信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2021/05/20

【移住者受入れ協力求人企業紹介】伸商機工株式会社

Permalink 15:20:35, カテゴリ: インタビュー記事, 求人企業紹介  

伸商機工株式会社「目指すはやさしい縁の下の力持ち」
代表者名:宮川岳洋
従業員数:25名
創  業:1976年(昭和51年)
事業内容:精密板金、溶接加工仕上

須坂市内の風光明媚な塩野地区に立地する伸商機工。社屋のある塩野工業団地周辺は、美しい里山風景と米子川の流れる水の音が心地良い自然豊かな環境です。

「板金」は金属の板を加工して商品化され、生活の様々な場面で活躍しています。商品の一部分として組み込まれることも多く、パソコン用の半導体装置や新幹線ホームのフェンス、山頂を監視するためのGPSポールなど建設物の設備パーツとしても欠かせません。時にはオーダーメイドで注文を受け相談から製作をすることもあります。
2代目となり10年を迎えようとしている宮川岳洋社長に、会社に寄せる思いや社員の働き方、今後の展望について話を聞きました。

●亡き父が残したものづくりの種
「もともとは静岡県で生まれ育ちました。2歳の頃に祖父がいた須坂市に父親の仕事にあわせて家族で移住してきました。後に1976年(昭和51年)に父親が伸商機工株式会社を創業しました。子どもの頃、夏休みになると会社の仕事を手伝いに行って楽しく過ごしたことを思い出します。面白い従業員のおじさんたちがいて戦艦ヤマトを作ってくれたりしました。自分も早く板金の仕事をやってみたいと思うほど仕事場の印象は良かったです。子どもながらに、ものづくりの達成感みたいなものを味わいたかったのかもしれません。その思い出を残してくれた父親も2年前に他界しましたが、楽しかった当時の様子を今でもはっきり覚えています」宮川社長は懐かしいエピソードを笑顔で話してくれました。

●人との関わりから生まれるものづくり
宮川社長は地元須坂市の高校を卒業後、大学進学を機に東京で生活をしていました。
「当時は家業を継ぐつもりはなかったんです。若かった頃は父親と衝突することも多かったですね。ある時、父親が網膜剥離の診断を受けたことを知り、自分の人生の方向性が大きく変わりました。大学生活を終えた私は須坂市にUターンをし、市内の企業に4年間勤めました。家業を継ぐ準備をしながら2011年(平成23年)社長に就任しました。ちょうど東日本大震災があった年、忘れることはありません。経営するなかで先輩や同世代の社長仲間らとも知り合い、現在も共に刺激し合える良い関係づくりができています。人との関わりから、ものづくりのアイデアも浮かび、今では自社のキャンプ用品が須坂市のふるさと納税の返礼品に仲間入りをしました。このように地域貢献につながる商品開発の可能性や課題も見えてきました。父親から会社を引き継いで以降、悩みや壁にぶち当たることもありましたが「父ならこんな時どうやって乗り越えただろう」と亡き姿に思いを馳せることもあります。思い返せば父親は本当に偉大な存在でした」


オーダーメイドの製品から「牛乳什器」


キャンプ用品「もえ太郎」(須坂温泉山の神キャンプ場にて)

●若者が魅力を感じる職場
現在は18歳から70歳代までの社員が勤務しています。残業も少なく、有給も取得できているそうです。基本、毎週土・日曜日が休みで会社カレンダーによっては土曜日が出勤日になることもあります。伸商機工では、未来を担う子どもたちに須坂市の産業やものづくりの楽しさを体験してもらう地域のイベントに参加したり、地元の中学生や高校生の就業体験なども積極的に受け入れています。社員の中には当時、就業体験をした卒業生もいるそうです。学生時代から育っている姿を見ることができてうれしいと宮川社長は話します。就業体験をした社員は当時の印象について「体験をした時は、社員同士でやりとりしながら仕事ができるのが楽しかったです。社長と触れ合えるくらいの会社の規模感や雰囲気が良かった」と体験を通して入社を希望したことを話してくれました。他にもバイクが趣味だと話す社員は「自分のバイクの一部分も板金で作ったりしています。身近なものが板金で作れると知った時は大きな喜びがありました。可能性が広がる仕事です」
皆さんの言葉から伝わってきたのは、板金の確かな可能性を感じながら働いているということでした。

