信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: インタビュー記事

2018/06/20

須坂市地域おこし協力隊 藤井啓太の『長野☆GaRons物語』vol.2

「長野☆GaRons 13番」

須坂市地域おこし協力隊の藤井啓太です。
広島県に生まれ愛知県名古屋市内の大学を経て須坂市に移住しました。
現在、市役所の生涯学習スポーツ課でスポーツ振興の活動と、長野☆GaRons(ながのガロンズ)というバレーボールチームの一員としてプレーをしています。
長野☆GaRonsは、須坂市を活動拠点とする男子バレーボールチームで、2018年から始まる新リーグでは「V2リーグ」への参戦が決定しました。
このコーナーでは、私の所属する長野☆GaRonsのメンバーにいろいろな話を聞いて紹介します。
今回は、チームで唯一私と同い年の土倉進太郎選手に話を聞いてみようと思います。

・名 前 : 土倉 進太郎
・年 齢 : 24歳
・出 身 : 長野県(飯綱町)
・ポジション: セッター、センター



●現在のお仕事は?

「現在は、高校教師をしています。また、部活もバレー部を見ており、指導もしています。自分もプレーをしながら高校生に教えているので、教える中で新たな発見等があり、生徒の為にもなり自分の為にもなるので、面白いです。高校の教師ということで、練習や試合にもなかなか出れませんが、生徒に教えるという立場でするバレーも楽しいです」

●ガロンズに入った理由
「私は、出身高校が長野日大付属高校で、同じ高校の先輩が何人もガロンズに所属しており、その先輩を通じて入団しました。藤井選手と同い年ですが私の方が先に入団したので先輩です(笑)」

●ガロンズはどんなチーム?
「そうですね。やはりみんな県内の選手ということで仲が良いチームですね。まあ、藤井選手は県外出身ですけど(笑)。最年長者と最年少者同士でも、よそよそしい感じもないし、遠征等に行くと、みんなで一緒にご飯を食べに行ったりしています。また、仲が良いだけではなく、練習の組み立てや指導も選手同士で厳しく行っています」

●これからの目標
「今年から、ガロンズは一つ上のリーグに参加することになったので、まずはホームゲームでしっかりと勝利することです。私は試合に出れるかわからないのですが、試合に出ている選手だけではなく、ベンチにいる選手・スタッフ・観客の皆様と一緒になって勝てるようなチームになっていきたいです。また、私は高校バレーも見ているので、生徒達が試合で勝てるようにいろいろ工夫を凝らしてしっかり指導していきたいです。ガロンズの一員として、また部活のコーチとして、両方を掛け持ちしながらは大変ですが、自分のできることは当然のこと、周りの人に言われたこともちゃんと取り入れ、精一杯頑張っていこうと思います」

☆長野☆ガロンズのホームページはこちら
https://garons.jp/

(須坂市地域おこし協力隊  藤井啓太)

2018/06/05

「地方移住に必要なものってなに?」銀座NAGANOの山越移住推進員に聞きました!


須坂市では月に一度、東京の銀座にある長野県アンテナショップ銀座NAGANOで移住希望者個別相談会を開催しています。
予約制なので、個別でゆっくり落ち着いて相談できるのがメリットです。  
相談では移住後の仕事や住居について、また移住体験ツアーの打ち合わせまで具体的な情報を提供しています。

銀座NAGANO4階の移住交流・就職相談コーナーには、長野県移住推進員の山越典幸さんが常駐しています。山越さんは長野市の出身です。都会から長野県へ移住を考える方の相談に乗り、県内の市町村に繋ぐ役割を担当しています。山越さんが普段受け付けている相談をお聞きし、須坂市ができる対応をまとめてみました。

●よくある相談その①「30~40歳の働き盛り世代が課題の就業相談」
<山越さん>
「昨年の相談者年代別ではダントツで30代と40代の働き盛り世代が多くを占めました。移住して仕事があるのか、収入は確保できるのかなど、ご夫婦であれば特に奥さんが移住に対し不安を感じているようです」
山越移住推進員        

