信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2017/10/19

 「明治ブランドを支えるキャンデー会社」明治産業株式会社

Permalink 10:46:09, カテゴリ: インタビュー記事  

<須坂しごとラボVol.16>
明治産業株式会社
代表者名:鐘ヶ江 穣
従業員数:260名
創  業:昭和20年
事業内容:キャンデー、グミ、錠剤型固形菓子(タブレット)などの食料品製造 ・販売

長野市と須坂市を繋ぐ村山橋近くに、meijiグループを代表するキャンデー製造工場の明治産業があります。社屋の目の前には長野電鉄や上信越自動車道が走っています。
それと重なるように北信五岳が一望でき、近隣のリンゴ畑など自然を十分感じることができます。
明治産業は、チョコレート菓子やヨーグルトなどでおなじみの㈱明治のグループ会社のひとつで、昭和20年の創立以来、長きにわたりお菓子などの食品製造に関わる事業に携わってきました。
現在は自社のオリジナルブランド「Meisan」としても商品の開発を行い、キャンデーを中心にグミや錠菓など様々な砂糖菓子を製造しています。
事業推進部長の須藤さんと総務グループ係長の田宮さんに、明治ブランドとしての働き方や仕事のやりがいについて話を聞きました。

●キャンデー専門の製造工場
明治産業は、昭和20年に戦後の混乱期の中、新興産業株式会社としてスタートしました。当時は乾燥野菜や乾パンが主要製品でした。
その後、サイコロキャラメルやチョコレート、ビスケットなどのお菓子の生産へと変わり、昭和62年に新工場の完成、さらには平成3年に2号館が完成し、自社ブランド「Meisan」は工場内の生産設備の建設とともに発展してきました。
明治産業は、全国の明治グループ会社の中で唯一キャンデー類を専門に製造している工場です。
社屋頂上には自社ブランドの「Meisan」と書かれたオレンジ色の看板が目に付きます。
工場内に入ると甘い香りが漂い、子どもも大人もワクワクしてしまう、そんな夢があふれるキャンデー工場です。

●地域に根差したキャンデー会社
明治産業では主力商品のキャンデーを中心に、meijiの果汁グミやロングセラー商品「ヨーグレット」や「ハイレモン」を製造しています。
キャンデーやグミの種類はバラエティー豊かで、手掛けたその数は自社ブランドを含め100種類にのぼります。
工場内には巨大な製造機器が並び女性担当者が真剣な眼差しで検品をしていました。

「商品は直接人の口に入る物なので品質管理には特に力を入れています。製造ラインでの検品作業は機械と人の目でチェックを繰り返し、安全で高品質な商品づくりを徹底しています」
田宮係長はキャンデーやグミなど各部門の役割について丁寧に話してくれました。
また、明治産業では小学校の工場見学も受け入れていて、子どもたちに夢を与えるなど地域に根差した取り組みも行っています。
「品質・安全管理は重要で大変ですが、その先にはお客様の笑顔があります。須坂市に明治産業というmeijiブランドを支える工場があることを市民の皆さんにも知ってもらい誇りに思ってほしいです」このように明治産業は地元に愛される会社を目指しています。

●明治産業で働く移住者
明治産業では現在260人が働いています。平均年齢は40歳。女性が半分以上を占め、再雇用で65歳まで働ける職場です。製品の細やかな検品作業は女性が得意とのこと。また、ワークライフ・バランスの推進により出産後も働ける体制が整っていることで復職率は100%だそうです。
この就業環境からも女性が長く働いている理由がわかります。

営業部で働く藤原梨恵さんは28歳。5年前、結婚を機に東京都練馬区から須坂市に移住しました。
明治産業に勤務して2年になりますが、働く体制が整っていて安定していると話してくれました。
「職場は和気あいあいとしていて働きやすいです。営業会議ではお菓子の市場の様子が学べるので、とてもやりがいがあります。須坂市に住んで実感したのは車が主体の生活だということですね。米子大瀑布(滝の名所)の様な観光場所もあって自然豊かで食べ物が美味しいのが嬉しいです。果樹が手軽に安く買えるのもいいですね。主人が日本酒好きなので酒蔵があるのも良かったです」藤原さんは充実した仕事や須坂市の豊かな自然と食べ物の魅力について話してくれました。