●社員とともに伸びていきたい
伸商機工では「やさしさあふれる会社になろう!!」を経営理念として掲げています。ちょうど10年前の社長就任とともに作ったそうです。
・「おかげ様」お取引様に対してだけでなく社内においても互いに感謝の心を持ち「おかげ様」の精神で!
・「縁の下の力持ち」目立たないことでも相手のために精一杯働く!
・「ずく出せ伸商」嫌なことがあっても逃げ出さず、やる気を持って明るく前向きに!
「この経営理念を作ることを私から父親に提案しました。社内をまとめるためにも必要だと思い、目指す働き方を社員と共有したかったんです。でも当時は父親とやっぱりケンカしながらもめましたけどね」と宮川社長は今だから話せるエピソードを笑って話してくれました。

社員の中には厚生労働省が推進している「ものづくりマイスター制度」で認定された社員もいます。技術を磨くため技能検定などの資格取得に向けた助成金も会社でサポートしています。また始業前のラジオ体操など健康経営に取り組む企業としても認定されています。

「伸商機工で大切にしているのは皆で一つのものを完成させるためのチームプレーです。野球型ではなく、自由に動いてバックアップできるサッカー型だと思っています。そして、「縁の下の力持ち」たとえ目立たないことでも相手を思って精一杯働くこと。人に寄り添い手助けできる気持を共有できる会社にしたいです」宮川社長は今後の展望を話してくれました。
きっと前社長も今頃「こんな時はどうしたらいい?」と困った問いにも喜んで答えてくれているかもしれません。
チームプレーで完成していくものづくり。あなたも様々な可能性を生み出す板金の仕事で自分の魅力を生み出してみませんか。

◆採用情報と応募について
伸商機工は精密板金工場としてお客様の理想を形にしています。データによる加工からオーダーメイドによる加工技術まで積極的な最新機械の導入により制作しています。ものづくりが好きな方、やる気のある方は大歓迎!お気軽にお問い合わせください。

伸商機工株式会社
〒382-0024
長野県須坂市大字塩野1119−3−3
電 話 026-246-8899
FAX 026-246-2535
http://sinsyo-kk.co.jp/

★その他の移住者受け入れ協力求人企業の記事はこちら
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/info.php?id=248

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2021/05/06

須坂おもしろ人物記vol.14「自分の山の間伐材で自分で建てたログハウス」

★自身で育てた間伐材でのログハウス作りに,学生との交流の場の提供も!楽しみが尽きない自由人

こんにちは!地域おこし協力隊の宮島麻悠子です。
須坂で活躍している方へのリレーインタビュー、今回は篠塚久義(しのづかひさよし)さんです。

宮島:ここはログハウスですか?もしかしてご自身で建てたのですか?

篠塚さん:そうそう。うちの山の間伐材で、平成4(1992)年に自分で建てたんですよ。春先に間伐して、冬が来る前に出来上がった。この他にも6〜7軒建てたかなあ。他には平成5(1993)年に東中学校の前のバス停も間伐材で建てたんだよ。


<インタビューを行ったログハウス⋆テーブルの下にはストーブがあって、とても暖かい>

宮島:材料からご自身で育てたとは、すごいですね!どうしてログハウスを作ろうと思ったのですか?

篠塚さん:あれは平成2(1990)年4月28日、仕事で長野市に通っていた時、ラジオで「私は山小屋を3つ持っていてどうのこうの」っていう話を聞いて、うちにある間伐材を腐らせるくらいなら自分でも作ってみようと思って。専門的なことを人について教えてもらうのが嫌いだから、チェーンソー1丁で手を動かしながら作っていったよ(笑)


<これまでに篠塚さんが建てたログハウスの一部>


<仁礼地区・東中学校前のバス停>

宮島:それでできてしまうのがすごいです!それにしても、間伐材がたくさん出るんですね。

篠塚さん:うん。人の手で植林した山は適度に間伐しないと、木が密集しすぎてしっかり根が張れなくなって太い木に育たなかったり、土砂崩れの原因になるんだよ。それに、老木と若木ではCO2の分解能力も全然違うし。今は価格の安い輸入材がたくさん入ってくるようになって、国産材があまり使われなくなっているけど、材さえ選ばなければ国内の木材の需要を賄えるくらい日本には木材がたくさんあるんだよ。

宮島:なぜこんなに日本の林業は廃れてしまったのでしょう?

