信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2019/11/05

須坂温泉の愉快な仲間たちvol.6「須坂まるかじり市出品者で移住して5年の田中果樹園さん」

地域おこし協力隊の早川航紀(はやかわこうき)です。
今回は、令和元年6月須坂温泉に新しくできた農産物直売所【須坂まるかじり市】で、旬のフルーツや須坂産の魅力ある商品を販売していただいている田中果樹園の田中哲さんをご紹介いたします!


(田中夫妻、家族5人で須坂に移住)

田中さんとの出会いは【須坂まるかじり市】のオープン前。元々須坂の山の方でヤギや羊、鶏を飼っている面白い移住者がいると噂には聞いており、是非須坂温泉に商品を置いてほしいとアプローチをしに伺いました。

●これ以上登ったら山に入っちゃうよ…という所で古民家とヤギを発見
須坂市豊丘という名前の通り景観が素晴らしく、また特産品である野沢菜やトウモロコシが美味しい土地に田中さん家はありました。【須坂まるかじり市】に須坂産の特産品を置きたいので協力して欲しい旨を伝えたところ、「同じ移住者として応援してるよ!」と快く快諾してくれたのを覚えています。そして、その足で田中さんの畑や鶏舎等を見学させていただきました。

●有害鳥獣ハンターとして天性の才能を発揮
元々、畑や果樹園が多い須坂では山から下りてくる猪や鹿、ハクビシンなどの小動物が悪さをすることが問題となっており、田中さんも昨年に狩猟免許を取得。新人ハンターだとは思えない程、畑に悪さをする有害鳥獣を捕獲し、豊丘地区の治安を守ってくれています。
毎朝メルマガのように捕獲報告をくれます。(笑)


(こんな感じで写真が送られてきます)

●田中果樹園自慢の商品
田中果樹園で大切に育てられたヤギの乳から作られた「ヤギミルク石鹸」は肌に優しい!デザインが可愛い!と【須坂まるかじり市】でもリピーターの方もいる人気商品です。また、ぶどうの品種「黄玉」でつくったレーズン「RAISIN」は田中さんが納得いくまで試作し完成した自慢の商品です。噛めば噛むほど「黄玉」の豊かな味が染み出してキャンディのようにずっと口に入れておきたくなる逸品です。


(人気のヤギミルク石鹸)

●田中果樹園の新たな取り組み
家族で大切に育てた果物を色々な形で味わってもらいたいとの思いで、2019年の今年は新作のジュース2種「AKIBAE」「grape juice」を新発売。今後、須坂市豊丘に動物達ともっと触れ合える場所をつくりたい、ジビエ料理を提供できるお店をつくりたいと常に好奇心旺盛で行動力のある姿はとても素敵です!


(奥様がデザインしたとのこと)

●須坂に移住して5年、住み心地はどうですか?~インタビュー~
須坂は雨も少なく、温暖で程よく乾燥していて暮らしやすいです。魅力的に思うのが須坂は「田舎すぎず、都会すぎないところ」。山もあって川もあって町もある。思い付きで行動するのに何でもできるところが最高です。移住のきっかけは友人にもらった長野県産のりんごの味。豊かな須坂で大切に育てた野菜や果物は本当に格別なので、もっともっとたくさんの人に食べてほしいです。移住者も多く、地元の方も優しいので困ったことがあってもたいていなんとかなりますよ。

須坂温泉古城荘 公式ホームページ
https://kojousou.co.jp/

(須坂市地域おこし協力隊 早川航紀)

