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投稿の詳細: 文書館だより「須坂藩書き付け」

2025/03/17

文書館だより「須坂藩書き付け」

09:56:58, カテゴリ:  

文書館だより
「須坂藩書き付け」

前回は松代藩奉行から出され、小河原村の名主を務めていた吉池一彦家に残されていた文書で「農業第一」とする書付をご紹介しましたが、今回は須坂藩から寛政2年(1790)に領内の村々に出された『寛政二年戌八月 御領内一統被 仰渡御書附之寫』が兵庫県伊丹市にお住いの上松様から文書館に寄託されたのでご紹介します。
藩では村々への伝達事項は、藩で作成した何通かの文書をいくつかのルートで村々に回覧していたと考えられます。例えば小山村⇒坂田村⇒灰野村などそれぞれの名主(肝煎)に回付され、名主は回付された文書を写し取り、回付文に受け取った署名をして次の村に回し、最後の村は藩に戻すというものでした。名主家では、藩から申し渡された事項を、村民を集めるなどして内容の徹底を図りました。内容の徹底方法については、この書付の後段に藩から例示されていますのでご覧ください。なお、藩に戻された文書は現在確認されておらず、名主が写した文書が残るのみです。
今回ご紹介する文書は上松様が古書店で購入し、当館に寄託していただいたものです。残念ながら旧名主家に保存されていた文書類は処分され、ばらばらに散逸したか廃棄されてしまっていると思われ、当該村の当時の様子や名主家がどのような家であったかを知ることはできません。
なお、同じ文書は坂田町が所蔵されており、『坂田史考』に全文の書き下し文が掲載されています。
今回ご紹介する文書には商売、倹約に関することを中心に以下の32項目が示されています。●農家に不相応な商売をするなどして、農業をおろそかにしないこと
●穀類売買の事
●穀物商売の制限。穀屋株を持つもの以外禁止
●古物類商売の制限
●揚げ酒、煮売りの禁止
●町方商人の村方におけるぼてふり商いの禁止
●村に於いて売店の禁止
●隠れ質屋の禁止
●絞り油屋、煙草屋、鍛冶屋等の新設禁止
●借金買掛、売掛金等の滞り禁止
●田畑質流れ證文における村役人奥印の必要
●新設水車の禁止
●領内への飯盛り女、隠れ売り女などの入込禁止
●領内への河原芝居の入込禁止
●祭礼の制限
●草相撲の禁止
●争うことの禁止
●雨乞いなど理由を付けて集まり、騒ぐことの禁止
●五人組をたしかに組み置くこと
●川岸の村は少々の出水にも気を付けること
●出火の際は領内・領外を問わず、駈け付けて消火を手伝うこと
●満水の時も同様
●遠近を問わず他所へ出かけるときは組合組頭の許可を得ること
●狼藉をしてはならない
●境界にあるものを処理しようとするときは、双方立ち合いをすること
●村内の道路は油断なく取り締まる事
●江戸を初めよそへ足軽中間奉公に行くことは禁ずる
●密通ごとの禁止
●葬式は華美にしてはならない。婚礼も同様
●徒党を組んではならない
●年貢米は大切なものだから最上のものを出す事
●他所奉公の禁止
●出火・出水の際の協力の義務

【御領内村々江申渡】
hyoushi
p1
p1-2
p2-1
p2-2
p2-3
p3-2
p3-3

【読下し文】
寛政二年(1790)戌八月
御領内一統仰せ渡され御書き付けの写し
御領内村々へ申し渡し
一 近年在々にて飛び商い売買事いたし候者ままこれ有り候。農業の間にいたす趣き一通りは尤ものように聞これ候得共、ひっきょう耕作に精の入りざる故の事に候。右体の者は農業はかえって、いやしき業のように心得、又は農作業は苦労なるわざ故のめしのくせに小商いなど致す族(やから)もこれ有る趣き。その家に生まれながら其の業をおろそかにいたす事、はなはだ以って心得違いの事に候。穀類又は古手等売買に付き他所引き合い等にて段々出訴にも及び、当人はもちろん、組合所までの難渋に相成り候事も間々これ有り候。いらい在々農家にて相成らざる商売向き其の外不埒猥らに相成り候。左の条々堅く停止せしめ候。
(以下御条目略)
(後段)
右の条々堅く相守り申すべく候。尤も前々より精々仰せ付けられ置き候事に候えども、いつとなくゆるみ候趣きに付き、改めて申し渡し候。当時別けて恐れながらご仁政のご治世物ごとご仁恩をありがたく恐れ感じ奉り、及ばずながら下々迄万端心がけ相慎み、それぞれの家業を出精、質素実体を本とし孝弟和順にて相互に睦まじく相続く渡世致させ度候。左候えば御領内静ひつにてせんするところは人々のために候間、猶また相改め申渡し候。然れども中には愚昧邪佞(ぐまいじゃねい)なるものは禁言耳にさかい候族もこれ有るべくやに候えども、それも掟通りと心得、相守り候えば終には身のための良薬とも相成るべく候。兎角古き事はさておき五・七年前のことも考えあわせず、ただ当時々の流行気(はやりけ)に乗じすべて古質を取り失い当世の浮き華には移り易く、其の上人々身勝手の我侭理屈のみに相募り、上をも欺き、下にては嫉み合い睦まじからざる故、出入り小言猥りなることもこれ有り候。常々長上を敬い、下は相互に和睦いたし、尤もその中にも頭立、中百姓、小前と物ごと相わきまえ申すべく候。左もこれ無く候えば物の乱れに相成り、且立身出世の励み上下とも差別もこれ無く候。この処平生いささかの事にも相わきまえ、心がけ申すべく候。先達て申し渡し候書付けの趣き等村方により十歳以上のものは漏らさずよう相寄せ、逐一読み聞かせ、其の上入り組み候処は人々呑み込み候ように村役人頭立の者共解き聞かせ候。村方もこれ有る趣き相聞こえ尤の至りに候。猶またこの上年中四・五度宛ても日を定め、すべての御条目掟書等をも読み渡すべきと今度新たに相きわめ候村方もこれ有り由、これまた尤もの至り左も有り度き事に候。この度相改め申渡し候上にて、向後右の条々若し相背き、猥らなる儀しだし候族これ有るに於いては、きっと曲事仰せ付けられるべく候。その旨常々心得べきもの也。
戌八月 須坂役所

※須坂藩が発した御触書、廻状は『須坂藩の御触書と廻状(史料と解説)』(小林方正氏)としてまとめられており、コピーを文書館でご覧いただけます。