須坂市地域おこし協力隊 活動中!

明るく!元気に!須坂市を盛り上げるべく奮闘中!

カテゴリ: :退任:和田隊員(移住支援)

2016/11/02

忘れられた集落と暮らし

地域おこし協力隊の和田です。
須坂の一番の観光資源である米子大瀑布という滝に行きました。
滝と紅葉が見事でした。近くに鉱山跡地がありました。この鉱山跡地では、採掘できる硫黄を軍事用の火薬として使われていました。
最盛期には、鉱山関係者1,500人が生活しており鉱山から須坂駅までは全長14kmに及ぶ索道(ロープウェイ)が設けられ、集落には共同浴場、学校、映画館なども建てられたそうです。
現在は、その名残りはなく建物が残っていたところは、綺麗な平地になっています。人々が暮らしていた場所からは、米子大瀑布がくっきりと見えます。標高が高いので冬場は雪が積もり寒かったのでしょう。硫黄を採掘を危険な仕事で落石事故が起こり多くの死者を出したそうです。また、硫黄はお金になるので、須坂の町に降りてきて稼いだお金を使ってたくさん遊んだと話を聞きました。
そこには一つの集落があり、暮らしがありました。だからこの場所が魅力的なんだと思いました。

2016/10/26

臥竜公園入口の整備

Permalink 15:11:46, カテゴリ: :退任:和田隊員(移住支援)  

地域おこし協力隊の和田です。
道路河川課の方にお願いし、臥竜公園の入り口の植栽を一緒にやらせていただきました。


【完成イメージ】


【石積みの上に土を敷きました】


【植える植物】


【写真真ん中のガーデンソイルの片岡先生に教えていただきながら植栽を行いました】


【完成しました。いい感じ!】

今回は実験的に2か所だけの植栽でしたが、今後も植栽を行う場所を増やしていく予定です。成長が楽しみです。素敵なナチュラルガーデンになればいいですね。

2016/07/14

河東線記念公園の連絡階段ができました。

Permalink 17:55:10, カテゴリ: :退任:和田隊員(移住支援)  

河東線記念公園の連絡階段ができました。
公園(サンジュニアさん側)の駐車場からツルヤ須坂西店へ通行できる連絡階段ができました。

なんと鉄骨階段は亜鉛メッキで処理をしたためメンテナンスフリーで100年くらいの耐久性があるとのこと。

本日(7月14日)は地域の企業、区長の方が集まりテープカット式が行われました。
少し見えにくい場所にあるので、発見してご利用ください。

地域おこし協力隊 和田

2016/06/23

地域再生プランナーの久繁 哲之介さんが須坂におこしいただきました。

Permalink 11:54:35, カテゴリ: :退任:和田隊員(移住支援)  

 地域おこし協力隊の和田です。
 地域再生プランナーの久繁 哲之介さんが今後のまちづくりについて提言いただくため須坂で活躍されている方とお話しされました。私も同行させていただき記事をまとめさせていただきました。

ーーーー久繁 哲之介さん紹介-----------------------------
1962年生。早稲田大学卒業後9年弱、IBM東京本社でマーケティングを担当しながら、
休日の半分位は広島駅前で実家が営む老舗飲食店の経営補佐を行う。
ドラッカーが1999年に提唱した「同時に二つの仕事をこなすパラレルキャリア」と、
国土交通省が2005年頃から提唱する「二地域居住」を、時代に先駆けて実践していた。
NPO情報ステーションなど若者バカ者と協働して、地域再生や商店再生を実践している。
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 まず、最初に訪れたのは須坂市福島にある日本最大級のミニチュア鉄道博物館トレインギャラリーNAGANO。駅長の深沢さんとお会いしました。

写真左が久繁さん。右が駅長の深沢さん。


 深沢さんは、「鉄道を通じて、ずっと夢を見続けてもらいたい」深澤館長がそんな願いを込めて平成9年12月に開館してから約18年。展示模型は、明治の1号機関車から新幹線に至るまで旧国鉄・私鉄の約4000両を50年かけて収集したそうです。