篠塚さん:やはり林業にかかる人件費の高騰と、輸入材による価格破壊でしょう。間伐のコストは上がって行くのに、国産材の値段は変わらないどころか価格競争で下がっていった結果、林業をやればやるほど赤字になってしまうようになった。今や国や自治体の補助金(間伐にかかった費用を補助する等)なしでは林業が成り立たなくなってるんだよ。

宮島:そうなんですね。でも本当は輸送のコストやそれにかかるエネルギーを考えると、国産材を使った方が良さそうですよね。

篠塚さん:木材でも食材でも地産地消が一番いい。でもみんな「要るもの」より「欲しいもの」を買ってしまう。その土地で育った木材はよそから持ってきた木材よりずっと長持ちするし、生まれ育った場所で採れた食べ物が身体に合わないことは中々ないと思うしね。

宮島:もっと安く、もっと早く、もっとたくさん、を追い求めすぎると、どこかで無理が生じてしまうんですね。ところで、篠塚さんが持っていらっしゃる古民家を蔵の町並みキャンパスの題材として提供されているんですね。

篠塚さん:東京にある文化学園大学との「古民家再生プロジェクト」は2010年からやっているよ。4泊5日で地元の職人さんの指導のもと、座敷の床を張り替えたり、土間の補修をしたり、台所を拡張してきれいにしたり。他、郷土料理を一緒に作ったり、逆に大学の方から天然染色の仕方を教えてもらったりと、地元の方と交流する場を設けています。今もプロジェクトに参加した元学生が訪ねてきてくれたり、交流が続いているのが嬉しいね。


<古民家再生プロジェクトで学生が改修した座敷と台所>


<縁側も学生が制作した>

宮島:素敵ですね!交流といえば、仁礼の公会堂で交流会を主催されているとか。

篠塚さん:「仲良く話しやんしょう会」というカフェを平成28(2016)年頃から2ヶ月に一度開催していました。ここ最近はコロナの影響でやれてないんだけどね。参加費500円で、自分で作ったお米や穀物を使ってひんのべ等の郷土食を作り、寄り合って話しをする会。(前回インタビューした)山上さんがきっかけで結婚した木島平村の女性がやっていたカフェが大元で、分家みたいな感じ。地域の人や古民家再生プロジェクトで関わった学生、地域おこし協力隊など、色んな人が交流できる場なんだ。落ち着いたらまた再開したいと思ってるよ。

宮島:楽しそうですね!最後に、人生において大切にしていることは何ですか?

篠塚さん:一番は誠実・人に嘘をつかないこと・人に親切にすることかな。あとは生きる楽しみを持ち続けること。どんなエリートでも、定年したらただの人。そうなった時に幸せでいられるかどうか。子どもや学生と関わるのが楽しいし、地域の歴史文化を案内するために仲間と古文書の勉強をしているのも面白いよ。


<心に残った言葉を書き留めている>

宮島:生きる楽しみを持ち続けていたら、暇つぶしする暇なんてありませんね(笑)たくさん楽しいお話をありがとうございました。

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篠塚久義 
TEL 026-248-3299
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さて、2018年10月からスタートしたこのリレーインタビューも今回で最終回となりました。私の人見知りが原因で(ほとんど信じてもらえないけれど笑)次にインタビューする方を紹介してもらう形式で始めましたが、思いも寄らない方向へと広がり、楽しい出会いがたくさんありました。これまでインタビューを受けてくださった方、記事を読んでくださった全ての方へ感謝申し上げます。

ありがとうございました。

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The secrets of SUZAKA 信州・すざかのないしょ話

(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2021/03/22

就農移住して2年、この春に独立します!~須坂市は求めるものが揃うまちでした

2021年4月に就農独立し「信州すざか ともよファーム」を始動させる岩田泰聖さん、智代さんご夫婦。2018年12月に就農を目指して神奈川県から須坂市に移住し、以来2年間の新規就農里親研修を無事に終え、新たなスタートを切ろうとしています。来月の独立に向け準備期間中というご夫婦に、移住までの経緯や須坂市の生活について話を聞きました。(※写真は岩田さんからご提供いただきました)

