信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: お知らせ

2020/07/06

須坂市へ移住された方の手記をご紹介します

Permalink 11:13:51, カテゴリ: お知らせ  

2020年3月に関東地方から須坂市へ移住したAさんから、実際に受けた須坂市のサポートについて手記を寄せていただきました。

『障害を持つお子様をお持ちで移住を検討されている方にぜひ読んで頂きたいです。
須坂市に移住して3ヵ月が経ちました。
移住前から一番不安に思っていたことは子供の学校についてです。
次男には発達障害があり自閉症、多動症、聴覚過敏があります。
須坂市に移住を決めた理由のひとつは長野県で唯一の市立の特別支援学校がある事でした。
障害のある子供にとって通う場所の選択肢は多い方がいいと思ったのと
「障がいのある子もない子も、地域の子どもは地域で育てる」
「障がいのある人も安心して生活できる地域社会へ」
という須坂市の理念に地域と共に歩む教育活動を推進しているとあったからです。

4月になり入学式が終わると、すぐにコロナで学校は一斉休校になりました。
予定が急に変わる事や予定が無いことに対応しきれない次男は、たびたび近所で問題行動を起こしました。
彼の中でもパニックとストレスと転校してきて友達を作りたいという思いが色々交差してもう爆発寸前だったのだと思います。

家にずっといることもできず、外に出ては問題を繰り返すので教頭先生に相談しました。
支援チームを組んで支援会議を開く事と児童クラブを利用してみたらどうかという提案をされました。
その日のうちに児童クラブの見学と申込みをして1週間後から利用できるようになりました。

対応、行動、許可の早さと教頭先生の「これからも一緒に考えていこう」と言って下さった言葉が今でも心に残っています。

4月後半に支援会議を開いて頂きました。支援会議とは他の地域ではケース会議と呼ぶ所もあるそうですが、発達障害や困難を抱えた子供の学校生活をチームで支えるための会議です。
初回は教頭先生、クラスの担任の先生、支援クラスの担任の先生、特別支援コーディネイター、須高地域総合支援センターの担当の方、保護者というメンバーで、今困っていることや本人の様子を相談し、これからの生活にどういう支援が必要かを話し合って下さいました。

以前住んでいた地域では、このように関係するみなさんが一堂に集まって会議をし、問題を共有して、課題や改善点を話し合うということはありませんでした。
調べるとケース会議というのは申し出れば組んでもらえるようですが、そのケース会議ですら知らない人の方が多いのではないかと思います。そして実際開催されるのも稀のようです。

ですから、一人一人、色んな担当の方へ同じ事を何度も何度も話してどうすればよいかの相談をし、相談をしても結論が出ず、結局自分でなんとかしなければいけない・・・という日々を何年も過ごしてきた私にとって、このような会議がある事は驚きと感激と感動でした。

1人で考えなくていい、悩まなくていい、探さなくていい、それは本当に心強い事です。

1回目の会議から児童クラブと併用して放課後デイサービス(障害のある子供達専用の学童保育)を利用したらどうかという事で、支援センターの担当の方が次男の特性にあった放課後デイサービスを探してくれ、見学の予約をとってくれました。
コロナの為6月まで見学ができない施設も多く、6月に入ってからすぐに見学に行き7月から利用開始できるようになりました。

以前住んでいた地域では、放課後デイサービスの存在は入学してからクラスの保護者の方に教えて頂いて知りました。
ですから入学後に病院を探し、診察して、診断書を書いてもらい、放課後デイサービスを探し、市に申込みをして、施設と契約をし、療育手帳を申請、発行されてから利用開始となったので3ヵ月の期間を要し、調べたり問い合わせをしたり、見学に行くのも全て自分で行いました。初めての事でよくわからず、何度も市役所に足を運びました。

須坂市では2回目の支援会議で放課後デイサービスの施設の方、支援事業所のプランナーの方にも来て頂き、そこでいつから利用を開始するか、どのように利用するか、何日利用するかを話し合い、学校の担任の先生からは学校生活において不得意とする所、注意すべき点などを伝える引き継ぎなどを行って下さいました。

