信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2018/12/05

【移住者受入れ協力求人企業紹介】株式会社ニットー

<須坂しごとラボVol.23>
ニットー「研磨技術で世界に貢献する会社」
代表者名:牧 恵一郎
従業員数:140名
創  業:昭和18年(明治10年から角一牧製糸所)
事業内容:光学ガラス、半導体部品等の精密平面研磨加工及び切断面取り外形加工、建築用アート硝子製造、産業機械組立

須坂市は、明治から大正にかけて製糸業で栄えた町です。今も当時を物語る蔵屋敷がたたずんでいます。株式会社ニットーも明治10年に製糸業を家業として始まり、その後コンデンサーの製造、双眼鏡レンズの研磨などを経てガラスの研磨技術のスペシャリスト企業として成長を遂げてきました。現在は本社屋を須坂市八重森に構え、本社を含む3つの工場と台湾の関連会社で事業を展開しています。
本社の直ぐ真横には上信越自動車道が走っており、社屋3階からは須坂市を取り囲む美しい山々の風景が広がります。

ニットーは4代目となる牧恵一郎社長の下、社員140人が最高レベルの研磨加工技術で生活に役立つ製品づくりに取り組んでいます。総務課長の青木孝史さんにニットーにおける仕事内容や社員の働き方について話を聞きました。

●高い精度と量産化を実現する事業
ニットーが手掛ける研磨製品は、スマホ・有機EL・光通信機器・防犯カメラ・医療用レンズ・EV(電気自動車)・複合機・各種センサーなど身近な物から専門部品まで対応しています。
「2017年からは専属デザイナーと業務提携を結び「Re-Glass Labo」ブランドを立ち上げ、建築用アート硝子「雪花硝子」の生産・販売を始めました。2020年東京オリンピックの施設にも採用されることが決定しています」
雪花硝子は壁材から家具にわたり和洋折衷の空間を引き立たせる芸術的製品で、本社ロビーにも美しいオブジェやテーブルが展示されていました。

建築用アート硝子の「雪花硝子」


ニットーが行う研磨加工は、ラッピング、ポリッシングと呼ばれる工程を経て、超純水での洗浄、検査、出荷へと進み市場に送り出されます。製品の量産化とともに極限まで追求した最高レベルの加工技術は、自社で開発している両面研磨機が実現を可能にしました。
「研磨加工の技術は肉眼では見えない世界です。加工物が平らなほど電気も伝わりやすくなりますし強度が増します。他企業からも製品の精度を上げたいという試作依頼を受けることもあり、研磨加工の種類の多さは県内でも唯一の規模を誇ります。エネルギー管理の優良事業所として中部電力から表彰も受けるなど環境意識が高いのも特徴的です」
青木さんは、ニットーの技術が多方面で活躍していることを話してくれました。

●社員の働き方
ニットーの勤務時間は朝8時から17時で、土曜日と日曜日の週休2日制です。残業時間も1ヶ月あたり6時間程度(2017年平均)と働きやすい会社です。毎日の朝礼では前日までの課題を報告し合い、皆で共有をするそうです。青木さんに働く社員の様子や会社の福利厚生について伺いました。
「海外の工場は現地の人が働いているので、須坂市から転勤の心配はありません。女性社員は出産を経て復職する人も多く仕事と家庭の両立ができる職場です。比較的に災害が少ないことや、豊かな自然に囲まれた地理に納得してIターン就職をする若者もいます。今まで移住された方からは、長野というイメージの割には雪も少なく生活しやすいという感想も頂きます。」
「誕生月や自分の子どもに関係する記念日などのアニバーサリー休暇が年3日取得できます。納涼会や忘年会もありますが、今後考えているのがボーリングなどの球技大会で健康に関するイベントです。社員の健康管理を進めて“健康経営”企業を目指していこうと思っています」
また、ニットーでは社員教育や研修制度も整っているので段階を経てスキルの習得が可能です。社内研修をはじめ、専門分野における外部研修に参加したり自社内で行う講習会などに取り組んでいます。

納涼会の様子

研修風景

●適正を見極めてくれる会社
ニットーでは技術職を中心に中途採用の応募も受け付けています。学歴も大卒、高卒を問わず前職の経験により採用を決定しているそうです。青木さん自身もニットーに転職をされた一人です。

