信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: お知らせ

2019/04/05

須坂市臥竜公園さくらまつりに寄せて

Permalink 13:27:55, カテゴリ: お知らせ  

~日本さくら名所100選の臥竜公園と臥竜山の歴史~

信州須坂も寒い冬を乗り越え待ちに待った春を迎えました。日本さくら名所100選に選ばれている臥竜公園では桜の開花を今か今かと待ちわびています。昨年(2018年)4月3日の開花宣言は予想を超えた早さで驚きましたが、今日現在(2019年4月5日)の様子では、つぼみこそ膨らんではいますが開花予想日はなんとも難しいところです。
お花見を控え、今回は臥竜公園さくらまつりを2倍楽しんでいただけるよう臥竜山や公園の歴史についてご紹介します。


昨年の開花宣言日(2018年4月3日)の臥竜公園池開きの様子

須坂市内を小高い場所から眺めると島が2つ並んだような「臥竜山」が一目瞭然でわかります。臥竜山は古代から住む人たちのシンボル的存在でした。戦国時代初期の明応2年(1493年)に群馬県長源寺の僧侶によって、竜が伏したような山の姿から「臥竜山」と名付けられ、ふもとの興国寺が建てられた際に開山しました。興国寺は須坂藩主だった堀氏の墓所にもなっています。


市内の坂田山見晴台から(中央が臥竜山)

臥竜山は標高471.5m。山頂には遺跡として須田氏が築城した城跡があります。かの有名な上杉謙信と武田信玄の川中島合戦で、須田一族が上杉方と武田方に分断され戦い合うという悲しい出来事もありました。


須田城跡


興国寺


臥竜山の山道
当時も馬に乗って行き来をしていたのでしょうか


臥竜山山頂からの眺め
居城していた頃この風景を見て何を思い,何を考え過ごしていたのでしょう

臥竜山を背景に広がる竜ケ池は、春になると池の周りを囲むように桜が咲き乱れます。この竜ケ池は、昭和初期に製糸業が衰退した為に失業対策事業として多くの人の手によって農業用のため池を兼ねて作られました。公園の設計は、明治神宮や日比谷公園などを設計した元東京大学教授で林学博士の本多静六氏に託されました。公園内の桜は日本さくら名所100選に選ばれるほど見事な桜で、ライトアップで見る夜桜も絶景です。公園の一画には約50種・230点が飼育されている動物園もあります。

臥竜公園は市民の憩いの場として親子連れや犬の散歩などで気軽に立ち寄れる公園です。臥竜山はウォーキングコースとしても整備されていて子どもでも楽しく登れます。私も小学校時代に友だち数人とおやつを持って頂上へ遊びに行きました。その際、須坂市の姉妹都市である新潟県新発田市から来ていた方が楽しそうにしている私たちの写真を撮って郵送して下さるという出来事がありました。今の世の中では考えられないことですが、私にとっては素晴らしい体験として今でも思い出に残っています。

桜の開花が間近に迫った信州須坂の臥竜公園。これまで様々な歴史を見てきた臥竜山を眺めつつ当時に思いを馳せながら、目を奪われるような美しい桜を多くの皆さんに楽しんでほしいです。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2019/03/20

「産科医療が充実しています」 県立信州医療センター産婦人科医長の堀田先生にインタビュー

Permalink 10:39:27, カテゴリ: お知らせ, 暮らしサポート情報  

須坂市街地にある総合病院「県立信州医療センター」は、地域の基幹病院として大きな役割を担っています。2018年に産科医師の増員や新たな施設の整備など受入れ体制を充実させ、さらに産前産後のサポートを進めています。
産婦人科医長の堀田大輔先生に、ご自身の仕事や産科の取り組みについて話を聞きました。

