信州須坂移住支援チーム

「須坂市に住んでよかった」 「須坂市に住んでみたい」と思える魅力的なまちを目指しています。

カテゴリ: お知らせ

2017/12/25

須坂暮らしサポート情報⑫『須坂市の伝統ある郷土料理』

Permalink 10:57:08, カテゴリ: お知らせ  

須坂市移住・定住アドバイザーの豊田です。
長野県は全国で最も働く高齢者が多い県で長寿日本一を誇ります。そして、県内19市の中で最も介護認定率が低いのが須坂市です。健康の源は毎日の食事でしょうか。
須坂市は、自然が生み出す美味しい水や恵まれた気象条件によって栽培される農産物が豊富です。
地域のイベントなどでは、身近に採れる農産物を使い伝統のある郷土料理がよく振る舞われています。受け継がれている郷土料理から当時の食文化がわかります。
今回は、須坂市の郷土料理の中でも特に一般家庭で食される身近な料理「ニラせんべい」と「ひんのべ汁」を紹介します。作り方は家庭によって様々ですが、須坂市で生まれ育った私の両親から受け継いだ味を我が家の懐かしい思い出とあわせてご紹介します。

●子どもの頃に食べたおやつ「ニラせんべい」
須坂市内では昔、米があまり収穫できず貴重だったため、主流だった小麦の栽培によって小麦粉を使う料理が広がりました。
「ニラせんべい」は簡単で手軽に作れる食べ物として郷土料理の定番メニューです。
和風版チヂミのようなもので、砂糖醤油に付けて食べたり生地の中に味噌を入れて焼いたりと作り方は家庭によって様々です。どちらかというと食事というより「おやつ感覚」の郷土料理でしょうか。
生地の中に入れるのは、なぜニラ?と思いますよね。
ニラはいつの時代も農家の畑の隅に植えてあったり自宅の庭先に生えているものでした。簡単に手に入るので利用し受け継がれたのです。
私が子どもの頃、ニラせんべいは「家庭で作るもので買うものではない」という印象が強かったのですが、最近は町のスーパーで商品として並んでいるのを見かけることがあります。昔の食文化が見直されているからでしょうか。
しかし、商品として並んでいる光景は不思議な感覚です。小学校低学年くらいだったでしょうか、家に帰宅すると母親が時々手作りでおやつとして用意してくれました。
幼かった私は「買ったお菓子の方がいいなぁ」と不満を漏らして親不孝なことを言っていました。
でも、そんな出来事も母親の手作りだったからこその忘れられない思い出です。

●粉もの料理を代表する「ひんのべ汁」
70代以上の高齢者にとっての「ひんのべ汁」いわゆる「すいとん」は、戦後の食糧事情が悪かった時の思い出がある料理のようです。
私の両親も、今食べられているものとは大違いだったと話します。今では野菜など盛り沢山の具材が入り変化しています。
地域のイベントなどで振る舞われるくらい愛される代表的な郷土料理になっていますが、やはりこれも米の収穫が困難だった当時の知恵から生まれた粉もの料理です。
「ひんのべ」という名前の由来は、小麦粉を練り「ひんのばす(引っ張って伸ばす)」から名付けられました。
今では上手く調合された「すいとんの粉」がスーパーで売られていて、普通の小麦粉よりツルンとした舌触りでより美味しい「ひんのべ汁」が作れます。
汁の味付けは味噌が主流ですが、作る人によっては醤油味だったり作り方は様々です。

須坂市では粉を使った郷土料理が日頃から一般の家庭で食べられています。
戦後の食糧事情が悪い時や米が多く採れない時代に、人々は知恵を絞って数々の郷土料理を生み出してきました。
今回ご紹介した「ひんのべ汁」と「ニラせんべい」は、学校給食や地域の行事で食べられているので小さい子どもたちもみんな知っています。
きっと成長し大人になっても私の思い出のようにいつまでも記憶に残る味になるでしょう。
先人の知恵から生まれた郷土料理をみなさんも作って食してみませんか?きっと誰もが幼少の頃を思い出す、そんな懐かしさを味わえるはずです。

(信州須坂移住支援チーム 豊田)

★「郷土料理を作ろう!」移住者交流会を開きました
今年須坂市に移住された皆さんと郷土料理を作りました。
詳しくはこちらをご覧ください
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/talk.php?id=202