「大学進学とともに地元の須坂市を離れ東京で暮らしていました。卒業後は、そのまま東京で不動産会社に就職し2年間勤務しましたが、須坂に戻ることを決めて仕事を探していたところ派遣社員としてニットーを紹介され製造業にやりがいを感じ入職しました。翌年に正社員として製造へ配属され、その後も購買や営業などを経て現在の総務課に至っています。現在の仕事は人事労務や原価管理、情報管理統括を担当しています。派遣社員としてスタートした私自身が実際に体験して思ったことは、ニットーは社員の適性を見極めてきちんと評価してくれる会社だということです」
青木さんは東京に出たことで改めて須坂の良さも知ったそうです。休日の過ごし方も人混みの多い東京とは違いゆったりできること。そして、子どもを育てるのは東京じゃないかな?とも感じたそうです。

●求める人材
「通年で生産技術部門における人材を募集しています。理系出身を希望しますが前職の経験によって柔軟に判断させていただき採用となる場合もあります。研磨加工の最終検査は大量の製品から傷の有無を確認する作業工程なのですが、一つのことを淡々とこなせるのは傾向として女性の方が向いているのかもしれませんね」
「見極めたい適性は、決められたルールに合わせた行動がとれる人や細かい物事に対応できる人、集中力があって仕事の相性が合う方が理想的ですね。枠にとらわれず柔軟な考えを持っていたら新しい発想もできると思います。現状で満足するのではなくチャレンジ精神も大切。悩むことも前向きにとらえられる人がいいですね」青木さんは働く仲間として、その人をきちんと見極めた人事を行っていることを話してくれました。

ニットーは、最高レベルの研磨技術でIoTやAIなど最先端分野を支えている会社です。雪花硝子が見せる繊細な姿からはガラス製品の無限の可能性を感じます。研磨加工の仕事に携わることで自分自身の心磨きもできる、そんな思いで働けることができたら何よりの幸せかもしれませんね。

◆社員の採用情報と応募について
ニットーでは70年以上続く研磨技術を通じ、IoTやAIなど最先端分野を支える企業です。液晶・光学ガラス・セラミックス・石英・樹脂・金属などの平面加工技術を持ちテクノロジー産業の一躍を担っています。
現在、理系出身の学卒を中心に、開発・試作・工程設計を行う生産技術や製造・生産管理を行う製造管理の職種について常時募集を受け付けています。会社説明および見学も随時受け付けていますのでお気軽にお問合せください。

<お問合せ先>
株式会社ニットー
〒382-0051
長野県須坂市大字八重森2-2
電 話 026-245-0637
FAX 026-245-9388
http://www.nitto-gr.co.jp/index.php
採用担当:総務課長 青木孝史

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(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

豊洲フルーツハリウッド農ガール物語vol.4『農業はクリエイティブ』

こんにちは。2017年6月から須坂市豊洲地区で活動している地域おこし協力隊の成田あゆみです。
私が活動している豊洲地区は長野県でも有数の果樹地帯です。
そこで、豊洲地区に嫁ぎ農家となって活躍する魅力的な女性を紹介します。
今回は豊洲地区に住んでいるAさん(匿名希望)にお話を聞きました。

【移住のきっかけは?】
Aさんは東京生まれの東京育ちで就職も東京でしており、農業はおろか、長野県とは全くの無縁でした。そんなAさんが今のご主人と出会ったのもまた東京でした。
当時ご主人はモデルや役者の仕事をしていて、友人を介して出会ったそうです。
お付き合いが始まり、結婚を意識するようになってから実家が農家であること、いつか帰って農家を継ぎたい気持ちでいることを知りました。
当時のAさんは、服飾関係のモノを作り出すことに携わる仕事をしていました。
その職場の社長から「農業ってクリエイティブだよね」といわれ、目からウロコが落ちたそうです。「モノづくり」の根幹が同じなら誰にとっても必要な、「食べモノ」を作るのもよいかも知れないという気持ちになったそうです。
その後子どもが生まれ、職場への復帰を検討していた時期に諸事情が重なり、Aさんが想像していたよりはだいぶ早く長野へ来ることになったようです。
しかしその当時、ちょうど世間でも農業がブームになり、Aさんの周りでも就農や地方移住をする人がちらほら出ていたそうで、Aさん自身も実は農家にちょっと興味があったことも相まって、すんなり一家3人で豊洲地区に移住してきました。

