信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2020/11/20

<移住者インタビュー>Uターンの大きな壁は転職への覚悟と勇気

Kさんは首都圏から須坂市にUターンして11年。奥さんと一緒に地元に戻った後にお子さんが誕生し、現在は自分が育った須坂市で5歳と2歳の二人の子育て真っ最中のお父さんです。地元に戻ろうと考えた当時を振り返ってくれたKさんのコメントには、Uターンへのきっかけや乗り越えるポイントがありました。現在Uターン移住を検討している皆さんは、ぜひ参考にしてください。

●大学進学で東京へ
「須坂市内の高校を経て大学進学のために上京し、そのまま東京で食品メーカーの会社に就職し開発部門で勤務していました。その後、結婚を機に埼玉県に住居を移しましたが、同じ首都圏の電車通勤で30分ほどの便利な距離でした。仕事も順調で充実していた当時は、地元に戻ることなど想像もしない生活を送っていました」

●Uターン移住のきっかけ
「30歳を過ぎた頃、自分には地元に両親がいる、家や土地がある、どうしたらいいのかと振り返り、具体的に先のことを考えるようになりました。Uターンするにしても定年後なのか今なのか、両方の選択肢で迷っていました。当時まだ子どもはいませんでしたが、成長してからのUターンでは転校させることになってしまい可哀想だと思いました。自分自身の転職については、年齢が上がるほどやりたい仕事に就けるのだろうかという不安もあり、家族を養っていく収入のことを考えると40歳までに転職して戻った方がいいのかもしれないという思いが明確になっていきました。両親から戻って来いと言われたことはなかったのですが、自分から将来のことを考え始めたのは、普段から地元や両親のことが頭から離れることがなかったからかもしれません。妻もその思いに賛同してくれたため、次の行動に移すことが出来ました」

●移住には勇気と覚悟
「家庭も仕事も順調だったため、それまでUターンのことなど真剣に考えたことはありませんでした。まず最初に浮かんだ心配は『仕事はあるのかな?』ということでした。たまたま実家の両親から求職の情報を受けた際に「まずは受けてみよう」と思い立って行動に移しました。その結果採用に至り、勤務していた会社にも退職の意向を伝えました。転職先が決定した時はホッとしましたが、当時の仕事がとても充実していたため、先がまったくわからない中でその環境を捨てることには勇気が要りました。自分にとっては仕事を退職する決断が一番ウエイトを占めましたね。次の仕事が決まった時は、いよいよUターンが現実味を帯びてきたと実感しました」

●子どもが母校の校歌を歌う姿を思う
「須坂市にUターンして11年目になりました。今は子どもたちを須坂市で育てられて良かったと思っています。市内の臥竜公園や動物園の遊園地もよく利用しています。須坂市には里山も川もあって景色の変化が日々感じられます。子どもたちも思いっきり体を動かして遊ぶことができています」

「Uターン以前の暮らしを思うと、須坂市の生活は都会の便利さには適いません。でも不自由さはないですね。便利さはなくても物を買い揃えることは出来るし、変わりない生活を送れます。車はあった方が楽しめると思います。都会の日々の暮らしでは、毎日行き交う人が違って、知り合いに会うこともありませんでした。でも須坂市は毎日顔馴染みの人に会います、それが田舎なんでしょうね。須坂市は自然が多い割に、そこまで田舎臭くなくガチャガチャしていない静かな環境、まさに自分が生まれ育ったのは「生活する場所」だと思います。今後は二人の子どもたちも自分の母校に通います。同じ校歌を歌う姿を想像すると今からうれしいです」

●おわりに
今回、Kさんの取材でも「先が見えず不安だった」という言葉が印象に残りました。日頃の移住相談でも、多くの方が抱えている課題は、移住先での仕事の決定と決断です。Kさんも、これまでの仕事を退職していいのか、この先は本当に大丈夫だろうかと決断までに相当な負荷がかかったと話してくれました。先が見えないことで不安が生まれ決断できないこともあると思います。しかし、移住を果たした皆さんは、それを希望に変えて乗り越えた部分が大きいかもしれません。「生まれ育った場所に帰りたい」という強い思いが後押ししてくれるのがUターン移住なのでしょう。納得できる転職もその思いが背中を押してくれるのかもしれません。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2020/11/05

須坂おもしろ人物記vol.11「相手を思い、アイデアを突き詰めるのが楽しい」

こんにちは!地域おこし協力隊の宮島麻悠子です。
須坂で活躍している方へのリレーインタビュー今回はチョークアートの花々堂・小泉和喜子(こいずみわきこ)さんです。

宮島:チョークアートとはどのようなアートなのですか?