<須坂市ができること>
須坂市も30~40代の働き盛りの方の相談が多く、移住先での仕事の相談がメインです。移住希望者は相談の時点でまだ就業しているため、来週から移住して新しい仕事に就くということが不可能です。須坂市では、引っ越し時期を考慮してくれる移住者受入れ協力企業があります。現在21社の事業所が協力してくれています。移住希望者から相談を受け、移住体験ツアーで希望する協力企業との面談及び住まいや暮らしの案内をパッケージングにした「移住支援信州須坂モデル」を昨年から行っています。須坂モデルを使って短期間で東京や大阪から須坂市へ移住しています。「須坂市移住応援サイトスザカでくらす」に21社の詳しい記事を掲載し随時追加しているのでご覧ください。
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/talk.php?id=193


※須坂モデルの概要はこちら(PDF)

※「移住支援信州須坂モデル」詳しくはこちらをご覧ください(YouTube)

●よくある相談その②「子育て環境、教育環境が知りたい」
<山越さん>
「お子さんをお持ちの家庭は、子どもを自然の中で育てたい、環境の良い所で育てたいという相談が多いです。中には、お子さんがアレルギー体質なので空気の良い場所など環境を変えたい、食べ物も安全・安心なものを食べさせたいという声があります」

<須坂市で暮らしたら・・・>
須坂市は公立保育園10園(私立幼稚園等も含めると20園)、小学校11校、中学校4校、高校3校があります。未就園児の親子が利用できる子育て支援センターや18歳まで利用できる児童センターも市内4カ所にあって、利用はすべて無料で駐車代もかからないので便利です。
公立保育園の給食は園内の給食室で作っています。園児たちがお散歩で採ってきたよもぎを使った団子がおやつのメニューになることもあります。毎日、地場産の食材を使用した季節を感じるメニューで、調理途中の冷凍食品は一切使わない安全・安心な給食です。
小・中学校の給食では2020年夏に新しく新築オープンする学校給食センターに、食物アレルギーの献立に対応する調理室ができる予定で、さらに子どもの食育環境が守られます。

最近、須坂市で受け付けた相談に「保育園の出入り口が車の交通が激しい通りに面していて、子どもに飛び出さないよう注意ばかりしている」「親があっちもこっちも危ないからダメだと口にしなければいけない環境に納得がいかない」という内容がありました。かわいいお子さんだからこそ伸び伸び育てられる場所に移住したいということでした。他のどの両親も必ずと言っていいほど「自然の中で豊かな心を持った子どもに育ってほしい」ということを話します。須坂市には市内や近隣地域に駐車場が無料の動物園や広い公園がたくさんあります。思いっきり芝生の上を走って転げ回り美味しいお弁当を食べて、休日の楽しい思い出を親子で作ってほしいです。

●よくある相談その③「移住を検討する家族や夫婦の温度差」
<山越さん>
「昨年の移住相談者は30代と40代の働き盛り世代が多くを占めましたが、このうち7割がご夫婦やお子さんがいるご家族でした。夫婦でも移住への希望度がそれぞれ違っていて、まだ意思の疎通ができていないのかな?と気になることもありました。高齢の親が移住を希望していて、心配だからと子どもが反対するケースもありました。夫婦や家族でよく話し合うことが、その先を乗り越えていくポイントだと思います」

<須坂市で受ける相談から>
須坂市でも夫婦の温度差を感じる移住相談を受けます。相談で話が具体的に進めば進むほど意気込むご主人の表情に対して、奥様のノリがイマイチということもあります。「まだ家族に話していないけれど今日は一人で情報収集に来ました」と話すご主人もいました。移住者の中にも「相談会の翌日、主人が早速物件の情報収集をはじめたと思ったら、あれよあれよといろいろ決まってしまい、あっという間に移住してきました。思春期の子どもがいるのでちょっと心配です」といった話もありました。

●須坂市に寄せられた移住希望理由には・・・
・人混みの中を歩いたり満員電車に揺られるのは、もううんざり、生活を変えたい
・通勤時間が往復3時間はかかり過ぎて体に負担がある、家族との時間が取れない
といった内容もあって、毎日の生活からストレスを感じているようです。
じっくり話し合って計画し、家族で共通の目的や目標を持った移住は最強の人生が送れると思います。須坂市では移住者交流会を開いたり、生活における困りごとや心配ごとの相談に応じるなど、移住後のサポートも行っています。