2017/12/05

先輩移住者に聞くVol.9/須坂市峰の原高原ペンション四季のオーナー冨田浩二さん

Permalink 09:25:56, カテゴリ: お知らせ, インタビュー記事  

みなさんこんにちは。このコーナーでは須坂市に移住した先輩移住者にインタビューをして、須坂の暮らしはどういうものか、須坂のいいところ、苦労しているところを聞いていくコーナーです。
今回は須坂市峰の原高原地区のペンションのひとつ、ペンション四季のオーナーである冨田浩二さんにお話をお伺いしました。

◆奥さんと1977年8月に埼玉県から移住

●ペンションオーナーになったきっかけ
東京の高校で教師をしていました。しかし、大変忙しく、また、生まれてこの方、人が多いところでしか住んだことがなかったので、人が少なくのんびりしたところで住んでみたかったということがありました。
まず、峰の原高原で保健休養地開発がされていたのでその土地を見に来ました。
その時に北アルプスが綺麗に見えて、その印象が大変深く、ここで生活したいと思いました。
そして、峰の原高原で生活するにはどのような仕事があるのかを調べていると、たまたまその時代はペンションという宿泊形態が誕生してすぐだったので、それなら素人でもすぐにはじめられるのではないかと思い、ペンション業をはじめました。

●須坂・峰の原高原で生活して良かったこと、苦労したこと
基本的には今の生活に満足しています。
まだ、仕事をバリバリしていた時には冬のシーズンはスキーのお客様ということで忙しかったですが、ある程度歳を取るにつれてスキーのお客様を迎えるというよりも冬を我慢して過ごせば、あとは素晴らしい季節が待っているという心境に変わりました。
逆に苦労したことは、経済的にも、もちろん大変でしたし、慣れない旅館業でしたので台所の中心だった料理を作る妻の方が私よりもよっぽど苦労したのではないかと思います。
幸いなことに40年間ここで暮らしていけるくらいお客様が来て下さったので経済的に苦労したということは少なかったと思います。
今は高齢になり冬の寒さと雪の多さに苦労しています。

●須坂市・地域おこし協力隊への提案
高齢者という立場になって思うことは、高齢者がどうやってここで暮らしていけるかということです。
やはり高齢者がここで暮らしていくには行政の援助がないと暮らしてはいけません。ここ峰の原高原には公共交通機関がありません。
ですので、高齢者が無理をして車の運転をして暮らしていかなければなりません。
これが結構厳しいのです。
ですから一日一便でも、一週間に一便でもいいのでここで暮らしていくために必要な公共交通機関が欲しいです。
また地域おこし協力隊には空きペンションの活用をどうにかしてもらいたいです。
観光的に見ても空き家というのはマイナスになってしまいます。

●移住を希望する方へ
移住希望者にはたくさんペンションに泊まってオーナーさんの話を聞いて欲しいです。
それがここで暮らしていくパワーになります。
私も開業する前にお話を聞いたりしてペンションの経営だったり、峰の原高原のことだったりを聞いてアドバイスをいただきました。
もし、ペンションを経営したいということであれば、偉大な先輩たちがたくさん峰の原高原にはいますので、是非泊まって話を聞くのがいいと思います。

ペンション四季
http://home.t08.itscom.net/horn/siki.html
TEL&FAX0268-74-2736

須坂市地域おこし協力隊  斉藤祐哉

2017/11/20

東京都から須坂市に移住した久米さんご夫婦と受け入れ企業の博善社インタビュー

Permalink 13:29:57, カテゴリ: お知らせ  

平成29年9月に須坂市に引っ越して来て2ヶ月の東京出身の久米達也さん(45歳)と奥様の恵さん(45歳)のご夫婦は、須坂市の「移住支援信州須坂モデル」で移住されました。
この「移住支援信州須坂モデル」は仕事と住まいをパッケージングしてご紹介し移住へと繋げるものです。
久米さんご夫婦に、移住に至った経緯やご主人の新しい仕事についてお話しをお聞きしました。
また、久米さんを採用した博善社(葬儀会社)の竹村総務部長と久米さんの直属上司の小田切事業推進室参事にも移住者受け入れ企業の立場からお話をお聞きしました。
※移住支援信州須坂モデル
https://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/talk.php?id=185