●信州医療センターで産科医になろうと決めました
産婦人科医長の堀田先生は長野県上田市出身。趣味は、スノーボードや読書(村上春樹が好き!)、温泉(仙仁温泉の洞窟風呂に入ってみたい!)、海外旅行は長期休みを使ってこれまでフランスやインドなど10数ヶ国を旅しているそうです。そんな多趣味の堀田先生ですが、なぜ医療の道を選んだのか、産科医師になろうと決めた経過をお聞きしました。
「医療の道に進むことを決めたのは、高校時代に友人が精神的な病を患い、自分ができることは何だろうと考えたことがきっかけでした。栃木県の大学に進み、その後、信州医療センターで研修医として従事しました。研修期間中に担当だった産科医師のアドバイスに加え、患者さんにより近くで接し、笑顔で帰る姿をたくさん見たいという思いから産科の医師になることを決めました」

●須坂市に暮らして
「信州医療センターに着任して10年が経とうとしています。今は、いつでも出産に対応できるよう病院に近い場所に住んでいます。車で出掛けることもありますが、町なかなので車が無くても仕事や買い物で不便はありません。町を歩いていると古民家をリノベーションしたレストランや喫茶店があったりしてとても良い雰囲気です。仕事を終えた後は百々川緑地公園周辺をランニングしてリフレッシュしています。患者さんから見かけたよと言われることもあります」

●充実した出産体制づくりに取り組んでいます
「現在、信州医療センターでは産科医師3人(男性2人、女性1人)が出産に対応しています。この他にも婦人科や小児科の医師も加わりチーム一丸となって連携し産前産後のフォローを行っています。今、全国的に医師不足が叫ばれていますが、信州医療センターでも2016年から1年半ほど分娩の取り扱いを休止していた時期がありました。現在は新しい施設整備や医師の増員により充実した体制づくりに取り組んでいます」
信州医療センターの産科は、地域住民はもちろん里帰り出産を希望する妊婦さんにとっても安心して妊娠・出産・育児支援のサポートが受けられる大切な場所となっています。





●安心して出産ができるよう病室をリニューアル!
2018年秋、個室や2人部屋が新しく増え、お洒落なソファーが設置されるなど病室が大きくリニューアルされました。授乳室も移動してゆったりしたスペースが確保されています。
「安心して出産ができるよう、そして産後も頼られる場所となるよう、特にアフターケアの部分を充実させています。出産後、周囲の協力が得られないことで産後うつが増えているのも事実です。産後の体の回復に必要なリハビリや授乳のアドバイスが受けられる産後ケア事業は、今後カウンセラーを採用して育児指導の場を提供していくことも考えています」
「母乳外来は国際認定ラクテーション・コンサルタントの専門資格を持った助産師2人が産後から卒乳まで相談に応じ、お母さんが母乳育児に自信が持てるようにサポートをしています」 
実際に近隣の病院で出産したお母さんに役立ててもらった例もあるとのこと。産後に同じ境遇の仲間が集まって子育てについて語り合える交流の場を月に一度設ける産後サロンの設置も目標にしているそうです。

*産後ケア事業
https://www.city.suzaka.nagano.jp/contents/item.php?id=5940d82b08b1e


産後の個室

陣痛室

新しくなったソファー


授乳室で産後のお母さんと赤ちゃんに会いました。2人とも地元のお母さんです。このうち一人は、今回で4人目を出産されたとのこと。地元だからこそ安心して出産できたと話してくれました。

~ 出産されたお母さんたちの退院後アンケートより ご紹介 ~
・先生たちのチーム感があってとてもよかったです!
・堀田先生は入院中も毎日様子を聞きにきていただいたり、こちらの思っていることや様子など、しっかり聞き出してくれるので、とても安心していました。
・緊急の帝王切開の手術にも迅速に対応していただき、無事出産でき、本当に感謝しています。ありがとうございました。
・医師、看護師、助産師さんに優しく接して頂き(お腹に赤ちゃんがいる頃から)安心した気持ちで過ごすことができました。
・医師や助産師さんのアドバイスのおかげで落ち着いて臨むことができました。

●今後も充実したサービスを提供する産科を目指します
これまで患者さんと関わってうれしかったエピソードを堀田先生が語ってくれました。
「不妊治療の患者さんが不妊治療により待望の赤ちゃんを授かり、無事に出産を終え、家族ととも退院されるときはうれしい気持ちでいっぱいになります。また最近では妊娠および産後のホルモンバランスの変化により産後うつとなり、子育てがうまくいかない患者さまも少なからずいます。その患者さんたちの支えとなり、産後うつが軽快し、赤ちゃんと楽しく過ごせるようになったなどの声を頂いたときにも、この仕事のやりがいを感じられる瞬間です」