【実際に農家になって】
実際に農業に携わるようになったのは3年ほどたってからだそうです。それまでは子育てに専念していて、そろそろ良いかなと思えたのがそれくらいの時期だったそうです。
畑に出てみてまず思ったことは、やはり「りんごがおいしい!!」だったそうです。
「畑でその場でもいで切ったりんごがすごい!切り口にストローさしたらそのまま飲めるんじゃないかというくらいジューシーでびっくり」したそうです。
畑で木からもいだ瞬間から鮮度が失われていくんだということを実感したそうです。
また、独身時代に携わっていた服飾の「モノづくり」よりも、「りんごづくり」の方が間口が広いことに気付いたそうです。
作ったものを食べてもらえるのはもちろん、体験をすることもできる、何より無駄が出ないことがとても嬉しいそうです。
あと不思議なことに、「体を壊した人の体はりんごを求める」と言います。Aさんがお世話になった会社の先輩で、癌で亡くなられた方がいたそうです。
その方は、胃を3分の2切除していてもりんごだけは最後まで食べることができたそうで、Aさんはりんごを求められたときは、その時の最高のものを送ったそうです。
そのときに「りんごって人間が生まれてから死ぬまでずっと食べられるモノ」なんだと感じたそうです。

【農業とは?】
この質問にAさんは「私は農業を語るにはまだ経験も勉強も不足している」といいました。
それでも一言にすると「生活」だそうです。人の役に立っている、人が喜んでいるといった気持ちもあるけれど、やはり生産農家としては、生活するためにりんごを育てているのだといいます。
それでもその中に楽しさややりがいが出来たらよい、それには経験も勉強も不足している、ということなんだそうです。今は言われたとおりに作業をやっているけれど、少しずつ自分で考えながら判断できるようになりたいといいます。
それともう一つ、気候のことも口にしていました。今年は3回も台風が来たのですが、これだけは対策のしようがない、神頼みであるとおっしゃっていました。
東京に住んでいたころはそこまで強く意識をしたことはなかったけれど、豊洲地区に来て気づいたのは祭りが多いこと。五穀豊穣を願う神事や祭事が人々の生活に寄り添っている、大切にされていると気づいたそうです。
Aさんも、台風の予報が出ると思わず神棚を拝んでしまうそうです。

Aさんのお話はこれで終わりです。いかがでしたか?
Aさんはなんとなく流れに乗ってきたんだとおっしゃっていましたが、それだけではない努力や苦労もあったと思います。
私はそれを感じさせない明るいAさんが素敵だなと思いました。

(須坂市地域おこし協力隊 成田あゆみ)

2018/11/20

<移住者インタビュー>大島貴文さん「一念発起!やりがいを求めて転職し須坂市に移住しました」

●移住のきっかけ
「幼い頃、図鑑でキノコを見るのが大好きで何回も何回も繰り返し見ていました」そう話すのは、今年(2018年)9月に茨城県から須坂市に移住した大島貴文さん(31歳)です。
大島さんは、ずっと興味があったキノコの仕事に携わりたいと、須坂市亀倉にある株式会社キノコ村に転職し10月から働き始めました。それまでは実家のある茨城県で10年間印刷会社に勤務し製本の仕事をしていました。30歳を迎えてから自分自身を振り返るようになり、このままこの仕事を本当に続けていくのかという疑問を持つと同時に、自分を変えたい、自然に触れる場所で仕事がしたいと思ったのが転職のきっかけでした。
これまで茨城県外に住んだことが無かった大島さんですが、一念発起し県外に出る決心をしたそうです。

「農業関係の求人サイトで探していたところ、キノコ村が目に留まりご縁を感じました。長野県はキノコの生産量日本一だと知っていましたし、キノコ村で栽培している種類の多さにも惹かれました。荒井社長に直接問い合わせたところ採用へと話が進み、信州須坂移住支援チームを紹介してもらい生活環境の案内や住居アパートの相談に乗ってもらいました。コインランドリーや比較的安いガソリンスタンドなど便利で役立つ情報も車で回りながら案内してもらいました」

●キノコ村での仕事
「就業して1ヶ月過ぎましたが仕事はとても楽しいです。今はキノコが育つ培地をつくる仕込み作業や殺菌を行う釜を担当しています。おがくずに栄養分となる材料を練りこむ工程があって、その材料を運ぶのは力仕事になります。さすがに最初の1週間は筋肉痛になりました。慣れてしまえば今は平気です。キノコは生物なので1+1=2ではなく、成長の仕方も様々なのがよく分かります。職場は、みんなマスクなど白い身支度のため顔が分からないのですが、動き方で誰なのかが分かるようになってきました」

「最近、歓迎会を開いてもらいました。キノコ村のフレンドリーでアットホームな雰囲気がとても良いです。荒井社長は今まで会ったことがないくらい温和な優しい方で、みんなが気軽に対応できる雰囲気を作ってくれています。自分は山登りが趣味なのですが、先日は職場の皆さんに誘ってもらい2,000メートル級の四阿山に登ってきました」

