8899
FAX 026-246-2535
http://sinsyo-kk.co.jp/

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(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

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