●山越さんからメッセージ
「相談者のほとんどは、移住ってどんなもの?どんなことが必要なの?と漠然とした相談が多い印象があります。100人いれば100人の背景があります。できるだけ良いタイミングで各自治体の移住セミナーや移住体験ツアーに繋ぎたいです。今は大量の情報が出まわる世の中です。長野県への移住を希望し迷った時は、どうぞ銀座NAGANOまでお出かけください」
銀座NAGANO

●須坂市移住希望者個別相談会にご参加ください
東京、大阪、名古屋など大都市での出張を終えるたび、長野駅のホームで吸い込む空気の違いを感じています。「都会の人はよく歩く」「ビルの中に保育園がある」「学校のグランドが土ではなくアスファルトのような人工素材でできている所がある」など実際に見て驚くこともありました。
須坂市で生まれ育った私が都会に出て感じることがあるように、地方に移住することで発見することは必ずあると思います。須坂市で新たに始まる時間が移住者にとって価値ある時間となるよう、信州須坂移住支援チームは移住を希望される皆さんを全力で応援します。相談者一人ひとりの相談に耳を傾け、寄り添い、移住をサポートさせていただきます。

移住は人生も変える大きな決断です。疑問や不安を持つのは当然のこと。移住をお考えの方は、まず相談会への第一歩を踏み出してみませんか?信州須坂移住支援チーム係長の加藤と移住・定住アドバイザー(国家資格キャリアコンサルタント)の豊田がご相談に応じます。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

先輩移住者に聞くVol.14/峰の原高原ペンションErste Liedeのオーナー木村信貴さん

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、昨シーズンからペンションErste Liede(エアステ リーベ)のオーナーをはじめた木村信貴さんにお話を伺いしました。
◆2017年12月に福井県から奥さんとお子さん2人(小5、5歳)と移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
これまでは10年間、隣の菅平高原に冬場の3ヵ月だけスキーのインストラクターとして働き、夏は地元の福井に戻りゴルフ場で働く生活をしていました。
その後、結婚もしたし、子供もできたのでスキーをやめるか、続けるかの選択を迫られることになりました。考えた結果、スキーを続けようと思い、続けるならどういった形で続けられるのか、ずっと考えていました。
ひとつは地元福井のスキー場で働くか、もう一つは峰の原高原に住むという選択です。菅平高原で働いていたので、峰の原高原の人たちとも親交がありました。ですので、こっちに来てみようかと相談したところ、たくさんの人が話を聞いてくれて、空きペンションを紹介して下さったり、ゴルフ場で働いてもいいじゃないかとかいろいろアドバイスをいただいたりしました。
最終的に峰の原高原に住むという選択をしました。
思ったより独立心が高かったのか、ゴルフ場で働くのは面白くないなと思い、それならせっかく峰の原高原住むなら自分でペンションをし、冬はスキーをするという生活をしたいと思ったのがきっかけです。

●須坂・峰の原高原で来て良かったこと、苦労したこと
峰の原高原は時間がゆっくり流れているところが良いですね。
ここに来る前までスキーをするのにも時間もお金もかかっていました。
朝6時から夕方5時までゴルフ場で働いて夜6時からバイトをするようなてんてこ舞いな生活でした。
ここに住んでからはゆっくり自分のペースで時間を使えるのが良いですね。
また、前から知っていた人はもちろん、来てから知り合った人もペンションの改修やペンションの仕事などでたくさん手伝っていただきました。そういうあたたかいところも良いですね。
逆に大変だったのは前のオーナーさんがペンションの管理が適当だったのか結構直すところが多く時間もかかっています。

●須坂市・地域おこしへの提案
協力隊にはもうちょっと峰の原高原の細かい情報を知っていてもらいたいですね。
どこが空きペンションで、どこのペンションが売りに出されているのかを把握してもらいたいです。
たとえば、今住んでいるペンションを売りたいという人がいて移住を希望する人とその人で直接売買交渉ができる架け橋かなんかがあれば良いですね。
須坂市に対しては移住してくる人に対して補助金をもうちょっと出してあげた方がいいと思います。
自分はペンションを開くので、店舗を開店するのに出される補助金を使うことができたのですが、これがもし店舗を開かず、ただ住むだけだったら大変だと思います。