小泉さん:チョークというと学校の黒板に書くものを想像される方が多いかもしれませんが、私が使っているのは「オイルパステル」という画材です。ザラザラした特殊な塗料を塗った黒板に塗り込んで色をのせていきます。元々チョークアートはオーストラリアで飲食店の看板やメニューボードに使われてきたものなんですよ。


〈画材のオイルパステル〉

宮島:そうなんですね!こちらのアトリエにもおいしそうなお菓子やフルーツなどの作品がたくさんありますね。こちらではこういった飲食店の看板を作ることが多いのですか?

小泉さん:お店だとやはり飲食店の看板やメニューボードが多いですね。他、個人のお客さんだと結婚式のウェルカムボードや喜寿・古希などのお祝いの似顔絵を描くことが多いです。コロナの影響で対面でお祝いをする機会は減ってしまっていますが、直接会えない代わりにギフトとして注文してくださる方が増えています。



〈カラフルで楽しい作品〉

宮島:手描きのあたたかみがあって素敵な作品ですね。食べ物なんて、本物よりおいしそうかも(笑)

小泉さん:チョークアートがいわゆる普通の絵画と違うのは、マーケティング要素がある点なんですよね。飲食店の看板が発祥だから、それを見たお客さんに「食べたい、買いたいと感じてもらう」ことが重要で、自己表現はその後についてくるもの。だから、依頼主さんのやりたいこと、解決したいこと、それを見る人に感じてほしいことをとことん突き詰めて作品に昇華させるんです。それはお店の看板でも、似顔絵やウェルカムボードでも共通していますし、チョークアートの一番の魅力だと思っています。

宮島:なるほど〜。広告の制作みたいですね。他にもチョークアートの魅力はありますか?

小泉さん:絵だと写真ではできないことも表現できるのが楽しいです。あとは、ワークショップやレッスンも行っているのですが、易しい題材で基本的な技法や理論が分かれば、絵の経験が少ない方でも上手に描けるのが良いところですね。


〈左側のマカロンと右側のマカロンは下書きは同じ大きさだが、陰影の付け方で平に見えたり膨らんで見えたりする〉

宮島:立体的に見せるのは難しそうかと思いましたが、コツをつかめば比較的挑戦しやすいんですね!しかしながら小泉さんがここまでのレベルになれたのは、元々絵の才能があったからじゃないですか?

小泉さん:いやいや、そんなことないですよ(笑)絵は小中学校では「得意な方」だったかもしれませんが、美大に行って絵画を生業にしたいとは思わなかったです。食べ物が好きだったので、東京の大学で食物科学を勉強し、そのまま東京で食品メーカーに就職し、商品開発やマーケティングに携わっていました。この仕事はとても面白かったのですが、同じ会社に勤めていた夫が「地元(須坂)に帰りたい」というので、2010年3月に須坂に移住してきました。

宮島:小泉さんも移住してきたんですね!ちなみに小泉さんがチョークアートを始めたきっかけは何ですか?

小泉さん:2006年に結婚式をする少し前、ウェルカムボードをどうするか考えていた時に、テレビでチョークアートのウェルカムボードを紹介していたのを見て、初めてチョークアートを知りました。その時は特にすぐやってみたいとは思わなかったのですが、ハンバーガー屋さんめぐりをしていた時にチョークアートの看板を見て、おいしそうなビジュアルに感動し、習い始めたのが2009年の夏でした。チョークアートの考案者・モニーク先生に直接似顔絵の技術を習いにオーストラリアにも短期留学して、のめりこんでいました。

宮島:ウェルカムボードを見てもチョークアートをはじめようと思わなかったのに、食べ物の看板を見てスイッチが入るところが、食べ物好き感ありますね(笑)この仕事で大切にしていることはありますか?

