信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2018/04/20

須坂市地域おこし協力隊 藤井啓太の『長野☆GaRons物語』

Permalink 13:37:14, カテゴリ: お知らせ, インタビュー記事  

須坂市地域おこし協力隊の藤井啓太です。
広島県に生まれ愛知県名古屋市内の大学を経て須坂市に移住しました。
現在、市役所の生涯学習スポーツ課でスポーツ振興の活動と、長野☆GaRons(ながのガロンズ)というバレーボールチームの一員としてプレーをしています。
長野☆GaRonsは、須坂市を活動拠点とする男子バレーボールチームで、2018年から始まる新リーグでは「V2リーグ」への参戦が決定しました。
このコーナーでは、私の所属する長野☆GaRonsのメンバーにいろいろな話を聞いて紹介します。

●最初ということなので、私の紹介をしようと思います。
・名  前  :藤井 啓太(ふじい けいた)
・年  齢  :24歳
・出  身  :広島県東広島市
・ポジション:ウィングスパイカー

●バレーボールを始めたきっかけ
私の家族が全員バレーボールをしていて、姉の練習について行って遊んでいた影響が大きいです。最初の頃は、それなりにやって趣味程度だったんですけど、小学校の頃指導者が私の父親だったので、徹底的にやらされました。(笑)でも、そのおかげで上手くなっていくのが自分でも分かってもっと上手くなりたいと思うようになりました。中学、高校、大学と強い学校でやってきたおかげで、今があると思います。

●ガロンズに入った理由
私は、愛知県の大学に進学し、大学でもバレーボールをしていました。その時に、ガロンズの監督さんが私の試合を見に来られていて、スカウトされたことがきっかけです。

●これまでの実績
☆2016/2017シーズンVチャレンジリーグⅡ 最優秀新人賞、得点王
☆第67回秩父宮賜杯全日本バレーボール大学男子選手権大会 ベスト4

●これからの夢・目標
まずは長野☆GaRonsのファンを増やすことです。そのためにも、ホームゲームでは、なんとしても勝つことが必要になってきます。そうなると必然的にチームも強くなってくると思うので、上のリーグに昇格することもできるようになると思います。選手だけで勝つのではなく、選手やファン、応援してくださる人と一緒に戦い、そして勝てるチームにしていきたいと思っています。

(須坂市地域おこし協力隊  藤井啓太)

※次回は6月20日メルマガを予定しています

2018/04/05

先輩移住者に聞くVol.13/峰の原高原ペンション ファンタイムのオーナー鷲巣正幸さん

Permalink 10:48:39, カテゴリ: インタビュー記事  

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンションファンタイムのオーナー、鷲巣正幸さんにお話をお伺いしました。
◆1993年10月に静岡県から移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
もともとサラリーマン生活をしていた頃、その生活に嫌気というか辛く感じていました。
ちょうどその頃、峰の原高原のペンションにお客さんとして泊まりに来ていました。
夜、オーナーさんに仕事の悩みを相談したりしていました。
そんな時、オーナーさんが病気になってしまい、高齢だったこともあり「あんたたちここをやってみないか」と言われました。それなら是非やりたいと思い、はじめたのがきっかけですね。
ですから、ペンションオーナーになりたくて峰の原高原に来たとか、親がペンションオーナーをしていてそれを継いだからとかではなく、偶然、転職をしたいなと思ったときにペンションオーナーの話があったというのが、他のオーナーさんとは違うのかなと思います。

●峰の原高原で生活して良かったこと、苦労したこと
冬は寒いですが自然環境がとても良いです。また、村の雰囲気もガツガツしていないのでのんびり生活することができます。
四季を身近に感じることができ老後をのんびり過ごすには良い環境だと思います。
自然が好きな人はここで好きな仕事をすることができれば本当に良いところです。
苦労したことは、やはり経済面ですね。自分がはじめたころは丁度バブルがはじけた頃でした。
しばらくはスキー人口が多い状態が続き、2~3年は冬が忙しかったですが、その後、スキー人口も減ってしまい経営が大変になりました。
なかなか観光客も増えず、陸上合宿などのスポーツの合宿誘致にシフトしていきました。