<久米さん移住決定までの経過>
・1月下旬
長野地域の移住セミナーで須坂市を知り、興味をもって調べ始める
・5月27日(土)
東京で開催した須坂市移住個別相談会に参加
・6月3日(土)
移住体験ツアーに参加し博善社の見学、面談・社宅を見学
・7月1日(土)
博善社で面接試験、採用決定
・7月~9月 
勤めていた旅行会社の仕事を整理、自宅マンションを売却、自動車普通免許を取得
・9月下旬 
須坂市に引っ越し
・10月2日(月)
博善社で勤務開始

久米さんご夫婦のインタビュー
●当たり前だと思っていた東京での片道2時間通勤
「大学卒業後、全国展開する旅行会社に就職して20年以上経過していました。都内4店舗の営業所長を経験しましたが、片道2時間かけて通勤していた店舗もありました。なんとか終電に乗れても夜中1時に帰宅し翌朝5時起きの生活だったり、終電に間に合わなければ会社に泊まる日もありました。都会での仕事はこれが当たり前だと思っていたので、大変さを感じながらもそんな生活を続けていました」

●移住の目的と長野県須坂市を移住地にした理由
「旅行会社での仕事は、接客や海外旅行商品の提案などお客様と対応したり営業所内をまとめるマネジメントをしていました。さらに今まで以上に大きな役割を任され「さあ、これから」という時だった昨年5月のこと、病気で倒れ生死をさまよいました。入院生活を終え8月には仕事の内容を変えて職場復帰し、状況を見ながら再び元の仕事に戻りました。しかし、この病気がきっかけとなり「本当にこのままの生活でいいのだろうか?」と思い始めました。結論は「東京で働き続ける必要性がない」という決断に至り、再び与えられた命を大切にして人生をリセットしようと今年1月から本格的に移住を考えるようになりました。元々、私たち夫婦は山が好きで登山もよく行っていたので長野県をいろいろ調べていました。須坂市は県庁所在地の長野市に隣接しているのと買い物環境や医療施設が揃っていて便利そうな場所だったので、住むなら須坂市、仕事は長野市が多いだろうと思っていました。東京の銀座NAGANOでの須坂市個別移住相談会に参加したところ博善社の紹介を受けました。しかも社宅付きで。これまではどの市町村でも「仕事はハローワークの求人から選んでください」と言われていたので、まさか仕事まで紹介してもらえると思わなかったです。さっそく移住体験ツアーに申し込みました。移住は第一に仕事、住まいはその次の課題だと思います」

●博善社の仕事を決めた理由
「今まで自分は旅行会社の仕事しか行っていなかったため他の業種ができるか不安な面もありました。しかし、紹介された博善社は葬儀会社で、お客様と関わり創り上げる点が旅行会社に共通する部分だったので「これまでの経験を生かせるかもしれない」と直感しました。移住体験ツアーでは、見学と面談のほか社宅も見ることができたことで移住後のイメージがリアルに広がりました。ただ、夜勤があることで以前に病気を患った自分には不安があり、会社に対して率直に希望を伝えさせていただいたところ、担当部署や働き方を考慮し採用していいただきました」

6月の移住体験ツアー風景

●移住するまでに準備したこと
「これまで働いていた旅行会社の仕事の整理や引き継ぎで7月末まで東京で働き、それから他県での合宿免許で車の免許を取得しました。東京では車が必要ない生活だったので免許を持っていませんでしたが、移住後は必要になると承知していたので問題はなかったです。就業後に須坂市内で軽自動車を購入しました。自宅マンションの売却も準備期間中に済んだのですべて計画通りに進められました。採用してくれた博善社の方からは「きちんと仕事の引き継ぎを完了させてから来てほしい」という有り難い言葉もいただいていたので助かりました。仕事を持っていたら即移住というのは不可能だと思います。理解をしてくださった博善社には本当に感謝しています」

●須坂市で暮らしてみて
「まず今は初めての冬が心配ですが、順応していくしかないと思っています。今は車があるので市内の買い物はもちろん市外に移動するのも簡単ですし、長野市の本社に出勤するにも30分くらいで便利です。東京に住んでいた時は新幹線に乗らないと行けなかった自然のある場所へ今はすぐ行けます、それもたくさんあります。お金をかけずに遊びに行けます。来年の夏以降は登山も休みの度に行く計画をしています」