小泉さん:作品を制作する時も、生徒さんに教える時も、相手を想像することですね。何がしたいのか、どう感じてもらいたいのかをよく考えます。作品に取り掛かる時も、手を動かす前に分析したり、イメージをふくらませる時間をしっかり取ります。あとは、新しいことを取り入れること。最近は黒板に描けるマーカーを使う手法を始めました。オイルパステルよりも安く・早くできるので、もっと気軽にチョークアートを使いたいという需要にも対応できるんです。まあ、私自身が新しいことを取り入れないとつまらないから、というのもありますが(笑)本当に好きなことしかやってないです。楽しいのが一番!


〈日当たりのいいアトリエ〉

宮島:本当に好きで、楽しんで描いていらっしゃるのが伝わってきますね。今度10周年記念の個展も開催されるんですね。

小泉さん:そうなんです。川中島のギャラリーで開催します。初心者向けのワークショップもやるので、ぜひお越しください!

宮島:さて、楽しいお話をたくさんありがとうございました。次の方を紹介していただけますか?

小泉さん:カップケーキやバースデーケーキが大人気のTEMO.jpの小林恵梨子さん。先日お店の看板も描かせてもらったんですよ。

宮島:ありがとうございます!というわけで次回のインタビューはTEMO.jpの小林恵梨子さんに決定しました。
お楽しみに!!

チョークアートの花々堂
住所:須坂市大字須坂1445-8小泉ビル2F
電話:026-405-6670
Eメール hanahanadow@gmail.com
https://linktr.ee/hanahanado
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チョークアートの花々堂*10周年記念個展
Chalk art +α
期間:2020/11/19(木)〜24(火)
時間:10:00〜18:00 ※初日は13:00〜、最終日は15:00まで
場所:ギャラリータカハシ川中島
   長野市川中島町原1392-10(額縁のタカハシ2F)

◎初心者向けワークショップ
期間:2020/11/22(日)、23(月・祝)、24(火)
時間:各日10時〜、13:30〜(約1.5時間)
参加費:2,700円(税込)※材料費込み
完全予約制
お問合せ・ご予約はEメール hanahanadow@gmail.com まで
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★バックナンバーはこちらのサイト内でもご覧いただけます
The secrets of SUZAKA 信州・すざかのないしょ話

(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2020/10/20

<移住者インタビュー>東京都民から須坂市民になって分かったこと

須坂市で転職先が決まったのを機に2019年4月にご夫婦とお子さんの3人で東京から移住されたNさん。須坂市に移住して1年半が経過した今、移住後の率直な感想をお聞きしました。移住を検討中の皆さんは、ぜひ参考にしてください。
☆文章中の素敵な写真はNさんが須坂市に移住してから撮影したものです

日本さくら名所100選の臥竜公園の桜

●移住しようと思った理由と目的
「都内に住んでいた時、希望していた保育園に入れなかったことが移住のきっかけです。その時に子どもの教育環境について考えた結果、移住をしようという決断に至りました。私も幼少期は富山県で育ち、妻も長野県出身だったので、転職するということ以外はハードルが低かったです。妻の実家のある東信地方と北信地方を中心に4市ほど検討しましたが、中でも須坂市の移住相談では大変お世話になり、転職先とのご縁もあって須坂市への移住を決めました」

千曲川堤防付近の桜並木

●須坂市の生活について
「とにかく便利だということにつきます。スーパーやコンビニ、ドラッグストアが市街地の中心部にまとまっていて、暮らす分には困ることはありません。ただ、公共交通機関は都会と比べると便利とは言えないので車は必須です。子育てに関しては、保育園や幼稚園がとても充実しており、各園が自然の中で遊べるよう工夫をしているので、移住してよかったと感じています。娘も幼稚園が大好きで、毎日楽しそうに通っています。また、蔵の町並みやレトロな雰囲気のあるお店が多く、私は須坂の景観がとても好きです。市街地の建物は老朽化でくたびれている感じのものもありますが、反面すごいポテンシャルがあると感じたのも移住の決め手の一つでした。古さを生かしたリノベーションが増えていくことに期待しています」