今抱えている問題点に対する改善策もいくつか出して頂きました。
発達障害、自閉症と一言で言っても症状や特性はその子によって違います。
対応方法や、改善策もその子によって違うので論文や誰かの解決策を聞いたり、読んだりしただけではその子の解決策にならないのがこの障害です。

このような会議を開いて頂く事によって、解決策が見つかったり、不安点、問題点を一度で共有出来たり、次に進む段取りが組まれていくので時間のロスもありません。家庭でもどう接していったらいいか、他の障害のある子供達を見てきている方の意見はとても参考になります。
なにより、相談できる場所が必ずあるという事。話を聞いてくれる人がいるという事。これが本当に大事な事だと思います。

障害のある子の親は常にあきらめと焦りの思いにとらわれがちです。
でも、人は足りないからこそ助け合えるのだと思います。

須坂市は1人で頑張らなくていいと思える町だと思います。

私はひとり親で、障害のある子供と、実家も遠い須坂市に移住をしました。なんとかなりそうだという希望と、良くなっていくという期待を持って今は生活をしています。
ぜひ、希望を持って移住してきてください』

(2020年7月3日)

★須坂市立須坂支援学校(小学部・中学部)ホームページ
http://www.suzakashien-school.ed.jp/

2020/03/05

誰もが驚くお休み処の秘密とは?!『須坂市ふれあい館まゆぐら』

Permalink 10:17:31, カテゴリ: お知らせ  

◆須坂の歴史的産業遺産をご紹介◆

「ふれあい館まゆぐら」は蔵の町並みの銀座通り一角に無料休憩所として利用されている歴史ある施設です。明治期に旧田尻製糸が建てたもので、当時は繭の貯蔵庫として活躍をしていました。明治、大正、そして昭和の戦後も乗り越え昭和32年に製糸工場としての役割を終え閉業。のちの改修事業によって2001年(平成13年)に「ふれあい館まゆぐら」として生まれ変わりました。

2003年には国の登録有形文化財として、また2007年には経済産業省による近代化産業遺産に認定されています。

●誰もが驚く秘密とは!
知ると誰もが驚くのは「まゆぐら」が元々この場所に無かったということです。現在の位置から180メートル離れた場所から3ヶ月かけて曳家で移動をしました。当時、市がすすめていた都市計画道路の整備により解体を迫られていましたが、歴史ある産業遺産を残す運動を経て生まれ変わった建物です。観光で来られた方に説明をすると大変驚かれるエピソードです。

●製糸業で栄えた須坂を伝える展示品
もともと建物は3階の土蔵造りでしたが、改修によって2階構造となりました。
1階は展示コーナーと休憩処、2階は博物館として養蚕や製糸の資料等が展示されています。

地元のボランティアの方がお茶と手作りのお漬物でもてなしてくれます。お茶をいただきながらDVDで須坂の製糸業の歴史を見ることができます。

ちょうど取材日は信州須坂「わくわく」おひなめぐりの期間中で、1階の展示コーナーには明治から昭和初期までのお雛様が飾られていました。


2階へと続く階段頭上には吹き抜けの天井が広がります。階段の途中には、明治時代に撮影した市内の写真が飾られていて思わず引き込まれてしまいます。

2階天井には当時の梁がそのまま活かされていて、養蚕や製糸機器の展示品がぐるっと囲むように並べられています。

当時はこんな風に繭を保存していたんですね。


須坂で作られた生糸は評判が高く、横浜を経由してアメリカに輸出されていました。日本から東の方角に向けて輸出される由来から「東行社」という同業結社ができたほどです。生糸は、当時ストッキングの原料として高級な素材でした。


当時の製糸工場内

一歩外に出て外観を眺めてみると、壁面に丸い形で「く」の字の金具が刺さっているのが目につきます。

\ここで問題です!/これは一体何に使うものだったのでしょう?