●地域おこし協力隊への提案
みなさん外から来る人たちなので、新しい物の見方を取り入れて欲しいです。
何十年とここに住んでいる人は井の中の蛙のように見方が固まっています。
外から来た人の新鮮な目で見て欲しいです。例えば、白樺の木を見ても自分たちは木一本生えていると思うだけですが、外から来た人には違った見方があると思います。
外からの見え方と我々の見え方をうまく融合させて、何かできることを発案してもらえたら良いなと思います。そして、ここにある山や木といった自然にあるものを使って、年間通して続けられることを発見してもらいたいです。

●移住を希望する方へ
峰の原高原でペンションをはじめたいという人には観光客を相手にしようと思うと大変です。
自分は観光客メインにやっていないのでどれくらいお客が入るかわかりませんがスポーツ合宿メインでやると夏は盛況で冬は人口が少なくなったとはいえスキー客が入ります。
ただ、春と秋にお客がゼロになってしまうので工夫が必要だと思います。
スポーツ合宿に限らず、ペンション独自の特徴を出していかないといけないと思います。

ペンション ファンタイム
http://www.pensionfuntime.jp/
〒386-2211 
長野県須坂市峰の原高原3153-862
TEL 0268-74-3033

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

2018/03/20

「就職して良かったと思える職場づくりを」株式会社 関木工所

Permalink 14:45:18, カテゴリ: インタビュー記事  

<須坂しごとラボVol.20>
代表者名:関 裕朗
従業員数:17名
創  業:明治15年
事業内容:木工事、木製家具建具製造、取付・販売

私たちの身の回りにあるテーブルや椅子、箪笥などの木製品は、いつの時代も人々の暮らしに深く関わってきました。また建物の部材としても使われ、木の温もりは人の心を癒す力があります。
須坂駅から車で15分ほどの高甫地域に関木工所はあります。
会社からは遠くに北信五岳を望むことができ、目の前には須坂市立高甫小学校が立地しているため朝夕には登下校する児童の姿も見られます。
関木工所の創業は明治15年。当時の家屋の造りは襖や障子が一般的な時代で、創業者はリヤカーで建具などの受注や販売をして回っていたそうです。
昭和30~40年代の高度経済成長期には、家具専門店を開業していた時代もあります。
現在は5代目になる関裕朗社長(51歳)を筆頭に社員は17名。ゼネコンや住宅建設会社からの受注が主で、木製の建具や取り付け家具、大工工事、複合サッシ製造など木材を使った幅広い事業を展開しています。

●経営者として学び続ける
関社長は首都圏の大学を卒業後、Uターンし長野市の企業に就職しました。
事務管理部門のシステムエンジニアとして8年間勤務したのち退社をし、父親が経営する関木工所に入社しました。
就業当初は、現場に出て良い仕上がり具合をさす「納まり」を学ぶことから始まり徐々に成長していったといいます。
その他にも関社長は会社を継ぐ立場として、経営者向けの本を読んだり、様々な研修等に参加し自己研鑽に努めています。
入社4年目以降は専務を経て、平成27年に5代目社長となりました。以来、お客様や社員、また社員の家族を含めた皆の幸せを考える経営理念を掲げ、社是でも謳っています。
社長自らが学び続け、社員とともに成長し合える会社づくりに取り組んでいます。

●取り組んでいる事業
関木工所が行っている事業は、一般建築現場の内装木工事や造付家具、木製建具工事の他、木製ウッドスクリーン、木製ウッドサッシの製作も手掛けています。
アルミサッシと木製の部材を組み合わせた複合サッシ製品は断熱効果が高く優れていて、遠くは阿蘇くまもと空港のカーテンウォール部(柱)や中学校の校舎建物に、また平成27年3月に開業した北陸新幹線の新飯山駅舎や平成30年4月に開学する県立長野大学にも関木工所が関わった製品が使用され実績を残しています。


        北陸新幹線の飯山駅舎
  (設計事務所:ジェイアール東日本設計事務所)


     阿蘇くまもと空港のカーテンウォール部(柱)
         (設計事務所:日建設計)

「設計図をもとに工務店や設計事務所と商品を考えるところから話し合います。商品の素材や木目の縦横のデザインなど、またコスト的な提案もさせていただくこともあります。一般住宅の棚や腰板、保育園の給食室の扉など身近な建具の他、店舗のカウンターやショーケースの棚製造にも携わっています」
関社長は木製品の幅広い可能性を話してくれました。

●やりがいを持って働く社員
関木工所では20代から70代まで幅広い社員が活躍しています。それぞれが担当する場所で黙々と作業をする姿が印象的です。
工場の一画で仕事をする小林さん29歳もUターン就職した一人です。