須坂市動物園のカンガルー

●移住してメリットに感じたこと
「前職では残業が多めで、深夜や早朝に帰宅することも多く、身体にも大きな負担がかかっていました。転職したことで不規則な生活リズムは改善されましたし、片道10分の通勤時間のおかげで通勤時間にかかるストレスは減り、子どもと触れ合う時間が増えました。また、家賃はとても安く、食生活の部分では野菜や果物がとても安くて美味しいので食卓が豊かになりました。シャインマスカットがワンコインで買えることに驚いています。車は必需品ですが、道路がごみごみしていないので気軽に出かけられます」

市内に広がるブドウ畑

●移住してデメリットだと感じたこと
「当たり前ですが、レジャー施設やおしゃれなお店は都心に比べて少ないです。また、県外でも飛行機を使うくらい遠くに行く場合は、一度東京に出なければならないので、少々大変だなと感じています。生活費は、水道光熱費が都心部のほうが安く、特にガス代・水道代が違いました。それでも家賃が安いので、総合的には須坂市の方がはるかに安いです。ゴミに関するマナーは東京と比べると厳格だと感じました。未だにごみ指定袋に名前を記入するのは抵抗がありますね」

須坂クラシック美術館にて

●休日の過ごし方
「須坂市内にはインターチェンジがあって車のアクセスが良いので、市外に出ることが多いです。県内各地や子どもの好きな水族館のある新潟県上越市などへ行ったりしています。おしゃれなお店やおいしい食事処、カフェを探すのが趣味なので市内外で楽しんでいます。温泉にもよく行きますが、子どもと行くのであれば、須坂市内の日帰り温泉施設「湯っ蔵んど」をおすすめします。温泉以外にもおいしいジェラート屋やパン屋もあるので、お気に入りです。コロナ禍ではアウトドアの時間を多く設けました。長野県内はキャンプ場が多いので密を避けて楽しむことができました」

須坂市内のお気に入りのカフェ「カフェ・ル・パニエ」


濃厚ぶどうジュースがおいしい

●これからの須坂について
「少しずつではありますが町が若返りしている感じはあります。若い人が増えていけばもっと変わっていくと思うので、今後も移住者が増えてくればいいなと思っています。先の話になりますが、須坂長野東インターチェンジ周辺は、3年後に県内最大規模のショッピングモールが誕生する予定です。北信地方の人のみならず県内の経済に大きな影響を与えると思っています。須坂が生まれ変わる一つの要因になってくれると期待しています」

須坂みんなの花火大会

●インタビューを終えて
今回体験談を語ってくれたNさんは、移住して良かった面も悪かった面もきちんと理解し納得したうえで前に進もうと頑張っています。移住を叶えたとしても、それはゴールではありません。移住は人生の転機であり通過点。須坂市の未来を語ることができるNさんは素晴らしいと思いました。須坂市に移住して良かったと振り返られる人生を送ってほしいと願っています。

峰の原高原のとんぼ

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2020/09/23

須坂市地域おこし協力隊 日下未夕の「峰の原高原へお出かけください♪」

「だいすき、みねのはら!」

こんにちは、峰の原高原地域おこし協力隊の日下です。9月後半になり、峰の原高原では白樺やナナカマド、レンゲツツジなどの黄葉・紅葉が進み、秋の深まりを感じます。周りでは、「昨晩は床暖房を入れたよ」「薪づくりをはじめなきゃ!」等、冬支度の様子も耳にするようになりました。
今回は、2020年9月をもって地域おこし協力隊を退任することになりましたので、峰の原高原との出会いや地域おこし協力隊として過ごした間の気づきや想いを綴らせていただきます。この原稿を作成しながら、「やっぱり峰の原高原が好きだな」と思いました。この記事を読んでくださった一人でも多くの方に「峰の原高原に行ってみたい!」「久しぶりに行ってみるか!」と思っていただけると本望です。


●はじめまして、峰の原高原
私が初めて峰の原高原を訪れたのは、2016年4月17日、約四年前のことでした。大学入学を機に初めて長野県を訪れ、「長野県らしいサークルに入りたい!」と思い温泉同好会に入会し、その初めての活動の帰り道、「星を見に行こう!」と先輩方と立ち寄ったのが真夜中の峰の原高原でした。その時は「プラネタリウムより星が見える!」「長野市の夜景きれい!」と感動したことを覚えています。この時は「峰の原高原」という名前も知らず、三年後“暮らす場所”になるとは想像もしていませんでした。