2019/09/05

須坂おもしろ人物記vol.5「創業1902年!伝統を守りつつ革新に挑戦する老舗お寿し屋さん」

インタビュー第四号は、お寿し屋さん「松風」のご主人「丸山敦史さん」です。

宮島:まずお店の歴史をおさらいしてみたいと思います。
◎1855(安政2)年、須坂藩一万石・清水 伊助が料亭 松ヶ枝 開業。須坂藩御用達となる。
◎13代須坂藩主・堀 直虎の祐筆だった須坂藩士の野平 野平(のだいら やへい)の弟・為助が江戸上屋敷の料理人として仕えていたのち明治維新を迎え、須坂へ帰郷。
料亭「松ヶ枝」を継ぎ、著名人をはじめ生糸の仲買人などを迎えてきた。(現在は廃業)
◎1902(明治35)年、清水 為助の子・初代 丸山 儀兵衛が須坂初の寿し屋を開業。
太巻き寿し、鍋焼きうどんをはじめる。寿し屋として初めて須坂料芸組合に加盟が許される。
◎二代目が、寿し・割烹・仕出しを始め、冠婚葬祭といったら松風と言われる。
◎三代目が伝統を引き継ぎ、2002(平成14)年、現在の店に新築リニューアル。
◎四代目の丸山さんが信州須坂老舗百年會設立に携わり加盟。2014(平成26)年、長野県百年企業<信州の老舗>表彰を受賞。
開業は1902年とのことですが、それ以前から須坂の歴史に関わっていたのですね。そして、当初は鍋焼きうどんも出していたんですね。

丸山さん:創業時からお寿しがメインではありましたが、夏はかき氷、冬は鍋焼きうどんと、季節に合わせて色々出していたようです。

宮島:メニューはどんなものがあるのですか?

丸山さん:お寿司は決まったメニューがありますが、会席料理は目的と予算に合わせて毎回メニューを作ります。お祝い・法事・接待・会食でご利用いただくことが多いです。今もメニューにある特製太巻き寿しは創業時からの定番で、生糸の仲買人やおもてなしの場でよくお出ししていたようです。昔の須坂は生で食べられる新鮮な魚が入手しづらかったので、このような鮮魚を使わないお寿しが主流でした。他、お持ち帰りや出前もやっています。

宮島:創業当時の太巻きを今もいただくことができるのはすごいですね!丸山さんが幼少の頃、お店を継ぐことを意識されていましたか?

丸山さん:いや、全然(笑)お父さんからも「好きにしていいよ」と言われてましたし。でも結局高校を出てから東京の料理の専門学校に進みました。何で料理だったのかというと、他にやりたい事を見つけられなかったからです(笑)今みたいにインターネットなんて無かったから、進路を考えた時に、地元の企業とか公務員とか身近な職業は想像はつくけど、それ以外にどんな職業があるのかなんて知ることが無かった。家は料理屋だから、料理の仕事がどんなものかは知ってた。知ってる職業の中でどれがいいか考えた結果、料理がいいかな、となりました。

宮島:今の子はキャリア教育として職業体験をする機会もありますし、何よりインターネットで情報が格段に取りやすくなった。うらやましいですよね。東京にはしばらくいたんですか?

丸山さん:専門学校で調理師免許を取得してから、4年ちょっと東京の会席料理店などで働いていましたがお店を建替えることになったタイミングで実家に戻ってきました。お寿しに関してはそれまで修行したことが無かったので、お父さんから教わりました。

宮島:そうなんですね。仕事で大事にしていることは何でしょうか?

丸山さん:うーん、たくさんありすぎて何から話したらいいか。。
・まずは「質を落とさずにお客さまの要望に最大限応える」
限られた予算の中でも素材の使い方を工夫するなどしています。年配の方はあまりたくさんは食べられないから、ボリュームを抑えめにしたり、逆に若い方だと食べ応えも意識したりします。
・次に「メニューのバリエーションを増やすこと」
例えば、「鯛」という1つの食材でどれだけ多様な調理ができるか、「お椀」というカテゴリーでどれだけ新しいメニューができるかを追求しています。何度も足を運んでくださるお客さまには、毎回新しいメニューを味わって欲しいんです。
・会席は「季節の食材に合わせた料理をつくり、一番美味しい状態でお客さまに提供すること」
温かい料理は温かく、冷たい料理は冷たく、一品ずつご提供しています。
・お寿しは「代々受け継ぐ所は大事にした上で、お客さまに喜ばれるよう変化をつけること」
・お客さまの目に留まる掛物や器も、季節や目的(法事、節句など)に合わせて変化をつけています。
・「体調管理」も大事ですね。調理を全部一人でやっているので、自分が倒れたら休業することになってしまいます。
・あと、大事にしていることとはちょっと違うかもしれないけど、常に天気はものすごく気にしています。台風で漁ができなかったら仕入れられないですし、大雪で物流が遅れても影響が出ますから。

宮島:なるほど。仕事に対する真摯な姿勢をすごく感じます。ちなみに仕事は好きですか?