 次に訪れたのはクラシック美術館です。
 須坂景観づくりの会の理事長の小林さんに案内していただきました。

●クラシック美術館

 明治から昭和初期に生糸の町として栄えた須坂市。蔵の町並みの入口に建つ須坂クラシック美術館は、かつて呉服商や製糸業を営んだ牧 新七家の伝統建築を活用し、庶民の暮らしから生まれた美を紹介している美術館です。
 そもそも、この建物は都市計画道路用地内にあり取り壊されることになっていましたが、製糸の町須坂の遺産である「蔵の町並み保存運動」が市民の皆さんの手で立ち上がり
江戸時代須坂藩の正式な人口に建つ本藤家(旧・牧新七家)を保存したいという声が大きくなっていました。
 そんな時、長野市で個展を開催していた日本画家・岡信孝画伯が、保存運動の声が上がっていた当時の本藤家を視察されました。
 そこで、岡画伯は自分の生まれ育った家とそっくりの間取りを持つ家であることに驚きました。さらに視察前日、自分の家は、都市計画道路敷設のために取り壊しされていたことから〝ご先祖様が家を帰してくれたのだ“と、運命的なものを感じたと話されています。
 須坂の蔵の町並みを保存したいという市民の皆さんの想い、岡信孝画伯の感動から、須坂の町家では初めて、保存しながら活用する挑戦が始まりました。
 岡画伯は自身の収集した古民芸コレクションを須坂クラシック美術館の収蔵品として寄贈しましたが、さらに「生糸の町にふさわしいものを」との要望を受け、偶然出会ったのが大正末期から昭和初期にかけての鮮やかな着物でした。
 当時、単に古着としてしか扱われなかった庶民の着物の大胆な美しさを見出し、須坂クラシック美術館収蔵品として寄贈しました。
 この着物は、ハワイ・ホノルル美術館学芸員の目に留まり、開館当初の平成8年(1996)ホノルル美術館、平成9年(1997)のイギリス・ロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で展示されました。
 開館20周年を迎えた平成27年(2015)までに、一般の方からの寄贈品や館収集品が加わり、約300点の着物が収蔵され、生糸の町と庶民の美をテーマとする須坂クラシック美術館を象徴するコレクションに成長しています。

 久繁さんは岡さんとクラシック美術館の物語について、パンフレット等であまり謳われていないことに気づきました。「もう少しその物語をPRしてみてはいかが?」と提案いただきました。

●山下薬局
次に訪れたのは、山下薬局です。

 山下薬局は、創業元禄16年の薬局の店舗は望楼とうだつが特徴の歴史的建造物に登録されています。村山早生ごぼう茶をはじめ、各種薬膳茶を取り揃えています。須坂の伝統野菜である、村山早生ごぼうを使ったお茶である、ごぼう茶をいただきながらお話ししました。この薬局は、地域の方が出入りして会話を楽しむコミュニティーカフェのようでした。コミュニティーカフェとは、地域社会の中で「たまり場」「居場所」になっているところの総称です。体の調子を整えるだけではなく、交流拠点にもなっています。

 久繁さんは、山下薬局のごぼう茶について「須坂の伝統野菜を使ったお茶をつくることは、須坂ならではの取り組みで面白いですね」と感心を示していただきました。

次にご案内したのは、ゲストハウス蔵です。

写真左が三木市長、真ん中が山上さん

●ゲストハウス蔵
 2012年秋にゲストハウス蔵を開業された山上万里奈さん。山上さんは高校時代まで須坂市に住み、その後埼玉の大学で日本語を教える面白さに目覚め、日本語教師の資格を取得。地元・須坂に戻り、ゲストハウスを始められました。
 山上さんと久繁さんは、ゲストハウスを通してのコミュニティーについてお話しされました。

●多文化共生の宿
「月に一回、須坂に住んでいる外国人をお招きして宿泊のゲストを招いて行います。彼らには1人でも友達を作って欲しいと思っています。友達がいると地域コミュニティーに出てきてもらうきっかけになるのではないかと思います。そうしたことが日本人と居住外国人の軋轢が解消できるのではと思います」

●おもてなしは須坂
「ゲストハウス蔵は宿泊の機能だけで、どんどん外に出て須坂の町を楽しんでいただこうというコンセプトです。須坂の良いところはチェーン店がないところで、どこ行ってもおいしいところです。どこに行ってもすごい良くもてなしてもらえます。須坂は本当に良いところだと思います」

●オープン三年目にしてリピーターが10組以上

「オープン3年目にして海外のゲストが10組以上の方がリピートしていますリピーターする方は景色やブランドだけだはないと思います。そこに住んでいる人と会いたいから来るのかもしれません。先日、海外から来たゲストは『焼肉居酒屋みのり』一杯やるのが夢だったと話していました。そういう方は、須坂の雰囲気や人に魅力を感じているのかもしれませんね」

山上さんの話を聞いて久繁さんは
「須坂は人が素晴らしい。海外のリピーターの方は、人と会いに旅をしているのかもしれませんね。そういう人との交流をしに須坂に来ませんかと、発信するのは面白いです。良い個性を持っている山上さんが人と繋いでくれるからそのような素敵な出来事が起きるでしょうね」とおっしゃいました。