「普段の仕事では、妊婦さんたちに心配や苦しみなど困り事を解決して帰ってもらうことを心がけています。健康で子育てできる環境づくりを大事にしていきたいですし、信州医療センターで子どもを産みたいと思ってもらえるよう、これまで以上に産科医療の体制を整えていきます。それには産婦人科や小児科の医師が皆で関わり、医師たちの結束と連携を最大限に活かしたチーム作りが大切です。私自身も心をこめた医療を提供し、今後も長く信州医療センターで勤めていきたいと希望しています」

●須坂市で出産できる喜び
信州医療センターは総合病院のため、いざという時を考えるとお母さんも赤ちゃんも安心して出産できるのが選ばれる理由です。病院が市の中心部にあることで産前産後のフォローも受けやすく心強いです。
私も名前が変わる前の当時の須坂病院で娘を出産しました。外は4月の桜が満開の時、心細かった私は退院するまで看護師さんたちを頼りに過ごした記憶が懐かしく思い出されます。あれから20数年、今は堀田先生をはじめチームの先生や看護師さんたちが温かく迎えてくれている信州医療センターの産科です。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

長野県立信州医療センター
〒382-8577長野県須坂市大字須坂1332
TEL026-245-1650(代表)
https://shinshumedicalcenter.jp/


Instagramもご覧ください!

2019/03/05

なぜ須坂市が「蔵の町」としての歴史をたどったか

Permalink 15:34:22, カテゴリ: お知らせ  

~須坂市は歴史と文化が共存する町です~

普段、東京や大阪、愛知などで開催している移住セミナーでは、須坂市が少雨で果樹栽培に適した気候であるなど暮らし環境の部分について発表しています。今回は明治から昭和にかけて製糸業で栄えた須坂市の地形や風土、現在もその姿を残す「蔵の町並み」の歴史的背景をご紹介します。

●3つの地形区(山地・傾斜地・平地)の須坂市
須坂市は市街地を中心に周りを取り囲むように果樹畑が広がるなだらかな扇状地です。市内を走る百々川や松川は酸性の川になります。
なぜ酸性なのでしょうか。それは、川の上流に硫黄や鉄,銅などの鉱山があったからです。江戸時代に開発された鉱山から流れ出る物質が川に入り酸性の河川となりました。この酸性の川も製糸業が発展した要因の一つでもあります。

●江戸時代に始まる製糸業
江戸時代、百々川近郊に桑畑が開発されました。須坂の扇状地形は桑栽培の適地で、風通しの良い千曲川沿岸は特に優れた蚕の卵の生産場所でした。
町では住居兼工場として屋敷内に川を整備し糸を紡ぐ機械の動力として水車が作られました。これも須坂特有の扇状地形が適していたからでした。このことからも須坂の町は製糸業が発展する場所として理に適っていたと言えます。さらに屋敷内を流れる川は酸性だったため水車の劣化を防いだそうです。

●日本初の製糸結社ができた町
当時の須坂市はたくさんの蔵造りの町工場がありました。
明治8年に同業社が集まり結成されたのが東行社です。世界遺産に登録された群馬県の富岡製糸場は国営ですが、須坂の東行社は小さな町工場がたくさん集まって発展した日本初の同業結社でした。それぞれの工場が均一した品質で大量生産をし、横浜経由でアメリカへ輸出されていました。世界の東に向かって生糸を出荷することから東行社と名付けられたというのですから昔の須坂人のセンスにも驚かされます。
いち早く海外に目を向けていた須坂人は商売の勘が優れていたとも言われています。

●今も残る当時の文化
昭和初期に製糸業は衰退しましたが、現在も町中には蔵造りの建物が多く残っています。屋根瓦の枚数が多いなど、それぞれの家が製糸業で発展し裕福であったことを物語っています。
現在の銀座通りは「蔵の町」として当時の文化に触れることができる観光名所となっています。町中の細い路地も当時のままで、迷路の町として今では観光客が訪れています。須坂市は歴史と文化が共存する町並みを味わいながら暮らすことができます。