丸山さん:これは、、好きかどうかまだ分からない、が本音ですね。。。
100年続けていると、何でも自分の好き勝手にできるわけじゃないんですよね。これまでの歴史とか伝統から逸脱することはできないですし。でも嫌いではないんだと思います。

宮島:老舗の看板を背負って立つということは、好きだから続ける・イヤだから辞める、という問題ではないのでしょうね。でも常に新しいメニューを追求することを大事にしているあたりは、やはり好きでないとできないような気もします。色々お話聞かせていただきありがとうございました!次の方を紹介していただけますか?

丸山さん:雅ペイントワークスの竹内 智義さん。自分と同い年で、須坂商工会議所青年部でも一緒です。お店の塗装もやってもらってます。

宮島:ありがとうございます。というわけで次のインタビューは雅ペイントワークスの竹内 智義さんに決定しました。次回もお楽しみに!

(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2019/07/22

豊洲フルーツハリウッド農ガール物語vol.7「夫婦お互いのいたわりが大切」

みなさんこんにちは。2017年6月から須坂市豊洲地区で活動している地域おこし協力隊の成田あゆみです。私が活動している豊洲地区は長野県でも有数の果樹地帯です。そこで、豊洲地区に嫁ぎ農家となって活躍する魅力的な女性を紹介します。

●きっかけはお見合い
今回ご紹介するのは、(私も住んでいる)南小河原町のBさんです。
Bさんは長野県千曲市の出身で、ご主人との出会いのきっかけはお見合いでした。ところがこのお見合い、Bさんにとっては仲介人の顔を立てるためのもので、結婚まで話を進めるつもりはありませんでした。しかし実際に会ってみればとんとん拍子に話が進み、そのまま結婚するに至ったそうです。ただ、お見合い後は時間がたつにつれ、自分に農家の嫁が務まるのかという不安な気持ちと、当時の風潮として農家だけでは食べていけないというものがあり、思い切ってご主人に相談したそうです。しかし、それを聞いたご主人の「大丈夫!」という力強い言葉に「この人がここまで言うのなら」と、結婚に踏み切る決意をしました。
結婚したあとは、他の仕事にお勤めしながら繁忙期にお手伝いできれば良いかな程度に思っていて、実際お子さんが生まれるまでは外で勤めていたそうです。しかし子育てが始まり、家にいる時間が長くなると、少しずつ、少しずつ畑に出ることが増え、気づけば20年、今では立派な果樹農家です。

●苦労した分嬉しい収穫
Bさんの家ではぶどう・りんご・プルーンを主に栽培・出荷しています。そのため、今の時期は特に忙しく、あとからあとからやることが出てきます。今でこそ20年の実績や経験があり、なにより体も慣れていますが、最初の2~3年は毎年最初の3日間を乗り切るまでがつらかったそうです。ぶどうで例を挙げるならば、畑での作業は常に上を向く体勢です。しかもBさんの家の当時のぶどう棚は現在より低く作られていて、足を大きく広げて踏ん張って上を向くという体勢でないと作業が出来ませんでした。私もぶどう畑で作業したことがありますが、ずっと上を向いているのに加え腕もずっと上げているので作業に参加した日の夜はすぐに寝落ちしてしまうくらい体が疲れてしまいます。私は、ときおり参加する位だからかもしれませんが、体はなかなか慣れないです。Bさんは、それでも毎年苦労する分、無事に収穫を迎えると、それだけでとても嬉しく、またどんな風に成長するのか考えながら作業するのは楽しい、1年かけてこの日のために働いているようなものだと言いました。だから台風や大雨の予報が出ると、それだけで憂鬱になるそうです。実際に結婚してすぐのころ、とても勢力の強い台風がきて地面が真っ白になるくらいりんごが落ちた年がありました。当時はまだ畑に出てはいませんでしたが、それでも今でも記憶に残っているくらい強烈な出来事だったそうです。