●明治産業が求める人材
「明治産業は明治ブランドを支える安定した会社です。㈱明治のグループ会社として連携があるからこそ育児や介護休業制度等福利厚生に関する制度も整備され、労働組合もあります。年間休日は120日あります。そして、なんと言っても社内で行う新年会では1等5万円分の旅行券などが当たるんですよ」須藤部長は明るくユーモアを織り交ぜて楽しく話してくれました。
求める人材について「お菓子が好きな人がいいです。人を喜ばせることが好きな人で、会社全体を元気にするくらい生き生き笑顔で働けて、何より自分の仕事に誇りをもてる人が理想ですね。日本を代表するような砂糖菓子の製造工場が、この須坂市にあることを市民の皆さんにもっともっと知ってほしいです。日本中を笑顔にしたいです」と話してくれました。


        親睦会の様子


        新年会の様子

子どもから大人まで大好きなお菓子。お菓子づくりは人を幸せにする仕事です。
お客様の笑顔を思う人、働く人はそういう映像が浮かぶ人であってほしいと明治産業は願っています。素敵な笑顔で働けるあなたの応募をお待ちしています。

◆社員の採用情報と応募について
明治産業ではキャンデー、グミ、錠菓を製造し『おいしさ』『楽しさ』『健康』『安心』をお客様に提供している明治のグループ会社です。商品の製造や包装の部門、また、設備機器のメンテナンスが出来る方も募集しています。会社説明および見学は随時受付けていますのでお気軽にお問合せください。

明治産業のホームページ
http://www.meisan.co.jp/

お問合せ先
明治産業株式会社
〒382-0054
長野県須坂市高梨288
電 話(026)246-1122
FAX(026)248-3015

(信州須坂移住支援チーム 豊田)

須坂市で頑張る新規就農者を支える家族Vol.7「まさか本気で就農するとは」

Permalink 09:56:33, カテゴリ: インタビュー記事  

◆丸山里世子さん
本人、夫、長男、長女、2013年1月に静岡県沼津市から移住

今回お話しを伺ったのは、須坂市出身でご主人の就農とともにご実家にUターンされた丸山里世子さんです。
「まさか須坂に戻るとは、まさか主人が本気で就農するとは。安定していた仕事を辞めるなんて、考えてもいなかった。農業には今でも反対(笑)」
満面の笑みでインタビュー最初の一言が“反対”、あまりに爽やかに言い切るので聴き手の私まで思わず笑ってしまいました。
そんな和やかな雰囲気でスタートしたインタビュー、大切な家族を気遣い心配だからこその率直なお気持ちをお聞きしました。

●夫が農業を目指すまで
夫は製薬会社の営業、私は薬剤師として働いていました。
夫は結婚当初からずっと「いつか農業をやりたい」と言っていたけれど、それは憧れや、せめて定年退職してからのことを言っているのだと思っていました。
それがまさかこんなに早く現実に実行に移すことになるなんて、という気持ちです。
彼の考えとしては、モノをつくる仕事への憧れだけでなくて、現実問題として定年以降の生活のための収入を考え長く続けられる仕事として農業を捉えていたようです。
実際に夫の仕事ぶりを見ていると、農業は覚えることも沢山ありますし体力も使うし、定年を待つよりこのタイミングで始めてよかったんだなと思うようになりました。

●どうして須坂を選んだのか
須坂は私の実家があり、また、実家で畑を持ってはいるものの、母ひとりでは手がまわらないため人に貸していましたので、夫が農業を始めるにあたって、その畑を返していただきました。
また、私の友人のお父さんでぶどうを生産している方に親身にご指導をいただくこともできました。
実家、地元のつながりって有難いですね。

●須坂で生活して良かったこと、苦労したこと
須坂は地元なので、何か特別なものがあるでもなくこれがあたりまえであって、なんの魅力も感じてはいませんでした。
しかしいろいろなところへ転勤し暮らしてみた経験から改めて見直してみると、ここは自然も町もなんでも近くにあって、便利で住みやすいところかもしれないと思います。
それと、あえて特徴として挙げるならば、近所づきあい・人付き合いが濃厚です。町の行事が多いうえに、参加しないとものすごく心配されるんです。
また、子供の数でいえば都会の小学校の方が圧倒的に多いのですが、須坂の小学校に転入してからの方が、仲良しのお友だちが増えました。
1学年1クラスしかないからこそ長い時間を一緒に過ごすので、学友ひとりひとりとの絆が深くなるのかもしれません。

●移住・新規就農希望者へメッセージ
正直、農業収入で食べていけるのかとか、そもそも経験なく始めて商品となるような作物がちゃんとつくれるのかなど、考えれば考えるほどいろいろと心配しました。
でも、始めてみれば意外と食べていけるし、むしろ季節を感じながら人間らしい生活を送ることができる、ゆとりある暮らしだと感じています。

