信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2022/05/23

須坂市移住者体験談「YouTubeで移住した時のイメージを膨らませていきました」

2022年3月、3歳のお子さんの幼稚園入園にあわせて東京都から須坂市に家族3人で移住した藤井さん。移住して2ヶ月が経過し、暮らし始めた須坂市の印象や移住までの経過など体験談をお寄せいただきました。

●移住までの経過
移住を決めた目的は、自然豊かな環境で子育てをしたかったからです。移住を考え始め、実行に移すまでに、コロナ禍ということもあり私たち家族は1年半かかりました。
須坂市を移住候補にあげたのは、市で移住支援を積極的に行っていたのが、目にとまったからです。
一番初めに行ったのが、オンラインでの移住相談でした。信州須坂移住支援チームの加藤さん、豊田さんとお話をさせて頂き、とても親身にお話を聞いてくださり、須坂市をより身近に感じることが出来、それからは、移住支援チームのYou Tubeを見たりしながら、移住した時のイメージを膨らませていきました。その後は、コロナ禍だった為、移住する前に須坂市に足を運んだのは2回で、あとは東京での移住相談が一回、You Tube動画の試聴、就職活動、住居を決めたのは全てオンラインでした。
途中途中、移住支援チームの方にメールで相談をしたりしながら、今年の3月に無事に家族3人で引っ越すことが出来ました。

●須坂市の印象とエピソード
実際に須坂市に引っ越し、暮らし始めて思うことは、外に出れば必ず山が見え、日によっては山に雲がかかっている日もあり、日々自然を感じ癒やされながら暮らしています。家の近くにりんごの木があったり、公園や近所のお家に藤の花が咲いていたり、東京では考えられないくらい身近に自然を感じることが出来ます。また、皆さんがとても親切で、引っ越してまだ間もないのに、近所の方からりんごや山菜を頂いたり、子どもを連れていると話しかけてくださったりなど、気さくで親切な方が多く、生活しやすい環境であると実感しています。

驚いたことは、横断歩道で待っていると、車が止まってくれることです。You Tube動画を見て知ってはいましたが、本当に止まってくれるとは!!You Tube動画を信じていないわけではありませんでしたが、逆に戸惑ってしまうほど、本当に車が止まってくれます。

3歳になる息子は、須坂市の生活にもすっかり慣れ、東京では履く機会が無かった長靴(雨の降った次の日は、外で遊ぶと靴が泥だらけになる為)にも慣れ、自然の中でのびのびと遊び楽しんでいます。鳥の声を聞いたり、葉っぱや枝を見つけたり、池のおたまじゃくしを見たり、自然が遊び場となり、これから様々な体験をして成長してくれるのが楽しみです。

●移住を希望する皆さんへ
私たち家族は、まだ移住して間もないですが、須坂市に移住してきて本当に良かったと思っています。スーパーがたくさんあって、とても便利な場所で生活する分には不自由することはありません。かといって、都会ほどせかせかしていないので、丁寧に時間を過ごすことが出来ます。

少しでも移住に興味がありましたら、You Tube動画を見てみてくだい。本当にありのままの須坂市が体験出来ます。移住というと、すごい決断で、不安なことがばかりだと思いますが、移住してから何をして過ごしたいかを明確にしていれば、移住は実現出来ると思います。あとは、須坂市の移住支援体制を頼りに、一つ一つ決めていけば大丈夫です。移住初心者の私たちも無事に移住して、生活しているので大丈夫です。まずは、You Tube動画でも相談会でも、須坂市に触れてみてください。心地良さを感じることがあれば、それを大切に移住を検討してみてはいかがでしょうか。

(藤井)

2021/09/21

「移住後の1ケ月は一瞬でした」兵庫県から移住した須坂市地域おこし協力隊の村田健児です

2021年8月1日須坂市地域おこし協力隊に着任した村田です。
出身は神奈川県川崎市で大学を卒業して就職するまで実家に住んでいました。川崎市というと都会の様に聞こえますが、私が育った町は両側を森林に挟まれ、幼少期は自然豊かな環境で育ちました。
また、子どもの頃から外で遊ぶことが多く体も大きかったので色々なスポーツをしてきました。その中で硬式テニスは今も続けており須坂でもやる気満々です。