答えは「乳鍵(ちちかぎ)」
当時、漆喰の壁をメンテナンスする際、鍵の部分に木をかけ職人が足場として使っていました。蔵の町並みの建物の多くに、この乳鍵が見られますので、ぜひ注目してご覧ください。

誰でも気軽に立ち寄れる「ふれあい館まゆぐら」は蔵の町並みの休憩処でもあり、製糸業の繁栄と衰退の歴史を辿ることができる須坂の産業遺産です。もてなしてくれるお茶をいただき、ひと休み。

さぁ次はどの蔵へ行きましょうか?

2020年2月29日取材
須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子

2020/02/14

須坂市民と東京圏の皆さんをつなぐ「第10回ふるさと信州須坂のつどい」を開催しました

Permalink 15:30:12, カテゴリ: お知らせ  

須坂市のご出身または縁のある在京の皆さんと須坂市在住者が東京で一堂に会し交流を深める『ふるさと信州須坂のつどい』。今回は記念すべき第10回を迎えました。在京者43名、須坂市在住者38名の計81名が交流を深めました。

2020年2月8日(土)「第10回ふるさと信州須坂のつどい」東京都市センターホテル
【プログラム】
11:30~
〈第1部〉第10回記念基調講演「私の誇る須坂~さらに輝くために~」
 信州大学特別栄誉教授、須坂市名誉市民 遠藤守信氏
12:40~
〈第2部〉交流パーティー
 ・三木正夫須坂市長あいさつ
 ・ながの農業協同組合須坂支所 神林清治理事あいさつ
 ・乾杯:須坂市議会 中島義浩議長
 ・おたのしみ抽選会
 ・「信濃の国」斉唱
 ・万歳三唱:須坂商工会議所 神林章会頭
14:30閉会

前日は今シーズン一番の寒さになった須坂市。
在京の皆さんにふるさと須坂の現況をお届けするため、2月8日(土)朝6時半まだ暗闇のなかバスは須坂市の参加者を乗せて一路東京へと向かいました。

会場の都市センターホテルは首相官邸や国会議事堂など国の行政機関がひしめく永田町駅近くにあります。

部屋は5階オリオンの間です

今回は着座からスタート!テーブルの名前が目印です。全部つなげると?
『ふ・る・さ・と・信・州・須・坂』
須坂市出身の方には懐かしい<須坂銘菓>盛進堂の栗中華で和やかな雰囲気に

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〈第1部〉第10回記念基調講演「私の誇る須坂~さらに輝くために~」
信州大学特別栄誉教授、須坂市名誉市民 遠藤守信氏

自宅近くの臥竜公園を散歩しながら見つけたという、大量に落ちているどんぐりから知り得た昆虫にまつわる発見や、須坂市が行う農業小学校の取り組みなど、ふるさと須坂には子どもたちの豊かな成長に必要な地域資源や感性を磨くことができる身近な自然があることなどを話してくださいました。
世界の中の日本が今後進むべき方向や、その礎となる子どもたちの未来を思うお話からは遠藤先生の須坂愛が感じられ、聞き手を引き付けてしまうほどユーモアも織り交ぜながら楽しくわかりやすい基調講演でした。

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〈第2部〉交流パーティー
 須坂市の三木正夫市長から須坂市の現況を含めご挨拶

 以下が発表した資料です

引き続き、ながの農業協同組合須高地区担当理事の神林清治氏から須坂市の農業の現況をお伝えしました。

昨年の10月に見舞われた台風19号災害により須高地区も農業に多大な被害が及びました。農家の皆さんは災害を乗り越えて頑張られていること、須坂のフルーツをぜひ応援してほしいと伝えていただきました。

須坂市議会中島義浩議長の発声により、須坂市楠ワイナリーのワインで「乾杯!」

おやき、やしょうま、こねつけなどの郷土料理を味わいながら交流を深めました。

須坂のふじリンゴで作った信州須坂フルーツエールも味わっていただきました。

須坂のフルーツを年中シャキッと美味しく食べられるように産業コーディネータを中心に研究中!皆さんに試食をしていただきました。

「信州須坂健康スムージー」のドレッシングも料理にかけて召し上がっていただきました。
在京の皆さんには本日のお土産としてプレゼントしました。

<交流パーティーの一コマから>

恒例の抽選会も行われ、須坂の名産品、須坂温泉古城荘や峰の原高原ペンションの宿泊チケットが景品に。当選された皆さんおめでとうございます!