●これからやりたいことは?
「畑で流すラジオから行楽シーズンの話が聞こえてくると、あぁ自分には縁のない話だなと思ってしまうから、そんな風に思わずに主人と2人でゆっくり旅行に行けるようになりたい」と答えてくれました。
これまではお子さんのために、そしてお子さんがいるからこそ頑張ってこられた部分があるといいます。だからこれからご主人と2人になったらいろんな所へ行ってみたいそうです。
農家は夫婦がお互いにいたわりあうことが大事、一人では難しくても二人なら何とかなる。お互いに支えあい、大切にしてこそ毎年収穫までこぎつけることができると感じるそうです。

これまで取材してきたみなさんにも言えることですが、「仲が良い!」と思います。同じ目標(収穫)に向かって協力しながら進んで(作業して)いるからなのでしょうか?うらやましいですね。是非、お二人でこれからいろんな所へ出掛けて行ってほしいと思います。

(須坂市地域おこし協力隊 成田あゆみ)

2019/07/05

【移住者受入れ協力求人企業紹介】オリオンシステム株式会社

<須坂しごとラボVol.28>
オリオンシステム「経験を活かして活躍できる仕事」
代表者名:山中義夫
従業員数:83名
創  業:昭和57年(平成28年社名変更)
事業内容:総合ソフトウェア開発、SIサポート業務、IT関連機器・各種パッケージソフトウェアの販売及び保守

須坂市には、精密空調機や冷却機などの産業機器や酪農機器を開発から製造・販売まで行っている須坂市最大企業のオリオン機械株式会社があります。
オリオングループは全部で29社あり、このうちソフトウェア開発やIT機器販売・SIサポート業務を展開しているのがオリオンシステム株式会社です。
1982年(昭和57年)に株式会社システムクリエイトとして設立し今年で38周年を迎えます。
2016年にオリオンシステム株式会社へ社名変更し、現在は大手メーカーをはじめとする企業のビジネスパートナーとして、オリオングループをITで支えている企業です。
2019年から社長に就任した山中義夫さんをはじめ総務部長の霜田さん、専務取締役の多賀さんに、オリオンシステムでの働き方について話を聞きました。

●設立から38年目を迎えます
オリオンシステム本社は須坂市の玄関口である須坂長野東インターチェンジ近くに立地しています。オリオングループをITで支え、システム開発からIT機器の提供、サポート、運用保守、インフラ構築までトータルで提供をしています。
今年(2019年)4月から社長を務めるのは、親会社のオリオン機械でこの3月まで総務部長を務めていた山中義夫氏(62歳)です。
オリオン機械在任中は、経理、経営企画、広報、社長秘書室を経験し、総務部長として、総務、人事、情報システムを統括するなど、管理部門の幅広い経験を経て社長に就任されました。2019年度の会社のスローガン「感動を呼ぶ仕事をしよう」は、社屋から望める感動的な美しい山々を背景に働くことができるオリオンシステムならではのスローガンかもしれません。