学生時代に尊敬できる社会人の方に出会い、起業して社会に貢献するため、地域おこし協力隊になろうと考えました。
前職は兵庫県の鉄鋼会社で5年働き、30歳に近づいた際に、将来のことを想像して、「今の会社でずっと」か「自分のやりたいこと」で考え、学生時代に思い描いた起業を目指すことにしました。
しかし、起業を決心してその場でできるほどの技量も資金もノウハウもないので、起業に近いことで探したら、須坂市の地域おこし協力隊の募集ページにたどり着きました。
ということで、今まで須坂市に縁なんて一切なかった私ですが(そもそも長野県すら2回しか行ったことがない)、須坂の不思議な魅力に引き寄せられて移住をしました。須坂の植物や食べ物、そして出会う人々。その全てが、新鮮で刺激的です。ここに住もうと決意したのも一瞬でしたが、まずは、冬を乗り切り定住を目指したいと思います。
まだ、須坂市に移住して、地域おこし協力隊として活動して1ヶ月余りですが毎日濃い日々を過ごしています。8月は草刈りばかりしていましたが、体を動かすのも気持ちいいものです。
私が取り組んでいる活動は、①森林資源活用②ソルガム栽培と特産品作り③ミニキャンプ場の整備運営④空きペンションの活用⑤自然体験イベントやワークショップ
の5つについて問題解決をします。
この5つの活動を取っ掛かりに、より発展した地域PRをしたいと考えています。

その中で、ソルガムの活動を紹介します。ソルガムは小麦粉のように使えるグルテンフリーの食材として注目されています。長野市と信州大学と協力隊OBが連携して栽培から販売までを確立しビジネスに繋げています。私自身は、ソルガムについて知っていましたが、実物を見たことも食べたこともなかったので、初めはあまりソルガムに関心はありませんでしたが、活動を通して栽培されている畑の整備や収穫体験、何より信州ソルガムに関わっている人々のパワーや熱意に感化されました。ソルガムに関する活動で幅広い人脈を築けたことが何よりも成果だと思います。1~2年目まではソルガムの活動を通じて栽培や食品加工や販売のノウハウを学び3年目からは自身のやりたい活動へ応用したいと思っております。

最後に、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という諺にある通り、謙虚に生きることをモットーに須坂市に溶け込みたいと思うのでよろしくお願いします。

(須坂市地域おこし協力隊 村田健児)

2021/05/20

【移住者受入れ協力求人企業紹介】伸商機工株式会社

Permalink 15:20:35, カテゴリ: インタビュー記事, 求人企業紹介  

伸商機工株式会社「目指すはやさしい縁の下の力持ち」
代表者名:宮川岳洋
従業員数:25名
創  業:1976年(昭和51年)
事業内容:精密板金、溶接加工仕上

須坂市内の風光明媚な塩野地区に立地する伸商機工。社屋のある塩野工業団地周辺は、美しい里山風景と米子川の流れる水の音が心地良い自然豊かな環境です。

「板金」は金属の板を加工して商品化され、生活の様々な場面で活躍しています。商品の一部分として組み込まれることも多く、パソコン用の半導体装置や新幹線ホームのフェンス、山頂を監視するためのGPSポールなど建設物の設備パーツとしても欠かせません。時にはオーダーメイドで注文を受け相談から製作をすることもあります。
2代目となり10年を迎えようとしている宮川岳洋社長に、会社に寄せる思いや社員の働き方、今後の展望について話を聞きました。

●亡き父が残したものづくりの種
「もともとは静岡県で生まれ育ちました。2歳の頃に祖父がいた須坂市に父親の仕事にあわせて家族で移住してきました。後に1976年(昭和51年)に父親が伸商機工株式会社を創業しました。子どもの頃、夏休みになると会社の仕事を手伝いに行って楽しく過ごしたことを思い出します。面白い従業員のおじさんたちがいて戦艦ヤマトを作ってくれたりしました。自分も早く板金の仕事をやってみたいと思うほど仕事場の印象は良かったです。子どもながらに、ものづくりの達成感みたいなものを味わいたかったのかもしれません。その思い出を残してくれた父親も2年前に他界しましたが、楽しかった当時の様子を今でもはっきり覚えています」宮川社長は懐かしいエピソードを笑顔で話してくれました。