●移住を希望する方へ「絶対後悔しない場所」
来たいと思ったら来た方がいいと思います。
どういった仕事があるのかと思いますが、来れば何かしらの仕事はできるので、例えば菅平もそうですし、冬の仕事もそうですし、ペンションやるやらないに限らず、須坂や上田で仕事するにしろ来ようと思ったら来てみて少しの間泊まってみるとかしたほうがいいと思います。
もし、いきなり来て住むとしても峰の原高原は絶対後悔しない場所だと思います。

(須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉)

2018/05/21

<移住者インタビュー>市村卓也さん「東京都から須坂市の保育士になりました」

今年(平成30年)の4月に東京都から須坂市へ移住してきた市村卓也さん(35歳)は目黒区の職員で保育士として働いていました。
これまでの勤務経験を生かして須坂市職員採用募集の社会人枠に応募し採用され、須坂市初の男性保育士になりました。
今年度から須坂市立井上保育園で2歳児クラス「たんぽぽ組」の先生として奮闘する毎日です。
取材の日も園児から「たくせんせー!」と廊下で呼び止められるほど保育園に馴染んでいます。
市村さんが須坂市に移住するまでの経緯や仕事について、また奥さんの智恵子さんと生後10ヶ月になる息子さんとの須坂市での暮らしについて話を聞きました。

●移住の目的と須坂市との出会い
「父親の実家が長野県の北信地域にある山ノ内町だったことで、幼い頃からお盆や年越しなど年に数回訪れていました。成長とともに訪れる頻度は減っていきましたが、学生時代は友だちと度々北信地域へ遊びに来ていました。妻もアウトドアが好きで独身時代から長野県によく訪れていました。二人で結婚前から、いつか長野県で暮らしたい、子どもができたら自然の中で育てたいという夢を話していました。結婚後、子どもを妊娠してからは、より具体的に移住を考えるようになりました。北信をターゲットに長野県アンテナショップ銀座NAGANOで情報収集を始めました。何よりも重要視していた子育て環境が整っている須坂市の情報を知って、昨年(平成29年)5月に銀座NAGANOで開催された須坂市の移住個別相談会に参加しました」

●経験を生かして働く~須坂市保育士に応募
「移住先で働くなら、これまで経験を積んできた保育士の仕事に就くのが希望でした。ちょうど須坂市で社会人経験枠の保育士を募集していたこともあり、須坂市移住個別相談会を経て応募を決めました。子どもと妻と3人で夢を現実にするため『やらずに後悔するよりも、やって後悔したい』という自分の主義を貫きました。無事に採用が決まってからは、暮らす地域の検討や住まいの決定など移住に向けた準備を着々とすすめました。須坂市の職員採用試験を受けようと決めた時期は、目黒区の職員としても責任ある仕事を任されるようになっていたので葛藤もありました。35歳という区切りを目の前にして移住への最後のチャンスだと覚悟を決めた決断でした。当初、移住に反対していた妻の両親も最後は自分たちの固い信念を理解してくれました。今では旅行がてら、こちらに遊びに来てくれることもあります」

●通勤時間が3分の1になりました
「東京で働いていた時は職場まで自転車と電車を乗り継いで往復約2時間の通勤時間でした。帰宅は夜8時頃、生後間もない息子をお風呂にゆっくり入れてあげることも難しい毎日でした。けれど、今は自転車で片道20分の通勤時間。夜6時頃帰宅し、今は夫婦交代で息子をお風呂に入れています。東京の保育士の現場は、なかなか休みが取りにくい状況でした。今の職場は上手に休暇をとりながらやっていきましょうという方針で体制の違いを感じています。温かい言葉をかけてもらいホッとしています。周りは女性しかいませんが、園長先生をはじめ、みんなとても優しくて仕事がしやすいです」