●知ってほしい、来てほしい、再訪してほしい
大学1年生の後期、講義で峰の原高原を訪れました。ペンションオーナーとお客さんの高齢化、ペンション数の減少、空きペンションの増加やそれに伴う景観問題…。様々な課題に直面している現状を目の当たりにし、「峰の原高原のことをもっと知りたい!」と思い、大学2年生から峰の原高原をフィールドに学ぶゼミに所属しました。ゼミ生とともに考えた峰の原高原の弱みは「知名度の低さ」でした。そのためまずは峰の原高原を知ってもらい、来てもらおうと、「ペンションごはん会」や「Mr.ヌーキー大作戦」などの学生対象の企画を行っていました。この頃から地域の方々に企画に協力していただいたり、観光協会のイベントのお手伝いをさせていただいたりと気がつけば月に1回以上は峰の原高原を訪れていました。


ゼミ活動を進めるうちに「また峰の原高原に行きたい!」という声が少しずつ出るようになりましたが、“車があれば”“イベントがあれば”“知り合いがいれば”という条件付きでした。この時、知ってもらえても、来てもらえても、再訪してもらえないと地域の持続に繋がらないと思い、「空きペンションを利活用してふらっと立ち寄れる場所づくりをしよう」と地域おこし協力隊に志望しました。そして、多くの方々のご支援があり、2019年4月、大学に在学しつつ地域おこし協力隊として活動を始められることになりました。

●峰の原高原での日常
上記のように意気込んで地域おこし協力隊になった私でしたが、実際は大学連携として学生向け企画の立案・実行や峰の原高原の案内をしたり、SNSや須坂新聞で連載をさせていただき日々の様子を発信したり、繁忙期となる8月の間に観光案内兼休憩スペースを設置したり、地域の環境整備事業に参加したり、観光協会のイベント補助をしたり、空きペンションの修繕・整備をしたりと様々な業務を行う日々でした。




協力隊となり半年が過ぎた頃から、「自分が必要だと思うもの」と「地域が必要としてるもの」の差異が少しずつ見えるようになり、地域の現状を見間違えていたと痛感しました。大学の講義で学んだり地域の方のお話を聞いたりする中では、「最盛期と比べるとペンション数が減少している、高齢化している地域」というネガティブな印象でしたが、「ココの人はココが好きで日々の暮らしをそれぞれのペースで満喫されていて、過ごされている地域」というポジティブな印象に変化しました。その中で私が当初考えていた「空きペンションを利活用したふらっと立ち寄れる場所」は、ペンション一軒一軒がそれだなと思うようになりました。これは私がココに住んでいるからという訳ではなく、ペンションオーナーさんがふらっと来た方から「この辺りに喫茶店などありますか」と尋ねられた時に、「峰の原内にはないんですよ。ですがうちでもよかったらどうぞ、大したお構いはできませんけれど」こんな日常がココの日常だったのです。このようなことを何度か見聞きするうちに、きっと私がすべきことは、峰の原高原の存在をただ知ってもらうことではなく、峰の原高原の人を知ってもらうことだと思いました。人を知れば、ハコがなくたって、その人に会いにくればいいのだから。そこに気が付いてからは、一緒に活動してくれている学生たちを地域の方にできるだけ会わせられるような機会をつくることを念頭に置くようになりました。そうすると、私がココからいなくなっても、学生が地域の方に顔を出すことで、何かの時に役に立てることがあると感じたからです。とはいっても私自身、きちんとお話できた方はココの地域のほんの数軒の方々に限りますし、学生に会わせることができたのも同様だと思います。ただ、少しでもすることが、地域の持続に繋がるのではないかと思います。“地域”や“観光”を学ぶ中で、観光資源は人、と感じてきましたが、地域おこし協力隊になり実感することができました。特に、ペンションを営む方は人好きの方が多く、高齢でペンション業を辞められたとしても、人好きの部分は変わらないぶん、老若男女問わず、ペンション業をするか否か問わず、人が結びつきやすく、地域外の人でも入りやすい地域なのではないかと思います。余談ですが、この夏に数軒のペンションでペンション業のお手伝いをさせていただきましたが、ペンション業はとにかく体力勝負だと感じました。私が言うのも差し出がましいとは思いますが、ペンション業を営みたいと考えられている方は“いつか”ではなく、“できるだけ若い時から”始めることをお勧めします。そして人好きの方々ですから、きっと様々なことを教えてくださると思います。