里世子さんへのインタビューの間、隣でぶどうの荷造り作業をしていたご主人の尚文さんから
「50歳になったら農業始めるって予約しておいたよ」「常々相談していたよ」と物言いが入ると、「聞いてなーい!」と笑いながら応戦する里世子さん。
しかし、結婚当初からご主人の気持ちを知っていたこと、今の暮らしに満足をしていること、尚文さんが見据え準備を進めている将来について一番理解しているであろうことも、ちゃんと語っていらっしゃいました。
「会社員でいれば安定した仕事・収入を得られただろうけれど、農業をしている夫はとても楽しそう。したいことを楽しそうにしているのは羨ましく思います。」
第一声の「反対」とは裏腹に思いやり溢れる温かな本音が、笑顔と共に尚文さんに向けられていました。

須坂市地域おこし協力隊  田島和恵

2017/10/04

「キノコは人間より繊細な生き物です」株式会社キノコ村

Permalink 08:47:39, カテゴリ: インタビュー記事  

<須坂しごとラボVol.15>
株式会社キノコ村

代表者名:荒井将尋
従業員数:45名
創  業:昭和59年
事業内容:きのこ栽培に関する業務、収穫、包装

須坂市は緑の山に囲まれ新鮮な空気ときれいな水の恩恵を受け、人が住む自然環境が整った町です。キノコ村では、このきれいな水と空気、手の行き届いた農場で様々な種類のキノコを栽培しています。キノコ村は市内亀倉地区と村石地区に二つの農場(亀倉農場と横松原農場)を持っています。
昭和59年に創業して以来、研究や開発を積み重ね、自社で種菌から育てる一貫した栽培方法で、主にえのきやエリンギをはじめ、栽培が難しいとされる「とき色ひら茸」など7~8種類のキノコを誕生させてきました。
自社で加工し製品化している「乾燥甘シャキ味えのき」も人気で全国で販売されています。
荒井将尋社長に、独自で行う一貫栽培方法や社員の働き方についてお話を伺いました。

●自社の一貫した栽培方法
キノコ村の最大の特長は、自社での一貫した栽培技術を持っていることです。
キノコのもとになる種菌を育て、栽培に使用する培地には主におがくずを使い、それらを独自の配合により美味しいキノコを栽培しています。
「通常は、種菌を仕込む作業や芽が出て出荷する作業など、それぞれ各専門機関で行うところですが、キノコ村ではこれらを全て自社で行っています。キノコは製品になるまで最低2か月かかります。キノコは人の健康に役立つ可能性のある食材なので、今後も新商品の開発を行い人々の食生活に浸透してほしいのが願いであり課題でもあります」と荒井社長は話してくれました。


栽培が難しい「とき色ひら茸」はバラの花の様


成長した真っ白な種菌


植えつけたポットから芽を出す野生種えのき

●種類豊かなキノコ栽培と加工製品まで
キノコ村で収穫したキノコは、北海道から沖縄まで全国のスーパーや百貨店、生協、外食チェーン店、ホテルなどに納品しています。
「消費者には無農薬を重視する人も多くいるため栽培過程の資材にもこだわっています。その分コストはかかりますが体にやさしい安心・安全の美味しいキノコを提供しています」荒井社長は自社の取り組みについて語ってくれました。
キノコ村では3年前から本格的に乾燥キノコやビン詰めなどの加工品の製造も行っています。
乾燥キノコなど加工品の製造は細やかな意識をもつ女性が活躍しています。
また、実際に社員がモニターとして自社の製品を食し、血液検査を行い、体に良い食材として実証し伝えることも行っています。

●キノコ村での働き方
現在、キノコ村には45名ほどが働いていて、うち女性は30名ほどが希望の時間で働けるパート勤務をしています。
正社員は幅広く動くことが求められるので、キノコを移動し運ぶためのフォークリフトに関わることができるのが理想とのこと。
体力と意欲のある人であれば男女問わず正社員になることも可能です。
キノコの栽培過程を見守るのは正社員が中心ですが、収穫は50代の方やシルバーによる勤務もあります。
栽培したキノコを詰める細かな手作業は女性が中心となって行われています。