「下高井郡木島村の出身で高校卒業後は岐阜県の専門学校に進学しました。そのあと静岡県で木工関係の仕事に就き4年半余り働きました。実家のある長野県にUターンしようと決めてからは、木工の仕事の経験を生かして働ける会社を探していたところ関木工所を見つけ採用が決まりました。以前、勤めていた会社より現在の職場の人数の方が多いです。木を使う同じ仕事でしたが、会社の環境が変わったことで慣れるのに3年くらいかかりました。今は職場の雰囲気も良く働きやすいです。今後は身近な生活の家具を作っていきたいです」
小林さんは仕事を任されて働く充実感を語ってくれました。
他の社員も「製作するのは建物の部分的なところですが、完成した大きな建物を見ると、その一部分に自分が携わったと思うと嬉しいです。やりがいを感じます」と口々に話してくれました。

●社員の家族も大切に
社員を大切にする経営に舵を切り替えようと試みた経過があるほど、関社長は常に「人を大切にする会社」を目指しています。
社内では新年会や忘年会、春にはお花見など、仕事の状況を見ながら出来るだけ社員同士で交流していこうと呼びかけています。また、関木工所では社員の家族同士の交流も行っています。
「社員の家族を会社に招いて実際に仕事場を見てもらう家族参観を毎年5月頃に開催しています。家族がどんなことをしているのか実際に見たり触れたりできる場です。仕事場を見学した後は、みんなでバーベキュー大会やビンゴゲームをします」
関社長は家族参観を、社員の家族にも幸せを感じてもらおうという目的で始めたことを話してくれました。社員が満足できなければ、お客様の満足も得られないという理念です。
社員同士の横の繋がりを強くすることで、お互いを認め合い感謝し合える会社にしたいと関社長は願っています。

●働く環境づくりと求める人材
関木工所では、地域になくてはならない会社を目指そうと社内でミーティングを行い地域貢献にも熱心に取り組んでいます。
「現在は、週1回の会社周辺の歩道ゴミ拾いをしています。冬は歩道の雪かき、また市内にある須坂小学校6年生のお仕事体験受入れも行っています。過去には、次の時代を担う小学生が商売体験をするジュニアエコノミーカレッジで製作の協力をしたこともありました」
関木工所では、今後も地域の役に立てることは何かを話し合いながら社内全体で取り組んでいこうと考えています。
求める人材について「誠実な人が理想ですね。共に同じ気持ちや姿勢で働ける人で素直な人がいいです。木工の仕事の経験がなくても工場長が先頭に立って指示を出してくれるので大丈夫です。組織に協力できる人材を求めます。木工の仕事は女性でも可能だと思います」と答えてくれました。
また、関社長には、幼い頃のケガにより障害が残ってしまったお子さんがいます。お子さんの存在から学ぶことが多くあるそうで、今の会社づくりに生かすことができていると言います。「この会社に入って良かった」と社員に言ってもらえるような経営をしていくこと、そして、いつか障害を抱える社員を採用した際は皆でフォローできる「人を大切にする会社」づくりを目指しています。

木の香りでいっぱいの工場は、複合サッシなどの木製品や無垢材で埋め尽くされています。削り出された木材に目をやると、ゆるやかな曲線の木目とほんのりクリームがかった自然の美しい色が際立ちます。自然から生み出される木工の製作は「ものづくりの根源」とも言える仕事です。関木工所は、お客様や社員を大切に思い、製作を通じて木の温もりを伝え続けています。木工の仕事に魅力を感じる方、働く幸せを感じたい方は関木工所で働いてみてはいかがでしょうか。

◆社員の採用情報と応募について
関木工所では、建築内装工事の他に、木・アルミ複合スクリーンや複合窓のパートナー企業とタッグを組んで、木製品部の製作をしています。現在、CADによる家具・建具の図面作成を行う製図担当や、現場管理、家具・建具の製作担当を募集しています。経験者は優遇します。会社説明および見学は随時受付けていますのでお気軽にお問合せください。

お問合せ先
株式会社 関木工所
〒382-0044 長野県須坂市大字八町字花田北1903-1
電 話 026-245-1096
FAX 026-248-4393
http://sekimoku.com/

(信州須坂移住支援チーム 豊田)