●人との関わりから生まれるものづくり
宮川社長は地元須坂市の高校を卒業後、大学進学を機に東京で生活をしていました。
「当時は家業を継ぐつもりはなかったんです。若かった頃は父親と衝突することも多かったですね。ある時、父親が網膜剥離の診断を受けたことを知り、自分の人生の方向性が大きく変わりました。大学生活を終えた私は須坂市にUターンをし、市内の企業に4年間勤めました。家業を継ぐ準備をしながら2011年(平成23年)社長に就任しました。ちょうど東日本大震災があった年、忘れることはありません。経営するなかで先輩や同世代の社長仲間らとも知り合い、現在も共に刺激し合える良い関係づくりができています。人との関わりから、ものづくりのアイデアも浮かび、今では自社のキャンプ用品が須坂市のふるさと納税の返礼品に仲間入りをしました。このように地域貢献につながる商品開発の可能性や課題も見えてきました。父親から会社を引き継いで以降、悩みや壁にぶち当たることもありましたが「父ならこんな時どうやって乗り越えただろう」と亡き姿に思いを馳せることもあります。思い返せば父親は本当に偉大な存在でした」


オーダーメイドの製品から「牛乳什器」


キャンプ用品「もえ太郎」(須坂温泉山の神キャンプ場にて)

●若者が魅力を感じる職場
現在は18歳から70歳代までの社員が勤務しています。残業も少なく、有給も取得できているそうです。基本、毎週土・日曜日が休みで会社カレンダーによっては土曜日が出勤日になることもあります。伸商機工では、未来を担う子どもたちに須坂市の産業やものづくりの楽しさを体験してもらう地域のイベントに参加したり、地元の中学生や高校生の就業体験なども積極的に受け入れています。社員の中には当時、就業体験をした卒業生もいるそうです。学生時代から育っている姿を見ることができてうれしいと宮川社長は話します。就業体験をした社員は当時の印象について「体験をした時は、社員同士でやりとりしながら仕事ができるのが楽しかったです。社長と触れ合えるくらいの会社の規模感や雰囲気が良かった」と体験を通して入社を希望したことを話してくれました。他にもバイクが趣味だと話す社員は「自分のバイクの一部分も板金で作ったりしています。身近なものが板金で作れると知った時は大きな喜びがありました。可能性が広がる仕事です」
皆さんの言葉から伝わってきたのは、板金の確かな可能性を感じながら働いているということでした。

●社員とともに伸びていきたい
伸商機工では「やさしさあふれる会社になろう!!」を経営理念として掲げています。ちょうど10年前の社長就任とともに作ったそうです。
・「おかげ様」お取引様に対してだけでなく社内においても互いに感謝の心を持ち「おかげ様」の精神で!
・「縁の下の力持ち」目立たないことでも相手のために精一杯働く!
・「ずく出せ伸商」嫌なことがあっても逃げ出さず、やる気を持って明るく前向きに!
「この経営理念を作ることを私から父親に提案しました。社内をまとめるためにも必要だと思い、目指す働き方を社員と共有したかったんです。でも当時は父親とやっぱりケンカしながらもめましたけどね」と宮川社長は今だから話せるエピソードを笑って話してくれました。

社員の中には厚生労働省が推進している「ものづくりマイスター制度」で認定された社員もいます。技術を磨くため技能検定などの資格取得に向けた助成金も会社でサポートしています。また始業前のラジオ体操など健康経営に取り組む企業としても認定されています。

「伸商機工で大切にしているのは皆で一つのものを完成させるためのチームプレーです。野球型ではなく、自由に動いてバックアップできるサッカー型だと思っています。そして、「縁の下の力持ち」たとえ目立たないことでも相手を思って精一杯働くこと。人に寄り添い手助けできる気持を共有できる会社にしたいです」宮川社長は今後の展望を話してくれました。
きっと前社長も今頃「こんな時はどうしたらいい?」と困った問いにも喜んで答えてくれているかもしれません。
チームプレーで完成していくものづくり。あなたも様々な可能性を生み出す板金の仕事で自分の魅力を生み出してみませんか。