奥様の目線からは「スーパーは以前住んでいた所より数が多いですし、内容も変わらないので困らないです。うれしいのは野菜が安くてたくさん売っていることです。これにはとても満足しています。須坂市は東京と違って、ほどほどの人口で穏やかに暮らせる居心地の良い場所です。電車の時間は調べてから乗るようにすることを覚えました。東京で乗り慣れていた自転車が須坂市では走りづらいことがわかり、いかに一人一台の車社会かということを実感しています」と答えてくれました。
続けて奥様から現在移住を検討している方々へのメッセージとして「私たち夫婦は何よりも健やかに暮らすことが一番の希望でした。人生で何を大切にしたいのか、その価値観を確認できれば先を見据えた移住ができると思います。家族で話し合うことが大事ですね」と、今後の人生をよりよいものにしようとご主人と決意した移住だったことを話してくれました。

最後にご主人が「須坂市で今後ずっと暮らしていくのだから焦らずに気長に慣れていこうと二人で話しています。今の生活は病気が導いてくれた結果でもあり、博善社への就職をはじめ須坂市で暮らすこともご縁あっての移住だと思っています」と話してくれました。

●博善社での仕事と今後の目標
「今は事業推進室という部署で葬儀後の法事やアフターフォローをしていて、お客様を訪問するなど上司に同行しながら仕事を覚えています。早く一人で動けるようになりたいと焦る気持ちもありますが、上司は「焦るな」と声を掛けてくれるのでとても心強いです。長野県の葬儀は東京と異なる部分が多々あり、地域のしきたりなど知ることが多く奥深い仕事だと感じています。東京の職場の人数に比べると規模は小さいですが、与えられた仕事が明確にあるのでやりがいがあります。早く自分なりの色を付けられるようになりたいですし、採用してくださった博善社に恩返しができるよう務めていきたいです」

博善社の竹村総務部長と久米さんの直属の上司である小田切事業推進室参事のインタビュー
●都会からの移住者を受け入れる
「もともとIターンの採用もすすめていたので移住者の採用は特に問題ありませんでした。これまでお世話になった前の会社の引継ぎなどを、きちんと済ませてから来てもらいたいと思っていました。我が社も法事などのアフターフォローを本格的に進める事業推進室を立ち上げるところだったので即戦力になる久米さんの受け入れは本当に良いタイミングでした」

●会社のレベルアップのために
「我が社ではこれまで20代限定の採用を進めてきましたが、久米さんのように20年以上会社で実務を積んできた方は仕事のノウハウを直ぐ生かせるのが強みであり、会社のレベルアップにも繋がると思っています。久米さんは優秀な人材としての採用であったことはもちろんですが、お人柄もプラス要因でした。以前病気を患ったこともあったので心配もありましたが我が社には必要な人材でしたので働き方を考えながら採用を決めました。都会からの移住者でも適任の方がいれば今後もぜひ受け入れたいと思っています」

●将来は会社の軸となる人材に
「久米さんの採用は我が社においても事業推進室の立ち上げとともにタイミングが良かったですし、これは本当にご縁だと思っています。奥様にも、移住して博善社に勤めて良かったと思ってもらえるような働きをしてほしいと願っています」
 久米さんの直属の上司にあたる小田切推進事業室参事は「偶然ですが、私も久米さんと同じように長野市の旅行会社で営業を20年やっていました。同じく40代で博善社の仕事に就きました。久米さんも旅行会社でお客様を対応されてきたので早く職場や業務にも溶け込めると思いますし、できると信じています。将来は会社の軸となって皆を引っ張っていってほしいです」とエールを送りました。