先輩移住者に聞くVol.12/峰の原高原ペンション マウンテンパパのオーナー池上晶光さん

Permalink 13:44:57, カテゴリ: インタビュー記事  

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンションマウンテンパパの池上晶光さんにお話をお伺いしました。
◆1987年に東京都から移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
ペンションオーナーになる前は会社員をしていました。
都会で生活しているうちに、たまたま夫婦2人で自然の中で住んでみたいということで意見が一致したことが最初のきっかけでした。
それから自然のことなどいろいろ勉強していくうちに、自然が好きだけでは生活が成り立ちません。
かといって、林業や動物の関係の仕事をするといっても、専門の知識は全くないので、そのような仕事に就くことはできませんでした。
そこで生活を成り立たせる一つの仕事として専門的な知識はあまり必要ないペンション経営もありだと思い、ペンションを勉強し全国をまわっていました。
たまたま前のオーナーさんが年配で退くということを開発会社から聞き、実際来てみて気に入ったので峰の原高原に決めました。

●須坂・峰の原高原で生活して良かったこと、苦労したこと
やはり夏が涼しく、水がうまいというのが第一です。
また生活面では上田市(旧真田町)との協力で、近くの菅平小・中学校に子どもたちを通学させられたことが一番でした。
大自然の中といっても子育ての面は充実しています。
地方の生活を調べてみると、やはりバスで一時間かけて下界に降りて学校に通わなければならないというところも多いと聞きます。
ちょっとした田舎でも自転車で30、40分かけて通うとか、電車で一時間かけて通うとかがざらにあります。
峰の原高原では田舎でも中学までは近くにあり子どもをゆっくり育てられるいい場所だということです。
意外にここは大自然といっても車で30、40分ほどかけると長野市や上田市に行けるので生活するのに不便を感じることは少ないと思います。
ただ、冬が寒いので、環境的に年をとっていくほどつらくなったり、下で暮らすよりもお金がかかってしまうので金銭面で苦労したりすることは否めないですね。

●須坂市・地域おこし協力隊への提案
生活する面では好きでここに住んでいるので文句は全くないのですが、これから来る移住者の方々に空きペンションがあったり、増えたりするとちょっとどうかなあと思います。
ここはペンション経営で生活が成り立つ場所です。どんどん若い人が移住してきて循環できる環境ではありません。
担い手が育つ環境を作って、空きペンションを少なくしてもらいたいです。
先ずは、夏が涼しい水がおいしいでやって来ても良いと思いますが、そこから「ここに住み続けたい」に繋げてほしいです。

●移住を希望する方へ
自然を楽しんでください。水や空気はおいしい、病院も想像よりも近い、街中にも近い、行政もしっかりしている、子育てにも優しいと他の田舎と比べてみても便利だと思います。
ほかのところだと新幹線の駅に行くにも何時間もかかったりしますが、峰の原高原は1時間弱で上田駅に行くことができます。
そういう面では意外と自然といえないかもしれないです。
夏は涼しく過ごし、冬はウィンタースポーツを楽しむという生活も楽しいかもしれません。

ペンションマウンテンパパ
https://www.mtpapa.jp/
〒386-2211
長野県須坂市仁礼峰の原3153-720
電話0268-74-2730 FAX0268-75-2127

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

2018/03/05

須坂市で頑張る新規就農者を支える家族Vol.12「心身ともに健康で豊かな暮らし」を目指して

Permalink 10:12:19, カテゴリ: インタビュー記事  

◆田中久子さん
2015年2月に埼玉県上尾市から移住
本人、夫、子ども3人(中2、小4、1歳半)の5人家族

須坂市豊丘上町。五味池破風高原への林道へ続く集落の一番上に一軒の古民家があります。
来訪者には元気な犬たちが賑やかにお出迎え。
建物の奥に目をやればヤギたちがのどかに草を食んでいる。
住宅横の作業場兼直売所では、ぶどうなどの農産物のほか、こちらで飼われている鶏たちが産んだ卵やヤギミルク石鹸などが季節により売られています。
今回は、「自然豊かなところで丁寧な暮らしがしたくて」移住したという田中久子さんにお話しを伺いました。


1月に産まれたばかりの子ヤギ

●移住、農業を目指すまで
以前は、夫は造園業、私はヨガやピラティスのインストラクターをしていました。
仕事として生徒の皆さんが心身を健やかに保つお手伝いはもちろんのこと、自分たち家族にとっても「心身ともに健康で豊かな暮らし」を目指していました。
数年前から家族の楽しみとしてキャンプに出掛けるようになってからは、山遊びの楽しさや、開放感、新鮮な空気にすっかり魅せられ、それらは私たち家族にとって都会暮らしの便利さよりも代えがたいものになっていきました。
山で過ごす時間は心躍る楽しみもゆったりとした安らぎも与えてくれる。「山に帰りたい!」「山に住みたい!」、そんな想いが募るばかり。
都会の良さもわかるけれど、それはもうおなかいっぱい味わったから、これからは自然が豊かなところで暮らしたい。いっそ、田舎暮らしを始めてしまおう!と、具体的に動き始めました。