●終わりに
今回、どうして須坂が蔵の町と呼ばれているかをまとめたことで、自分が生まれ育った場所に改めて誇りを持つことができました。当時須坂市に暮らしていた人々がどんな未来を描いていたのか、今すぐにでも聞いてみたくなりました。深く歴史を知ることで、さらに住む場所としての須坂市を皆さんにご案内し、納得できる移住につながることができれば幸せです。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2019/01/07

新しい移住者によって生まれ変わりました!「須坂市峰の原高原スキー場」

Permalink 11:58:51, カテゴリ: お知らせ  

★2018年12月22日のオープンから2週間経ちました<2019年1月6日(日)取材>

峰の原高原スキー場は市街地から車で30~40分なので、小さいお子さんがいるご家庭も気軽に行けるおすすめスポットです。
2018年12月22日に有限会社インフィニティードリーマーズの経営によってリニューアルオープンしました。
市街地から車を走らせて10分もすると山道を上り始め、町では降っていなかった雪がちらちらと舞い始めるほど標高を実感し始めます。
このまま標高1500メートルまで山道を一気に上がります。


市内の山道に入った風景


峰の原高原の入口付近


高原に近づくと木々の風景や道路の雪量が違ってきます


案内版が目印


広いスキー場の駐車場

この日は薄い曇が覆う寒空でしたが多くの家族連れのお客様で賑わっていました。
須坂スキークラブ主催のスキー教室も行われていて、ゼッケンをつけた子どもたちが先生の後ろに続いて元気に風を切って滑っていました。

レストラン「ニレイ」の入り口階段を上がって2Fに入ると大きなストーブが館内を暖めて迎えてくれます。

おしゃれなショップや壁一面サイズの迫力あるアートデザン画などが飾られていて、まずは雰囲気から楽しめました。

ビーニー(ニット帽)は好きな毛糸の色を選びデザインも希望できる世界にひとつのオーダーメイド商品です。
そして⚓(いかり)マークが付いたこの帽子は3.11で職を失った宮城県南三陸町の漁師の奧さんたちによって作られた商品だそうです。
自分で考えて作れる帽子だなんて素敵ですよね。


雪山がイメージできる様な手作りのラック


このタグが南三陸町の漁師の奧さんたちが手掛けた商品

カフェでは手作り感たっぷりのホットドッグやフォカッチャなどアメリカンスタイルのおしゃれなメニューが並んでいました。
コーヒーも味わいがあって飲みやすく美味しいです。
ペンションの奥様もスタッフに加わって、働く人みんなが温かい雰囲気でもてなしてくれました。

1Fはスキーやボード、ウェアのレンタルやスノーボードレッスンを受け付けていました。
スキーやボードのワックスなどメンテナンスもお願いできます。


このスタッフも移住者です

峰の原高原は約50軒のペンション村があります。
オーナーの皆さんはこの峰の原高原の美しい自然環境に魅了されてやってきた移住者です。
自然との付き合い方を様々な角度から体験を通して学び生活の術を身につけた方々です。
夏も避暑地として多くのお客様が訪れますが、ウインタースポーツを目的に遠くから遊びに来ても宿泊しながら遊べます。
取材をした日も、東京から家族でペンションに宿泊してスノーボードを楽しんでいた男の子に会いました。

峰の原高原スキー場は須坂市出身者なら子どもの頃から慣れ親しんだスキー場です。
もちろん須坂で生まれ育った私も子どもの頃から親や親戚によく連れて行ってもらいました。
子ども心に滑りやすいスキー場だと感じていました。
気分良くスイスイ滑れる初級者コースやビビッてしまうくらいのコースもあって、とても楽しいスキーの思い出です。
大人になってからは自分の子どもが小学校のスキー教室で利用していたので、今は親子で思い出を語れます。
峰の原高原スキー場は子どもから大人まで楽しめるゲレンデなので家族で思い出を作れるスキー場です。

今回リニューアルオープンしたカフェで感じたのは、雪山の風景をガラス越しに見て、ゆっくりコーヒーを飲みながら本を読んで過ごすのも有りかなと思ったことです。
まだこれからという方も、小さいころに滑って以来という皆さんも、ぜひ新感覚で楽しめる峰の原高原スキー場に足を運んでみてください。
ここでしか味わえない景色や雰囲気も加わって、スキーやスノーボードがより楽しい思い出になるはずです。

峰の原高原スキー場 公式ホームページ
https://minenohararesort.com/ja/
峰の原高原観光協会 公式ホームページ
https://www.minenohara.net/

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2018/11/05

信州須坂移住支援チームサポートによる移住者数が100人を超えました!