●移住のきっかけと自分自身への気付き
「電車通勤で1時間かけて都内の人材派遣会社で営業マンとして勤務していました。転職した会社ではありましたが、自分が求めていた働き方ではなく違和感があったことで退職を決意しました。自分は何がしたいのかを考えた時『自ら舵取りする仕事がしたい』と思う自分に気付きました。『起業』というキーワードから情報収集をすすめる中で農業に魅力を感じ、国を挙げて取り組む支援制度も整っていたことで『就農』を目指すことを決めました。奥さんには素直に希望を話したところ理解をしてくれました」

ご主人から打ち明けられた奥さんは、当時を振り返って話してくれました。
「それまではプランターですら手掛ける人じゃなかったのに驚きました。ですが、定年もないし、自分も農ある暮らしに憧れていたこともあって、やるなら早い方がいいなと思い賛同しました」

●衝撃を受けた信州須坂のシャインマスカット
「農業をするなら何処に移住しようかと考えた時、夫婦でよく遊びに行っていた長野県が浮かびました。二人とも登山が好きで相当な準備をして登るほどでした。温泉やスノーボードも好きで白馬方面によく来ていました。愛着のある長野県で農業といえば果物だろうと思い、最初はリンゴから情報収集を始めました。東京で開催された就農相談会に参加したのが須坂市との最初の出会いでした。当日は会場でいろいろな市町村に相談しましたが「その後、検討していかがですか?」という連絡をもらったのが須坂市就農担当の方だったんです。とても好印象だったのを記憶しています。すぐに就農体験を希望し須坂市に行きました。体験させてもらった里親農家さんのシャインマスカットを人生で初めて食べたのですが、あまりの美味しさに衝撃を受け『ブドウを作りたい!』と心が決まった瞬間でもありました。その時の就農体験プランもとても良かったです」

●「仕事&生活」条件が揃うまちが須坂市でした
「長野県内いくつかの市町村で就農体験をしましたが、買い物をするのに車で30分かかる場所もありました。その点、須坂市は市内のどこに住んでも車で10~15分くらいで買い物に行くことが出来ます。スーパーの数も選べるくらい多く、ほとんどの種類のお店が揃っています。20年~30年先を考えても便利な生活環境だと思いました。車の免許は移住する前に取得したのですが、須坂市の暮らしをスタートした時はまだ車がなく、徒歩と自転車の生活をしていました。その時に気付いた都会との違いは、スーパーなどに自転車置き場が見当たらなかったことです。あっても端に少しスペースがあるだけでした。それと雨の日の店内入口に傘袋がないことでした。たしかに市内は普段も歩いている人は少ないです。いかに地方は車の生活を基本としているかということがよくわかりました。現在は作業用のトラックと乗用車の2台で暮らしています。買い物は一度にたくさん乗せられて便利です。住む・暮らすという点で須坂市は圧倒的に条件が揃っていました」

●四季を感じられる「ごちそう」の日々
「信州の気候で特に冬を心配する人は多いと思います。実際に暮らしてみると、冬の寒さは想像していた通りで驚くことはなかったです。雪もほとんど積もらないので車の運転も安心しました。とにかく夏が爽やかで、夜もクーラーを使わずに網戸だけで過ごせます。移住前はニュースで季節の変化を知るような環境でしたが、今は実際に肌で体感できて人間らしい生活が送れていると思います。四季を感じられるのは何よりのごちそうです。近くの里山も魅力的で毎日見える景色の変化を楽しんでいます。畑仕事をしながら見る風景は落ち着きますし働くエネルギー源にもなっています」

●独立にあたって
「里親農家さんのもとで2年間の研修期間を終えましたが、ブドウ作りは想像していたよりも楽しいものでした。自分の手で〝ものづくり″をすることは初めてでしたが、体を動かす仕事がこんなにも楽しく心地良いものだということもわかりました。育てているブドウの様子が気になって毎日畑に行きたいと思うことは、まさに農業の醍醐味です。この2年間の研修期間中、先輩就農移住者の皆さんにも会いに行きましたが、会話の中で勇気やエネルギーをもらえたことも大きな力になりました。来月4月からは夫婦2人だけで畑仕事をやっていくことになりますが、意見をぶつけ合いながらも、皆さんの期待に応えられるような高品質なブドウ作りを目指します。これまでの人との繋がりや、いただいたご縁を大切にしていきたいと思っています」