◆採用情報と応募について
伸商機工は精密板金工場としてお客様の理想を形にしています。データによる加工からオーダーメイドによる加工技術まで積極的な最新機械の導入により制作しています。ものづくりが好きな方、やる気のある方は大歓迎!お気軽にお問い合わせください。

伸商機工株式会社
〒382-0024
長野県須坂市大字塩野1119−3−3
電 話 026-246-8899
FAX 026-246-2535
http://sinsyo-kk.co.jp/

★その他の移住者受け入れ協力求人企業の記事はこちら
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/info.php?id=248

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2021/05/06

須坂おもしろ人物記vol.14「自分の山の間伐材で自分で建てたログハウス」

★自身で育てた間伐材でのログハウス作りに,学生との交流の場の提供も!楽しみが尽きない自由人

こんにちは!地域おこし協力隊の宮島麻悠子です。
須坂で活躍している方へのリレーインタビュー、今回は篠塚久義(しのづかひさよし)さんです。

宮島:ここはログハウスですか?もしかしてご自身で建てたのですか?

篠塚さん:そうそう。うちの山の間伐材で、平成4(1992)年に自分で建てたんですよ。春先に間伐して、冬が来る前に出来上がった。この他にも6〜7軒建てたかなあ。他には平成5(1993)年に東中学校の前のバス停も間伐材で建てたんだよ。


<インタビューを行ったログハウス⋆テーブルの下にはストーブがあって、とても暖かい>

宮島:材料からご自身で育てたとは、すごいですね!どうしてログハウスを作ろうと思ったのですか?

篠塚さん:あれは平成2(1990)年4月28日、仕事で長野市に通っていた時、ラジオで「私は山小屋を3つ持っていてどうのこうの」っていう話を聞いて、うちにある間伐材を腐らせるくらいなら自分でも作ってみようと思って。専門的なことを人について教えてもらうのが嫌いだから、チェーンソー1丁で手を動かしながら作っていったよ(笑)


<これまでに篠塚さんが建てたログハウスの一部>


<仁礼地区・東中学校前のバス停>

宮島:それでできてしまうのがすごいです!それにしても、間伐材がたくさん出るんですね。

篠塚さん:うん。人の手で植林した山は適度に間伐しないと、木が密集しすぎてしっかり根が張れなくなって太い木に育たなかったり、土砂崩れの原因になるんだよ。それに、老木と若木ではCO2の分解能力も全然違うし。今は価格の安い輸入材がたくさん入ってくるようになって、国産材があまり使われなくなっているけど、材さえ選ばなければ国内の木材の需要を賄えるくらい日本には木材がたくさんあるんだよ。

宮島:なぜこんなに日本の林業は廃れてしまったのでしょう?

篠塚さん:やはり林業にかかる人件費の高騰と、輸入材による価格破壊でしょう。間伐のコストは上がって行くのに、国産材の値段は変わらないどころか価格競争で下がっていった結果、林業をやればやるほど赤字になってしまうようになった。今や国や自治体の補助金(間伐にかかった費用を補助する等)なしでは林業が成り立たなくなってるんだよ。

宮島:そうなんですね。でも本当は輸送のコストやそれにかかるエネルギーを考えると、国産材を使った方が良さそうですよね。

篠塚さん:木材でも食材でも地産地消が一番いい。でもみんな「要るもの」より「欲しいもの」を買ってしまう。その土地で育った木材はよそから持ってきた木材よりずっと長持ちするし、生まれ育った場所で採れた食べ物が身体に合わないことは中々ないと思うしね。

宮島:もっと安く、もっと早く、もっとたくさん、を追い求めすぎると、どこかで無理が生じてしまうんですね。ところで、篠塚さんが持っていらっしゃる古民家を蔵の町並みキャンパスの題材として提供されているんですね。