1 信州須坂移住支援チームサポートによる移住者数が100人を超えました!
2 都会のサラリーマンが田舎のサラリーマンになるための壁を壊す取組をスタート
3 この1年で「移住支援信州須坂モデル」を使って6組10人が田舎のサラリーマンに!
4 国家資格キャリアコンサルタントを配置しアフターフォローを強化
5 移住者が気軽に集える場所「移住者サロン」を開設します
詳細は以下をご覧ください


1 移住支援チームサポートによる移住者数は100人を超えました

信州須坂移住支援チームサポートによる移住者数は、平成26年4月1日~今日現在(30年10月31日)まで累計103人となりました。総合戦略において平成31年度までの目標値を累計30人としていることから現時点ですでに目標値を上回る実績が出ております。
・26年度 11人
・27年度 15人
・28年度 25人
・29年度 34人
・30年度 18人(10/31現在)
累計103人

(1)26年度にチーム発足、積極的な情報発信を続けてきました
須坂市の移住定住を促進させるため、平成26年4月に政策推進課に信州須坂移住支援チームを設置し今年で5年目になります。まず、移住先としての知名度アップを図るため①東京や大阪、名古屋での移住相談会、②移住支援サイト、②メルマガ、③ブログ、④フェイスブック等で積極的に情報発信を行ってきました。

(2)移住者の受け皿整備を行いました
移住希望者を積極的に受け入れるため①空き家バンク事業の充実 ②移住体験ツアーの実施 ③移住体験ハウスの整備 等を行い、移住者の受け皿の整備を行いました。

☆平成26年度~30年度(10月31日現在)実績
・メルマガ発行 毎月2回(5・20日発行) 登録1,147人
・空き家バンク 登録65件、成約50件 移住者45人
・移住相談会 85回400組591人参加 移住者36人
・移住体験ツアー 58回、78組141人参加 移住者32人
・移住体験ハウス のべ107泊175人利用 移住者15人

2 都会のサラリーマンが地方のサラリーマンになるための壁を壊す取組をスタート

2017年(平成29年)6月からは、「移住支援信州須坂モデル」をスタートしました。これは、多くの移住希望者にとって移住先での仕事を重要視していることから、ハローワークと連携し、移住者の受け入れに協力的な企業を開拓しながら、移住希望者に対して、移住相談や移住体験ツアーを通し仕事や住居等をパッケージにして提供することで、移住希望者の不安の解消とスピーディーに移住へとつなげる仕組みです。

(1)「移住支援信州須坂モデル」の特徴
都会のサラリーマンが地方で仕事を探すことは至難の業。仕事を探し採用から就業まで2~3か月以上かかるため、通常の求人ではなかなか移住に結びつきません。移住定住アドバイザーが市内の求人企業を訪問し、移住希望者を受け入れてくれる企業を確保し、社長や従業員から話を聞き、求人企業の詳細を記事にまとめ、移住相談会やホームページで移住希望者に紹介しております。現在、移住者受入協力求人企業は製造業やサービス業、介護や食品関連など約22社まで増えてきました。
関連ページ
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/talk.php?id=193

(2)「移住支援信州須坂モデル」を使っての移住者
昨年8月に移住支援信州須坂モデル第1号で大阪から移住した40代の男性は、6月17日に大阪で開催の移住セミナーでお会いしました。7月1日に移住体験ツアーで須坂を訪れ求人企業と住居を見学。7月13日に移住を決め、8月16日に須坂市へ移住。8月21日から仕事をスタートしました。
また、10月に東京から移住した40代のご夫婦は、5月27日に東京の銀座NAGANOで開催した須坂市の個別相談会でお会いし、6月3日に求人企業と社宅を見学し7月1日に採用が決まりました。その後、東京での仕事を7月末で辞め、マンションを処分し、車の免許を取得後9月に移住。10月1日から就業を開始しました。

3 この1年で「移住支援信州須坂モデル」を使って6組10人が田舎のサラリーマンに!