左から竹村総務部長、久米さん、小田切事業推進室参事


博善ホールセレモニー須高会館

移住者の大半は、いざ移住を決めても、現在の仕事の整理や生活の切り替え準備のためにある程度の期間が必要になります。その期間を考慮してくれる企業の存在は移住者にとって本当に有り難いことです。企業にとっても良い人材を採用できることは理想ですし、移住希望者にとっても「移住」に理解を示してくれる会社があるのは何よりも心強いです。「移住者の受け入れ=心を受け入れる」だと私は思います。全国には様々な地域があると思いますが、理解を持って受け入れる「人情」の部分が、この須坂市には強くあるように感じます。また、そう願いながら会社訪問をする日々です。          
今回取材した久米さん曰く「移住は、将来を見据えて計画をしっかり立てれば順当に進められると思う」ということでした。色々な思いを抱きながらも計画をもって進めたからこその移住だと思います。移住には希望者本人による「目的と決断」が必要です。私たち信州須坂移住支援チームは、あくまでも仕事や環境について充実した情報を提供することに徹し、そこに最後の決断のひと押しの部分を支援しています。最後は移住希望者の意志決定次第です。
移住後も引き続き私たち移住支援チームの役目が新たに始まっています。須坂市に移住して良かったと実感してもらえるよう支援をしていきたいと思っています。
移住をお考えの皆さん、まずは須坂市の移住相談会に参加してみませんか?

信州須坂移住支援チーム
移住・定住アドバイザー 豊田貴子

  

2017/11/06

須坂暮らしサポート情報⑪『須坂市の気候と暮らし』

Permalink 15:11:48, カテゴリ: お知らせ  

  
長野県の面積は全国の都道府県の中で4番目に広く南北に縦に長いため、北信、中信、東信、南信の4つに分かれます。須坂市は長野県の北東部に位置し、西側に隣接する県庁所在地の長野市とともに北信地方に入ります。須坂市と長野市は車で15分から30分で行き来できるため気候のイメージもほぼ同じです。須坂市の気候を知ることで人々の暮らしが見えてきます。
 

●年間降水量は東京の半分です
「須坂市の年間降水量は東京よりも少ない!しかも半分!」移住希望者に話すと誰もが驚きます。
気象庁のデータによると、2016年東京都の東京地点における年間降水量は1779ミリ、それに対して長野県長野市にある観測所の長野地点では923ミリでした。須坂市は雪が降っても年間降水量は一年を通じて東京よりかなり少ないです。須坂市は降水量が少なく昼夜の気温差があること、そして水はけが良い扇状地形はおいしい果樹の栽培地としても最適なのです。
<気象庁のデータより>

●須坂市内の積雪
「雪はたくさん降りますか?」移住相談会で必ず受ける質問です。長野県の人気は夏が涼しくて過ごしやすいことが大きな理由だと思われますが、相談者は冬の生活、とりわけ雪の状況を心配しているようです。長野県は高い山々が入り組んでいる地形のため、標高によって地域の気候に違いがあります。須坂市は長野県の北東部に位置しますが「北側の町=豪雪地帯」ではありません。冬はもちろん寒いですし雪も降りますが、多く降っても30センチぐらいの積雪が年2回程度で、屋根の雪下ろしをしなければならないほどの量ではありません。

冬の一般的な風景


写真は、昨年の大晦日の朝です。昨年のこの頃はまだ雪が積もっていませんでした。

●冬の平均気温は県内でも高い方!?
「冬の寒さはどれくらいですか?」これも移住相談会でよく聞かれる質問です。
須坂市は北信なので寒いのでは?と思われる方が多いようです。長野気象台の統計データによると、一番冷え込む2月の最低気温では隣接する長野市がマイナス7.2度でした。
南に目を向けると、中信の松本市はマイナス7.6度、東信の佐久市がマイナス12.1度、南信の飯田市ではマイナス7.3度と低く、長野市周辺は他と比べて暖かいことがわかります。
これは、標高が高いアルプスなどの山々に囲まれた盆地のため、一度冷えこむと盆地の外に空気が逃げにくいことが理由のようです。

●四季を感じながら須坂市で暮らしませんか

写真は、平成29年10月24日須坂市役所の展望室から望む山々です。
遠くに見える南アルプスは真っ白で、北信五岳の山頂も白くなっていました。冬の訪れを感じさせる風景です。この頃、近くの里山は紅葉が深まり、赤いリンゴが目に入るようになります。
須坂市は身近な自然や周りの山々など景色が季節とともに変化するので、四季を感じながら暮らすことができます。
須坂市で暮らして四季の移り変わりを味わってみませんか?