「日曜日休みが基本で、それ以外は土曜日か平日に休みがとれるので、すいている平日に観光地へ行ったりしています。前職は残業続きでプライベートな時間は無く会社と家との往復でした。今は残業もなく時間であがれるので最初は本当に帰っていいのだろうかとギャップを感じました。自分はお酒が好きなので、仕事が終わってからアパート近くのお店へ飲みにも行けますし、とても充実した生活を送っています」

●須坂市での生活
「正直、須坂市は知らなかったです。でも、山もあり町もあってアパートからも歩いてお店に行けて十分便利です。車でならスーパーマーケットも選び放題で、その日の気分で開拓しながら買い物をしています。市内を走る車はのんびりしています。あおられることも無く穏やかな気持ちで運転しています。以前住んでいた茨城県の実家は常磐自動車道が近かったため騒音が気になりましたが、須坂市の夜は静かでとてもいいです」
「農産物など食べ物が美味しいと思いました。おやきでは特に野沢菜が美味しかったです。プルーンやプラムなど、あまり見たことの無い果物もあって、どうやって食べるのかと思うほどたくさんの種類があります。黄色いシナノゴールドというリンゴは梨だと思って買ってしまったほど新たな発見でした」

<左:荒井社長>

●移住を希望する方へメッセージ
「案ずるより産むが易しで、迷っている時間があるならまず動いてみることだと思います。生活する場所として自分には①スーパーマーケットや買い物施設があること②家賃③交通の便が大事でした。須坂市は全部そろっていました。自分は独身なので仕事にやりがいを求めることに価値をおきました。1ヶ月ほどで仕事が決まりタイミングが本当に良かったです。キノコ村で雇っていただいたことに感謝していますし、誠心誠意尽くしたいと思っています。今後は、加工品など開発の提案にも関わってみたいですね。キノコ村の商品が須坂のイチオシになるよう広めていきたいです」


●荒井社長からのコメント
大島さんの担当業務は培地という大切な仕込み作業で、この部分を怠ったら良いキノコは育たないというくらい責任のある仕事をしてもらっています。大島さんはキノコに興味があったことが大きな強みでした。キノコを育てる際の観察力や気付き力があるので今後に期待しています。仕事へのやる気もあり性格も素直ですし、先日は信州須坂移住支援チーム主催の移住者交流会に参加してきたと嬉しそうに話してくれました。信州須坂移住支援チームの支援があって移住者の皆さんとも知り合えることができて良かったと思います。親戚も知り合いもいない須坂市で、彼にとって良いスタートが切れたのではないでしょうか。


●おわりに
大島さんは自分自身を振り返り、強い意思を持って仕事と移住を決意しました。信州須坂移住支援チームでは、一番最初に荒井社長から大島さんの移住におけるサポートについて相談を受けました。対応させていただく中で、大島さんは自分のやるべきことをしっかり理解できている方だと感じました。一見クールな大島さんですが、荒井社長がおっしゃるようにとても素直な心をお持ちです。そんな大島さんが育てるキノコは、きっと素直に成長しお客様に喜ばれる商品となって全国に旅立って行くことでしょう。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

須坂市地域おこし協力隊 藤井啓太の『長野☆GaRons物語』vol.4

「長野☆GaRons 19番」

地域おこし協力隊の藤井啓太です。
今回は、チーム最年少の山田選手に話を聞きました。
山田選手は安曇野出身で、松本市にある創造学園(現:松本国際高等学校)を卒業し、今年度から加入した新人選手です。若い選手なので、チームに元気を与えてくれることを願っています。

・名  前:山田 広大
・身  長:169cm
・ポジション:リベロ

●仕事はどのようなことをしていますか
「現在は、下水道関係の仕事をしています。同じチームの青木さんと同じ職場です。青木さんとは高校時代、先輩と後輩の関係だったので職場でも良くしてもらっています」

●ガロンズに入ったきっかけを教えてください
「やっぱり先輩が所属していたというのが大きいですね。また、高校時代の監督とガロンズの監督が知り合いということもあり、推薦のような感じで入団しました。現在も母校との交流はあり、練習試合やバレーボール教室等を一緒に開催したりしています」

●今後の目標を教えてください
「まずは、チームに貢献できるように自分の技術を高めていくことを考えています。また、自分はチーム最年少ということもあるので、今年度のリーグでは若さあるプレーでチームに貢献し盛り上げていきたいと思います。高校を卒業したばかりでまだまだ甘い部分もあると思いますが、一日でも早くチームを引っ張っていけるようになりたいです」

山田選手はリベロのポジションなので、守備面での活躍に期待しています。
スパイク等を打って得点を決めることはできませんが、山田選手のレシーブがチームに活力をもたらしてくれると思いますので、是非頑張っていただきたいです。

Vリーグは開幕して、長野ガロンズも11月10日に第1戦を終えていますが、まだまだ試合は続きます。
須坂市でのホームゲームも今年度は3回開催しますので、ぜひ皆さま会場へ足をお運びいただき、選手たちの姿を実際に見てください。

また、長野ガロンズの応援もよろしくお願いします!