篠塚さん:東京にある文化学園大学との「古民家再生プロジェクト」は2010年からやっているよ。4泊5日で地元の職人さんの指導のもと、座敷の床を張り替えたり、土間の補修をしたり、台所を拡張してきれいにしたり。他、郷土料理を一緒に作ったり、逆に大学の方から天然染色の仕方を教えてもらったりと、地元の方と交流する場を設けています。今もプロジェクトに参加した元学生が訪ねてきてくれたり、交流が続いているのが嬉しいね。


<古民家再生プロジェクトで学生が改修した座敷と台所>


<縁側も学生が制作した>

宮島:素敵ですね!交流といえば、仁礼の公会堂で交流会を主催されているとか。

篠塚さん:「仲良く話しやんしょう会」というカフェを平成28(2016)年頃から2ヶ月に一度開催していました。ここ最近はコロナの影響でやれてないんだけどね。参加費500円で、自分で作ったお米や穀物を使ってひんのべ等の郷土食を作り、寄り合って話しをする会。(前回インタビューした)山上さんがきっかけで結婚した木島平村の女性がやっていたカフェが大元で、分家みたいな感じ。地域の人や古民家再生プロジェクトで関わった学生、地域おこし協力隊など、色んな人が交流できる場なんだ。落ち着いたらまた再開したいと思ってるよ。

宮島:楽しそうですね!最後に、人生において大切にしていることは何ですか?

篠塚さん:一番は誠実・人に嘘をつかないこと・人に親切にすることかな。あとは生きる楽しみを持ち続けること。どんなエリートでも、定年したらただの人。そうなった時に幸せでいられるかどうか。子どもや学生と関わるのが楽しいし、地域の歴史文化を案内するために仲間と古文書の勉強をしているのも面白いよ。


<心に残った言葉を書き留めている>

宮島:生きる楽しみを持ち続けていたら、暇つぶしする暇なんてありませんね(笑)たくさん楽しいお話をありがとうございました。

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篠塚久義 
TEL 026-248-3299
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さて、2018年10月からスタートしたこのリレーインタビューも今回で最終回となりました。私の人見知りが原因で(ほとんど信じてもらえないけれど笑)次にインタビューする方を紹介してもらう形式で始めましたが、思いも寄らない方向へと広がり、楽しい出会いがたくさんありました。これまでインタビューを受けてくださった方、記事を読んでくださった全ての方へ感謝申し上げます。

ありがとうございました。

★バックナンバーはこちらのサイト内でもご覧いただけます
The secrets of SUZAKA 信州・すざかのないしょ話

(須坂市地域おこし協力隊 宮島麻悠子)

2021/03/22

就農移住して2年、この春に独立します!~須坂市は求めるものが揃うまちでした

2021年4月に就農独立し「信州すざか ともよファーム」を始動させる岩田泰聖さん、智代さんご夫婦。2018年12月に就農を目指して神奈川県から須坂市に移住し、以来2年間の新規就農里親研修を無事に終え、新たなスタートを切ろうとしています。来月の独立に向け準備期間中というご夫婦に、移住までの経緯や須坂市の生活について話を聞きました。(※写真は岩田さんからご提供いただきました)

●移住のきっかけと自分自身への気付き
「電車通勤で1時間かけて都内の人材派遣会社で営業マンとして勤務していました。転職した会社ではありましたが、自分が求めていた働き方ではなく違和感があったことで退職を決意しました。自分は何がしたいのかを考えた時『自ら舵取りする仕事がしたい』と思う自分に気付きました。『起業』というキーワードから情報収集をすすめる中で農業に魅力を感じ、国を挙げて取り組む支援制度も整っていたことで『就農』を目指すことを決めました。奥さんには素直に希望を話したところ理解をしてくれました」

ご主人から打ち明けられた奥さんは、当時を振り返って話してくれました。
「それまではプランターですら手掛ける人じゃなかったのに驚きました。ですが、定年もないし、自分も農ある暮らしに憧れていたこともあって、やるなら早い方がいいなと思い賛同しました」