●オリオンシステムの働き方や社内の様子
現在のオリオンシステムの社員数は男性76人と女性7人の合計83人。女性の働き方にも理解をし、今後は増やしていきたいと山中社長は話します。
「年齢で言うと30代後半から40代が多いですね。逆に25~35歳の社員が少ないです。最年長では60歳の方がいます。再雇用で65歳まで働けます。北信地域の企業に対するIT機器販売やシステム開発請負のほか、親会社であるオリオン機械の基幹システムの開発を親会社とともに担当しており約10人が配置されています。他には30年来のお付き合いがある大手パートナー企業に30人が常駐しています。仕事の内容はフロントSE業務(システム提案、設計、構築等)、SIサポート業務(保守、リモート障害対応等)です。SIサポートの一環として24時間365日のサポートも対応しています。社員の居住地は、須坂市内のほか、20~30分で移動できる隣の長野市が多いですが、1時間ほどかかる飯山市からも通勤している社員もいます。若手社員はスキルを身に着けるため、東京・名古屋で勤務することもあります」

「今年は5人の新卒を採用しました。中途採用では昨年1人が入社しました。中途採用では現場での開発やSE業務の経験ある方であれば即戦力として活躍してもらえるのではないかと思います。オリオングループは社員を大切にする会社です。年間を通じて人材教育に力を入れており、節目には、グループ全体での経営理念研修も実施します」
「社内行事では、バーベキューやビアガーデンの親睦会や国内外への社員旅行、また須坂の夏を飾るカッタカタまつりの踊り連参加などがあります。研修行事とあわせて行いながら社内のコミュニケーションづくりを図っています」

●Uターン移住で働く社員
総務部長の霜田律子さんは須坂市出身。
東京で生活を送っていましたが、地元に戻った方が自分らしい人生を送れるかもしれないと考え、約10年の都会暮らしを終えUターンしました。
「東京では片道1時間半の通勤時間が当たり前でした。電車が次から次へと来るので時間を気にすることが薄れていました。都会は華やかですが殺伐とした感じでしたね」

専務取締役の多賀琢さんは隣接する長野市出身。昨年(2018年)7月に奥様と埼玉県からUターンしました。経験を活かしてオリオンシステムに転職し、ちょうど一年を迎えるところです。
「両親の世話も考え実家のある長野へ37年ぶりにUターンしました。とにかく長野は野菜など食べ物が美味しいです。ちょっと太ったかも。野菜は農産物直売所や行きつけのスーパーで購入します。長野に戻ってからは使える時間が増えました。自分で料理をする時間ができましたし、本を読む時間も増えました。」
「オリオンシステムは経営陣がきちんと社員に向き合う会社です。組織単位ではなく個人単位で社員の気持ちに寄り添う事を大事にします。都会の働き方のように能力を競うことより、チームで協調性を持ち「この仕事が楽しい」と言える社風に共感できる方が向いているのではないでしょうか。地道にキャリアを積めるような前向きな方に合う会社だと思います」

●希望する人材
山中社長は希望する人材について話してくれました。
「システムを作る仕事は経験値が大事なので年齢の固定をしていないです。少し前の時代のシステム言語が担当できる人は貴重ですね。年齢は関係なく、経験とノウハウを活かして即戦力となってくれる人を求めます」
まずは社員一人ひとりが幸福感を持って働けることが大事だと言います。オリオンシステムは、グループが掲げる「すべてはお客様のために」のスローガンのもと、お客様が満足できる製品づくりを目指しています。

見晴らしの良い応接室から見下ろすと赤い屋根の井上保育園と元気に遊ぶ園児たちの姿が。ビジネスパートナー企業がこのオリオンシステムを「リゾートオフィス」と言ったほど。見渡せば景色を遮るものはなく、広い空と美しい山々が心を和ませてくれます。
このリゾートオフィス「オリオンシステム」で経験豊富なあなたが即戦力となる姿を実現してみませんか。

◆採用情報と応募について
オリオンシステムは、システム開発からIT機器の提供、サポート、運用保守、インフラ構築までトータルで提供しています。また、企業に社員が常駐し24時間365日運用を保守するサポート業務も行っています。現在システムエンジニアやプログラマーを募集しています。経験のある方で前向きな方を歓迎します。会社説明および見学も随時受け付けていますのでお気軽にお問合せください。