●移住を希望する皆さんへ
「都会の人混みはもともと苦手だったことや満員電車の通勤を50歳、60歳になっても続けることを考えると同じ生活は難しいと考えていました。現在はコロナ禍でも畑で心配なく働けることが幸せです。自分たちは就農体験を通して長野県内の市町村を訪れ、最終的に須坂市に決めました。動くことで時間やお金はかかるかもしれませんが、それが許す限り体験してみることをおすすめします。自分たちも行動しなければ先輩移住者や人との繋がり、そして何よりも大切なシャインマスカットにも出会えませんでした。今、振り返ってみると良かったと思うことばかりです。人生は一度きり。肌で感じられる良い場所を見つけてください」

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信州すざか ともよファーム
https://tomoyo-farm.com/
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(取材者)
須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子

2021/03/05

須坂おもしろ人物記vol.13「アコーディオンで人を幸せにする梨園主は、縁談の神様」

こんにちは!地域おこし協力隊の宮島麻悠子です。
須坂で活躍している方へのリレーインタビュー今回は珍梨園の山上正建(やまかみまさたけ)さんです。

宮島:前回インタビューさせていただいたTEMOの小林さんから、梨農家兼アコーディオン奏者兼色々、と伺ったのですが、本業は梨農家さんになるのでしょうか?

山上さん:まあそういうことにしておきましょう(笑)

宮島:須坂で果樹栽培といえばりんごやぶどうが多いですが、どうして梨を栽培することになったのですか?

山上さん:それはね、神様のお告げだよ。うちは男の子が3人いて、長男のお嫁さんをひっぱるのにどうしたらいいかって考えていたら、ある時、夢で「梨を41種類作ってアコーディオンを聴かせたら嫁さんがくるよ」って神様が言ったんだ。それで、アメリカ・イギリス・フランス・韓国・中国・日本の色々な梨を41種、全部で273本植えて育てることにした。なんで273本かというと、-273℃っていうのは絶対零度で、原子の振動が止まる温度だから。今から14年前(2007年)、清掃センターに持ち込まれたアコーディオン3台を見つけて引き取ってから、しばらくは床の間に置きっぱなしだったんだけど、梨が実をつけるようになってからアコーディオンを聴かせるようになった。そうしたら梨がどんどん甘くなっていってね。そして梨を植えてから7〜8年経った頃、突然正装したお嬢さんが親御さんとうちに来て、「ぜひうちの娘を嫁にもらってくれ」って言ったんだよ。


<梨の木は日光がまんべんなく行き渡るよう、お椀型に剪定する>

宮島:日本昔ばなしみたいなエピソードですね!!アコーディオンを梨に聴かせるようになった頃、NHKを始め複数のテレビや新聞でも取り上げられていたそうですね。

山上さん:お嫁に来てくれたお嬢さんも、報道を見てうちを知ったみたいなんだな。

宮島:実は緻密な作戦勝ち!? そういえば山上さんは縁談の仲立ちもされているんですね。

山上さん:30〜40年前から縁談をやってきて、78組の縁談を成立させてきたよ。お袋から、自分が若いときに縁談を3つまとめておけば、自分の子どもの時は苦労しないって言われていたこともあって。車が普及していなかった時代は、今よりもっと農村にお嫁に来てもらうのに苦労していたからね。おかげさまで自分の子どもたちの縁談はすごくスムーズだった。

宮島:すごいですね。縁談の仲立ちで大事なことは何でしょう?

山上さん:親御さんやその娘・息子と信頼関係を築くことかな。息子や娘と会っていきなり縁談の話をすると、向こうも頑なに拒否したりするから、まずは縁談に関係ない話をして相手の興味関心を引き出し、心を開いてもらうんだな。マスコミの後押しや、日頃の社会貢献も信頼を得るのに一役買っているし、「信州山上流縁談道」を商標登録したのもそのため。ちなみに今いるこの部屋は「成立の間」の看板を掲げて縁談をまとめる場所として使わせていただいているんだよ。