●平屋の大きな園舎に驚きました
「なんといっても須坂市の保育園がきれいで驚いています。園舎は平屋の構造をはじめ、園庭の広さといい、とにかくサイズ感が大きいです。毎日生活する子どもたちにとっては環境も良く、公共の施設とは思えないです。すぐ隣が井上小学校なので、お散歩に行くと校庭の築山で遊ばせてもらったり、お兄さんやお姉さんたちと挨拶や交流ができて触れ合えるのがいいですね。2歳児と5歳児クラスがいっしょにお散歩できるのも、縦の連携が取りやすい柔軟性のある保育環境でありがたいです」

●男性の強みを生かした保育を
「須坂市で初の男性保育士ということでプレッシャーも感じています。けれど、思いっきり体を使って遊んだりできる、男性としての強みもあると思っています。保育士それぞれに適した役割があると思うし、子どもたちの成長に関わっていきたいという思いはみんなと同じです」
偶然にも結婚によって神奈川県から須坂市に移住した市村さんと同じたんぽぽ組を担当する先生は「家庭にはお父さんとお母さんがいるように、保育園にも男性と女性の保育士がいるのは家庭と同じで良いことだと思います。市村先生は、子どもたちと体を使った遊びがダイナミックです」と話し、市村さんの強みをすでに感じているようでした。

●須坂市に暮らして思うこと
「須坂市は隣の長野市に比べてごみごみしていないし、コンパクトで動きやすい町だと思います。須坂市に暮らして思うのは、人が温かいこと、そして何より食べ物が美味しいことです。野菜や果物など、食材が『安い!上手い!』の一言に尽きます。100円で売られている野菜の束の大きさには驚きました。新鮮で美味しいものがすぐ手に入るのもうれしいです。保育園のおやつのイチゴは、東京で月に一度出るくらいでしたが、須坂市ではイチゴ→○○○→イチゴ→△△△のイメージで頻繁に出てくるのも驚きでした」


「息子には自然にたくさん触れてほしいです。畑仕事だったり登山だったり、ここでしかできない体験をさせたいです。いろいろな物を見て感じて感性豊かな心を磨き、元気でたくましい男の子に成長してほしいです」
 

●移住を希望する方たちにメッセージ
「まず相談会などで情報を集めることも必要ですが、実際に現地を見るということが大事ですね。東京での暮らしは地価も高く、子どもを保育園に入れることも難しいため、若い家庭には厳しい環境かもしれません。仕事が上手くマッチングさえすれば、須坂市はほどよい便利な田舎で住むにはいい所だと思います。車は必要かもしれませんが、高額な駐車料金や東京ほどお金がかかるものが無いです。移住を控えた準備期間中も須坂市の方に時々メールで情報収集のために問い合わせたりもしました。相談に乗ってもらいながら徐々に不安を取り除いて決めていくのがいいと思います」

●さいごに
市村さんご夫婦と最初にお会いした時は、まだお子さんが奥さんのお腹の中にいました。ご主人が須坂市の職員採用試験に向けて一生懸命取り組んでいる期間中、お子さんが誕生したと知らせを受けました。
なんと私と同じ誕生日。私から「これはもう、頑張って試験に合格して須坂市に移住するしかないですね」とお伝えし、市村さんからは「ご縁を感じています」というメールのやりとりが、ついこの間のことのように思い出されます。
今回の取材からも人と人との繋がりを実感し、移住支援に携わらせていただいていることに感謝の思いでした。また新たにどんな移住希望者の皆さんに出会えるか期待に胸を膨らませている日々です。

(須坂市移住・定住アドバイザー 豊田貴子)

2018/05/07

豊洲フルーツハリウッド農ガール物語vol.1『畑は子どもで主人は同士であり相棒』

はじめまして。2017年6月から須坂市豊洲地区で活動している地域おこし協力隊の成田あゆみです。私が活動している豊洲地区は長野県でも有数の果樹地帯です。これから2か月に1度、豊洲地区の農家の男性と結婚し、県外からやってきて活躍する女性を紹介していきます。