●自分が暮らす地域
“峰の原高原をフィールドに学ぶ学生”と“峰の原高原の地域おこし協力隊”一番の違いは、峰の原高原に自分の暮らしがあるかどうかだと思います。私はとてもありがたいことに、学生時代お世話になった方にペンションの経営は辞められたけれど峰の原高原が好きで住んでいるご夫婦を紹介していただき、一年半の間、居候をさせていただきました。そうすると、学生企画をするときにお世話になりづらい「観光協会や旅館組合に所属していない方」とお会いすることができました。また、日々のペンションのメンテナンスやお庭のお手入れ、雪かきなど、ココの暮らしの実情を知ることができました。さらに、居候で一人じゃないからこそ、新しい暮らしで様々な発見や戸惑いがあった時に「これは何ですか」と聞くことができ、少しずつ地域を知ることができたと思います。地域に自分の暮らしがあって初めて自分事として地域のことを知ったり理解したりできるのだと思います。ココに出逢えたこと、暮らせたことに感謝です。


●これから
「山登りもスキーもテニスもしない…どうしてココが好きなの?」
度々質問されました。気が付いた時には峰の原高原に引き込まれ、ハマっていました。私にとっては“高原に暮らすこと”そのものが驚きのことで、来るたびに変わる景色の色や地域の人の顔が見える温かさが心地よかったのかなと思います。
本来ならば、協力隊自身の経験を活かして、地域を盛り上げる活動をするのが地域おこし協力隊なのではないかと思いつつも、私はココで多くの経験を積ませていただきました。ココでの経験は、協力隊活動にとどまらず、これからの暮らしや人生で大切にしたいモノコト、価値観など多方面にわたりました。きっとどのようなこれからを過ごすにしても活きてくるものだと思います。そして何より、地域おこし協力隊としての活動は終了となりますが、峰の原高原が好きという思いは変わりません。これからは違う形で峰の原高原と関わることができたらなと思います。

●おわりに
―この地域をなくしたくない、もっとたくさんの人に知ってもらい、実際に来て、感じてほしい、というのを出発点に、これから活動していきたいと思います―
これは、地域おこし協力隊として一番初めに書いたメールマガジンの記事で自身が綴っていた言葉です。協力隊活動の中で、ココに住んではいないけど、定期的に訪れたり見守ったりしている「峰の原高原好きの方々」がいることを知りました。だからこそ私は「この地域は続いていく」と思います。そして私もその一人として、峰の原高原と関わっていきたいと思います。

初めての方も、再訪される方も、きっと何か心に残るものを峰の原高原は与えます。
ぜひ、峰の原高原にお出かけください♪

さいごになりますが、様々な形でご支援、ご声援をありがとうございました。
須坂市と峰の原高原の繁栄を心から願っています。
だいすき、みねのはら!

(須坂市地域おこし協力隊 日下未夕)

2020/09/07

峰の原高原へお出かけください♪ ペンションってこんなところ⑪『ペンションスタートライン』

こんにちは、峰の原高原地域おこし協力隊の日下です。9月に入り、ゲレンデには秋の山野草が咲き始めました。未だ日差しの強い日がありますが、着々と移ろう四季を植物たちが教えてくれます。
今回もペンションオーナーやオーナー夫人と話して感じた“ペンションってこんなところ”を紹介します。今回は『ペンションスタートライン』さんです。


●ペンションスタートライン、スタート!
ペンションスタートラインのオーナー古川さんは東京都から須坂市峰の原高原に移住し、1986年に古川さんのご両親が開業しました。その後古川さんは結婚し、ペンションを引き継ぎました。