☆長野☆ガロンズのホームページはこちら
https://garons.jp/

(須坂市地域おこし協力隊  藤井啓太)

2018/09/05

豊洲フルーツハリウッド農ガール物語vol.3『仲間を作る大切さ』

こんにちは。2017年6月から須坂市豊洲地区で活動している地域おこし協力隊の成田あゆみです。
私が活動している豊洲地区は長野県でも有数の果樹地帯です。
そこで、豊洲地区に嫁ぎ農家となって活躍する魅力的な女性を紹介します。
今回は、須坂市新田町に住んでいる森山裕香さんにお話を聞きました。

●農家なら一緒にいる時間が多い
裕香さんは香川県の出身だそうです。裕香さんのお父さんは銀行員をしていて仕事が忙しく、裕香さんが子供の頃はすれ違いの生活が多くありました。
そのため、もし結婚するのなら一緒にいる時間を取れる人がいいな、といった漠然とした理想があったといいます。
裕香さんは、大学卒業後に参加した国際農友会の海外研修のための事前研修会で、実家が果樹農家のため勉強のため参加していたご主人と知り合いました。
帰国後、岡山で開催された同期会で意気投合し、気の合う友人同士になったそうです。
その後、裕香さんが長野へ旅行に来たのをきっかけにお付き合いをはじめ、3年間の交際を経て結婚しました。
実は結婚に至るまでの3年間、2人であったのは10回ほどだったそうです。
本人いわく「一応恋愛結婚だけどお見合い結婚のようなもの」なんだとか。
そうなるとどうやって結婚を決意したのかが気になり、聞いてみたところ「農家なら、一緒にいる時間が多いと思ったから」が決め手だそうです。

●仕事を覚え、町を知り、仲間が出来た
結婚して子どもが生まれ、農業と育児、家事ととても忙しく過ごしました。
農業と育児はもちろん、実家暮らしが長かったので家事も未経験のことが多く、覚えるのに一生懸命で1日が過ぎるのが早く感じたそうです。
ただ、覚えることを苦労と感じたことはなく、農業に関して言えば、仕事を急かされたこともなく、出来なくて当たり前、覚えられるまでやれば良いと言われたそうです。
それよりも、見ず知らずの土地に来たことで、知人や友人もおらず、町の若妻会や家族との話題についていけなかったことがとても寂しかったそうです。
だからより一層仕事を覚え、町の行事などにも積極的に関わっていったそうです。
そうしていくうちに少しずつ話せる仕事を覚え、町のことを知り、仲間が出来たそうです。
こうして聞いていると、裕香さんのもともとの性格もあると思いますが、苦労を苦労と感じず、明るく楽しく過ごしたいという思いが伝わってきました。

●時間をやりくりして気分転換
農家生活にも慣れ、子育ても一段落すると、裕香さんは「農家って時間を自由に決めて使えるんだ」ということに気付いたそうです。
そのため、本人は出稼ぎとおっしゃっていましたが、整骨院や他の農家さんのところへパートに出たり、時間をやりくりして気分転換のお出かけなんかもできるようになったそうです。
お酒を飲むのが好きなので夜によく飲みに出かけたそうで、適度に息抜きもできるようになりました。

●家族には言えないことも仲間になら吐き出せる
見ず知らずの土地へ最初はご主人だけを頼りにやってきた裕香さんですが、同じ町の方や農家の方々と長い時間をかけて交流してきました。
そのおかげで、今では心強い仲間が出来たといいます。辛い時や苦しい時は助け合い、楽しいことや嬉しいことは共有できる、家族には言えない愚痴も仲間になら吐き出せるし自分も話を聞くことができる。農家同士のつながりのなかで支えあうこともできる。そんな仲間がいることが幸せ。
もし、これから農家を目指す人がいたら、「まずは仲間を作ること」そんなアドバイスをしたいそうです。

以上が森山裕香さんのお話です。いかがでしたでしょうか。
これまで取材させていただいた方にも言えることですが、自分の仕事に誇りや自信を持って取り組んでいる方は笑顔が綺麗で、月並みな言葉になりますが、本当に輝いているなと感じました。
次回も、そんな輝いている方を紹介したいと思います。

(須坂市地域おこし協力隊 成田あゆみ)

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