(1)Iさん(40代・大阪府)
①就業先 製造業
②移住の理由 休職中で仕事を探すのと同時に地方移住を考えていた。
③移住までの経緯
・移住相談会(大阪)2017年6月
・移住体験ツアー 7月
・移住 8月
関連ページ
https://blog.suzaka.jp/ijushien/2017/09/06/p33830

(2)Kさん(40代・東京都)
①就業先 葬祭業
②移住の理由 終電に間に合わないほどの激務の日々で病気で倒れたこともあった。夫婦で山登りが好きだったので、長野県への移住を希望した。
③移住までの経緯
・移住相談会(東京)2017年5月
・移住体験ツアー 6月
・移住 10月
関連ページ
https://blog.suzaka.jp/ijushien/2017/11/20/p34238

(3)Iさん(40代・東京都)
①就業先 ワイナリー
②移住の理由 ソムリエの資格を活かしてワイナリーで働くのが夢だった。勤務中に病気で倒れたことが引き金になり元気なうちに移住しようと決めていた。
③移住までの経緯
・移住相談会(東京)2017年12月
・社長と面談 2018年1月
・移住 3月
関連ページ
https://blog.suzaka.jp/ijushien/2018/07/19/p35246

(4)Hさん(20代・東京都)
①就業先 温泉施設(地域おこし協力隊)
②移住の理由 もともと長野県木曽郡の出身。かねてから、地元の長野県に住みながら貢献したいという強い思いがあった。
③移住までの経緯
・移住相談会(東京)2018年2月
・現地説明会ツアー 2018年3月
・移住 8月
関連ページ
https://blog.suzaka.jp/ijushien/2018/10/05/p35559

(5)Mさん(30代・神奈川県)
①就業先
・ご主人 製造業 ・奥さま 地域おこし協力隊
②移住の理由 お子さんを伸び伸び育てたいと考えるようになり、ご主人の地元須坂市へのUターンを機に夫婦で転職した。
③移住までの経緯
・移住相談会(東京)2018年4月
・移住体験ツアー、現地説明会 5月
・移住 10月
関連ページ
https://blog.suzaka.jp/ijushien/2018/10/22/p35616

(6)Oさん(30代・茨城県)
①就業先 きのこ栽培業者
②移住の理由 キノコが好きで栽培が盛んな長野県で就業したいと考えていた。
③移住までの経緯
・移住相談会(東京)2018年9月
・移住体験ツアー 9月
・移住 10月

4 移住・定住アドバイザー(国家資格キャリアコンサルタント)を配置しアフターフォローを強化

信州須坂移住支援チームサポートによる移住者の増加に伴い、移住後の子育ての相談や奥様の就業の相談が増えてきました。そこで、29年4月からは移住・定住アドバイザー(キャリアコンサルタント)を配置し相談体制の強化を図るとともに、年2回移住者相談会を開催し11月からは月2回程度サロンを開設します。

5 移住者が気軽に集える場所「移住者サロン」を開設します

年1回~2回程度移住者交流会を開催してきましたが、最近、移住者による仕事や住居に関する相談が個別で寄せられるようになってきたことから、移住者が気軽に相談できるサロンを11月から定期開催します。
(1) 開催日 毎月2回程度(平日1回、土日祝1回)
◆平日…18:00~21:00 
◆土日祝…11:00~14:30
(2) 開催場所 常盤町の移住体験ハウス
(3) 11月の予定
①7日(水)18:00~21:00
②10日(土)11:00~14:30

今後の方向性
今後の移住支援の目指す方向性については、引き続き移住希望者の受け皿になる空き家バンクや仕事の確保を進め、移住支援信州須坂モデルを推進してまいります。移住相談会で移住希望者のニーズを汲み取り、施策に反映させると共に、移住希望者に寄り添った対応をすることで、須坂市への移住定住を増やしていきたいと考えております。

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