当選しての喜び!?熱弁が始まる方も!

いよいよクライマックス「信濃の国」を全員で歌いました。

須坂商工会議所の神林章会頭がご友人の大声援でステージに送られ万歳三唱を。在京の皆さんと須坂市在住者がつながったアッという間の3時間でした。

未来の日本を担う若い皆さんにもご参加いただきました。楽しかったですか?「はーい!」とポーズ。

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今回ご参加いただいたすべての皆様、ありがとうございました。
一年に一度ですが在京の皆さんには須坂市に触れられる時間を楽しみにお越しいただき本当にうれしく思います。また須坂市を応援していただくなかで人の輪が広がり、須坂ファンが増えることは、須坂市に住む私たち市民の力にもなります。
またお会いできることを楽しみにしております。
まだ参加したことがないあなたも遠く離れた友人や知人の皆さんを誘って参加しませんか?
どうぞ次回をお楽しみに☆

会場ホテルの周りには色鮮やかな梅の花が咲いていました。東京の春はもう目の前です。
須坂にも春は必ずやってきます。春の到来を待ちわびる時間がさらなる喜びに変えてくれるはず。それを味わえるのが「ふるさと信州須坂」です。

(信州須坂移住支援チーム)

2020/02/05

繁盛期の製糸家の生活がうかがえる長野県宝指定『須坂市旧小田切家住宅』

Permalink 17:00:21, カテゴリ: お知らせ  

◆須坂の歴史的産業遺産をご紹介◆

明治から昭和初期まで製糸業で栄えた須坂市。長野県宝にも指定されている旧小田切家住宅は2016年に文化施設として開館しました。小田切辰之助は須坂の製糸業の発展に大きく貢献した人物です。今回は繁盛期の製糸家の暮らしぶりがうかがえる旧小田切家住宅をご紹介します。


旧小田切家住宅は町の中心地に立地しています


春木町南の交差点に面した大きな白壁が目印です
基礎の部分の「ぼたもち石積み」も見えます


正面から全体を見渡すと施設の入口横に立派な石橋がある門構えが見えます


瓦屋根の側面に刻まれた素敵な模様も目に留まります


軒下の特徴ある造り「段蛇腹」は重厚感があります


暖簾が施設入口です


入って直ぐにお土産コーナーや休憩スペースがあります


「長野県宝指定書」が飾られていますね


お土産コーナーの中でも目を引くのは、製糸業で栄えた旧小田切家オリジナル商品「まゆもなか」
蚕のまゆの形をした白い皮のもなかです


天井の高い座敷の数々は当時に財を成した製糸家の造りです


機能的な収納がある箱階段です


当時の電話器、なんだか愛嬌のある顔みたい!


中から見える庭も素敵な趣があります


屋根には小田切家の家紋が入っています


欄間もそれぞれ違って手の込んだモダンな模様です


素敵な窓から外を眺めると現代を忘れそうな瞬間があります


住宅にはこれら11ケの模様が隠れているそうです
これだけ素敵な絵があると分かると探したくなってしまいます

まずは鍵隠しに4つ

①鶴


②松


③梅


④柏


⑤鳥は難関で、仏間の扉の模様でした


⑥チューリップのような花はふすまの取っ手の中


⑦ひょうたんは、こんな小さな床の間の戸袋の取っ手の中に!


⑧蝶と⑨笹もふすまの取っ手の中


⑩小槌は、なんと外に出ないと分からない!スゴイ遊び心!


ついでに反対側には俵ねずみも!


⑪桃は瓦の隅に!

学芸員さん曰はく「この桃は鬼門とされている北側を向いています。桃と言えば?鬼を退治してくれるのは桃太郎だから!」すごいセンス、おもしろ~い!