<お問合せ先>
オリオンシステム株式会社
〒382-0047
長野県須坂市大字幸高279番地10
電 話 026-246-2998(代表)
FAX 026-248-0984
http://www.orionsystem.co.jp/index.html
担 当 : 霜田、森
E-mail: recruit@orionsystem.co.jp

★その他の移住者受け入れ協力求人企業の記事はこちら
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/info.php?id=248
★移住支援信州須坂モデルとは
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/talk.php?id=185
★移住体験ツアー随時開催中!ご希望の事業所をご案内します
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/event.php?id=113

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2019/06/20

【移住者受入れ協力求人企業紹介】協和テクノ株式会社

<須坂しごとラボVol.27>
協和テクノ「目指すは日本の農業を守る会社」
代表者名:飯川暁則
従業員数:8名
創  業:昭和44年(平成8年社名変更)
事業内容:鳥獣害防除器具の製造・販売、電気柵や獣害フェンスの販売・施工、防音ボックスの製作

近年、日本ではサルやシカ、イノシシなど野生動物による農作物への被害が問題になっています。
須坂市も山際に耕作放棄地や遊休農地が広がるため、そこを通って里へ出没するケースがあります。
農業者は経済的な損失とともに、働く意欲が減退するという悪影響にまで及んでいます。
この問題を解決するため、電気柵の設置など鳥獣害対策に関わり活躍しているのが協和テクノ株式会社です。
市街地からも近く、須坂市を代表する里山「臥竜山」を目の前に眺める場所にあります。
飯川暁則社長に協和テクノの取り組みや希望する人材について話を聞きました。

●都会暮らしからUターンで家業へ
協和テクノは昭和44年(1969年)に創業し、今年(2019年)でちょうど50周年を迎えます。
2代目の飯川暁則社長は現在47歳。市内の若手経営者の勉強会にも積極的に参加しながら学び続ける社長です。 

「須坂市で生まれて高校まで過ごしましたが、卒業後は東京の専門学校へ進学し、以降ずっと都会で暮らしていました。須坂に戻った方がいいのかなと考えることもありましたが、離れて暮らしていた父親から「得意なパソコンを使ってホームページを作成してくれないか」と言われ、自分が会社に必要とされていることに気付き、29歳の時にUターンをしました」

●鳥獣対策のものづくりに携わるまで
「協和テクノの前身となる協和電工長野株式会社は、電子部品の下請け会社として父親が始めました。時代とともに景気が悪化し、中国経済の影響を受けるようになった頃、農業関係者から「畑から聞こえる獣対策用のガス爆音機がうるさいので何とかならないか」という相談を受けました。ここから鳥獣対策の研究が始まり、ガスの爆音に代わる機械を作ることになりました。鳥獣対策が始まった頃に父親が他界し、代替わりによって自分が社長になりました」

<自社製品から>サル・イノシシ・クマなど専用の撃退器

鳥獣害対策への取り組みが始まったところでの代替わりは、大変であったと同時に学びの多い時期だったと飯川社長は話してくれました。
「下請け仕事が激減し、鳥獣害製品もまだ立ち上げ段階だったこともあり、とにかく仕事がなくて見つけることに必死でした。まずは農業者が希望する鳥獣対策機器の製造に一生懸命取り組み、農家さん向けのホームセンターへ出向いて実演販売もしました。外に出て現場をまわったことで営業力を学ばせてもらったと思います。そんな中、防音ボックスの会社社長との出会いから、防音ボックスの製造も手掛けることになりました。鳥獣害対策の業務も徐々に北海道や沖縄までお客様の範囲が広がり、大きな農場用の電気柵の注文を受けるなど、ネット販売も機能し始めました。コツコツやってきたことでここまで繋ぐことができました」