(信州須坂移住支援チーム 豊田)

2017/09/20

須坂暮らしサポート情報⑩『須坂市で農業を目指す都会からの移住者』

Permalink 13:57:48, カテゴリ: お知らせ  

 須坂市は降水量が少なく昼夜の寒暖の差が大きい気候のため果樹の栽培に適しています。ぶどう、りんご、もも、プルーン、ネクタリン、なし、さくらんぼなど、多品種の果樹が栽培される『フルーツ王国』です。近年は都会などから果樹農家を希望する若い移住者が増えています。須坂市は恵まれた農業環境と就農に向けた制度が揃う町です。

●須坂市は農業をしやすい町です
 須坂市では古くからりんごやぶどう、また時代とともにプラム、なし、もも、ネクタリン、プルーンなど様々な品種を栽培しています。最近は、黄緑色で種が無く皮ごと食べられるシャインマスカットというぶどうが人気です。オリジナルの品種は数多くありますが、紫色で種が無く皮ごと食べられるぶどう「ナガノパープル」は須坂市にある県果樹試験場で開発され誕生しました。
 市内には100年以上の歴史がある長野県果樹試験場や農業試験場など信州を代表する最先端の研究施設があります。須坂市の農業の強みです。

ナガノパープル シャインマスカット

●新規就農里親制度で15世帯44人が移住
 須坂市は若い農業者の育成に取り組んでいます。就農に向けた制度を利用し研修を始める人の平均年齢は36.9歳と若く、平成23年以降15世帯44人が新規就農で須坂市に移住しており、その後お子さんが生まれるなどして51人まで増えています。

●農業者を育てる新規就農里親制度
 就農で都会から移住する多くの人は、東京などで開催する就農相談会に参加し、それを機に須坂市の就農体験に訪れます。須坂市で農家を目指そうと決めたら熟練の農業者である「里親」のもとで2年間研修を受けることができます。これが「新規就農里親制度」です。農業技術の習得はもちろん、農地の確保などの相談を受けることができます。
 現在、須坂市には22人の里親が登録をしており、平成23年から28年までに20人(男19人、女1人)が新規就農里親制度を利用しています。

●就農に向けた補助制度も充実しています
 国の補助制度は45歳未満で就農する方が対象で、研修期間の「準備型(最長2年間で年間150万円)」と農業を始めて経営が安定するまでの「経営開始型(最長5年間で最大150万円)」の2種類があります。さらに須坂市では、独自の制度として、研修を行いながら補助が受けられる「新規就農研修給付金」制度があります。この制度は、国の補助制度が45歳未満を対象にしているのに対し55歳未満までの方を対象としており、月2万円の給付が受けられます。さらに45歳以上の研修を受けた移住者が住居を必要とする場合は月8万円が加算されます。

●須坂市の農業の発展を目指す就農者の会「きじまるクラブ」
 須坂市には一流の農家を目指す新規就農者や農業研修生で組織する「きじまるクラブ」という会があります。ここには、東京や大阪、愛知などの都会から移住した会員もいます。「須坂市のフルーツを初めて食べた時、味の良さに衝撃を受けた」「須坂を訪ねてみると人が親切で、就農制度が整っていたので安心感があった」という意見があります。最近では、収穫したフルーツが「須坂市ふるさと納税」の返礼品として使われるなど活躍の場が広がっています。

きじまるクラブの皆さん

●まずは就農体験へご参加ください
 農業は天候によって左右される大変な仕事です。収穫を控え、この秋も台風の被害にあわないことを祈るばかりです。都会から移住した農家さんたちが丹精込めて手がけたぶどうやりんごが、市内外をはじめ都会の皆さんのもとにも近々届くことでしょう。
 須坂市では県内外から移住し農家を希望する皆さんの支援を行っています。農業に興味がある方は、まず随時開催している就農体験に参加してみてはいかがでしょうか。

就農体験の詳細はこちら
http://www.city.suzaka.nagano.jp/kurasuzaka/event.php?id=112


須坂市高甫地域のぶどう畑

須坂市の就農について詳しいご相談はこちらまで
☆須坂市で就農しませんか☆
http://www.city.suzaka.nagano.jp/roudou/nourin/shinkishuno/


    就農担当の村石です

須坂市産業振興部 農林課
課専用 026-248-9004 
FAX 026-246-5667
Eメール s-nourin@city.suzaka.nagano.jp

(信州須坂移住支援チーム 豊田)

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