パートで働く黒岩美栄子さんは勤務して3年、キノコ村の加工品の主力になっている乾燥キノコ商品の詰め込みから包装までを担当しています。
今では社内でも頼れる存在の一人であると荒井社長は言います。
黒岩さんは東京で12年間仕事をしていたことがあり、その時はコールセンターで働いていました。
「以前のコールセンターとは全く違った仕事内容で最初はわからないことばかりでしたが、先輩方が親切に教えてくれて連携がとりやすかったので困ることなく働けました。市内の自宅から職場へは車で10分ほどの便利な場所ですし、帰宅後は夕飯などの家事も時間通りこなせてバランスよく両立できています。休みは交代で取得できるので周囲との関係も上手く築けています。今の仕事の方がストレスもないですね。東京にいる時は生活スピードが速すぎました。須坂市は時間の流れが落ち着いていて、とても暮らしやすいです。市内から見える四季折々の風景を感じながら生活できています」黒岩さんは仕事と家庭を両立し充実した生活が送れていると話してくれました。

●求める人材
「キノコは人間より繊細な生き物なので、理解し対応できる方が理想です。キノコが素直に育つように働く人も素直に取り組める方がいいですね。育てる気持ちが大切で、感性が大きく影響する仕事です。一人で掛け持ちしたり経験したことのない仕事もあります。始めから直ぐこなせないのは当たり前で力は備わっていくものだと思っています。元気で真面目にできる人なら最初はそれで十分です」荒井社長は、臆せずに何でもトライするチャレンジ精神を持つ前向きな人を希望しています。

秋から冬はキノコが主役になる料理が多くあるため、キノコ村では忙しい季節になります。
健康食材としても浸透しているキノコ。日本の食卓には欠かせない食材作りに、あなたも携わってみてはいかがでしょうか。

◆社員の採用情報と応募について
キノコ村は、美味しく安心して食べていただける個性豊かなキノコの栽培、また自社の新鮮なキノコを原料にした加工品の製造に取り組んでいます。一貫した栽培方法を守り続け、常に高い技術を目指して成長することを目標に掲げています。キノコの培地作りからの一連の栽培作業、環境管理などの栽培技術の担当、また収穫や包装、出荷業務部門などで募集をしています。会社説明および見学は随時受付けていますのでお気軽にお問合せください。

キノコ村のホームページ
http://www.kinokomura.co.jp/

お問合せ先
株式会社 キノコ村
〒382-0037 長野県須坂市野辺1883
TEL 026-246-5888  
FAX 026-246-5889

(信州須坂移住支援チーム 豊田)

2017/10/03

先輩移住者に聞くVol.7/須坂市峰の原高原 木下ペンションのオーナー 木下圭介さん

Permalink 09:11:12, カテゴリ: インタビュー記事  

みなさんこんにちは。
このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、木下ペンションのオーナー木下圭介さんにお話をお伺いしました。
◆昭和51年に名古屋市から移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
会社に勤めて課長や部長になっても大したものになるわけでもなく、重役になることはないと思い、このままサラリーマンで良いのかと考えるようになりました。
そんな時、旅行仲間がペンションを営業していると知り、ペンションとは何かと興味を持つようになりました。
その人にペンションの話を聞こうとしたところ、旅行好きなのだから実際見てみろと言われ自分で調べることにしました。
斑尾高原、原村、峰の原高原を見て周りましたが、斑尾高原は雪が多く年をとってからの雪かきが大変で、原村はペンション村からスキー場までが遠くお客さんの送り迎えが大変だったので、残った峰の原高原に決めました。
「なるようになるさ」の感覚でオーナーになることを決めました。

●須坂・峰の原高原で生活して良かったこと、苦労したこと
まず、車があれば交通の便がいいということです。長野まで約30キロですので、ちょっとしたディナーが食べられ、ちょっと足を伸ばせば、二時間ちょっとで日本海の海の幸を食べられます。
また長野駅や上田駅まで一時間以内で行けるので東京に行くのも苦労しません。
斑尾高原などは長野市内に行くのも時間がかかりなかなか気軽にディナーや新幹線を使って東京に行くのが難しいと聞きました。
また、冬は長野・須坂方面や上田方面は除雪がしっかりされて、峰の原高原の中も除雪が行われます。
峰の原高原には細い道がないので、雪道の運転が初心者の人でも気軽に峰の原高原に来てペンションに泊まることができます。
また、峰の原高原に住んでいて苦労と感じることはあんまりないですね。

●須坂市・地域おこし協力隊への提案
須坂市街地などに住む人たちは、峰の原高原に移住してきた人を40年以上経った今でも山の人と感じている人がたくさんいます。
その意識改革を積極的にしてもらいたいですね。
そのためには須坂市自体が峰の原高原の生活についてもっと知ってもらいたいです。
峰の原高原のことを市民に広く知ってもらわなければ、都会の人に峰の原高原を紹介することはできないと思います。

●移住を希望する方へ「いっぺん来てみてください」
峰の原高原はいいところです。ペンションを営業していなくても別荘として買ったところに住んでいる人もいます。
峰の原高原の自然、空気のおいしさと、ペンションオーナーの心の温かさが合わさった他のところにはない魅力があります。
やはり、それは一度峰の原高原に来てみないとわからないです。
来て、ペンションに泊まって、峰の原高原を知り、良かったと感じ、また来たくなる。
そして最終的にここに住みたくなる。それが一番なんじゃないかなと思います。

木下ペンション 
須坂市峰の原高原3153-576
TEL0268-74-2310

須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉

2017/09/20

須坂市で頑張る新規就農者を支える家族Vol.6/モヤモヤ考えているより来てしまえば何とかなる!