<2018年に”縁談道”で商標登録された>


<市内飲食店の一室に設けられた”成立の間”>

いくら出会う場を用意してあげたとしても、背中を押してあげる人がいないと、縁談の成立は難しい。
時間も手間もかかるけど、こういうのは効率よく簡単に、とはいかない。でもそれだけ大変だったとしても、縁結びができないことは家の断絶を意味し、やがて国が滅びてしまう。国も行政も、もっと危機感を持った方がいいと思うよ。

宮島:結婚するかどうか、子どもを持つかどうかはあくまで個人の自由で、それらをしないことが不幸だと決めつけることはできませんが、世の中の若者がみんな結婚しなくて子どもを持たなかったら、極端な話人がいなくなってしまいますね。結婚したい人が環境のせいで諦めなくてすむ、選択肢を残してあげることが大事だと感じます。かつて「よりモテることが価値」みたいに思われていた時代がありましたが、どうでもいい人からいくらモテてもしょうがなくて、マッチングが大事だと思います。

山上さん:毎年県内25カ所の介護福祉施設を回ってアコーディオンの公演をしているんだけど、ついでに縁談でいい子がいないか探してる(笑)4年前(2017年)、木島平村で自分が世話した夫婦が結婚したんだけど、その時に村をあげて昔の「花嫁道中」をやったんだよ。花嫁の実家から、親戚代表、長持ち唄の歌い手、二棹の長持ち、花婿・花嫁、両親、親せきが行列をつくって、花嫁宅からの約400mを練り歩く、本物の花嫁道中。長持ちは村の中学生に持ってもらって、途中で村の人に餅の代わりにお菓子を配ってさ。あれは良かったな。臥竜公園でもぜひやりたいと思っているんだ。それを見て結婚っていいな、と思ってくれる人が増えてくれれば。

宮島:しかしながら、縁談の世話だったり、アコーディオンで県内の介護福祉施設を回ったり、社会貢献活動に努めていらっしゃいますが、その原動力は何でしょう?

山上さん:28歳の頃、事業がうまくいかなくて追い詰められ、もう人生終わりにしてしまおうかと思ったことがあった。で、自分を手にかけようとした時にはらはらと涙がこぼれてきて、このままじゃいけないと思ったんだ。それから仏門に入り、仏教を学んでからは、世のため・人のために尽くそうと決めた。善因善果(よい行いをしていれば、いずれよい結果に報われる)だな。人を幸せにしたら、自分にとって無限の喜びになる。

縁談の相談を受ける中で、人生に悩み行き詰まっている人と出会うことがあるが、「今まで育ててくれた人、関わってくれた全ての人に感謝を伝えられたら命を絶ってもいいよ。それは自分の親だけでなく、親を産んでくれたその両親、親類だけでなく、友人・先生、これまで生活するのに必要なインフラを提供してくれた業者さんやお店の人、その両親、全員だよ」と言う。名前も知らない人にもたくさん助けてもらって生かされてきたことに気づいたら、そう簡単に人生投げ出せないよ。

そうそう、東日本大震災の10日後くらいに、「銀座通り線開通まつり」で歩行者天国になっていたところに募金箱を持って、アコーディオンで「暁に祈る」という歌を演奏したら、たくさんの人が寄ってきて一緒に歌ってくれたんだ。手押し車を引いたお年寄りも、「本当は現地でお手伝いしたいけど、こんな事しかできなくて。。」と言いながら募金してくれた。みんな報道で現地の惨状を知っていたから、半日で数十万集まるくらいたくさん募金してくれたんだ。仲間が苦しい時に心を共有して助け合おうとするのは、日本人の素晴らしいところであり、根源なんだと思ったよ。

宮島:なるほど。ご自身の辛い経験が周りの人を幸せにする原動力になっているのですね。そして、他人を喜ばせるのが自身の無限の喜びになるというのも、大変共感するお話です。興味深いお話をありがとうございました!次の方を紹介していただけますか?

山上さん:篠塚久義さん。2つ下のいとこなんだけど、農家をしながら地域内がつながるための活動をしてる。大鹿村歌舞伎を須坂に呼ぶための「須坂発ッスル会」も一緒にやってるんだよ。

宮島:ありがとうございます!というわけで次は篠塚久義さんに決定しました。次回もお楽しみに!