第1回目にご紹介するのは、小島町に住んでいる依田菜穂子さんです。
菜穂子さんは東京都大田区出身で、実家は羽田空港の近くだそうです。
都会で暮らしていた女性がどうして豊洲地区へやってきたのか、そしてこれまでどんな暮らしをしてきたのかをお聞きました。

●夢は教師、好きになった人は農家
そもそものきっかけは、ご主人との出会いでした。同じ大学で同じサークル、活動する班が一緒で付き合い始めたそうです。
実は菜穂子さん、教師を目指していました。しかし結婚を意識した時に、ご主人の実家が農家だったこともあり、教師ではなく農家としてこの人と一緒に生きていこうと決めたそうです。
菜穂子さんのご両親も最初は反対をしたそうですが、きちんと説得して最後は祝福されて豊洲に嫁いできました。

●学生時代の人脈を生かし直接販売をはじめる
依田さんご夫婦は早い段階から農協を通さない直接販売を始めていました。
手書きのパンフレットを作成し、年3回ほど果樹の状況を顧客の皆さんにお知らせするようにしたそうです。
「東京に住んでいたころの人脈を生かし、販路を拡大していきました。当時の時代の流れにうまく乗れたおかげで軌道に乗り、顧客も1000件まで増えた」そうです。
「現在も取り引きして下さる方を大切に、直接販売を続けています。直接販売の利点はお客さんの声を直接聞けることです」と菜穂子さんはおっしゃいます。
「充実感を得られるし、何よりこのアイディアは県外出身者の強みを生かせることができたので嬉しかった」とのこと。手書きのパンフレットも好評です。
これまで農家をしてきたことで菜穂子さんは何かを作り出す仕事が自分に合っていたことが分かったといいます。
「教師になるより農家になってよかった」と語る菜緒子さんの笑顔が印象的でした。

●笑顔と元気いっぱいの菜穂子さん、農家のお嫁さんで大変なことありましたか?
「よそから嫁いでくるんだから、農家じゃなくてもいろいろあるよ」最初は一人の時間がないことに慣れなかったという菜緒子さん。
家族で専業農家だったこともあり家族と24時間一緒なのが大変だったそうです。
農業は初めてなことばかりで、家族や周りの方に教えてもらいながら解決してきましたが、それよりも跡取りの子どもが授からなかったことが一番の悩みだったそうです。
ご家族は理解があり不妊治療を支えてくれてとても献身的でしたが、「子どもはまだ?」と周囲に聞かれるたびに、悪気はないとわかっていてもねと菜穂子さんでした。
そんな経験もあり、より一層農業に力を注ぐようになったそうです。
「畑は頑張った分だけ返ってくるし、家族経営だから責任は重いけどその分自分の好きにできる。主人と2人で子どもの代わりに畑を育てているようなものだった」と話してくれました。
ご主人は同士で相棒なんだそうです。素敵ですね。

●夢であったカフェをオープン
菜穂子さんは現在、農閑期である1月~3月に土日限定で自身の夢だった古民家カフェを開いています。
老後を見据え体力のあるうちに始めたいと思い4年前に「古民家カフェよだや」をオープンしました。
現在は、地域にコミュニティの場を提供し、また冬の寒さに安らぎを与えるカフェとなっています。
私も今年の冬、地域コミュニティを学ぶ研修でお手伝いさせていただきました。
何人かで連れ立ってくる方もいましたが、1人で来てカウンターに座って菜穂子さんとおしゃべりする方もいて、そんな人が1人、2人と来て、そのうち知らない人同士で話が盛り上がっていました。
それがなんだか良い雰囲気で居心地が良い空間だなと思いました。
「先のことはわからないけれど、地域のお年寄りが気軽に立ち寄れる憩いの場になればうれしい」と菜穂子さんはおっしゃっていました。

●さいごに
菜穂子さんのお話は以上です。いかがでしたでしょうか?菜穂子さんがとても生き生きとしていて、まぶしく感じました。自分の仕事に誇りを持っていて、良いものを作り出すためなら努力を惜しまないとても行動力のある楽しい方でした。
次回もそんな豊洲地区で活躍する農家の女性のお話を紹介したいと思います。

(須坂市地域おこし協力隊 成田あゆみ)

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