Permalink 08:40:53, カテゴリ: インタビュー記事  

◆鈴木正子さん
40代、夫と2人の男の子、2014年3月に名古屋市から移住

「モヤモヤ考えているより、来てしまえば何とかなる!」
男前なこの一言、ふんわり優しい癒し系な面と、都会から田舎へのスピード移住を支えた肝っ玉奥さんな面を合わせ持つ鈴木正子さんから、移住希望者へのメッセージです。
移住には大きなエネルギーが必要と言われますが、ずっとやりたかったことに向かうとき、運気やご縁といった、目には見えないなにかの“流れ”に委ねてみるとスッとうまく事が運ぶこともある。
そんなお話しを伺いました。

●夫婦で移住、農業を目指すまで
移住前は、夫はサラリーマン、私はアロマトリートメントのサロンを経営し、名古屋で暮らしていました。
二人とももともと自然が好きで、いつかは自然豊かなところで暮らしたいという憧れを持っていました。
また、夫は趣味のバイクで農作業のバイトをしながら全国を旅行していたり、夫の母の実家は島根県でぶどうを生産している農家であったり、私自身は実家が兼業農家で田んぼの手伝いをするのが当然という環境で育ちましたので、夫婦二人とも農業に対して親しみがありました。
移住・就農へ向けて心が動きだしたのは子どもが生まれてから。
子育てをするなら自然豊かなところがいいと真剣に考えるようになりました。
夫が仕事を辞めて農業を目指すと言ったときは、私にはなんの根拠もなかったけれど「なんとかなる!」と背中を押しました。

●どうして須坂を選んだのか
そこから早速移住地探しです。
そうはいっても夫は全国を旅行して回っていた経験から「就農するなら長野県でぶどう」という長野県への愛着があったようで、長野県内に絞って地域で開催される就農相談会などに何度か足を運びました。
そこで「ぶどうなら長野県北部」というアドバイスを受け、須坂市農林課の職員の方から詳しいお話しを伺うと、不思議なくらいにとんとん拍子に話がすすみ、農業里親研修を受ける農家さんや住居も見つかり、須坂市に移住しました。
夫が仕事を辞めてから移住まで、わずか3ヶ月ほどでのスピード移住でした。

●須坂で生活して良かったこと、苦労したこと、移住者希望者へメッセージ
須坂で残念だと思ったことはただひとつ、道が悪いと思いました。
狭かったり、舗装がガタガタしていたりで寝ている子供も起きてしまいます。
でも、それ以外は住みやすく、いいことだらけです。自然が豊かな環境なのはもちろんのこと、自然や安全安心な食べ物へのこだわりなど共通の関心事を持つ友人に恵まれています。
ご近所の皆さんには子どもたちを可愛がっていただいたり、とても良くしていただいています。
移住というと知らない人ばかりで心配というイメージがあるかもしれませんが、地域の集まりなどに積極的に出て行くことで顔を覚えていただくと、皆さんが気にかけてくださって、応援してくださいます。
我が家は須坂に移住し農業を始めたことで、家族で過ごす時間が増えました。
農繁期などは多少睡眠時間が少ないこともありますが、なにより、自分たちが楽しんでやっていることなので、日々笑顔でいられますよ。

正子さんとご主人の洋二さんの農園『Green Bell Farm』のこだわりは「子供が安心して食べられるものを作りたい」と想いから、土づくりに力を入れ、原料がはっきりしている有機肥料を使用するなど、安心で美味しい生食ぶどう・ワインぶどうを生産すること。
年々作付けの規模も増え『Green Bell Farm』のぶどうだけでつくられたワインが出来るのももうすぐ。
これからのご活躍に注目したい、須坂で頑張る新規就農者のご夫婦です。

『Green Bell Farm』(グリーン・ベル・ファーム)
〒382-0071 長野県須坂市小河原町699
Email. greenbellfarm@bc4.so-net.ne.jp
Tel.026-477-2541

須坂市地域おこし協力隊  田島和恵

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