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珍梨園
住所:長野県須坂市上八町671
電話:026-246-1540
※公演や縁談のお問合せもこちらへどうぞ
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(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2021/01/05

須坂おもしろ人物記vol.12「愛着を持ってもらえるお菓子を作るのが喜び」

こんにちは!地域おこし協力隊の宮島麻悠子です。
須坂で活躍している方へのリレーインタビュー、今回はTEMO.jp atelier shop(テモドットジェーピー アトリエショップ)の小林恵梨子さんです。

宮島:小林さんのお店、TEMOといえばカラフルなカップケーキと要望に合わせて作ってくれるデコレーションケーキですよね。特にデザインとクリームの装飾の技術がすばらしいです。この技術はどのように身につけたのですか?

小林さん:高校を出てから大阪の製菓専門学校に1年通い、ホテルでウェディングケーキを手掛けたり、タルト専門店でフルーツをふんだんに使った華やかなタルトを作ったり、地元のカフェでカップケーキ作りなどに携わっていました。出産のため退職し、子育てをしながら手作りケーキをSNSで発信していくうちに海外の方との交流が生まれていき、高度な技術とユニークな世界観のアメリカンスイーツに魅了され、研究を重ねました。


〈TEMOの代名詞・ハリネズミカップケーキは味も表情もバリエーション豊かで迷ってしまう〉

宮島:もともと独立開業する夢をお持ちだったんですか?

小林さん:専門学校時代に先生から同じ質問をされて、将来自分のお店を持ちたい、と答えたら、「ハイ、あなたダメね。女の人は無理だよ。結婚したくないの?子どもは欲しくないの?」と言われました。中学生の頃からお菓子作りが大好きで、フードカルチャーコースのある高校に進んで、意気揚々と専門学校に入ったのに。その時はなにくそ、と思うよりも、「えっそうなんだ、もっと早く知りたかった。。」と素直に受け止めてしまいましたが、気をそがれたのは確かですね。

宮島:夢を追って入学してきた若者に対して、ひどいですね。。

小林さん:もしも今お菓子屋さんになりたいから製菓学校に行きたい、という子がいたら止めますね。本当に好きなら早く現場に飛び込んでしまった方がいい。いくつになっても、学校には行けるから。

宮島:同感です!現場で経験を積むことが何より学びになりますよね。しかしながら、今こうして自分のお店を持って人気店になっているのはすごい事です。

小林さん:でも、独立したのはお菓子作りをやめようと思ったことがきっかけなんですよ。ある時急に燃え尽きてしまって、もう他のことをしようかな、と。でも、考えるうちに「やめるのは自分次第。いつやめてもいいなら、やりたいことをやり切ってからにしよう」という結論に至ったんです。独立すれば自分の責任のもと、自分の力を知ることができる。一念発起して、2018年6月に開業しました。


〈美しいだけじゃない!生クリームは3種をブレンドして使用するこだわりよう〉

宮島:お菓子作りで大切にしていることはありますか?

小林さん:アメリカンスイーツのようなオリジナリティ溢れるケーキを作りたいという気持ちもありますが、誰にでもおいしく食べてもらえることが一番大切だと思います。あとは、オーダーケーキに関しては、お客さんに寄り添って希望を実現すること。自分が発信するケーキについては、お客さんに食べてもらいたい!自分も食べたい!という思いを乗せることですね。そうしていたらお客さんが店に愛着を持ってくれるようになってきました。また、須坂はフルーツの最先端だけあって、お客さんが新しい品種を教えてくれることも。そうして一緒に作っていくのが楽しいです。


〈非対面販売として始めた無人販売は不定期開催 インスタで告知されるので要チェック!〉

宮島:素敵ですね!これからも美味しいケーキ・スイーツを楽しみにしています。さて、次の方を紹介していただけますか?

小林さん:洋梨農家兼アコーディオン奏者兼色々な山上正建さん。面白い人といったらこの人が一番かと(笑)

宮島:ありがとうございます!というわけで次回のインタビューは洋梨農家兼アコーディオン奏者兼色々な山上正建さんに決定しました。お楽しみに!!

TEMO.jp atelier shop(テモドットジェーピー アトリエショップ)
住所:長野県須坂市小山穀町497-4
電話:026-476-2486
OPEN 11:00〜17:00
定休日:火・水・日曜(不定休・催事月は休業)
https://temocake.wixsite.com/mysite

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(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

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