●ペンション地下の秘密!
「川に魚を増やしたい」こんな思いから、NPO法人を立ち上げるほど、魚のことを想う古川さん。ペンションの地下には水槽がいくつも並ぶ部屋があり、「山にいながら様々な魚を見られる!」という不思議な体験ができます。また、「どうしても魚を一から育てたい!」という想いから、水利権を取得して、シナノユキマスや信州サーモン、イワナなどを養殖しています。ペンションでは古川さんの愛情をたっぷり受けたお魚たちを季節に合わせていただくことができます。


地下にいるのはお魚だけではなく、採集された昆虫や標本が数々います。はじめはゾクゾクする方もいるかと思いますが、慣れてくると、じっくりとひたすら観察できます。
「ペンションの階段を降りる」それだけの行為にこんなにワクワク・ドキドキすること、他にはないかもしれません。

●“好き”が詰まった館内
“ペンションに入ってからお部屋に行くまで”こんな少しの時間で、何冊もの本を目にします。本の種類やジャンルも様々で、絵本やマンガ、文庫に雑誌、魚系や虫系はもちろん、旅や温泉系、お料理系など、とにかく色々あります。どんな方でもきっと気になる本が見つかります。古川さんは本屋に行くと、1日かけて1フロアずつ見て回り、気に入った本はお買い上げだそう。多くの本が館内にあることにガッテン!

そのほか、玄関や廊下には木材や小石のクラフトたち、ダイニングにはほっこりかわいいパステルカラーの雑貨たちが並びます。こちらは奥さんのお好きなもの。色々なところにおふたりの“好き”が詰まっています。


●レシピ本は目で楽しむ!
「ペンションの楽しみの一つ、お料理。ペンションスタートラインのお料理は?」
―「地元食材・自家養殖魚の創作料理。季節のものを提供しています。峰の原高原内で採れた山菜の料理はもちろん、モミジやシラカバなど季節のものを料理の飾りに添えています。味付けは凝ってないけど、おいしいものを心がけています。以前は、料理各々の量は多めで5皿ほどでしたが、現在は量は少なめで7皿ほどにしています。お酒を呑む人向けということもありますが、種類を多くすることで、お客さまが苦手な料理があっても大丈夫なように、という思いもあります」

また、天ぷらや煮物は奥さま、サラダのドレッシングや魚に添える“たれ”を作るのは古川さんと役割を決められているそうです。
「たれを作る時はレシピ本を見ない!レシピ本は目で楽しむ!レシピを学ぶより盛り付けや色合い、他の食材で作ったらどうなるかなどレシピ本を見ながら想像します。あとは食材の香りを大切にしています。たれは、同じものは二度と作れません!」

伺った日のお料理でも、お豆腐には明太子×ごま油×ニンニク、焼き魚にはゆず×ショウガなど、口に入れた瞬間、これなんだろう!と楽しめました。ぜひ、五感をフル活用して、楽しんでいただきたいです。


●合宿≠団体
「陸上に限らず様々な合宿に対応されていますが、そのきっかけは?」
―「元々、団体のお客さんは受け入れていませんでしたが、恩師との繋がりで、中高一貫校の吹奏楽部の合宿を受け入れることになり、受け入れを始めて数年後、一年生だった生徒が引退する年になって。合宿を思って、涙を流す生徒がいたんだよ。これに心を動かされて“合宿を受け入れよう!”と思った。合宿は単なる団体ではなく、子どもたちの成長を見ることができる。一緒に育てている感覚を味わうことができる。OB・OGとして合宿に来てくれる生徒もいるよ」

二階の廊下には、多くの生徒からのメッセージ。ペンションスタートラインでの合宿を経て、次のステップへ。

「自分のスタートライン、初心を忘れないようにとこの名前を付けましたが、今では色んな人にとって意味のある名前になっているようです」

●おわりに
この夏、「星空夜会」や「生き物展」を開催するなど、いつでも新しいことに目を向けていらっしゃる古川さん。生き物や本、写真…ペンションスタートラインにある様々なモノコトが新しい出会いを導いてくれる、そんな場所です。ぜひ、訪れてみてはいかがでしょうか。

ペンションスタートラインホームページ
https://oldriver4.wixsite.com/startline

(須坂市地域おこし協力隊 日下未夕)

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