●どうして須坂を選んだのか
田舎暮らしを始めるにあたり、まず解決しなければならないのは「住居」と「仕事」です。
「住居」については、まずはインターネットで物件情報を収集、検討しました。
目についた物件をいくつか内覧してみると住むには問題も多く、家探しだけでなく田舎暮らしの実現のむずかしさを感じ始めたころ、現在住んでいる古民家を見つけました。
私たちの希望する条件にも合致し、まさに一目惚れでした。
家探しと同時にどうやって生計を立てていくか、田舎での「仕事」を模索するなかで、農業をひとつの選択肢と考えていたのですが、一目惚れした古民家物件のある須坂市では農業を志すひとのために里親研修制度があることを知り、自分たちが田舎暮らしを始めるにあたり理想的な状況、引き寄せられたかのようなめぐり合わせの縁を感じ、須坂への移住と同時に夫婦で就農することを決意しました。

●須坂で生活して良かったこと、苦労したこと、須坂市への提言、移住者希望者へメッセージ
須坂は豪雪地帯ではなく、「雪は降っても一晩で膝の高さ程度」と聞いていたので、寒さも厳しくないかも、と思っていたら大間違い。信州では雪の量が少ないからといって温かいわけではないのです。
さらに我が家は築100年近い古民家、断熱材や二重窓などの寒さ対策リフォームは充分に施したつもりでしたが、それにもかかわらずどこからともなく隙間風が吹きこんできました。
最初に迎えた冬は予想を超える寒さに相当参りましたが、今では業務用ストーブを備えたり、寒ければたくさん着込めばいいことだと気づき、寒さにもだいぶ慣れてきました。
大好きな山が身近にあり、自然豊かな環境で、子どもたちものびのびと育っています。
しかし、須坂市は経済的な子育て支援は他の地域より厚くはなく、移住してから子育てにかかる家計の支出が増えたのは事実です。
少子化対策を重要視されている地域では、たとえ限界集落といわれているような地域でもあっても、子育てに対し経済的な支援が厚いところもあり、地域全体で子育て世代を応援していて子どもを産み育てやすい社会環境を整えているように感じます。
須坂市はまだ人口減少や過疎といった問題は切実ではないのかもしれませんが、現役世代が子供を産み育てたくなる制度を整えてもらえたらと願います。
寒さがつらいとか、子育て支援が厚くないとか挙げましたが、決してネガティブなメッセージではありません。不便な点を認識しほかの人と共有することは、暮らしをより良いものとしていく小さな一歩だと思うのです。
私は心から、ここに移住して良かったと思っているし、ここでの暮らしを楽しんでいます。

●インタビューを終えて
目指したのは「自然豊かな地で心身ともに健やかに丁寧な暮らし」。その実現のために歩んでいたら結果として田舎暮らしや就農へと繋がりました。
ご主人の哲さんは古民家のリフォームを始め鶏小屋にヤギ小屋を自らの手で作り上げます。
卵のおすそ分けをもらうために飼い始めた鶏は、久子さんが心をこめて世話をし、ここで産まれた卵を孵化させ育てた鶏も含め現在では全部で50羽を超えるほどになりました。
久子さんの愛情を感じているのか、手のひらに卵を産み落とすほどに懐いています。
久子さんの次の夢は、自分たちが育てたりんごやぶどう、卵を使ったスイーツを提供できるカフェを営むこと。
そこではきっと、“心温まる、手作りの丁寧な暮らし”を私たちも感じることができるのではないでしょうか。楽しみでなりません。


引っ越してきた頃から育てている鶏たち


「食べる漢方薬」とも言われる烏骨鶏

【信州須坂 田中果樹園】
Address 須坂市大字豊丘1878
Tel 026-247-8917 / 090-1763-2526
Email Suponjibob1120@gmail.com

★久子さんが愛情こめて育てている田中果樹園さんの産みたて卵は、
 Aコープすこう店 生産者直売コーナーでも販売されています。

(須坂市地域おこし協力隊  田島和恵)

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