●衝撃を受けた信州須坂のシャインマスカット
「農業をするなら何処に移住しようかと考えた時、夫婦でよく遊びに行っていた長野県が浮かびました。二人とも登山が好きで相当な準備をして登るほどでした。温泉やスノーボードも好きで白馬方面によく来ていました。愛着のある長野県で農業といえば果物だろうと思い、最初はリンゴから情報収集を始めました。東京で開催された就農相談会に参加したのが須坂市との最初の出会いでした。当日は会場でいろいろな市町村に相談しましたが「その後、検討していかがですか?」という連絡をもらったのが須坂市就農担当の方だったんです。とても好印象だったのを記憶しています。すぐに就農体験を希望し須坂市に行きました。体験させてもらった里親農家さんのシャインマスカットを人生で初めて食べたのですが、あまりの美味しさに衝撃を受け『ブドウを作りたい!』と心が決まった瞬間でもありました。その時の就農体験プランもとても良かったです」

●「仕事&生活」条件が揃うまちが須坂市でした
「長野県内いくつかの市町村で就農体験をしましたが、買い物をするのに車で30分かかる場所もありました。その点、須坂市は市内のどこに住んでも車で10~15分くらいで買い物に行くことが出来ます。スーパーの数も選べるくらい多く、ほとんどの種類のお店が揃っています。20年~30年先を考えても便利な生活環境だと思いました。車の免許は移住する前に取得したのですが、須坂市の暮らしをスタートした時はまだ車がなく、徒歩と自転車の生活をしていました。その時に気付いた都会との違いは、スーパーなどに自転車置き場が見当たらなかったことです。あっても端に少しスペースがあるだけでした。それと雨の日の店内入口に傘袋がないことでした。たしかに市内は普段も歩いている人は少ないです。いかに地方は車の生活を基本としているかということがよくわかりました。現在は作業用のトラックと乗用車の2台で暮らしています。買い物は一度にたくさん乗せられて便利です。住む・暮らすという点で須坂市は圧倒的に条件が揃っていました」

●四季を感じられる「ごちそう」の日々
「信州の気候で特に冬を心配する人は多いと思います。実際に暮らしてみると、冬の寒さは想像していた通りで驚くことはなかったです。雪もほとんど積もらないので車の運転も安心しました。とにかく夏が爽やかで、夜もクーラーを使わずに網戸だけで過ごせます。移住前はニュースで季節の変化を知るような環境でしたが、今は実際に肌で体感できて人間らしい生活が送れていると思います。四季を感じられるのは何よりのごちそうです。近くの里山も魅力的で毎日見える景色の変化を楽しんでいます。畑仕事をしながら見る風景は落ち着きますし働くエネルギー源にもなっています」

●独立にあたって
「里親農家さんのもとで2年間の研修期間を終えましたが、ブドウ作りは想像していたよりも楽しいものでした。自分の手で〝ものづくり″をすることは初めてでしたが、体を動かす仕事がこんなにも楽しく心地良いものだということもわかりました。育てているブドウの様子が気になって毎日畑に行きたいと思うことは、まさに農業の醍醐味です。この2年間の研修期間中、先輩就農移住者の皆さんにも会いに行きましたが、会話の中で勇気やエネルギーをもらえたことも大きな力になりました。来月4月からは夫婦2人だけで畑仕事をやっていくことになりますが、意見をぶつけ合いながらも、皆さんの期待に応えられるような高品質なブドウ作りを目指します。これまでの人との繋がりや、いただいたご縁を大切にしていきたいと思っています」

●移住を希望する皆さんへ
「都会の人混みはもともと苦手だったことや満員電車の通勤を50歳、60歳になっても続けることを考えると同じ生活は難しいと考えていました。現在はコロナ禍でも畑で心配なく働けることが幸せです。自分たちは就農体験を通して長野県内の市町村を訪れ、最終的に須坂市に決めました。動くことで時間やお金はかかるかもしれませんが、それが許す限り体験してみることをおすすめします。自分たちも行動しなければ先輩移住者や人との繋がり、そして何よりも大切なシャインマスカットにも出会えませんでした。今、振り返ってみると良かったと思うことばかりです。人生は一度きり。肌で感じられる良い場所を見つけてください」

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信州すざか ともよファーム
https://tomoyo-farm.com/
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(取材者)
須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子

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