最後のご案内したのは、仙仁温泉 岩の湯です。

写真右が金井社長です。

 1959年創業の須坂市の花仙庵「仙仁温泉 岩の湯」は、国道406号、菅平高原へ上がる途中の山里の一軒宿です。客室は18室ありますが、年間を通しての客室稼働率はなんと95%。世界最大をうたう旅行口コミサイト「トリップアドバイザー」では、「日本人旅行客が選んだ人気宿2010」の第1位に輝きました。
 仙仁温泉の金井社長と旅館経営と今後の須坂についてお話しされました。

●山の中の小さな一軒屋の存在意義

「以前は、なんの取り柄もない土地でした。唯一あるのが洞窟風呂あっただけです。こんなところはだめだと思いました。その時に元朝日旅行会の会長である岩木さんの講演会をお聞きする機会がありました。
 テーマは『旅は人生、旅は人生、旅はロマン』華々しい温泉街からイメージされる旅とはまったく違う旅の魅力を教えてくれたのです。話を聞いて、山の中の小さな一軒屋にでも旅人の安らぎを与えることだとできると思いました。私は岩木さんの考えを受け継ぎました」

●我が社は幸せをアートする

「まともにやると旅館業を行うと幸せのイメージがしない。私も親が死にそうなったり、社員も仕事に追われたりと悲しい実体験しました。
 そこで企業ってなんだろう。存在意義はなんだろうと深く考えました。出た答えは、とにかく社員を幸せにしよう!それを企業理念にしました。
『我が社は幸せをアートする』ただ一行だけです。それが目的です。それを目的で行っていく必要があり、進化する必要があります」

●生半可な一流より、素人のする一流だ

「以前、有名な料理人を採用したことがありました。しかし手抜きが生まれたりしたことがありました。生半可な一流より素人のスタッフでもお客さんに良いものを本気で提供しようとする姿勢の方が大切です。わが社は、庭づくりについては、プロに任せず自分たちで行います。緑でそよ風が吹いて小鳥が鳴く。普通の人が心地よいという環境づくりは一生懸命、行えばできると思います。」

★須坂の町について

●住んでいる人がもっと住みやすい町へ

「須坂の町は街路樹を植えるのが良いのではないかと思います。自然があると、老人が歩きに出てきたり、子供が出てきたりと、町に潤いが生まれるのではないかと思います。人がいきいきと活躍する舞台が必要です。」

久繁さんは金井社長とお話しされた後「仙仁温泉さんのプロに頼らず自分の感性で良いと思ったことは実行し何かをやっていく、他人任せにしない自立する姿勢が素晴らしいと思いました」とおっしゃっていました。

 そして最後に久繁さんは、「須坂の地域資源や人の素晴らしさを感じました。全国的には認知度が低いです。理由は、素晴らしい地域資源があるのに地元の人が認知度も低いです。ですから、よそ者目線が必要で、情報提供の仕方も外から目線で考え発信していく必要性があります」と語っていただきました。
 神奈川出身の私も須坂の素晴らしいところをたくさん発見しています。地元の方に聞いても、素晴らしいところが当たり前のようで良さに気付いてないと感じることが多いです。久繁さんに教えてもらったよそから目線の長所を生かし今後も情報発信していきたいと思います。久繁さんご提言いただきありがとうございました。

(記事:須坂市地域おこし協力隊 和田)

2016/06/13

インタビュー記事をまとめた「須坂市移住応援bookスザカでくらす」が完成!

Permalink 11:25:01, カテゴリ: :退任:和田隊員(移住支援)  

移住を考えている方に須坂の暮らしを感じていただくため、メールマガジン「信州須坂ふるさと応援団メルマガ『ふるさと宅配便』」を月2回、発行しています。
その中で、毎回お店や会社を経営されている方、ものづくりをされている方、須坂へ移住してきた方などにインタビューを行っています。今回は、平成26年5月から平成27年3月までに紹介した84人のインタビュー記事を1冊にまとめました。
この一冊を多くの方に読んでいただき、訪れたい人や住みたい人が増えるよう、様々な面白い物や事に焦点をあて取材をしました。その中には、昔から須坂に暮らしてきた人々が築いてきた伝統もあり、地域の多様な文化もあります。もちろん、四季折々の豊かな自然もあります。また個性豊かな人々も紹介しています。そんな須坂の宝物を編集しました。ぜひご覧ください!

※市内の図書館や公民館などで読むことができます。移住相談会に訪れた移住希望者にも配付する予定です。

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