●鳥獣害対策への取り組み
協和テクノの理念は「日本の農業の発展を支援していく企業」「地域社会、自然環境に貢献する企業」です。
須坂市では自然との共存を目指し農業者を守るため、地域住民・企業・市が連携し鳥獣害対策に取り組んでいます。
市内の山際の地域では協和テクノのサポートで電気柵の設置を順次進めています。
設置している電気柵は世界的にも効果が認められているガラガー社(ニュージーランド)の製品。協和テクノは、このガラガー社の販売代理店としての役割も担っています。
今後も須坂市では、設置した電気柵に加えて協和テクノが自社で開発・製造した遠隔監視システム機器『エフモスJr.』を順次設置することにしています。これは設置現場に行かなくてもスマホで電気柵の電圧確認ができるという優れものです。
このような取り組みができる企業の存在は近隣地域でも珍しいため、地元に貢献できる強みでもあります。


電気柵監視システム『エフモスJr.』

●好きな自然に関わって貢献できる仕事
静岡県出身の野田さん(41歳)は、地元静岡で働いたのち新潟県の専門学校を経て協和テクノに就職をしました。
現在は隣接する長野市で奥様と2人暮らし。就職してちょうど一年を迎えたところです。

「専門学校では自然関係の学科で雷鳥の生態調査について勉強していました。もともと自然が好きで登山やシャワークライミングなど仲間と楽しんで20年になります。自然ガイドの資格も取得しています。東京で開催していた獣害のリクルートイベントで飯川社長が声を掛けて下さったことがきっかけとなり、自分がこれまで関わってきた自然界への思いが重なって協和テクノに就職することになりました。現在は営業を担当していて製品を広めるのが役目です」
「せっかく苦労して作った農作物も鳥獣によって荒らされてしまうことはある意味「災害」でもあります。獣害によって農作物が作れなくなると農業者が家にこもってしまうというデータもあります。協和テクノの鳥獣害対策は、それを解決するための重要な仕事です。協和テクノは少人数で、相談事や自分の意見を直接社長に届けられるのが魅力です。信頼して仕事を任されていることは責任を感じますしやりがいもあります。社会に大きく貢献できる会社として、これからも県内のみならず他県にも知ってもらい、協和テクノの製品を広めたいです」

●日本の農業を守る人材
協和テクノは長野地域だけでなく全国各地で開催される展示会にも積極的に出展しています。
鳥獣被害が多い地域の農家さんと直接会って現場の声を聞くことも大切にしています。
「お客様一人ひとりの気持ちになって一生懸命製品づくりに取り組んでいます。製造も営業もそれぞれが集中して丁寧に、そしてスピード感を持ってサービスを行うことを目標にしています」
「希望する人材は、電気関係に詳しく電子回路が組めたりマイコンのプログラミングに興味がある人経験のある人が理想です。専門的な知識があれば製品づくりに直ぐ取り掛かれると思います。SEの知識だけでなく技術も必要になってくるかもしれません」
「とにかくいい会社ですよ」としみじみと心から話してくれました。


<来日したガラガー社との打ち合わせでお客様のニーズを伝えました>

豊かな自然に囲まれた須坂市で、協和テクノはアイデアと技術力をもとに農業者や住民が安心して暮らせる町づくりに貢献しています。
日本の農業を守るのは技術力と自然を愛するあなたの思いかもしれません。

◆採用情報と応募について
協和テクノは、ものづくりと販売の両面から日本の農業を守るサポート会社として地域社会や自然環境に貢献しています。働く人の意識や希望を尊重し、お互いに成長しあえる環境の中で楽しく働ける職場です。協和テクノでは機器の製造に関わる電子回路やプログラムに興味をお持ちの方、電気関係に詳しい方を募集しています。経験のある方はもちろん、お持ちのスキルが活かせるかご相談にも応じます。会社説明および見学も随時受け付けていますのでお気軽にお問合せください。

<お問合せ先>
協和テクノ株式会社
〒382-0028
長野県須坂市臥竜6丁目12番1号
電話 026-245-5438
FAX 026-245-5448
https://www.kyowatecno.jp/

★その他の移住者受け入れ協力求人企業の記事はこちら
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/info.php?id=248
★移住支援信州須坂モデルとは
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/talk.php?id=185
★移住体験ツアー随時開催中!ご希望の事業所をご案内します
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/event.php?id=113

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

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