2階には須坂の製糸業の発展に大きく貢献した小田切辰之助による当時の製糸業に関わる展示コーナーがあります
小田切家ゆかりの品々も展示されています


敷地内には水車小屋の展示もあります
当時、須坂では家の中に裏側用水を通し、その水力を利用して製糸業が発達しました


廊下には明治期の青いタイルが目を引きます


旧小田切家のロゴのイメージにもなっています


取材したこの日はちょうど2月3日で、節分の豆まき体験と節分御前のイベントが開催されました


小田切家では「鬼は外!福は内!」に続いて「ごもっともー!ごもっともー!」が番頭さんの役割だったそうです


庭に鬼がいたー!


豆まきの後は、とろろご飯や丸干し、けんちん汁などをコタツにあたりながら美味しくいただきました


「普段と違って歴史を感じる建物で食べるのは格別です」と皆さん

歴史漂う建物で過ごす時間はちょっとした贅沢な気分が味わえます。旧小田切家住宅は製糸業の繁盛期の生活がうかがえる見どころ盛り沢山の施設。製糸業で財を成した豪商の建物からは、建具の装飾や細工からも分かるように遊び心が持てるほど裕福な暮らしぶりを垣間見ることができます。時代が変わっても見る人の心を楽しませてくれる須坂の歴史的産業遺産です。

2020年2月3日取材
須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子

2020/01/20

明治から平成の時を越えて活躍するまゆ蔵の観光交流拠点『蔵のまち観光交流センター』

Permalink 15:19:32, カテゴリ: お知らせ  

◆須坂の歴史的産業遺産をご紹介◆

明治から昭和初期まで製糸業で栄えた須坂市は、今でも当時のまゆ蔵が残る町並みがあります。
今回は明治20年代後半に建てられた当時のまゆ蔵を利用して造られた須坂市の観光交流拠点「蔵のまち観光交流センター」をご紹介します。


観光交流センターに向かうには、銀座通りを入ってクラシック美術館と土蔵造りの越家を通り抜けます
当時は須坂の玄関口でもあった須坂市横町交差点
銀座通りはそこからすぐです


須坂煎餅堂さんの真裏に見えるのが土蔵造りの越家です


重厚な土蔵造りで2階建てですが、普通の家の3階分の高さになります


壁には露切り(雨などの水切り)、乳鍵(壁を塗る際の足場として利用)


軒下の3段蛇腹が特徴的です


越家を通り過ぎると見えてくるのが「蔵のまち観光交流センター」です
元は旧角一製糸工場の牧家でした


〇の中に二という文字の家紋が見えます
当時は3階建てで1階が店舗、2,3階がまゆの乾燥や貯蔵庫でした
現在は1階が観光情報・お土産コーナー、2階が多目的ホールになっています


鬼瓦には□一の紋商標が刻まれています


建物は銀座通りに面しています


やはり壁には土蔵造りの特徴である露切りと乳鍵があります


1階のお土産コーナーには須坂市の地場産品が並びます


休憩スペースのコーナーには展示などのイベントも開催されます
この日は谷本美代子さんのミニ和紙人形展でした


親指より小さな和紙人形、スゴい!


お座敷には「釘隠し」の鶴がはめられています


建物はリノベーションされていますが釘隠しは当時のものを使っています


障子の格子も当時のものですが部分的に新しく補修されているのが分かります


2階へ上がって多目的ホールへ


窓ガラスの鍵を見ると当時の物が使われているのが一目で分かります


扉を開けると広い空間が
ホールの天井は当時の梁がそのまま生かされています


さらに小さな階段を上がるとホール全体を上から見下ろせます


見事な梁を近くで見ると当時にタイムスリップしたかのような感覚に


観光交流センターの向かいにはベンチが設置された休憩所があります


休憩所の一角には『須坂小唄』が刻まれたモニュメントがあります
童謡「しゃぼんだま」などで知られる作曲家の中山晋平と野口雨情の歌詞により、製糸工場で働く女工たちを思い自然に口ずさめる歌が作られました

観光交流センターの周辺には「須坂クラシック美術館」をはじめ数々の土蔵造りの家並みが残っています。当時の暮らしを感じてみたい方は、まず観光交流センターにお立ち寄りいただき資料やガイドを通じて須坂の歴史に触れてみてはいかがでしょうか。きっと気分は明治時代にタイムスリップしてしまいますよ。

2020年1月16日取材
須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子

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